浅井朝倉と織田。
積み重ねてきた歴史も主義主張も正反対の両軍。
けして交えぬ両軍は今、嵐の前の静けさを持って対峙していた。
織田が率いるはランス。
彼は徐々に高まる緊張感の中、陣の中央で流暢にもシィルにお茶を出させていた。
そこに緊張は欠片も感じられない。この程度の戦場は幾度も経験していると言わんばかりに。
だがそのどっしりとした気構えが周囲に安心感を与えているので、一概に悪いとは言えない。
かいがいしくシィルがランスに世話を焼く中、一人の少女が音もなくランスの前に現れる。
大きく胸元をはだけさせた忍―――鈴女がいつも通りの口調で報告した。
「偵察から帰ってきたでござるよ。
敵の正面に展開している右先陣、中央陣は足軽兵。数は両方合わせておよそ1000。
左先陣には武士隊で数は500。後方の隊まではよくわからなかったけど、数はおよそ700でござった」
「ふむ、総数2200。やはり平和主義ゆえ数は集められなかったみたいですな」
鈴女の報告に納得したかのように頷く巨漢の男。
中央に敷かれた織田軍の重鎮しか参加出来ない軍議に参加しており、身の丈に相応しい豪槍を持っている。
熊と見紛うほどに力強い男・勝家が自分の持論を述べると、ランスも余裕綽々の表情で頷いた。
今回の相手は足利と比べて、あまり苦戦しなさそうだな。
ランスは今までの直感と経験からそう判断を下すと、腰にぶら下げてある魔剣カオスの柄を握る。
「敵の陣形とかはもうわかってるのか?」
「まだ展開していないからわからないでござるが、おそらく守りの陣形じゃないでござるかなぁ?
前面に足軽隊を二部隊も展開してるから、鈴女はそう思うでござるよっ!」
「まぁ別に構わんがな! こっちは攻めの陣形で一気に叩くぞ!!
なんていったっけ? えーっと…そう、そうだ! ギョリンの陣とかいう奴で!
速攻でこいつら蹴散らして、雪姫ちゃんとウハウハするのだ!!」
一に女、二に女、三四がなくて、五も女というランスの思考回路。
戦なんて雪姫を手に入れるための障害でしかあらず、詰まらない障害にいちいち時間をかけてられない。
ガッハッハ!! と豪快に笑いながらランスは合戦開始の指示を出した。
「お前も織田としての初陣だから、俺様のために張り切れよッ!!」
「はい。必ずや我が弓、お役に立てて御覧にいれましょう」
ランスが指揮するランス隊の後方。
指示された陣通りに一糸乱れぬ動きで布陣する一個の弓兵隊があった。
宛がわれたチャンスをモノにし、再び戦国乱世の世に返り咲くため。
ランスに任された弓兵隊を率いる彼女――――山本五十六は弓の射程に捉えた浅井朝倉軍に弓の矢先を向けた。
合戦の開始を告げる法螺の音が鳴り響き、両軍が陣を敷いて敵を迎え撃つ。
徹底した攻めの陣形のランスとは対照的に防御の陣形を敷いて好機を窺う浅井朝倉軍。
織田軍総勢3000、浅井朝倉軍総勢2200.ここテキサスにてついに闘いの火蓋が斬って落とされた、
■
「敵中央に向け一斉射撃……放ェ!!」
戦の始まりは織田軍の弓による一斉射から始まった。
弓の射程ギリギリで放たれた弓矢は豪雨のように浅井朝倉の頭上に降り注ぎ、数多くの命を奪う。
西洋であれば盾を頭上に翳すことによって防げるだろうが、JAPANに盾の概念はない。
そのため鎧の隙間に矢が刺さった兵士の阿鼻叫喚の声をBGMに両軍は衝突した。
■
中央陣に布陣した浅井朝倉の兵は己の不運を呪った。
兵士として出兵した以上、死にたくはないが死ぬ覚悟は出来ている。
「ガハハハ!! てごたえが全くないぞ!!」
だが、アレはなんだ?
確かに自分は死ぬ覚悟をした。人として闘い、敵に殺される覚悟を。
しかしあんなモノに殺される覚悟なんて出来ていない。
人災、いや天災としか形容できない程に凄まじい何か。
その妙な甲冑の剣士が剣を横に薙げば五を超える首が一瞬にして飛び、血飛沫があたり一面に弾けて血の華が咲く。
剣を正面から叩きつければ真っ二つに体が分かれ、地を吸った地面を赤く染め上げた。
ナンナノダ、アレハ?
レベル、いや存在としての格が違いすぎる。
その者は一騎当千すら生ぬるいと戦場を駆け抜け、屍の山を築いて行く。
彼の前に立つ者は例外なく尽く斬り捨てられ、無念の声をあげる事もできない。
「ぁ、ああああああああああああああああああああああああ!!!」
絶叫を上げながら浅井朝倉の兵士は次々と槍を水平に掲げ、突撃する。
如何に化物じみた強さといえど、逃げる隙間もないほどに刃を突き刺せば倒れるはず。
そう思い恐怖していた兵も雄叫びを上げて突進した。
二歩、三歩。
あと少しで槍が届く。
恐怖に駆られた男は返り血で血塗れの剣士の顔を見た。
(笑っ、て―――――?)
絶体絶命のピンチだというのに、剣士に絶望の色はない。
剣士はおもむろに剣を振り上げ、そして言葉を紡ぐ。
「ランス……」
剣士の剣に兵士の目にも映る、ワケのわからない何かが集まる。
突撃した浅井朝倉の兵士はすべからず悪寒を感じ、駆ける速さを速めた。
しかしそれも無駄な努力。剣士は振り上げた剣を大声と共に振り下ろす。
「アタターーーック!!!」
前面を覆いつくし、迸るナニか。
浅井朝倉の兵士は己の身に何が起こったのかまるで理解できないまま、この世を去った。
剣・カオスから放たれたヨクワカラナイナニカは斜線上にいる敵を根こそぎ薙ぎ払う。
剣士改めランスが率いる前線は織田の圧倒的有利で進んでいた。
■
「弓兵隊、東の方角に構え―――――放てェッ!!」
敵の動きの流れを掴み、的確に相手後衛の数を減らしていく五十六。
長年彼女に付き従ってきた兵士達は指示が終わらぬ間に弓を構え、浅井朝倉の軍勢に死の雨を降らしていった。
指揮を執る五十六は彼等の頼もしさに感謝しつつ、次なる獲物へと鷹の目を向ける。
自分の夢は足利の崩壊と共にあの時潰えたはずだった。
敵将の首と言えば値千金。捕虜として捕まえられたが、見せしめに処刑されると。
山本家の復興も弟の救出も何一つ果たせぬまま朽ちるのだと。
「勝家殿の後方左陣へと移動する! 私に続け!!」
しかし自分にはチャンスが与えられた。
何もかもを諦め、自決を考えた時に差しのべられた一筋の光。
それを掴むためなら、成し遂げるためなら部下を殺した織田にさえ頭を垂れる。
(太郎、もう少しだから…姉さん頑張るから―――――!!)
『ん~? 弟? これから戦さからなぁ。終わったら探してやるからな』
『本当ですか…! ありがとうございます!』
『がははは! 全部俺に任せとけ!!(弟なんてどーでもいいが、適当に探しといてやろう。
それよりも五十六ちゃんは可愛いし俺様に好感持ってるっぽいから、和姦でいこう!)』
今はただ、ランスの言葉を信じて織田の狗となる。
山本家が滅ぼされてから数年、足利の下で苦渋を舐め続けてきたのだ。
五十六は弟への思いを募らせながら、己が弓の弦を引き、敵へと狙いを定めた。
■
「一郎兄さん! 二郎の足軽隊がもうもたない!」
織田の攻勢に指揮権を義景から任された一郎は苦渋の決断を迫られていた。
織田の苛烈な攻勢を浅井朝倉は堪えきれず、前線が崩壊しかかっている。
数の上では少しの劣勢だったが、それは戦術次第で逆転させる事が可能な数量差。
そう思っていただけに、織田の怒涛の快進撃を止められずにいた。
織田と浅井朝倉の違い。
それは一騎当千の将だけではなく、将に率いられる兵の質の高さにもあった。
織田は度重なる謀反、そして足利への出兵。
足利に唆された将の反乱に対応するため、常日頃から訓練は欠かしていなかったため練度は高い。
更にここ最近の足利への出兵は兵士に戦の経験を積ませるばかりでなく、陣形を崩さない重要さなどの事を頭に叩き込ませた。
一方浅井朝倉の兵は戦を知らなかった。
浅井家と朝倉家が併合する時も話し合いで決着がついたため、合戦は行われなかった。
更に義景が善政をしいていたので農民による一揆が起きない。
つまり全く戦に対して知識のみで、経験と実力がなったのである。
将と兵、質・量ともに負けているのならば結果も至極当然。
平和的な統一が悪いとは言わない。
しかし実戦経験という観点から見れば、浅井朝倉は赤子のようなものだった。
何度となく戦を経験し、勝ち生き延びてきた織田に敵うはずがない。
「…撤退するよ。全軍に通達してくれ」
「一郎兄さん!?」
「これ以上やったら全滅してしまう。
まだ闘う力が残っている間にひいて体制を立て直すよ」
大分数を減らされたとはいえ、浅井朝倉にはまだ兵が残っている。
今後の闘いの事を思えばここで抵抗するよりも、より有利な条件で戦えるほうがいい。
織田相手に勝つという事は不可能だという考えがよぎるが、部隊を指揮する人間である一郎がそんな事を思ってはいけない。
「厳しい闘いになりそうだ…」
撤退を示す法螺の音が戦場に鳴り響くのを聞きながら、一郎は撤退行動に入る。
彼は務めて平気な顔を装うとしたが、追撃をしかけてくる織田軍が視界に入ると手が震えた。
■
今後の命運を占う初戦は織田に軍配が上がる。
戦死者、負傷者共に比べるべくもなく浅井朝倉が受けたダメージは深刻なものだった。
対する織田軍は兵士の士気も上がり、補給部隊が到着次第侵攻を再開する事を決定。
彼我の戦力差は余りに大きく、織田の兵士には楽勝モード。浅井朝倉の兵士は絶望が漂う。
圧倒的に織田有利の流れが出来ており、これをひっくり返すには並大抵の事では不可能。
浅井朝倉が勝利するためには【第三者】による介入を必要としていた。
■
「マジぱねぇ」
ぜぇはぁと荒い息を吐きつつ歩を進める。
強行軍という言葉あるが、確かに脱落者も出ようというもの。
速度をやや早くしただけでも、一日中歩いていたら脚が悲鳴を上げていた。
それでもそのかいあってか、今はまむし油田の北部まで進んできている。
上手くいけば2日後、いや3日後くらいには浅井朝倉に到着できるかもしれない。
取り替えしの付かない事態を避けるためにも、気分は走れメロスで歩き続けるしかないのだ。
「鉄砲の状態はどうですか?」
「極めて良好だな。ちゃんと俺達が整備してるから、動作不良は起きないはずだ」
そう言って男臭い笑みで白い歯を見せる技師さん達。
彼等はいい意味で職人気質なので、戦に鉄砲をそのまま導入する事も可能だろう。
今のJAPANで鉄砲の存在を知っているのは種子島と俺達だけだ。
重彦様はこれから鉄砲を売り出すと言っていたから、各地の大名には知れ渡っていないはず。
けれど忍者の里があるあの国は情報を持っているかもしれないが。
これは織田を打倒するための切り札なのだ。
打倒するまではいかなくても、運用次第では停戦までもっていける。
唯一の心配はランスがチューリップと似た形状だと気付き、警戒する事だけだが…
「大丈夫か。基本あいつアホだし」
並外れた力と技量を持つランスだが、言動と行動は基本的にアホだ。
謙信タンに襲われて絶体絶命の時にコサックダンス(笑)をした事からも頷ける。
今まで他の作品もプレイした事もあるけど、何か重大な事に気付くのは他の人間だったし―――――
「いかんいかん」
そこまで思考して、俺はしっかりしないといけないと思いなおす。
所詮俺が知っている内容なんてゲームだ。現実でランスがどんな人間かなんてわからない。
ひょっとしたら本当に勇者のように頭脳明晰な人物かもしれないのだから。
ゲームとこの世界が同じという考えは危険すぎる。
ゲームはあくまでゲームと割り切り、参考程度にしておかないと痛い目にあうのは目に見えている。
限りなくゲームと同じ世界だが、限りなく違うとい認識でいないとな。
「雪姫様と太郎君は無事だろうか…あとついでに一郎様も」
巫女機関? いやいや、流石の俺も脱童貞は好きな人とやりたいというか。
それにこんな一刻も争うような事態で巫女機関とか行っていられないし。
今は一時間でも早く浅井朝倉に到着しなければいけないのだから。
■
裕輔はこの時浅井朝倉が織田に攻められ、領地の一つを奪われたなんて事も知らず。
明日の朝の強行軍に備え、死んだかのように眠りについた。
能率や効率で言うならば、ここは裕輔だけでも先に浅井朝倉へと帰るべきだったのかもしれない。
しかし裕輔は自分を過少評価し、鉄砲を確実に持って帰らないと役立たずだと思っていたのだ。
雪姫の悲劇や太郎の事を思うのであれば、自分一人だけで先に帰るという選択肢もあったというのに。
だがそれを追及するというのも酷な話なのかもしれない。
裕輔は元をただせば病弱で一生を病院で過ごした、一介の大学生。
戦況全てを見渡し、一番最善の道を選べというのが不可能なのだ。
しかしながらも裕輔は眼の前にあった選択肢の一つを見逃した。
隠しきれない焦りと疲労困憊な肉体は彼から思考能力を奪ったのだ。
一度廻り出した歯車は止まらない。
クルクルと、くるくると、狂狂と――――――――