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No.43360の一覧
[0] 食らってみたい。[北里理絵子](2019/09/06 03:46)
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[43360] 食らってみたい。
Name: 北里理絵子◆e9bd7a34 ID:84954ba9
Date: 2019/09/06 03:46
食らってみたい。


「‥‥お願いします」

「‥‥ふんっ!!」


パシンッ


「‥‥ありがとうございます!」

「気持ち悪い」

女はそれだけ言うと去っていった。



その夜、テレビを見ると、ボクシングチャンピオン、肋屋カオル(あばらや かおる)がインタビューを受けていた。

「楽勝でしたね」

そう答えるボクサーの腕は、太く、しなやかで、猛々しく‥‥
そんな腕に横腹をズンと殴られたのなら、僕はまた、僕の求める、「高み」へ近付くことが出来るだろう。


昨日、僕を叩いてくれた元彼女が近付いてきた。

「‥‥ちょっと、何ジロジロ見ていてきてんの!!」

「‥‥いやぁ、ちょっとね」

「あなたとは、もう、あれで終わったでしょ!?」

「そう思ってるのはお前だけだ。お前のビンタはそんなもんじゃないだろう!? 俺と付き合ってた時は、もっと破壊力のあるビンタが出せていた筈だ!! 別れたいなら、あれをくれよ!!、あれを!!」

彼女は、たじろいだ。

「‥‥わかった、そんなに殴られたいんなら、飛び~っきりのを連れてきてやるわよ!!」

「いつもありがとうね」

「気持ち悪い!!」



放課後、俺を呼び出した彼女の隣に、ずいぶんガタイのいい男が立っていた。
3年の、山田アレイ‥‥
その体は、学生服でわからないが、まるで、筋肉の山‥‥。
けど、威力の程はどうかな?


「アケミ、本当に、こやつ、殴っていいのか?」

男が口を開いた。

「ええ、穴、空けちゃうくらい‥‥強く殴ってやって」

「お願いします!」

「‥‥キサマ、何が目的だ?」

「‥‥いいから、いいから!!」

「‥‥」

男は、ゆっくり拳を後ろに引いた。

「‥‥どぅりゃぁっっっ!!」

年不相応のけたたましいドス声冴え渡り、西園寺のみぞおちに拳が叩きつけられた。

どむっっ。

その様を見て、目を覆っていたアケミが、思わず口を開いた。

「‥‥ちょ、ちょっと‥‥大丈夫なの!?」

「え、‥‥けど、殴れって‥‥」


「‥‥なんだ、さっきのは」

西園寺が、ゲロを口の端からチョロチョロ出しながら口を開いた。

「‥‥え?」

「‥‥‥おいおいおいおい勘弁してくれよ、何だ、さっきの「今から殴りますよっ」つぅテレフォンパンチはよ!!!」

「‥‥何者だ、こやつ」

「‥‥アケミ、こんなんじゃ、俺の求めるものには程遠いぞ」

「‥‥あなた、何なら満足するのよ!?」

「‥‥あばらや」

「‥‥何ですって?」

「肋屋カオルゥ‥‥あいつ程のハードパンチャーを連れてきやがれってんだっっっ!!」

山田アレイが顔をひきつらせた。

「‥‥う、うぬは‥‥精神的ドエムか!?」

「こいつ、いつもこうなのよ」

「おい、山田アレイ‥‥もう一回殴ってこい‥‥」

「‥‥お、おう‥‥」

山田アレイは、渋々ながら、構えた。

「‥‥打てっっ!!」

「じょいやぁぁぁぁ!!!」

山田のストレートは強い。
山田の捻りの効いたストレートパンチは、西園寺の胴体を貫いた。

「‥‥ごへぁっ」

西園寺は、色とりどりの何かを出しながら、倒れた。



目が冷めると、俺は病院にいた。
隣に、母さんもいた。

「お前、何してるの?」

「‥‥何って‥‥「高み」を目指してるのさ」

「山田君に謝りなさい!!」

「いや、お母さん‥‥謝るのはおれの方だ‥‥わしが強く殴りすぎた‥‥悪いのは、わたしです」

「いいのよ、山田君!!」

母さんの隣には、何故か山田くんがいた。

「‥‥母さん、男の勝負に水‥‥差すなよ」

「え、勝負だったの?」

「‥‥黙りなさい!!」

「‥‥す、すまぬ‥‥」

「いいのよ、山田君は!!」

母さんが何やら騒いでいると、遠くの方で、人だかりができていた。
カメラに、録音機材‥‥撮影のようだ。
それにしても、その後ろ姿には、妙に見覚えがあった。

「次の試合、キミの為に、必ずK.O.してくるからね」

「‥‥うん!! 」



「‥‥あばらやっっ!!!」

「‥‥え、あんた、どうしたの」

俺は、腕に刺さっていた点滴を連れて行きながら、撮影中の肋屋カオルを突撃した。

「やぁ、君もファンかな」

肋屋が、トレードマークの欠けた歯をチラリと見せた。

「あばらやさん‥‥お願いしますっっ!! 僕を殴って下さい!!」

「‥‥えっ」

撮影スタッフが、俺に向かって、一斉に機材を向けた。

「ちょっと!! 何言ってるの!! ‥‥すみません、息子が‥‥ちょっと!! 撮らないでください!!」

遅れてやって来た母が、カメラを制止する。

「‥‥キミ、ボクサー?」

「‥‥いえ、ただの一般人です」

「‥‥じゃあ、宣戦布告、とかじゃないわけだ‥‥どうして殴ってほしいの?」

「‥‥俺は、強い人が好きです!! 強い人に、殴られたいんです!!」

「‥‥っ!!」

「おおっと、少年が最強女子プロボクサー、肋屋カオルに熱い告白だぁぁぁーーっっっ!!」

「ちょっとあんた!! すみません、肋屋さん‥‥」

「‥‥キミ、私の事、スキなのかい?」

「‥‥ええ、あなたのパンチ‥‥食らってみたい‥‥」

「‥‥アキヒコ、いい加減にしなさい」

母さんが、俺の点滴を引っ張り、俺を元のベッドに引きずる。
引きずられながら、俺は、肋屋さんに、精一杯の声を届けようとする。

「‥‥肋屋さん!! お願いします!! 僕を、殴れぇぇぇえええええ!!!‥‥‥」

「‥‥」



「いやー、すごい少年でしたね、お気持ち、いかがです?」

「‥‥」

肋屋は、マイクを向けるアナウンサーの手をどけ、病室を出た。
撮影陣も、その後に続いて出ていくと、病室はすっかり静かになった。



「ああ、肋屋さん、行っちまった‥‥」

「‥‥もう、なんて子なのっっ」

「西園寺、うぬ、肋屋カオルに惚れておったのかっっっ」

「え? 何勘違いしてんの?」

「‥‥なにっ」

「俺は‥‥彼女の打撃が好きなのさっっ!!」






撮影を終えた肋屋カオルは、自宅で一人、自分の右掌を見ていた。
カオルの胸中には、長らく垣間見ることのなかった、ある気持ちが去来していたーーー

「あの人を、殴りたい」

カオルは右手を握りしめた。
それは、百戦百勝、常勝無敗のカオルの味わう、生まれて初めてのドキドキだった。
その日、カオルは‥‥眠れなかった。




それから、しばらくしてーーー


「アキヒコ、ちょっと、ちょっと来なさい!!」

起き抜けに、母さんの叫ぶ声が聞こえた。
声に呼ばれ、玄関を抜けると、そこにはーーー

「Hey」

謎の黒服集団が立っていた。

「あなたたち、一体何なの、あなたたち!?」

じっと見ていると、黒服集団の海が割れ、中から、すらっとした人物が歩いてきた。

ーーーカオルだ。

「‥‥やあ、アキヒコくん、先日はどうも」

「肋屋‥‥さん‥‥っっ」

「え、肋屋さん!? 一体、私たちに何の用で‥‥」

「‥‥アキヒコくん、私ね‥‥うずくの」

「‥‥えっ」

「‥‥わたし、こんなの、生まれて初めてーーーあなたを、殴りたいって思ったの」

「‥‥肋屋サァン‥‥」

肋屋さん、何て、情熱的なひと‥‥

「ちょっと、私の息子に暴力を振るうんですか!?」

「母さん」

俺は、母さんを右手で制止した。

「‥‥これは、俺の戦いだ‥‥」

「お母さん、私からも‥‥お願いします‥‥」

肋屋さんは、母さんに頭を下げた。

「‥‥わかった、一度、痛い目を見てきてらっしゃい」

「‥‥母さんっ!! 」

「‥‥カオルさん、どうか息子を、頼んだわよ」

母さんは、肋屋さんを見つめた。

「‥‥はいっっ!」







「さてさてぇ‥‥今日繰り広げられますわぁ、異色のデスマッチィィィ!! 肋屋カオル、VS、一般少年アキヒコ君だぁぁぁっっっ!!」

ドワァァアアアアアアアアッッ

会場が、盛り上がる。
ありがたいことに、肋屋さんが、僕を殴る特番が組まれたらしい。
僕の殴られる姿が、地上波に公開されるのだ。
まさか、こんな日が来るなんて‥‥

「赤コーナー!! ボーーンクラッシャー、肋屋ァー~っッッ かーーーおーーーるぅぅぅぅっっっ!!!」

向こう側から、どでかいBGMとともに、肋屋さんが、いつものショートタイツ姿で出てきた。
そして、まるで、ランウェイを歩くかのように‥‥しなやかな足取りでリングに降りてきた。


「白コーナー!! 無謀な挑戦者っっっっ!!! ドM少年ッッ!! 西園寺ィ~~~‥‥アァァキィィィィヒコッッッッッ」

僕は、係の人に押されながら、リングに続く道に出た。

ドワァァアアアアアアアア

BGMを上回る歓声に、圧倒されそうだって?
これから肋屋カオルに殴られようって男が‥‥
俺は、負けじと、仁王像のように、どしどしとランウェイを歩いた。

「ヒロアキーーーッッ」

声のする方を向いた。

「頑張ってーーーっっ!!」

母さんが客席にいた。

「うぬーーー、頑張れよ!!」

「負けたら承知しないんだからっっ!!」

山田と、彼女もいた。

負けられない、そう思った。
僕の脚は、リングを目指すーーー







リング上で、彼らは出逢った。


肋屋カオルが、僕を見下ろす。
最初に目に付いたのは、ランウェイを歩いた、華奢な脚‥‥
トップモデルのようなその美しい脚は、さぞかし強いバネを得ていることだろう。
そして、あの、細く、流線形を描く、しなやかな腕ーーー
パッと見、人を殴るような腕ではない。
しかし‥‥あれは幾多の鍛練を積んだ先に得られる、「人を殴る」のに最適化された、腕‥‥


「アキヒコくん、どう、今の気持ちは」

アキヒコに、気のいいレフリーが話しかけてきた。

「くらってみたい!!」

「‥‥ほう、食らってみたい、ときたか‥‥今日は、たっぷり、食らわせてあげるよっっ‥‥!!」

カオルは、紅潮していた。
カオルは、来る今日の日の為に、カラダを仕上げて来ていたーーー

アキヒコの身体を、ぶち抜く為だけのトレーニングを。

縄跳び、ランニング、ミット打ち、サンドバッグ、シャドーボクシング‥‥
ボクサーが強く在る為のトレーニングは一通りこなしてきた彼女だったが、彼女には、まだ、食い足りなかった。

今日の為に、彼女は‥‥



「‥‥いくよ、スティーブン」

「本当にいいのか‥‥撃つぞ」

「‥‥ああっ」

「‥‥ファイア!!」



ボゴォン



「‥‥ば、バカな‥‥」

彼女の右ストレートは、自分に放たれた戦車砲を、粉々に打ち砕いたのだった。



「‥‥さぁ!! 打ってくれよ!! もう待ちきれねぇぜ!!!」

ゴングも待たず、アキヒコが先手をかける。

「‥‥ああ、行くよっっ!!」

制止も聞かず、カオルが右ストレートを繰り出した。

ドグリィッッッッ

ーーー空を切り裂くその一撃が、アキヒコのみぞおちに捩じ込まれた。

ーーー捻りの効いたコークスクリューが、アキヒコの内臓を、なじった。

ーーー 槍のようなそのパンチは、アキヒコの背骨をたわませた。

ーーー戦車砲に匹敵する衝撃が、アキヒコの全身の骨を砕いた。

ーーーカオルの殺人右ストレートが、アキヒコのみぞおちを貫通した。

ーーーアキヒコ大丈夫か?



しかし、大丈夫です。
アキヒコは、
私たちの知る、アキヒコという、男はーーー








「‥‥えっ、こんなもん?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「「「「えっっっ?」」」」

「‥‥よっ、こいせっ」

カオルの腕にぶら下がった肉の塊のようになったアキヒコが、カオルの腕を自分の胸から引き抜いた。

「‥‥え、‥‥‥えっ?」

カオルは、あっけに取られた。

「‥‥お姉さん、マジ? ‥‥さっきのが本気‥‥?」

「‥‥え、そ、そう、だけど‥‥」

「‥‥ふ‥‥‥」

「‥‥アキヒコくん?」

「‥‥‥ふざけんなっっっっ!!!」

「‥‥っ!」

「肋屋カオル‥‥失望した‥‥あなたなら、この俺に「高み 」を見せてくれることだろうと、信じていたのに‥‥」

「‥‥アキヒコ、くん‥‥」

「ちょ、ちょっと、アキヒコ!!」

どひゅん。

アキヒコの母親が、リングに跳んだ。

アキヒコの母は、リング上のアキヒコへ、ずかずか歩いていく。

「‥‥アキヒコ!!」

「‥‥母さん?」


ぱしんっ。

「‥‥っ!」

「‥‥あなたの言う、「高み」って、一体‥‥なんなのよ!!」

母親は、息子に、尋ねた。

「‥‥そうだ、俺の目指す、「高み」‥‥それは‥‥」




「‥‥アキヒコくん」

「‥‥肋屋さん、俺、目が覚めました」

「‥‥いいの」

カオルが、後ろを向いた。

「肋屋さん‥‥」

「‥‥行って」

「‥‥母さん、行こう」

「‥‥アキヒコ‥‥」

アキヒコと母は、手を繋いで、リングを降りていった。


「‥‥かなわない、なぁ‥‥」

二人を見送るカオルは、一人、ごちるのだった。



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