――――――もしもの話だ―――――
――――――史実とは違う外史の話―――――
――――――史実とは枝分かれした話が、そこにはあるのかもしれない―――――
「ラァアアアアアアアアンス!!!!」
「ん? 誰だ貴様、俺様のファンか? だが今は忙しいので死ね」
「ガ‥…アアアアアアアアアアアアアアア!!!?」
――――――降りしきる雨の前に鉄砲は役立たず、主人公は泥水に塗れる――――――
――――――腕は千切れ、牙を抜かれ、骨を断たれて倒れ伏す――――――
「ガハハハハ!! 雪ちゃんは俺様の物だー!!」
「いや、いやああああああああああぁぁぁああああ!!!」
「そんなに嫌がられると、逆に興奮してしまうではないか」
――――――その世界では浅井朝倉は敗れ、雪が陵辱される――――――
「お、れ、は……俺、は…オレは……………ッ!!!」
――――――絶望の淵で主人公は願う。我に闘う力を――――――
――――――ただ背を向けるだけの力などいらぬ。果てなき殺戮の力を――――――
「力を寄越せ!! 全てを凌駕する力などいらない!!
ただあいつを……! ランスを、この手で殺せるだけの力を!!
暇だというのなら魅せよう、飽くなき世界への破滅を!! 絶望を! 地獄を!
俺は喜んで貴様を喜ばせる道化となってやる!!!! 聞いてるんだろクジラァア!!」
――――――記憶をほどき、この世界での原初の記憶を掘り返す――――――
――――――神仏にすら喰らいつくさんとする憎悪は創造神へと届く――――――
【へぇ……君、面白いね。
クフ、クフフフフフフ、キャハハハハハハハハハハハ!!!!】
――――――ここにかつての主人公はいない――――――
――――――いるのはただ腐海の泥に身を沈め、己を鬼とした悪鬼――――――
――――――ただただ世界の崩壊を望む一匹の悪鬼――――――
「■■■、■■■■■■■____―――■■■――――!!!!」
――――――これは正史の物語ではない――――――
――――――ただ己の絶望の捌け口を求めた、一匹の悪鬼の物語である――――――
戦国ランス 悪鬼ルート YUSUKE
今の話をしよう。
かつてJAPANでは群雄割拠の戦国時代に突入していた。
しかもそれはつい最近までの話で、今では大きく姿を変えている。
勘の良い者は気付いていたかもしれない。
まずその始まりとは、各地の有力大名に収められた【瓢箪】が次々と何者かに奪われるという事件。
各地の大名は宝物庫に保管されていたというのに奪われたとあって、それを自分から言い出す者は少なかった。
次の事件はJAPAN全民にわかる形で発覚する。
北条家によって塞がれていた地獄の穴の封印が解かれ、各地から妖怪が大出没。
人間同士で戦をしている場合ではないという状況にまで追い込まれる。
そうして一時的に休戦せざるを得ない状況の一方、織田家で大事件が起こった。
本能寺を治療のために訪れていた信長が何者かに連れ去られ、寺が焼き討ちされるという事件が起こる。
奇跡的生き残った生存者によると、信長は毒を飲まされて死んだように眠ってしまったと。
これら全ての条件に共通して証言されるのが一つの目撃証言。
それは一匹の漆黒の、人の二三回りほどは大きい【鬼】が現場に出没したらしい。
ある者によればその鬼は人を溶かす毒を吐き、またある者によればその鬼は地獄の業火を吹いたのを目撃されている。
人々は不安に思った。
いったい、このJAPANに何が起こっているのだろうか。
その不安は毛利国の。一つの国が一夜にして滅ぼされるという悪夢によって実現された。
死国の門が何者かによって解放され、妖怪に内側から喰い破られた毛利。
そして各地の地獄の穴から漏れ出した鬼達がこぞって毛利へと集結。
内と外からの暴虐に毛利は耐える事が出来ず、一夜にして一つの国が奪われてしまう。
それらの鬼、妖怪、魔物の先頭に立つ者。
それは般若面を付けた、一匹の【黒い鬼】だった。
JAPANの勢力図が一夜にして塗り替えられた瞬間である。
とても魔物だけの集団とは思えない程の統率。
疾風怒濤の侵攻はあっという間に毛利を呑み込み、全領土をその手に収めた。
畏れを知らぬ獣の集団が掲げた国の名前は【終〈ツイ〉】の国。
その日から時間にして、10日が過ぎようとしていた……
■
【終】の国、最前線。
突如として現れた国に対し、隣接する島津は己の国の防衛を優先。
また大陸との繋がりによってライフラインは確保されている。かの国に対して攻勢に出る事はなかった。
そして終の国もまた、島津へと兵を向ける事はない。
毛利を呑み込んだ後は統治をする考えもなく、そのまま牙を織田へと向けた。
無論途中に存在した明石では暴虐の限りを尽くし、明石は死の大地と化している。
その最前線では一つの戦いが終わりを迎えようとしていた。
陣形の取れていない獣の群れなど恐るるに足らず。織田の軍師はそう考えていた。
もっともその甘い考えは己の死をもって償う事になったが。
確かに魔物の軍団は陣形を組んで、臨機応変に対応したりはしない。
ただ一番近い人間に噛み付き、食らい、非道の限りを尽くすのみ。
しかしその特性に指向性を持たせる者が終の国には存在していた。
空から地上の地理を読み取り、最も薄い場所に妖怪を突撃させる。
空を飛べる妖怪には油と火を持たせ、弓矢の届かない高度から投下させて火の海を作る。
基本性能で圧倒的に劣る人間側にとって、魔物に戦術を取られたら為す術がなくなるのだ。
魔物は集団行動をしない。
同じ種族であるなら話は別だが、基本異なる種族とは慣れ合わない。
それがJAPANでの常識であった。
しかしそれは覆される。
その結果として残るのは織田と魔物達の屍の山。
だがその数は圧倒的に織田の兵士が多く、魔物達はその屍肉を貪っていた。
「つ……ぅ……」
割れた兜から血を流し、かろうじて立っている一人の少年。
織田の将の一人でもある山本太郎は派遣部隊で唯一生き残った将であった。
だが彼はその命も、あと少ししか持続されない事を知っていた。
「ここまで……ですか…」
周囲を鬼に囲まれ、その包囲を突破するだけの力は残されていない。
また増援を期待するにも、太郎達の部隊は余りにも早く瓦解してしまった。
増援が来るにしても、あとしばらくの時間が必要だろう。
「念願の姉上に会えて、これからというのに………。
じい、すまない……山本家の再興は遅くなりそうです」
ジリジリとにじり寄る鬼の群れに、太郎の頭の中に幾人もの人が現れては消えていく。
敬愛する姉である五十六、自分を守って死んだじい、山本家に仕えてくれた家臣。
そして最後に浮かんだのは、今はいない兄と慕った男の顔。
(祐輔さん…今、僕もそっちに行くみたいです)
太郎にその気はなくても、織田が浅井朝倉を滅ぼしたのには違いない。
敗戦国となった浅井朝倉は織田の統治下に入り、今は属国となっている。
織田へと別れた太郎がいくら浅井朝倉で祐輔を探しても、その姿はなかった。
浅井朝倉での祐輔の上司だった一郎に訊ねても首を振るばかり。
固く拳を握り締め、心底悔しそうに吐き捨てた一郎の言葉に嘘はないだろう。
つまり祐輔は戦場で、誰にも看取られる事なく死んだのだろう。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
正面にいる鬼達が痺れを切らし、太郎へと牙を剥き襲いかかる。
太郎は決死の覚悟を決め、武士らしく最後は華花しく散ろうと刀を振りかぶったところで。
『やめろ』
ピタリ、と鬼達は動きを止めた。
場違いに流れた人間の言葉。だが驚いた事に、鬼たちはその言語を聞いて動きを止めた。
鬼たちは声の聞こえた方向に顔を一斉に向けると、蜘蛛の子を蹴散らすようにワラワラと散っていった。
一気に開けた太郎の視界の先。
そこには一匹の黒い巨大な、しかし人間よりも少し大きい大きさの鬼がいた。
ゴツゴツとした岩石のような皮膚は鋼のように固く。
指の先から伸びた禍々しい爪は肉を容易く斬り落とす。
丸太のように太い首の上には、般若面を被った三本角の鬼の顔が乗っていた。
ゾクリと太郎の全身に怖気が走る。
太郎は知っている。直接姿を見たわけではないが、話には聞き及んでいた。
終の国を打ち立てた魔物達の頂点に立つのは般若面の黒い鬼であるという話を。
「く…! あなたが、首謀者ですね?」
太郎は身体を奮い立たせる。
ここで自分がこの鬼の首をとれば、あるいはこの一件は解決するかもしれない。
鬼は般若面で表情が見えず、しかも起伏の乏しい声で答えた。
『…だとすれば? お前がこの首、取ってみせると?』
「ええ!! この身に変えてでも!!」
『そんな身では肌に傷一つ付けられないさ。
見逃してやるからさっさと逃げるんだな。お前みたいな子供など、どうでもいい』
「たとえこの身が死のうとも、やらなければいけないんです!
それに僕が死んでも姉上が山本家を再興してくれる!! 馬鹿にしないで下さい!!」
刺し違えてでもこの鬼を仕留める。
失血で震える脚で構えを取り、刀を大上段に構える太郎。
例え自分が死のうと、太郎がした功績は山本家の礎とな――――――
『そう、か…五十六とは再会できたのか』
「………え?」
礎となる。
特攻を仕掛けるべく、すり足で距離を縮めていた太郎。
だがその鬼が発したと思われる言葉に、全ての思考が停止した。
「あ、あぁ、あああ」
そういえば太郎にとって、この鬼の声は聞き覚えがあった。
今の今までそんな事、気付く余裕すらなかったから気付かなかった。
だが、そうだ。懐かしささえ感じる声音。
「嘘、だ」
――――――姿貌は違うが、この声は、あの男の声ではないか。
甚大な震えに身体を支えきれず、ぽすんと地面に尻をつく太郎。
目を見開き驚いている太郎を他所に、黒鬼は興味が失せたとばかりに踵を返す。
『この場に限り、見逃してやる。次はない』
「嘘だ、嘘、嘘ですよね…?
そんな、待って、どうして!!」
太郎にはとても信じられなくて。
敵であるはずの黒鬼に、縋るようにして地面を這いながら近づく。
だがそんな太郎には目もくれず黒鬼は太郎を置いて遠くへと歩いて行った。
『ランスに伝えておけ。貴様の首は必ず取ると。
その前に貴様の全てを奪う。シィルも、女も、貴様の全てを壊す』
「ゆうすけさああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!」
彼は既に人に非ず。
ただ人に害を為す鬼しか在らず。
堕ちし主人公は英雄を欲す。ただただ己の憎悪のために。
■
真っ暗の部屋の中、祐輔は愛おしげに人形の頭を撫でる。
英雄に壊されてしまった人形を。
「殺して……織田を……殺して……あいつを……殺して…」
『ああ、そうだ。殺そう。みんな殺そう』
かつてはJAPANで一番美しいと呼ばれた姫。
だが今は英雄によって祖国を潰され、大事な家族を殺され、自分の純血も奪われ。
英雄に壊されてしまった人形は人形でしかない。
「殺す! 殺してよぉおおおおお! あいつら、全部! 全部!!」
『そうだね。殺そう。全部全部殺して、壊して、奪って、潰して、犯そう』
祐輔は知っていた。JAPANの世界の設定を。
悪戯にオロチを起こす事すらできるし、かぐやの超科学で出来た武器を奪う事も出来る。
だが目下の考えとしてはJAPANを滅ぼすとされた伝説の鬼、セキメイの復活だった。
狂ってしまった。歪んでしまった。壊れてしまった。
ボタンの掛け違いは正す事は出来ず、ただ奈落へと落ちるのみ。
だがこの鬼はそれを躊躇わない。傍らに人形がいる限り。
あとがき
おかしいな…厨ニ病は完治したと思ってたんだけどな。