鉄鍋のジャン! ジャン×キリコ ss
ザバァァァァァァッ。
彼は、シンクの中に手を突っ込むとーーーアコーディオンのように、中から数十枚ともあろう皿の山を引き上げた!
「カカカカカカカーーーッッ!」
彼の名は、秋山醤(ジャン)!
ここ銀座、「五番町飯店」の見習いである。
「相変わらず、仕事が早いよなァ」
「ほんと嫌味なやつだぜ、アイツ」
ばんっばんっ!
「……!?」
「こらっ望月っ、見てないで早く仕事しろ!」
彼女の名は、五番町霧子(キリコ)。
「五番町飯店」の創始者(オーナー)、五番町睦十の孫であり、跡取り娘である!
「す、すいません、キリコさん……」
「……」
「おうおうどうしたキリコ! 今日はやけにイラついてんなぁオイ」
「ふん、無駄口叩いてないで仕事しなさいよ。ジャン」
「そろそろ認めたらどうだーーー「秋山」の方が「五番町」よりも優れているってことをよォ」
「……飽きないわねぇ、またその話?」
「お前、ビビってんだかなんだか知らないがーーー全然俺と“勝負“しようとしねぇじゃねぇか」
「……」
「白黒付けるのがコワいのか? ああん?」
「……ふん、バカみたいなこと言ってないで、さっさと終わらせなーーー」
「俺は“失望“してんだぜキリコォ!」
「……」
「おかしな話だぜ、キリコ。「秋山」の名をもつ俺が……どうしてこの店で“月給12万“で雇われてんだ?」
「……それは、「見習い」だからでしょ」
「嘘つけ。俺はそこにいるクソバカの望月よりもよっぽどいい腕してるぜ」
「なんだと!」
「それはそうね。……で、何が言いたいの」
「キリコさんまで……」
「お前は“「秋山」“から逃げてるってこったよ」
「……」
「お前だけじゃねぇ。この「五番町飯店」そのものがそうーーーこの俺様に恐れをなしていやがる!」
「なんだとォ……!」
「なに馬鹿げたことを……」
「その証拠に……最初に言わなかったか? 俺は「五番町睦十を倒しに来た」って」
「……」
「それをお前らーーー睦十もそうだ。俺と正面からぶつかろうともせず、あくまで飼い殺すことしか考えていない」
「……」
「いや、「それしか出来ない」と言った方が正しいかーーーてめぇとの力の差をハッキリさせるのが怖えぇんだからよ!」
「てめぇ、ジャン!」
「金が欲しいだけだろ!」
「カカーッ!! 「中華の頂点」が聞いて呆れるぜ。お前らにプライドってもんは無ぇのか? ええ?」
「……」
「ふん、キリコ。黙ってるだけか?」
「……」
「まぁ、お前なんかどーせ“敵“じゃないがな」
「……ふん、どうかな」
「あん?」
「そんなこと言って、実は怖いのはそっちじゃないのか? 山ザル」
「……んだと、デブ女」
「そっちこそーーー「見習い」の立場に甘んじて、黙々と働いてるだけじゃないか」
「……」
「「「秋山」が怖い?」冗談じゃないわよ! あんたなんてちっとも怖かないわ」
「……」
「いいわ。そんなに「勝負」がしたいんならーーー“土下座“しなさいよ」
「……」
「キリコさん、そいつは言い過ぎじゃーーー」
「ふんだ、できないわよ。どーせ……こいつは料理で“人を打ち負かす“ことしか考えてない料理人のクズだからねっ」
「……けっ」
「……」
「……ふん、じゃあ仕事に戻るから。あんたも早くやんなさーーー」
「キ、キリコさん、あいつ……」
「……えっ」
キリコが振り向くと、そこにはーーー。
「……」
「あーあ、あいつ、マジでやってるよ」
「キレーな土下座だこと……」
「……ちょ、ちょっと、なにやってるんだよ! ばっかお前っ」
キリコは、ジャンに走り寄る。
その時、ジャンはおもむろに頭を上げーーー。
「これでいいか? キリコ」
「……」
「ぬかったなーーーキリコ。この俺に頭を下げさせておいて「勝負しない」なんてナシだぜ?」
「こ、こいつ……っ」
ばたんっ。
「お前たち、今日は終いだ」
「そ、総料理長!!」
「……」
「ジャン、立て。調理場の床を汚す気か」
「ちっ……」
「キリコも。仕事さぼってる場合じゃないぞ」
「べ、別にさぼってたわけじゃあ……」
「さぁ、早く片付けるんだ。“例のお客さん達“が表で待ってるからなーーー」
「……」
「ふんっ」
「ふんだっ」