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No.4143の一覧
[0] 東方狂想曲(オリ主転生物 東方Project)[お爺さん](2008/12/07 12:18)
[1] 第一話 俺死ぬの早くないっスか?[お爺さん](2008/09/28 13:45)
[2] 第二話 死ぬ死ぬ!! 空とか飛べなくていいから!![お爺さん](2008/10/26 12:42)
[3] 第三話 三毛猫! ゲットだぜ!![お爺さん](2009/01/05 09:13)
[4] 第四話 それじゃ、手始めに核弾頭でも作ってみるか[お爺さん](2008/10/26 12:43)
[5] 第五話 ソレ何て風俗?[お爺さん](2009/01/05 09:13)
[6] 第六話 一番風呂で初体験か……何か卑猥な響きだな[お爺さん](2009/01/05 09:14)
[7] 第七話 ……物好きな奴もいたものだな[お爺さん](2008/10/26 12:44)
[8] 霧葉の幻想郷レポート[お爺さん](2008/10/26 12:44)
[9] 第八話 訂正……やっぱ浦島太郎だわ[お爺さん](2009/01/05 09:15)
[10] 第九話 ふむ……良い湯だな[お爺さん](2008/11/23 12:08)
[11] 霧葉とテレビゲーム[お爺さん](2008/11/23 12:08)
[12] 第十話 よっす、竹の子泥棒[お爺さん](2008/11/23 12:11)
[13] 第十一話 団子うめぇ[お爺さん](2008/12/07 12:15)
[14] 第十二話 伏せだ、クソオオカミ[お爺さん](2009/01/05 09:16)
[15] 第十三話 おはよう、那由他[お爺さん](2009/02/01 11:50)
[16] 第十四話 いいこと思いついた。お前以下略[お爺さん](2009/05/10 12:49)
[17] 第十五話 そんなこと言う人、嫌いですっ![お爺さん](2009/05/10 12:51)
[18] 霧葉と似非火浣布[お爺さん](2009/05/10 12:51)
[19] 第十六話 ゴメン、漏らした[お爺さん](2009/06/21 12:35)
[20] 第十七話 ボスケテ[お爺さん](2009/11/18 11:10)
[21] 第十八話 ジャンプしても金なんか出ないッス[お爺さん](2009/11/18 11:11)
[22] 第十九話 すっ、すまねぇな、ベジータ……[お爺さん](2010/01/28 16:40)
[23] 第二十話 那由他ェ……[お爺さん](2010/07/30 16:15)
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[4143] 第二十話 那由他ェ……
Name: お爺さん◆97398ed7 ID:0377b081 前を表示する
Date: 2010/07/30 16:15



 少女は叫ぶ。己が使命を全うせんとばかりに声を張り上げ、そこに居るであろう全ての生物にその言葉を投げかける。


「春ですよーーー!!」


 少女の言葉が春風に乗せられる。柔らかな日の光に包まれながら、白い少女――リリーホワイトは満面の笑みを浮かべて空を飛びまわった。その速さは天狗も目を見張るほど……まるで水を得た魚のようである。

 時折放たれる青赤の弾幕は溢れんばかりの彼女の喜びか……その弾幕のお陰で、彼女のお守り役を任された弥生は迂闊に彼女に近付けずに居た。今のリリーホワイトを止めるのは、回転鋸を素手で止めるのに等しい程難しい行為だ。下手に手を出せば自分が撃墜する姿が目に見えるようで、弥生は被害の及ばない場所から彼女を眺めていた。

 美しいと思う。桜の花びら、柔らかな日光、それらを乗せて吹く春風――全てがリリーホワイトという妖精を際立てている。春告精という名は飾りではなく、まさしく彼女の本質を表したものなのだと弥生は思った。

 弥生はため息を吐く。手の平を額に置き、霧葉にやられた場所を軽く撫でる。痛みはとうの昔に引いていたが、霧葉に傷付けられたその部分に触れるだけで彼の姿を思い出せるような気がした。直後、自分がしている事に気付き、弥生は軽く赤面して頭を振った。まるで恋焦がれる少女のようだと思うと、急に気恥ずかしくなってしまう。


「……まったく、乙女と言える歳でもなかろうに……」


 呟き、自嘲する。確かに操は守っていたが、七十過ぎの自分を果たして"乙女"と称していいのか、弥生自身甚だ疑問だった。ふざけ半分で己を"乙女"と称する事はあったし、実際自分が霧葉に焦がれているのは自覚している。だが、どちらも自意識から外れた事はない……はずだった。それがどうだ。知らず知らずの内に"想っている"。空白の時間を"想う事"で塗りつぶしている。挙句の果てが"自身が未通女かどうか"という何とも馬鹿馬鹿しい事で頭を悩ませている。

 吐息。昔は下らないと一笑していた事柄を、どうしてこうも大真面目に考えなければならないのか……弥生は再びリリーホワイトに視線を戻した。


「はーるーでーすーよーー!!」


 離れていても届く、元気な声。古来より言葉には何らかの力があると言われているが、まさかこんな効果があるとは弥生も思ってはいなかった。春の陽気に中てられたのだ――そう結論付けると、弥生は一つ頷いた。たかが妖精、されど妖精。その力は中々にして侮れない。

 しかし……と、弥生は冥界を――満開の桜が広がる白玉楼を見回した。能力を使わなくても分かる春の気配。どういうカラクリなのかは分からなかったが、この場所に幻想郷中の春度が集められているのは、何となく想像が付いた。その所為で、リリーホワイトがこうも興奮しているのも分かっている。そして、その興奮が空回りしているのも……。

 冥界に生物は居ない。例外を除けば、そこに居るのは全て幽霊だ。見た物、聞いた物、触れた物、味わった物を考え方に変換する、謂わば感性変換器のような存在。肉体を持たず、不定で空気のような幽霊(それ)しか居ないこの場所において、リリーホワイトの声を聞く者は無きに等しい。

 確かに、幽霊とはいえ聞こえはするだろう。何と無しに春が来たのだと理解する事も出来るだろう。だがそれだけ、幽霊が四季の移り変わりに胸躍らせる事は決してない。だからリリーホワイトの言葉に耳を傾けるような事もしない。だから……ここでは彼女の声だけが、明瞭に響くのだ。


「はーーるーーでーーすーーよーーーー!!」


 リリーホワイトの笑みは崩れない。リリーホワイトの歓喜は止まる事を知らない。それが全て空回りしていると知りながら、弥生は彼女を止めようとはしない。いずれ気付く事をわざわざ伝える程、弥生は世話好きではない。それに――と、弥生は鼻をひくつかせた。

 冥界に足を踏み入れてから、ずっときな臭さを感じていた。放っておけば面倒な事になるだろうと、弥生の第六感が語りかける。自分の全ての感覚を信じている弥生にとって、それは一種の警告とも取れた。自分の事を第一に考えるならばここから退避するのが一番なのだろうが、残念な事に彼女の理性がそれを許さなかった。

 リリーホワイトの事よりも、今はこちらを優先すべきだろう。弥生は一つため息を吐くと、視線を臭いの元へ――桜花爛漫の中、唯一花を咲かせていない巨大な枯木へと向けた。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……出来ればどちらもお断りなんじゃがなあ」


 愚痴を零しながら苦笑する。第一に考えたのは自分の事ではなく霧葉の事。平然とそんな考えが浮かぶ辺り、弥生は自分が腑抜けた事を自覚した。

 だが不思議と、後悔の念は湧いてこなかった。










東方狂想曲

第二十話 那由他ェ……










 膳を持ち、静かに足を進める。妖夢殿から言いつけられたように腰から動く事を意識し、膳の平衡感覚も保ったままその心さえも落ち着かせようと勤めた。明鏡止水の心境――"静かな水"が濁りのある味噌汁とは、何とも皮肉なものである。

 四苦八苦しながら妖夢殿の後に続く。未だ人化して日が浅い私に、こうして人間の様に働かせる事は虐待に等しいのではないのだろうかと、少しだけ間抜けた事を考えてみた。主の奇行に振り回されるのと違ってこちらは地味な辛さがあり、実際に心の天秤に掛けてみると何故だか均等に吊り合った。恐らく好感の度合いで大きな依怙贔屓が起こっているのだろう。閑話休題。

 しかし動き辛い……私はちらりと自分の身形を見直した。身に纏う丹前――厚く綿を入れた広袖の着物――は、主が昔着ていた単よりも暖かかったが、その分厚ぼったく非常に動き難い。特に足部などは胴回りと同じ程度しか動かせない為、どうしても歩幅が狭くなる。自然と前を行く妖夢殿と同じように摺り足になってしまうのは致し方ない事なのだが……世辞にも歩きやすいとは言えなかった。


「……むぅ」

「しっ」


 知らず知らずの内に唸っていたのか、妖夢殿から軽い叱責を受け取った。たった一言ではあったが、微かな殺気と視線が乗せられたそれは、唸り声一つの対価にしては聊か度が過ぎるようにも感じられる。生真面目な性格は好感を持てるが、真直ぐ過ぎるのはどうかと思う。主ほどとは言わないが、もう少し柔軟な頭を持った方が良いだろう。

 反省の意を表す為に無言で肩を竦めつつも、内心では相手を小馬鹿にする。腹に一物背に荷物――いや、この場合手に荷物か?――まったく、何時から自分はこうも性悪になってしまったのだろうか。そう思と同時に、脳裏に主の姿が浮かんだ。無表情にも関わらず口を開けば戯言ばかりの駄目兎……少なくとも主が原因の一端を担っているのは間違いないだろう。

 と、不意に妖夢殿が立ち止まった。そこまで速く移動していた訳ではなかった為"ぶつかる"という最悪の事態は逃れられたが、今度からは足を止める前に一声掛けて欲しい。もっとも、その"今度"があるのかは怪しいところだが……。


「お食事をお持ちしました」

「あら、思ったより早かったわね」

『あーそういやそろそろ飯か』


 本来居ないはずの人物の声が聞こえ、私は思わず身を硬くした。聞き間違えるはずのない主の"声"が襖の奥から聞こえてくるという事は……つまる所、そういう事なのだろう。戸惑いを隠せない私を尻目に、妖夢殿は音もなく襖を開けた。

 目を見開く。奇妙な赤い服を着た兎妖怪が、掌で一匹の蝶を弄びながら座している。主だ。どうやって此処に来たのか、どうして此処まで来たのか。二つの疑問が私の中でぐるぐると渦巻き、次いで幽々子殿の周りにあれが――主が作った檻が存在しない事に気が付いた。拙い。私は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 従者である妖夢殿にとっては喜ばしい事かもしれないが、今の幽々子殿は私達からして見れば"檻から出た猛獣"である。今は未だ落ち着いた空気を纏ってはいるものの、機嫌を損ねる訳にはいかない。例え彼女が私達を始末したとしても、何ら不利益になる事はないのだから……。

 呆然とする私と妖夢殿の二人を眺めて疑問に思ったのか、幽々子殿から一声が飛んだ。


「どうしたの、妖夢?」

「あ、いえ、幽々子様、檻は……?」

『俺がぶっぱしました』

「この子が何とかしてくれたわ」

『見てからぶっぱ余裕でした』


 会話の合間にちょくちょくと主の言葉が入る。本人は相変わらず無表情で蝶を弄んでいるだけに表面上は彼女達の話に関心がない様に見えるが、その合間に入る言葉はどう考えても楽しんでいるようにしか思えない。妖夢殿から発せられる訝しげな視線も何処吹く風である。その鉄面皮が少しだけ羨ましく思えた。

 何と無しに天井を見上げれば、最初に来た時よりも一回りほど大きくなった穴から澄んだ青空が見て取れる。少し目を閉じるだけで、檻を全力で投げ飛ばす主の姿が目に浮かぶような気がした。


「……失礼します」

『失礼されます』


 妖夢殿は一言だけそう断ると、膳を置いて幽々子殿へと近付き、静かに耳打ちした。流れからして恐らく主の事を聞いているのだろう。だが時間にしてみれば、私達二人がこの部屋を離れていたのは僅か一時にも満たないのだ。彼女の疑問が解決するのにそう時間は掛からないだろう。

 すっかり手持ち無沙汰になってしまった私は、一先ず妖夢殿に倣って膳を置こうと膝を折り……主からの視線を感じ取った。疑問とほんの少しの驚きが込められたその視線。何故そんなものを向けるのかと思うと同時に、今の私の姿が主のそれそのものだという事に今更ながら気付いた。

 実を言うと、主は私が"変化"出来る事を知らない。いや、知らないと言うより、私が主に伝えていなかっただけだ。何せ――普段の弥生を見る限りではあるが――主は獣の外見を好む傾向がある。単なる愛護を受けたいのならば、猫の姿のままその旨を伝えれば、大方の事は通るだろう。

 しかし主の仕事を手伝うとなると、どうしても"人間の手足"が必要になる場合が多々ある。昨季などは主自身が奔走している姿を近くで眺めていたが、主だけに負担を掛けさせるのは流石に気が引ける。そう思い、わざわざ弥生に頭まで下げて"変化の術"を覚えたのだが……いざ変化してみれば主の姿に成るわ、膂力は格段に弱まるわ、妖力はごっそり持ってかれるわと、散々な結果となってしまった。利点と言えば精々手先が器用になった事ぐらいだろう。

 慣れが必要だ。少なくとも弥生と同等……出来るならばそれ以上に容易に"変化の術"を行使出来るようにならなければ。それまでは主に黙っておこうと思ってはいたのだが――。


『そもさん』


 ――それが裏目に……待て。思考に水をさされて意識を戻せば、主が人差し指を此方に向けていた。その指先にとまる虹色の蝶が、主の雰囲気を一層間抜けなものへと変化させている。その顔に表情は無かったが、主から発せられたのは確かに楽しげな声色で……思わず口元が緩みそうになった。

 左の掌を見せる形で三指をのばす。弥生と主が意思疎通を行う為に考えて失敗した――手、又は口上による計七十三個の――合言葉。問われる言葉にバラつきはあるものの、返す言葉と動作を全て覚えていれば何の問題も無い。これは主の従者としての嗜みの様なものだ。


「せっぱ」

『しょうりゅう』

「ぶっぱ」

『よけろ』

「ナッパ」

『わらえよ』

「ベジータ」


 パンッと両の掌が打ち合わされる――終了の合図。問いの回数に限度はなく、主の気分によって数回から数十回と押し問答を続けなければならない。しかし……。


『おっけ、間違いなく那由他だな』

「言い返した時点で気付け、主」


 苦笑しつつも、少しだけ非難の視線を送ってやった。主の"声"が聞こえ、なおかつ返す事が出来る生物など、幻想郷広しと言えども私以外に存在しないだろう。

 ふと視線に気付く。今度は幽々子殿と妖夢殿の二人からのものだ。何時の間にひそひそ話を切り上げたのか、二人は奇異なものでも見る様な目で私を眺めていた。確かに知らない人物から見れば私達のやり取りはおかしなものに見えただろうが、それにしても私だけを見るのは――。

 瞬間、答えに行き着いた私は硬直した。主の"声"は私には聞こえるが、他の人物達には聞こえる事がない。逆に言えば、"私にしか聞こえていない"。つまるところ今の押し問答は、傍から見れば私の一人芝居という事になってしまい……。

 主が動く。両手の親指を立てて自分に向け、首を少しだけ傾けて片目を閉じた――むかっ腹の立つ仕草。そして一言。


『うぇっかとぅHENTAIわぁど』

「壊れろ、非常識っ!」


 思わず飛びかかってしまった私を、一体誰が責められるだろうか。










 遠目に見ても巨大だったそれは、近付くにつれてその異質さを増していった。禍々しい妖気と死臭……花見の桜には向かないだろうと、何とも間抜けた事を考えた。

 頭を振って、私は眼前を睨んだ。桜花爛漫の中、唯一蕾すらつけなかった桜の巨木。これほどまで近付けば、目を閉じても鼻を摘んでも肌で感じ取る事が出来る。汚物か吐瀉物にでも触れてしまったかのような嫌悪感が全身を駆け巡り、鼻が曲がりそうな程の臭気が漂い、呼吸をするだけで体内まで穢れる様な錯覚を覚えた。舌打ち。能力が過ぎるのも考え物だ。

 木に触れ、瘢痕のような木目をそっと撫でる。大き過ぎるそれには嫌悪感という感情しか芽生えなかったが、今だけはそれを顕界に捨て置く事にした。帰る際に拾っていけば何の問題もないだろう。

 瞑目し、心を落ち着かせる。感知出来るもの全てから必要なものを引き出す感覚――『大丈夫だ』と小さく呟き、自身に言い聞かせた。妖気に取り込まれて自我を見失う可能性――十二分にありえる可能性。"もしも"の事を考えると、流石の私でも身震いがした。

 大仰な深呼吸――再び『大丈夫だ』と自身を慰める。私にはキリがいる。彼奴がいれば、私は"弥生"のままでいられる。私は自分の身体に飛び込んでくる情報に、静かに身を任せた。

 軽く首を傾げたのは相手の思惑――幻想郷という場所から春を取り上げて、何を成そうとしているのかという疑惑。

 おかしいと思ったのは冥界の春度――冥界全体に春度が等しくばら撒かれているというのに、眼前の巨木周辺には春の気配が一切しないという疑惑。

 きな臭いと感じたのは巨木の空気――人間特有の煩わしい思考を煮詰めたかのような不快感極まりない空気を、何故誰もが放っておくのかという疑惑。

 全てが……私の中で繋がった。

 ゆっくりと巨木から離れ、付近の桜の下に座り込む。脳髄が痛みを訴え、手足が動く事を拒否し、心臓が泣き言を零していた。死線ならば何度も潜り抜けた事はあったが、これほどまで身体を虐めた事は久しくなかった。キリから一撃を見舞って貰ったあの時でさえ、私が"死"を感知する事はなかったというのに……いや、それは当たり前の事か。

 ため息を吐き、巨木を見上げた。膨大な年月を過ごした巨木(ばけもの)からは、深い木目(しわ)黒ずんだ表皮(苦渋の色)が見て取れる。そして何よりも感じ取る事が出来たのは――。


「――反魂の儀……か」


 呟き、私は額を押さえて自分の手の冷たさを楽しんだ。精神的重圧が掛かりすぎないよう注意しながら、思考を続ける。

 古来より桜の木の下には死体が埋まっているというのが人間の俗説らしいが、あながち間違いではないだろう。私はちらりと巨木の根元に目をやった。何匹もの大蛇が絡み合うかの様な歪な木の根――私の能力を信じるとするならば、そこに全ての元凶が"在る"のだろう。

 感知出来た全てを頭の中で整理する。一定量以上の春度を集め、溜まった分を一気呵成に巨木へと注ぎ込み、巨木とその下に眠る魂を同時に活性化させて反魂――儀式の原理としては申し分ない。ついでに冥界という場所で居直り強盗の様に堂々としている所に着眼すると、冥界の管理人の知人、もしくは管理人本人が儀式の根回しをしたと考えるのが妥当だろう。どちらにせよ、私やキリの手には余る相手だ。もし"そう"なってしまったとしたら――。

 頭を振る。何時の間にか敵対した際の事を考えてしまった。平和主義のキリの事だ、万が一にもそんな事は望まない(・・・・)だろう。例え相手が私達を目の敵にしたとしても、キリならば何とかしてくれる。何せキリは……。

 目を瞑ると、暖かな風がそっと私の頬を撫でた。重々しい眠気が私に休息を訴える。春眠暁何とやら。人間の言葉に従うのは聊か癪だったが、身体はそうも言っていられなかった。段々と思考回路が上手く回らなくなってくるのが分かる。眠気で重くなった瞼を少しだけ開き、私は巨木へと視線を向けて口を開いた。


「まったく、香だけでは足らぬと申すか……」


 一つ皮肉を吐き、私は意識を手放した。










 さわさわと風の音が聞こえます。暖かな春風は桜の花びらを散らせ、舞わせ、そして何処かへと運んでいく……桜の方からして見ればそれははた迷惑な行為かもしれませんが、私たちの様な生物から見ればそれはさぞかし綺麗な光景なのでしょう。

 ではここで問題です。何故その光景が私には見えないんでしょうか。

 答え。那由他に殴られて俗に言う"前が見えねぇ"状態だからです……俺コイツ助けに来たんじゃなかったっけ? 何で俺ボッコされたの? 流石の俺もちょっとムカッと来たんで、軽く嫌がらせしてみるテスト。


『日本国民は、正当に選挙された国会における代表を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果とわが国全土に亘って自由のもたらす恵沢を確保し――』

「あー……主?」


 困惑したかのような那由他の声。その姿が見れないというのは実に残念だ。そういや何でか知らねぇけど、ぱっと見は完璧ショタだったな。しかも中々の美形。多分半ズボン装備でニッコリ笑ったら、そっち系のお姉さんとかが沢山釣れ……なるほど、那由他ってそういう趣味だったんですね、分かります。いや、別にいいって事よ。誰にだって人に言えない性癖の一つや八つ、心の奥底に仕舞い込んでる事位分かってるからな。俺だって人参より大根が好きだし。

 かなり失礼な事を考えつつも、それを噯にも出さずに一筆する。勿論"声"も止めるつもりはない。


【何?】

『――ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権利は国民がこれを享受する』


 ……この後何だっけ? 政経の授業はほとんど寝てたからなぁと、今更ながら前世の事を後悔してみる。まぁいっか、適当に繋げとこ。


『これは人類普遍の減速であり、これ憲法くぁ、カカッ原則にてるものる。われわは、このれが反芻一切合財にけん砲、蓬莱及ばれた宿直が配所する』

「……主、頭は無事か?」

『顔よかマシだ』

「すまん」

『ん、許す』


 勘で手を伸ばし、軽く頭を撫でてやる。掌全体に広がる、人間特有の頭髪の感触――時折触れるネコ耳の毛が心地よいが、やはり個人的にはありのままの那由他の方が好きだ。具体的に言えば腹の辺りを一定間隔で撫でると無条件降伏してくれる那由他とか弥生とか……あ、これってもしかして二股? 俺が? 出来ればNice boat.な展開だけは勘弁してください。

 そんなSAN値直葬な事を考えつつも、ちらりとゆゆさんに目をやると、何やら鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべていた……と思う。回復しかけの視界な為に断定は出来ないが、そこら辺は俺の豊富な妄想力がカバーしてくれるだろう……してくれたらいいなぁ。

 まぁとりあえずは感謝の意を示す為にと一筆。それを三つ指で差し出す形で、深々と頭を下げた。


【家の者がご迷惑をお掛けしました】

「迷惑……だったかしら? 妖夢」

「えっ!? えぇっと……礼儀も弁えておられましたし、料理の手際も良かったので、そこまで迷惑という訳でも――」


 妖夢(オプーナ少女)のしどろもどろな答え方。咄嗟に話を振られた所為だというのは、容易に想像出来た。きっと根は真面目君なんだろう。いいなぁ。からかっても拳が飛んで来ないとかいいなぁ。$2500ぐらいで買えねぇかなぁ。あ、そもそも所持金がねぇや畜生。


「と、言う訳で、別に迷惑ではなかったわよ? どちらかと言えば貴方の檻の方が迷惑だったわ」

「ゆっ、幽々子様!?」

【その件に関しましては、本当に申し訳ありませんと言う他ありません】


 ゆゆさんの嫌味たっぷりの言葉を咎めようとしてか、少しだけ声を荒らげるオプーナ少女。まぁここまで露骨な言い方だと、発言者が身内であっても非難の言葉の一つぐらい出てしまうだろう。

 しかし、実際ゆゆさんの言葉は正しい。何の前触れもなく『お前、今日から監獄生活な』とか言われたら、誰だって憤りを覚えるだろう。しかもその理由が全くないとなれば、嫌味の一つや二つ言いたくもなる……てか普通は怒鳴り散らされるか拳が飛んでくるもんだ。

 更に今回の場合『ゆゆさんの屋敷の屋根を壊した』という、でっかいおまけまで付いている。時代が時代なら、打ち首にされたって文句は言えない。むしろ非難の言葉で済むだけありがたいと言うものだ。打ち首ってかなりキツかったし……まぁ、夢の知識なんてあんまし当てにならんか。

 そんな訳で、今はとにかく下手下手に出る。ぺこぺこと頭を下げて、表面上だけでも媚び諂う。今ほど自分のポーカーフェイスがありがたく感じた事はないだろう。


【つきましては謝罪の意を込めて、先程の要求を呑ませて頂く所存です】

「あら? いいの?」

【出来るかどうかは兎も角、此方も最大限の努力はしてみるつもりです】


 つくづく筆談ってのは便利だと感じた。何せ声色による感情の起伏が、相手には全く伝わらない。普通に会話するのには向かないかもしれないが、今みたいな交渉時にはもってこいの技術である。心にもない事社交辞令がすらすら書けるよ!


「そう……なら、"お願い"するわ」

【承りました】


 しかしどの口でそれを言うかねぇ。オプーナ少女と那由他が来るまで無機質な目を向けながら"提案"したと言うのに、それを微笑みながら"お願い"と申すか。ゆゆさんはすごいなぁ、ぼくにはとてもできない。

 ちらりと隣の那由他に目をやると、こちらも何やら驚愕の表情を浮かべていた。外見ショタなだけに、ちょっと萌えたのは秘密である。


『……どったの?』

「いや、主が敬語を使っているのが気持ち悪くてな……」

『ていっ☆』


 おれのでこぴん。こうかはばつぐんだ。なゆたはひるんだ(うずくまった)

 ……いや、まぁ那由他の言いたい事も分かるよ、うん。俺って常日頃からぐだぐだと愚痴とか軽口とかしか言わないからね。『今更何常識人ぶってんだこの糞野郎』とか言われても、それは仕方のない事だ。

 しかしこれでも一応社会人の第一歩を踏み外して死んだ身なのだ。そりゃ体育会系の人達と比べれば幾らか上下関係には疎いけど、目上の人に対する敬意の配り方なんかは、ほんの少しだけ身に付いている。新人研修とか何やらが終わった後だったら、更にスキルアップしていた事だろう。


【それでは作業の方に入らせて頂きます】


 そう書かれた紙を最後に、静かに立ち上がる。正直この部屋に長居したいとは思わなかった。オプーナ少女はずっと胡散臭げな視線を投げてくるし、ゆゆさんは夢の中に出て来る美女と同じような空気を纏っている所為か、どうしても苦手意識が芽生えてしまう。多分こういうのが"オーラ"とか"気魄"とか言うんだろうなぁ……。

 そんな呑気な事を考えつつ、額を押さえている那由他の襟首をガッシリ掴む。そのまま早々と部屋から出ようとして……声が掛けられた。


「とっ。その前に、一緒にお昼はどうかしら? 腹が減っては何とやらよ?」


 軽く振り返り、肩越しに那由他達が持って来た膳を見遣る。ご飯茶碗、汁椀、膾に煮物に焼き物、おまけに香の物……一汁三菜のそれは一見質素なものにも見えるが、一汁一菜が基本の俺達の食事と比べれば、単純計算で三倍程良い物である。

 掴んだ那由他が一つ身動ぎするのが分かった。大方、ゆゆさんのお誘いに心惹かれるもの――恐らく焼き魚辺りか――があったのだろう。だが残念ながら、今の俺は生臭を口にする事は出来ない。期待に目を輝かせているであろう那由他の思惑を裏切る形になるのは非常に楽しい心苦しいが、ここは謹んで辞退しておこう。

 那由他を掴んでいない方の手を軽く上げ、少しだけ頭を下げる。これだけで言いたい事は十分伝わるだろう。


『そんな魚を適当に切って炙っただけの蛮族の料理が食えるかよ』

「ちょっ! 主!?」


 まさにニーサンってか?










 リリーホワイトは声を張り上げる。もっと、もっと遠くに居るものへと届くように、声を張り上げる。

 春が来た。寒くて苦しい冬が終わりを迎えた。春だ。暖かい春が来た。もう寒さに凍えなくていい。もう飢えに耐えなくていい。これから全てが目覚めるんだ。春だ。柔らかな日の光をと暖かな風を伴って春が来た。だから目覚めて。私はもう此処にいるのだから。

 彼女のたった一言に込められたその思いは、大きい。妖精は自然の具現化。つまり彼女の言葉は、春告精としての存在意義も同じなのである。だと言うのに……。


「……」


 その違和感に気付いたリリーホワイトは、静かに周囲を見回した。暖かな春風が強く吹き抜け、それに乗せるように桜の木々は花弁を散らす……新春の季節には良く見られる光景だ。

 だが、音がない。生命の脈動する音が聞こえない。普段ならば気にも留めなかったであろうその事実……無視しようにも、一度気が付いてしまった違和感は拭えなかった。それに何時も彼女が行く先々の場所と違い、冥界(此処)は余りにも静か過ぎた。

 後は芋蔓式だった。一度疑ってしまえば、それを元に戻すのはどんな生物であれ至難の業だ。例え妖精と言えども、生物という枠組みの中に存在してしまっている以上、例外では居られない。

 リリーホワイトは頭を抱えた。目を見開き、唇を小さく震わせて、時折頭を振る。先程までの笑顔とは一線を画する顔色。気付きたくないという思惑に反し、彼女はその事実に行き当たってしまう。

 冥界(此処)には、生物が居ない。

 少し考えれば誰だって気付く事だが、春を眼前にしたリリーホワイトがそこまで気を回せるかと言えば、当然の事ながら首を横に振る事しか出来ないだろう。人間とて、極限状態で眼前の真偽を見分ける事は出来ない。ましてや妖精は知能面で人間に劣るとまで言われている。彼女に人間以上の事を求める事自体が、土台間違いなのだ。


「どう、して……」


 思わず零れた呟き。その言葉に続くのは『何故』という答えの見えない問いかけ――今の彼女にとって、何の意味も持たない問いかけだった。不可解な事が起きた時、誰だって最初はその原因を知ろうとする。しかし今必要なのは『何故』ではなく『どうするか』という問いである。原因というものは、所詮は指針要因の一つでしかない。時に分からなくてもいいものは、分からないままで済ませる事も必要なのだ。だというのに――。

 リリーホワイトは両の目に涙を溜めていた。春が来たのに誰も居なくて、分からないという事実が眼前にあって、自分が酷くちっぽけな存在になったみたいで、それで、それで……。


「……っ」


 唐突に聞こえてきた甲高い音で、彼女の意識は冥界へと戻る。意識の外からの呼び声――初めての反応。音源へと視線を向ければ同じ顔をした少年が二人。見知った服装をした片方が、指を咥えながら片手を振っていた。それを認識した瞬間、リリーホワイトは"飛んだ"。

 空気を切り裂き、花弁を蹴散らし……天狗も目を見張る様な速さで飛ぶ。何故そこまで急ぐのか、彼――霧葉――に会ったからといって何になるのか。明確な理由も思考も持ち合わせていない今の彼女に、そんな自問を投げかける暇はなかった。ただ一刻も早くとでも言いたげに霧葉の元へと飛ぶ。彼自身も、そんな彼女に応えるかのように諸手を広げ。

 衝突。


「っ!!?」

「主っ!?」


 勢いを殺しきれずに、そのまま二転三転と転がる二人。傍観していた同じ顔のもう一人――那由他――は一度だけ声を荒らげるも、無事に返ってきた"返事"にほっと胸を撫で下ろした。

 結果的に押し倒す形となってしまったが、リリーホワイトは気にも留めなかった。ただ『霧葉なら何とかしてくれるかもしれない』という意識だけが、今の彼女の中では渦巻いていた。それは春度を集めてくれた……(冥界)に連れて来てくれた霧葉に対する、絶対的な信頼から来るものだった。

 例え霧葉の動機が不純なものであっても、傍目から見ればその行動力は本物だった。だからこそ、彼女は彼を頼った。自分が分からなくても、彼ならば答えを知っているかもしれない。この疑問に答えてくれるかもしれない。そう思い、彼女は口を開いた。

 しかし――。


「あの、私一生懸命呼んでたんです。でもずっと返事が返ってこなくて……それで。それで――」


 口から出てくるのは支離滅裂な言葉だけだった。要領を得ない彼女の言葉に、流石の霧葉も首を傾げる。たったそれだけの行動を返されただけで、リリーホワイトは心臓が苦しくなるのを感じた。それでも言葉は止まらなかった。


「もう春のはずなんです。春のけはいがこんなにもたくさんあるのに、ぜんぜんこえが聞こえなくて。でもがんばればみんなおきてくれるかなって思ったのに、がんばってもはるのけはいしかなくて、それでひとりだってわかって、こんなにひろいのに……ひとりで……ひとりぼっちで」


 言葉が詰まる。抱いた疑問が圧し掛かってくるかの様な重みが胸へと集中し、圧死しそうになる。自分は何を伝えたかったのか、分からなくなる。そんな内心のまま言葉にした所で、他人にそれが伝わる訳もなく――。


「だれも……っう、ひっく……いな、くて……っえぅ」


 ――再び霧葉が首を傾げると同時に、彼女の言葉は嗚咽へと変わった。

 伝えたい事が伝わらない。その所為で、聞きたかった答えは返ってこない。そんな漠然とした事実が、呆気なく彼女を決壊させた。どうしようもなく息が詰まって言葉を口にする事が困難になり、視界に一杯に映っていたはずの霧葉の顔はあっという間にその輪郭を失った。

 今の彼女は、まるで子供の様だった。もどかしさに堪えられなくなる。無力感に苛まれて自壊する――どちらも子供が泣く要因であり、同時にどうやっても克服出来ない要因でもあった。大人になるにつれて自分という個人が出来る事は増えていくが、それでも時にはどうしようもならない事がある。そうして子供の様に泣いたり喚き散らしたりする心理的状況を"錯乱"と呼ぶ。

 彼女のそれは大人しいものであった。下に敷いた霧葉に手を上げる事もなく、大声で喚き散らす訳でもなく、ただ小さく嗚咽を漏らすだけ。錯乱と呼ぶには程遠いが、泣いているという事実に変わりはなかった。

 傍らではどう対処すればいいのか分からずに、右往左往する那由他が居た。泣く子供を目前にするという場面を、彼は一度たりとも経験した事がない。それ故に"あやす"という言葉を知っていていても、それをどうやって行動に移せばいいのか分からなかった。


「……――っ!」


 相手の精神がもう少し大人ならば、諭して泣き止ませる事が出来るのに……と、那由他は悔しそうに歯噛みした。霧葉の"口"として生かされて早十二年、口先だけならば誰にも負けない自信があった。だが子供に言葉だけで言い聞かせるのは不可能だ。言葉の奥に隠された意味を理解出来る子供はいない。そして理解出来ない事を理解し、子供は泣くのだ。

 顔を覆って泣き続けるリリーホワイトを、霧葉は何時も通りの顔で眺め続けた。傍目から見ても、何を考えているか分からない様な平坦な顔。長年一緒に居る那由他ですら、"声"を聞かずに彼の感情を知る事は不可能だった。

 だからだろう。何の前触れもなく霧葉が動いても、那由他は何の反応も返す事が出来なかった。


「っ!? ……」


 リリーホワイトははっとなって面を上げる。自分の頭へと続く腕を見遣り、次いで自分を見上げている霧葉に目を遣った。


「……」


 視線が絡み、霧葉は一度だけ首を縦に振った。たったそれだけの動作だったが、リリーホワイトにとっては十分過ぎた。その肯定が何を意味するのか理解し、伝わったのだという喜びが彼女の中を駆け巡り、そして――。


「――あっ、うあああぁぁぁっ!!」


 爆ぜた。

 声を張り上げての号泣。下に組み敷いた霧葉に抱きついての号泣。子供特有の甲高い泣き声に少しばかり顔を歪めた霧葉だったが、静々とリリーホワイトを抱き締めた。


「……」


 そのまま発した、たった一言だけの彼の"呟き"。それが何を意味するのか問いかけようとした那由他だったが、一つ開口しようとして口を閉じた。不粋だ。彼は地に伏した二人を眺めながら、ただ漠然とそう思った。泣く子を置き去りにした会話は、実際に置き去りにされるのと同じくらい子供の心を傷付ける。

 それからリリーホワイトが泣き止むまで、二人は一言も言葉を発しなかった。










 幽々子が手をかざすと、一匹の蝶がその指先に止まった。那由他が連れて来られた時から飛ばしていた虹色の蝶――死蝶。弾幕としての力すら込めていないそれを指先で弄びながら、彼女は何となしに呟いた。


「……鈍ったかしら」


 眉をひそめ、死蝶を眺める。美しい色彩を放つそれは何も語らず、ただ二度、三度と羽を揺らした。見方によっては励ましているように見えなくも無いが、霧葉の指の上でも同じ動作をしていたのを見た後となっては、ただの媚にしか見えなかった。

 幽々子は目を閉じて先程の事――霧葉の事――を思い出した。玉砂利の庭を我が物顔で歩み、一片たりとも表情を崩さず、彼女の誘いさえも断った。だからといって無礼という訳ではなく、むしろその動作一つ一つには気品すらも感じ取る事が出来た。自分の口が利けない事に対し、何ら気にした様子も見せなかった事もその認識に拍車をかけた。そして……。

 不意に、蝶が飛び立つ。指先を離れた蝶は、まるで何かから逃れるかのように部屋を後にした。幽々子はそんな蝶に目もくれず、自分の"指先"を見詰めていた。


「……四十三回」


 呟かれた回数――幽々子が能力を行使した回数だった。

 勿論、彼女としてはそんな蛮行を行うつもりは毛頭なかった。だが霧葉の行動は頂けない。確かに筆談とはいえ自分の言葉で会話したのは認められるかもしれない。頭を下げるのも彼女の言葉を黙って聞き続ける姿勢も良かった。しかしその表情が全てを無駄にしていた。一切変わる事の無い彼の表情は、会話の内容……いや、眼前に佇む彼女すらも『どうでもいい』と語っている様に思えた。それがどうしようもなく、彼女の神経を逆撫でた。

 だからだろう。彼女は彼が檻を投げ飛ばした瞬間……呼吸をするのと同じように『使った』。その場で膝をつき、変わらぬ表情のまま死ぬと……そう思っていた。

 しかし、彼は変わら(死な)なかった。素知らぬ顔でただ淡々と反省の言葉を述べるだけだった。まるで暖簾に腕押し。彼女の言葉も能力も、ただ黙って受け流している様に見えた。

 何かの間違いではないか。最初こそそう思っていた幽々子だったが、『使う』回数が二桁の代に上る頃には否応にも"事実"である事を実感させられた。立ち去り際に案じた食事の誘いもあっさりと断られてしまい、結局最後まで彼の謎は分からず仕舞いだった。

 ふと友人の言葉が頭を過ぎる。一種の忠告とも取れる言葉だったが、その時の楽しげな声色は一体何を示しているのか……残念な事に、その友人の真意を汲み取る為には情報が少な過ぎる。今彼女に分かる事と言えば、"能力が全く効かない"という事と"何を考えているか分からない"という事ぐらいだろう。

 幽々子は一つ吐息を吐くと、数日ぶりに座を冷ました。天井に開いた大穴からはぱらぱらと木の片々が零れ落ち、藺草の茎を汚す……たった一室とはいえ壊された事に変わりはなく、歩む度に足裏に当たる木片が鎮火しかけた怒りに煽りをかけた。再燃しそうな感情を冷まそうと、軽く頭を振る。既に四十三回も能力を使っているのにも関わらず、胸のむかつきは取れそうになかった。

 木片だらけの畳床を横切り、縁に座って思案する。何時もの自分はこうも怒りっぽい性格だっただろうか。もっと落ち着いた性格ではなかったのか。どうもあの兎が来てから何かが変だ……痛み始めた頭を指先で抑えつつ、幽々子はもう一度霧葉の姿を思い描こうとし――。


「幽々子様、食後のお茶をお持ちしました」


 ――水を差された。声を辿れば、今まさに襖を開けようとしている妖夢が目に入った。

 幽々子は瞬時に今までの苛立ちを無理矢理しまい込み、薄らと笑みを浮かべ、やんわりとした空気を身に纏う……一秒にも満たない時間で、彼女は"何時もの幽々子"へと戻っていた。

 今まで歯牙にもかけぬ態度だったのにも関わらず、いざ相手を前にして取り乱す主人。そんな光景を目の当たりにすれば、百年の恋も一時に冷める。己の醜態を見られたくない――主人としての自尊心が、今の彼女の動力源だった。


「ありがとう、妖夢」

「……」


 盆から湯のみを受け取るが、妖夢が立ち去る様子はない。心なしか、その顔に浮かべる表情も硬いように思えた。

 感付かれただろうか。未だ半人前といえども、先代からその役目を受け継いでからそれなりの時が流れている。主人の些細な変化に気付いても、何ら不思議ではないだろう。

 妖夢は確りと主人の瞳を見据え、口を開いた。


「あの兎に何を"お願い"したんですか?」

「……」


 その言葉を聞いて、幽々子は内心安堵した。少なくとも覚られてはいない。硬質な表情は、見ず知らずの兎に仕事を取られたかもしれないという、僅かな嫉妬から来るものだったのだろう。

 妖夢から視線を外し、彼らが向かったであろうその先を見つめた。幽々子のそれに倣うような形で、妖夢も視線を動かす。そしてその先に鎮座している"それ"を認識すると、目を見開いた。

 まさか――そう口の中で小さく呟く。確かに霧葉がした行為は――例え彼女らに発端要因があろうとも――謝罪だけで済まされるような事ではない。しかし部屋一つ無茶苦茶にしたのに対し、幽々子が提示した"お願い"は、余りに大きかった。


「『西行妖を満開にすること』……出来なかったら鍋にでもしようかしら」


 幽々子は薄く笑みを浮かべたまま、そう呟いた。その声色はまるで、先ほどの苛立ちとは無縁とでも言うかのように、楽しげなものだった。










『あー、恥ずい。マジで恥ずい』

「……」


 泣き疲れて眠ってしまった百合子を背負って歩きつつ呟く。隣を歩く那由他にも聞こえた筈だが、何故か問いだしてくる事はなかった。ちらりと横目で視線を投げかけるも、こちらの歩調に合わせて歩くだけで、何の反応も返してくれない。そんな那由他の態度に凹みつつ、俺はさっきの事を思い出す。

 百合子が泣き付いて来た時、その姿がどうも弟のものとダブって見えた。その所為でつい慣れない事を……というか、俺のキャラじゃない事をしてしまった。

 だって幼女抱きしめるんだよ? 傍目から見れば青いソルジャーに捕まる事間違いないね。てか父さんの時もカウントすると、もう完璧。Welcome to Pedophilia Warld.男女見境なしにセクハラしまくるエロ兎の完成だよ!! 嬉しくねぇ!!

 てか沈黙が重ぇ……もっと突っ込めよ、那由他。俺が恥ずい恥ずい言ってんだぞ? ここぞとばかりにいびれば良いじゃない。こういう時ぐらい鬼の首取っとかないと、何かと損だぞ?

 よーしパパ助け舟出しちゃうぞ!


『聞かないのか?』

「言いたいのか?」


 間髪入れずに答えが返ってくる。質問を質問で返すとは何事かとも思ったが、別にどっかの先生でもスタンド使いでもないので怒りはしなかった。

 しかしまぁ、実際そう返されると何とも言えない。俺は自分語りをしたいのではなく、ただ純粋に那由他に突っ込みを入れて欲しいのだ。

 何と返そうかと悩んでいると、那由他は呆れたかの様に一つ吐息を吐いた。


「主が秘密にしたい事を聞きたがる程、私は無粋ではないぞ?」

『……那由他』

「そんな事よりも"お願い"の対策を考えろ。口先だけの駄目兎が」

『那由他ェ……』


 一瞬、かなり感動したかと思ったが、実はそんな事はなかったぜ。というかこちらに視線を寄越さなかったのは、思案中で頭が回らなかったからか。畜生、俺の感動を返せショタ猫。


「主、『あの桜の木を満開にしてみせる』等と大見得を切ったからには何か策があるのだろう?」

『あー……糊ぶっかけて、そこら辺に落ちてる桜の花弁ぶっかけりゃ、咲いたように見えね?』

「見えるか、阿呆」

『ですよねー』

「……」

『……』

「ちょっと待て、主。もしかして本気で……」

『……』


 ごめん、結構行けると思ってた。

 しかし実際やってみても、一週間も経たない内に花弁が茶色く変色して、何とも言えない気色悪さを演出する事になるな。ある意味冥界にはぴったりな光景かもしれないが、そんな事したらゆゆさんが黙っちゃいないだろう。てかぶっちゃけ最善の策としては、このままとんずらするのが一番なんだがな。

 俺の言葉を聞いて、一気に顔色が悪くなる那由他。コイツの頭には『逃げる』という選択肢は存在しないんだろうか。せっかく俺が言葉を濁しまくったってのに……まぁ、最終的には首根っこでも掴んで、一緒に帰ればいいか。

 そうこうしている内にゆゆさんが指定した巨木に到着した。遠目から見てもかなりの大きさがあったが、こうやって近くで見てみると、"お願い"の内容がいかに難しいものか痛感させられた。まったく、ゆゆさんの無茶振りにも困ったもんだ。


「……主、私の目がおかしいのか? 蕾が一つもないような気がするんだが……」

『那由他、心の目で見るんだ』

「む、そうか、心の目か……」

『何言ってんの? 那由他、頭大丈ブッ!!?』


 無言でビンタですか。結構いい音響きましたね。桜じゃなくて紅葉咲かしてどうすんだよ。アメリカではよくあるジョークだってのに……沸点低いなぁ、那由他って。

 そんな軽いどつき漫才をしていると、上から聞き慣れた声が降ってきた。


「ぬしらは……一体何をしておるんじゃ?」


 思わず視線を上へと向ける。若干の呆れを含んだ声の持ち主は、やはりと言うか弥生だった。蕾一つない巨木の枝に腰掛け、こちらを見下ろしている。あたかも自分がこの木の持ち主だと言わんばかりの態度である。

 とりあえず百合子の事ほっぽいた件もあるので、中指を立てて降りてくるよう促した。


『弥生ー、帰るぞー。ブレーンバスター掛けるから降りてきなさーい』

「いや、主。それはおかしい」

『いいから、ほら翻訳翻訳。とんずらこくからさっさと降りて来いとか、そんな感じのヤツ頼む』

「む……分かった。弥生、もうここには用がないから戻るぞ。さっさと降りて――」

「咲かせないのか?」


 那由他の言葉を遮って、弥生が呟くように吐いた言葉。小さくはあったが、決して無視出来るような大きさでもなかった。

 思いつめたかのような弥生の表情に、思わず面食らう那由他。しかしそれも一瞬の事。少しだけ顔をしかめ、いかいにも不快そうな表情で口を開いた。


「お前の目は節穴か? よく見てみろ。蕾一つないこの巨木に、どうやって花を」

「大丈夫だ」


 再び那由他の言葉を遮る弥生。あー、ほら、弥生。あんまり虐めてやるなよ。今の那由他の顔見ろよ、真赤だぞ? ショタが真赤になってるとか、見る人によっては物凄い貴重なんだぞ? 俺にそんな属性ないけど。


「のう、キリ」

『はい?』


 え? そこで俺に振るの? しかも何その悲壮感漂う表情。顔色とか血の気が引くってレベルじゃねーぞ。やべぇよ、いきなり飛び降りとかしないでくれよ? 某鬱ゲーのエンディングみたいに、真赤な花咲かせるのは止めてくれよ?

 一応何時でも動けるように、片足を踏み出す。しかしそんな俺の行動に反し、弥生は搾り出すかのように、ただ一言声を紡いだ。


「もし、妾がその方法を知っていると言えば……キリは、信じてくれるか?」

「なっ!? そんな方」

『あー那由他、今大事な所だからちょっと黙ってて』


 話がこじれそうだったので、思わず注意してしまった。傍目から見ても分かるほどショボーンと肩(&猫耳+尻尾)を落とす那由他。これを素でやってるんだから恐ろしいものだ。知らぬ間にハーレムが出来上がっていても、俺は驚かないだろう……嫉妬はするがな。

 さてさて、と少し真面目に思案する。何やら含みのあるような言い方がどうも引っかかるものの、提案としては願ってもない事だ。まさに渡りに船状態。しかしだからといって、何の疑念も抱かずに食いついていいのかと言えば、そういう訳にもいかないだろう。

 なにせ"丸裸な巨木を満開にする"という無理難題を解くのだ。まともな方法だとは思えない。それがどんな提案かはまだ分からないが、内容によっては大きな損害を被る可能性だってある。問題はその損害を俺が被るか、コイツらが被るかというものだ。前者は問題ない――いや、微妙にあるかもしれないがとりあえず横に置いとく――が、後者は大問題だ。

 もし弥生が『花咲か爺さんの様に、妾が灰になれば……』とか言い出したら俺は泣く。泣きながら『命を大切にしない奴なんて大嫌いだ!!』とか言いそう。口利けないけど。

 思考が何時も通り下らない所まで行き着き、ため息を吐いて考えるのを止めた。まぁ何にせよ、弥生の"方法"を聞かなければ始まらないのは事実だ。俺は改めて辛気臭い空気を漂わせている弥生を見上げた。


『OK、話してみ。どんな突拍子もない事でも聞いてやんよ』

「主?」

『ほら、翻訳翻訳』

「あっ、あぁ……」


 釈然としないといった様子ではあったが、きちんとその旨を伝えてくれる那由他。それを横目で眺めながら、俺はずり落ちかけていた百合子を背負い直した。

 子供は急に電池切れになるが、その分充電も早い。あと一時間もしない内に、また飛び回るようになるだろう。それまでに今後の動きを決めておこう。

 喜色を滲み出しながら降りてくる弥生を見て、俺はそう思った。










百合子 「春なんてなかった」
霧葉ベッタリな春告精。当の本人から"弟認定"を貰うものの、気付かない。

弥生  「私にいい考えがある」
失敗フラグをものともしない狼。何か乙女思想になりつつある。

那由他 「主が居なかったら死んでいた」
相変わらず影が薄い三毛猫。作品が違えば主人公になれた器。何気に死亡フラグ回避。

霧葉  「なにこのひと、こわい」
那由他の姿が自分のものだと気付かない駄目兎。表情の変化はちよちゃんのお父さん並。


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