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No.4143の一覧
[0] 東方狂想曲(オリ主転生物 東方Project)[お爺さん](2008/12/07 12:18)
[1] 第一話 俺死ぬの早くないっスか?[お爺さん](2008/09/28 13:45)
[2] 第二話 死ぬ死ぬ!! 空とか飛べなくていいから!![お爺さん](2008/10/26 12:42)
[3] 第三話 三毛猫! ゲットだぜ!![お爺さん](2009/01/05 09:13)
[4] 第四話 それじゃ、手始めに核弾頭でも作ってみるか[お爺さん](2008/10/26 12:43)
[5] 第五話 ソレ何て風俗?[お爺さん](2009/01/05 09:13)
[6] 第六話 一番風呂で初体験か……何か卑猥な響きだな[お爺さん](2009/01/05 09:14)
[7] 第七話 ……物好きな奴もいたものだな[お爺さん](2008/10/26 12:44)
[8] 霧葉の幻想郷レポート[お爺さん](2008/10/26 12:44)
[9] 第八話 訂正……やっぱ浦島太郎だわ[お爺さん](2009/01/05 09:15)
[10] 第九話 ふむ……良い湯だな[お爺さん](2008/11/23 12:08)
[11] 霧葉とテレビゲーム[お爺さん](2008/11/23 12:08)
[12] 第十話 よっす、竹の子泥棒[お爺さん](2008/11/23 12:11)
[13] 第十一話 団子うめぇ[お爺さん](2008/12/07 12:15)
[14] 第十二話 伏せだ、クソオオカミ[お爺さん](2009/01/05 09:16)
[15] 第十三話 おはよう、那由他[お爺さん](2009/02/01 11:50)
[16] 第十四話 いいこと思いついた。お前以下略[お爺さん](2009/05/10 12:49)
[17] 第十五話 そんなこと言う人、嫌いですっ![お爺さん](2009/05/10 12:51)
[18] 霧葉と似非火浣布[お爺さん](2009/05/10 12:51)
[19] 第十六話 ゴメン、漏らした[お爺さん](2009/06/21 12:35)
[20] 第十七話 ボスケテ[お爺さん](2009/11/18 11:10)
[21] 第十八話 ジャンプしても金なんか出ないッス[お爺さん](2009/11/18 11:11)
[22] 第十九話 すっ、すまねぇな、ベジータ……[お爺さん](2010/01/28 16:40)
[23] 第二十話 那由他ェ……[お爺さん](2010/07/30 16:15)
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[4143] 第十五話 そんなこと言う人、嫌いですっ!
Name: お爺さん◆97398ed7 ID:a9e9c909 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/05/10 12:51



 あまりの寒さに目が覚めた。毛並みを整えるよりも早く、隙間風が私の体温を奪う。不意に目に付いた紙の束――例え部屋の隅に置こうとも邪魔にしかならない物体――が、寒さで苛ついた私の神経を、一層逆撫でた。切り刻んでやっても良かったが、そんな事で貴重な体温を奪われるわけにもいかない。今の私に出来ることは、ただひたすら部屋が温かくなるのを待つだけである。

 そう……冬は、寒い。それが早朝のものとなれば、もはや寒いというより痛い。何と言うか……無数の針で身体中を突かれているような気分だ。

 のっそりと、無意識の内に私の欲望が身体を突き動かした。直に荒々しい毛並みに行き当たる。弥生だ。此奴の言動はどうも好きになれないが、今はそんな事を言っている場合ではない。寒いのだ。暖を取れるのならば、今少しだけの屈辱も甘んじて受け入れよう。

 眠り続けている弥生の上に陣取り、再び丸くなる。体毛ごしに伝わる温かな体温……チクチクと刺さる毛が無ければ、最高の寝台と言えるだろう。そう、あの『布団』と並ぶほどの……。

 というより、そもそもおかしいのは主だ。何故布団を使わない? 『押し入れを開けて布団を敷く』……たったそれだけの動作を何故しない? いや、もしかすると私が寝た後にこっそりと布団を使っているのか? だとしたら何と器量の狭い主なのだろうか。私にも少しぐらいその温かさを分けたところで、罰は当たるまい。

 いいか主? 仮にお前が昔言った様に『三時間』しか寝ないとしても、だ。忠義を立てた部下には少しぐらい恩典があってもいいのではないか? 少なくとも、昨日今日部下になった狼ごときと同じ扱いというのは納得いかん。

 私が仕えて一年と少し……布団を使った回数は片足の爪で事足りるが、あの温かさはそう簡単に表現出来るものではない。だからその耳を立ててよーく聞くがいいこの駄目兎。

 お前は私を馬鹿にしているのか?いい加減布団を使う事を覚えろお前がここに来てから風呂敷に包まって寝ているのも知っているだが布団という素晴らしい道具があるのに何故それを使わない私への当て付けか?そうか?そうなんだな?ふざけるなよ主こっちは寒い中必死に寝ようと毎晩頑張っているのだぞ?考えてもみろ眠るだけでも一苦労な私と布団を使えばすぐに眠れる主どちらが幸せだと思う?お前に決まっているだろうだというのに何故使わんいらんのならば私に寄越せ人型に化ける術なら私の自尊心を傷つけてでも弥生に教えを乞う私だけで布団も敷こうだからその所有権を私に渡せどうせ主は何も考えていないのだろう?弥生をここに置くと決めた時だってそうだ永琳殿にあれだけ叱られて笑うなど能天気にも程があるわ私でさえ意気消沈したんだぞ?おかしいのではないか?普通そうと決めた主の方が気が重くなる筈ではないのか?何故私が凹まなければならない文句はそれだけではないぞこの間なんて――。


  ―――バンッ!

『ハイハーイ、皆注目注ー目! こっち見ろ見ろ見ろ見ろ~』

「主……布団は仕舞うな……私が、使う……」

「むう……後二時間……」

『あ、那由――』


 その瞬間、目から火が出た。目覚めとしては最悪の部類に入るかもしれないが……まぁ、とりあえず目の前の『毛玉』をぶちのめす事にしよう。


『ちょっ!? えっ!? マジで!!? 何で那由他おっきくなッ、アァッーー!?』




















東方狂想曲

第十五話 そんなこと言う人、嫌いですっ!




















 鈴仙は逃げていた。狭い廊下を低空飛行で全力疾走し、静々と近付く『アレ』から逃げていた。

 『アレ』は強かった。どうせ負けるわけがないと、根拠のない自信に縋って一度だけ弾幕ごっこを挑んでみたが、あっと言う間に王手をかけられてしまった。

 『アレ』に彼女の能力は効かなかった。狂気を操る程度の能力――普通の相手ならば目を見るだけでその力が発揮されるというのだが……いや、分かってはいたのだ。何故『アレ』に力が効かないか、本当は最初から分かっていたのだ。ただ藁をも掴む思いで『アレ』の瞳を見詰めたというのに……。


「くっ……!」


 思い出すだけでも背筋が震える。三日月のように見事な曲線で描かれた唇、星のように鏤められた顔のパーツ、激しい感情の色を内包した真黒な瞳……きっと『アレ』は、夜が擬人化した者なのだ。そう考えれば、あの常識外れな強さも納得出来る。

 不意に、鈴仙の耳が足音を拾った。普通ならば聞き逃してしまうような小さな音……しかし、極度の緊張状態を保った今の彼女に死角は存在しない。音源の方向から発せられる独特の『波』――発生源は『アレ』で間違いないだろう。

 近くの障子を開けて、素早く部屋に飛び込む。音もなく障子を閉めると同時に、息を潜める。『アレ』がこの部屋の前を通るのはもうすぐだ。絶対に気配を覚られてはいけない。

 ひたひたと静寂の中に響く、小さな足音。子供のものとしか思えないそれが近付くにつれ、彼女は自分の心臓が早鐘を打っているのに気が付いた。反射的に胸を押さえるも、そんな行動で瞬時に落ち着くなど出来やしない。

 『アレ』が近付いて来る。鼓動は収まらない。相手は聴覚に優れた妖獣だ。この程度の心音は楽に聞き取れてしまうだろう。もし見付かってしまったら……そう思うと、彼女の顔は青く染まった。

 そもそも私は何で逃げてるのだろう? 何も悪いことしてないのに……ただ師匠に頼まれた事を、一生懸命こなしてただけなのに……。そうだ、私は悪くない。ただ『アレ』が理不尽な怒りの矛先を私に向けているだけで、私は全然悪くないんだ。だから……。


「ん?」

「っ!?」


 ……だから『アレ』の一言だけで、こんなにも恐怖する必要なんてないんだ……。

 心の中で自分にそう言い聞かせるものの、それは何の効果も成さなかった。むしろその事実を再確認した所為で、一層『アレ』が恐ろしくなってしまった。考えるんじゃなかったと後悔するよりも先に、鈴仙の優秀な耳は、その音を拾ってしまった。

 『アレ』が、障子に触れた。

 自分と『アレ』を隔てるものは、もはや薄っぺらい障子一枚のみ。今すぐ逃げ出してしまいたいのに、何故か鈴仙は動かない……否、動けなかった。彼女自身、まさかこうもアッサリと見破られるとは思っていなかったのだ。予想と違う急激な距離の短縮――それが、彼女の中に大きな空白を与えた。

 そして今、障子が開かれようとしたその時……。


「何をしているのじゃ? マヤよ」


 彼女は天敵とも言える種族に救われた。




















 雪が降っていた。昨晩から降り続けた初雪――縁側から見える庭は、既に一面の銀世界と化していた。

 この場において唯一の観客である永琳は、歩みを止めてその光景を眺めた。もうそんな季節か……と感慨深く白い吐息を漏らす。しかしそれも一時の事、すぐに歩みを再開する。今は見慣れた光景に心を奪われてる暇などないのだ。

 歩きながら手中の物を確認する。自分で書いたその内容に、再び吐息が漏れそうになった。頭を振る。その思考回路には何が描かれているのか、知る者は一人としていない。

 目的の場所へと辿り着く。軽く身なりを整え、障子に手を掛けた。


「失礼しま――」

  ―――ビョウニンノブンザイデウィン、サゥザァ

「違うわ……アイツのトキはこんな生易しいもんじゃないわ。やっぱりコンピュータ相手だと限界があるわね……」


 部屋に居たのは、一人の聖帝使いだった。黒いコントローラーを握り締め、目にも留まらぬ連打でコンボを繋ぎ、初撃からフィニッシュまで持っていく。その瞳は猛禽類のように鋭く細められ……目元には狸のような隈が薄らと浮かんでいた。思わず白眼視してしまった永琳に、罪はないだろう。


「……コホン」

「あら? 永琳じゃない。こんな朝早くから何か用?」

  ―――テーレッテー♪


 輝夜が永琳に気付いて振り向くと同時に軽快な音楽が流れ、野郎共のむさい声が部屋に響き渡った。現在時刻辰の刻――午前八時頃。彼女の様子からして、一晩中練習していたのは間違いないだろう。全身から湧き上がる、疲労と負の感情を煮詰めたかのようなどす黒いオーラがそれを裏付けていた。

 永琳は自分の頭が痛くなるのを感じ、思わず頭を押さえた。再び記すが、彼女に罪はない。


「まぁ色々と言いたい事はあるんですが……一晩中やってたんですか?」

「そうよ。昨日飛べないイナバと戦ったけど、一勝もせずに終わったわ。まったく、手加減というものを知らないのかしら……」


 今でもその情景が頭に浮かぶのか、呟きながら眉間に皺を寄せる輝夜。そんな彼女の様子を見て、永琳もまた眉をひそめた。彼女がこうして輝夜の部屋に来たのは外でもない、その飛べないイナバ――霧葉の事で話があったのだ。

 永琳は静かに目を伏せ、何となしに手元の資料に目をやる。それは彼について、今まで彼女が書き溜めた書類を簡潔に纏めたものだった。

 最初はただの奇形児だと思っていた。今まで何度も兎達の出産を手助けしている永琳にとっては、それも珍しいことではなかった。だからだろう、その認識自体が間違っていたと気付くのに一年の歳月を要してしまった。

 違和感を覚えたのは、霧葉が永遠亭に戻ってきた日――働かせるために行った身体検査。彼の両親から空が飛べない等の不能な面を聞いてはいたものの、身体のつくりは他の兎達と何ら変わりないと思っていた。何気なく見つけてしまった相違点。発見した時は、思わず数秒ほど固まってしまった。見た目が見た目だけに、それに気付いたのは本当に偶然としか言いようがなかった。

 犬歯――兎にあってはならないものが、そこにあった。

 草食動物の兎には犬歯というものが存在しない。それもそうだろう。草を食む者が、どうして肉食獣のそれを持つ必要があるというのだろうか。その認識は例え己が妖怪と化しても、決して変わることはなかった……。

 新しい道具の発案――天敵を手元に置く愚行――先の読めない思考回路。弾幕ごっこに対する過度な虚弱体質。空を飛べない不能な唖。異様に高い身体能力。……ここまでくると、もはや兎妖怪とは一線を画している。『兎妖怪から生まれた、兎妖怪のような何か』――永琳は霧葉をそう認識していた。

 しかし、表立って調べることは難しかった。彼の両親は永遠亭の中枢を担っていると言っても過言ではない調理長……長年に亘り築き上げた関係を壊すような真似はしたくなかった。二兎を追う者は一兎も得ず――先人の言う事は何時も正しい。

 彼女にとって、その熱が冷めきる前に霧葉が重傷を負ったのは好機だった。治療ついでに行った診察と……害悪にならない程度の簡単な実験。その結果が、今彼女の手中にあった。


「その飛べないイナバのことですが……」

「何? また怪我でもしたの? だったら治さなくていいわよ。リアルアミバごっこするから」


 リアルアミバごっこ――その内容は永琳には分からなかったが、不機嫌そうに言い放った輝夜の様子からして、あまり良い印象は抱けなかった。

 軽く頭を振る。表情を引き締めて真面目な空気を作り出す。そんな様子の永琳を一瞥した輝夜は、吐息を一つ漏らしてコントローラーから手を離した。


「たかがイナバ一匹にそんな顔するなんて、永琳らしくないわねぇ……どうしたの? 新しく入った狼でも使って、謀反でも起こした? それとも私達を裏切って妹紅の手先にでもなった? 後は……そうね、実は月からの追っ手だったっていうのも面白いかも」

「残念ですが、そこまで興味を掻き立てられるものでもないかと……」

「なーんだ、つまんなーい」


 子供のように不貞腐れる輝夜を無視し、永琳は何も言わずに資料を差し出す。輝夜は気だるげそうにそれを受け取り、軽く目を通し始めた。




















 ナユタに部屋を追い出され、ぶらりと散歩していて出会ったのは、キリの母君だった。何時になく殺気立った様子で何かを探しているように見えたので、軽く声を掛けてみたのだが……。


「なーんだ、雌犬の気配だったのかぁ……」


 返ってきた第一声がこれとは、一体どういう事だろうか。生の大半を自然の中で過ごした私ですら、この返答には問題があると分かる。会話とは即ち意思疎通を図るための手段。私が『何をしている?』と問えば、普通『~をしている』等といった返答が返ってくるのが普通だ。そしてそれに対し、私が更なる問い、又は話を投げかける。互い違いの言葉の往来――それが会話と化すのだ。

 何となしに母君を眺める。キリの前に現れる時と何ら変わりない格好……しかしその顔に浮かべる表情は、まるで別人の様に不快さを醸し出しており、その右手には肉厚の包丁を……包丁?


「ぬしも物騒な物を持ちよって……活きの良い食材でも逃げ出したか?」


 冗談交じりに問い掛けてみた。母君の顔が笑顔に彩られる。成程、異種の私から見ても麗しいと感じられる。キリの笑顔は見たことがないが、『此の親にしてこの子あり』と言うぐらいだ。期待しておいて損はないだろう。まあ尤も、キリはここまで分かりやすい殺気を放ちはしないのだが……。

 そこでふと、ナユタの……いや、キリの言葉を思い出す。『笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である』――ふむ。この場合、あながち間違いでもあるまい……と、一人納得する。


「そだね、捌きたい食材だったら目の前にあるけど」

「余り怒らぬ方が良い。不老長寿の妖獣と言えども、雌である事に変わりはないのじゃからな。見目麗しい顔が、たった一つの皺で壊れ……っと」


 文字通り風を切る音と共に飛んできた包丁を片手で止める。どうやら逆鱗に触れてしまったらしい。ある種の魔性を帯びていた笑みは一瞬で消され、母君は忌々しげに舌打ちした。

 この表情は見た事があった。私が初めて母君と会った時――私がキリと同じ布団で寝ているのを見られた時――にも、確かこのような表情をしていた気がする。うむ、やはりキリといいその母君といい、兎の妖獣には腹黒い者が多い。


「余計なお世話だよ。第一、何でまたそんな格好してるの?」


 そう言われ、改めて自分の姿を見下ろしてみる。見事なまでに紅く染め上げられた着物と、白磁のような肌に、無骨な包丁を掴む華奢な指。軽く頭に手をやれば艶やかな自分の『黒髪』に触れる事が出来る。身体はまだ発展途中ではあるものの、後一、二ヶ月したら立派なものへと『変化』を遂げてくれる事だろう。

 私はその場でくるりと回り、キリの『理想』を見せ付けた。


「似合うじゃろ?」

「姫様っぽくて何か嫌」

「むっ、そう言われてみれば確かに……」


 脳裏に思い浮かぶのは、キリがよく遊びに行く人間もどき。櫛の要らぬような黒髪と、異性だけでなく同性さえもを魅了するような美貌……まるで日本人形が人と化したかのようなその姿には、同じ雌として嫉妬を覚えさせられた。しかし、キリと彼奴を結ぶのは『遊び仲間』程度の縁。例え盗られるとしても、それはもうしばらく先になるに違いない。その前に『変化』を終わらせ、キリの目の前に現れれば、間違いなく私を認めてくれるだろう。

 軽くため息を吐き、僅かに膨らみかけた胸に手を当てた。『変化の法』は確かに便利なのだが、見たこともない姿を定着させるのにはどうしても時間がかかる。まったく、人間というのはどうしてこうも個々の違いが激しいのだろうか。どうせなら前の姿のまま認めてくれればいいものを……キリは少しばかりわがままだ。

 そこでふと思った。本当に小さな疑問が、今胸の中に湧き出た。根本的なものでありながら、今日の今まで決して触れないようにしていた疑問。本当に小さくて、下らないこと……しかし考えようとすると眼球の奥底が酷く痛んだ。今直ぐ考えるのを止めろと本能が告げる。もっと考えろと好奇心が急かす。一瞬の躊躇い、勝ったのは後者だった。


  ―――私は、キリの……。

「ごめん。あのずべ公と似てるってのは、ちょっと言い過ぎだったね……大丈夫?」

「……ぅ……む……」


 母君の声で意識が引き上げられた。一、二回程度の狩りでも息を切らしたことはないというのに、どういう訳か息が上がっていた。視界の端に小さな手が差し出される。半ば反射的にその手を掴むと、物凄い勢いで引き上げられた。


「ほーら、立てる? いきなりうずくまるからビックリしちゃったよ」

「……どうりで……床が近いと思うたわ」


 立ち上がり、母君の手を掴んだまま近くの柱に背を預け一息。心臓は早鐘を打っている。久しく息を乱していない所為か、元の状態に戻るにはもう少しばかりかかりそうだ。


「感謝……するぞ。母君」

「礼なら霧葉に言って。貴女が霧葉のじゃなかったら、間違いなく見捨ててたんだから」

「ふむ、一理あるのお」


 小さく笑う。確かに目の前の少女は、私とキリが何の関係も持っていなかったのならば、問答無用で追い出していたことだろう。そう、少なくともこうして手を差し伸べてくれることもなかった。全てはキリのお陰――■■。

 頭を振った。疲れているのか思考が上手く纏まらない。やはり睡眠時間が足りないのが原因か……。


「もう大丈夫でしょ? 私はそろそろ行くけど――あ、そうそう、鈴仙様見なかった? 髪が長くて目が赤い娘なんだけど……」

「見ておらぬ。少なくとも、この近くにいない事は確かじゃ」

「ふーん……」


 床に落ちた包丁を手に取り、鋭い眼差しで私を見詰める母君。疑惑の心――しかし軽く疲弊している私の真偽を確かめるのは並大抵の事ではなく……母君は、ため息と共に手を引いた。


「はぁ……おっかしーなぁ。本当、どこ行ったのかなー」

「さてな。案外、またキリの周りを嗅ぎ回っておるのかもしれんぞ?」

「情報提供ありがと!!」


 その瞬間、一陣の風が私の前を通り過ぎた。突風に煽られ、私の『黒髪』が靡く。母君が立ち去ったのだと気付くのに、数秒の時を有した。

 ふうと一つ、息を吐く。母君が探していた人物は、障子の奥で相変わらず『緊張状態』を続けていた。そこまで脅えずともいいものを……しかし私は彼女の種を『感じ取る』と、息が乱れている事も忘れ、思わず咽喉が鳴ってしまった。


  ―――玉兎……か。


 私は障子に手を掛けた。




















「で、何があった? 事と次第によっては、いくら主と言えど許さんぞ?」

『普通にフルボッコした後に言う台詞じゃな――サーセン』


 台詞の途中で弾幕待機させるとか卑怯だろ……汚いさすが那由他きたない。ジャギ様に『俺の名を言ってみろ!』と聞かれて正解回答をする奴並に分かってない。そういや兄貴には良く沈められたんだよなぁ――あの野郎ラオウなんて強キャラ使いやがって……トキじゃねーと勝てる気がしねーっての。兄ちゃんを超えたいから!!

 そんな糞兄貴と比べると、姫さんは割とまともなんだよなー。聖帝様を愛用してるとことか、元ジャギ使いとして応援したくなる。まぁ、それと手加減するのとではまた別の話だがな。今は悪魔が微笑む時代なんだ!!


「……だんまりか?」

『ん、あ? え? 何の話だったっけ?』

「主……」


 那由他の周りに浮かび上がった弾幕が、ゆっくりと近付いて来る――視覚的威嚇行為。それが当たれば即死と言えるが、那由他が俺を傷つけることはない……と思いたい。弥生が強制退場されたのを見た後だと、弱気になる自分が悔しい…! でも…感じちゃう!

 ……アウト。自分でやっといて何だがキショイな。普通に嘔吐出来るわ。某R指定切り絵アニメの主人公的な意味で。

 あーはいはい、くだらねー事考えるなって言いたいんだろ? そんな目細めなくても分かるって。だけどお前がそれって、頭撫でた時の表情と何ら変わりないから別にいいか……OK分かった、真面目に答える。だから弾幕の速度を徐々に上げるのは止めてくれ。死ぬから、当たると死ぬから。ちょっ、近い近い!! 近ぇよ馬鹿! 正座中の奴の眼前に弾幕追加するとかどんだけ鬼畜なんだよテメェ!!?


『あっ、足が治ったんだよクソ猫!』

「……そうか」


 あれ? 何か素気なくね? 弾幕も残ったままだし……あ、死亡フラグですか、そうですか。

 眼前に迫る弾幕に対し、背中を逸らすことで回避を試みる。気分はマトリックス。両膝を折っている所為で可動範囲はかなり狭められるが、その分無茶が利く。あんな非現実的な動き出来るか、変態じゃあるまいし。


「待て、『治った』……だと?」

『出来ればもっと早く気付いて欲しかったと思うのが俺のささやかな願いだった……』


 座椅子の背もたれを倒した状態になりながら皮肉を吐く。柔軟な身体のお陰でそんなに痛くはないはずなんだが……治りたての足はそうも言ってられなかった。正直痛いです、局部的に。軽ーくプッツンしちゃいそうでコワス。

 弾幕が消されると同時に背を戻す。まだちょっと痛い。八意先生は『後は自然治癒で治る』って言ってたし、やっぱ全快とは言いがたいんだろうか? ……まぁいいや、ほっときゃ何時かは治るだろ。


「見せろ」

『ん?』

「足を見せてみろ」

『ちょっとだけヨ』

「黙って見せろ」


 そんな辛辣な言葉じゃなくて、ツッコミが欲しかった。泣き真似でもしてみようかと思ったが、それも死亡フラグっぽいんで自重する。てか俺にとって一番身近な危険因子は那由他な気がしてならねぇ。これ絶対人選ミスっただろ。

 そうは思いつつも口に出せないのが俺の辛いところ。つーかこればっかしは口に出したところで何の解決にもならん。むしろ那由他の不快感を買って俺の寿命がマッハ。本当にありがとうございました、マイ人生。あ……よ、妖生?

 ……那由他の視線が鋭くなった。そろそろ思考を自重すべきと判断した俺は、ため息と共に裾を軽く上げて艶めかしく左足を見せつける。あ、染み発見。やっぱ年中着通しはいかんかもしれん。愛用の単だったんだがなぁ……今度父さん辺りに、余った服ないか聞いてみよう。


「っ!?」


 おー驚いてる驚いてる。まぁ俺みたいな子供(外見のみ)が、こんなヤーサン的な傷持ってたら普通ビビるわな。二歳未満で脛に傷持ち……何かそれっぽい事やったっけなぁ……駄目だ、大学の共有PCにエロゲインストールした事ぐらいしか思いつかねぇや。

 エロゲを持ってくる、インストール、ショートカットアイコンの外見を変える、簡単だろ?


「……痛くは、ないのか?」

『いや(心が痛むとかマジで)ねーよ。俺がしたくてやった事だからな』


 そうそう、あの頃大学内でカップルが大量発生してたんだよなぁ……テメェらはイナゴの大群かっての。独り身で悪いかこのド畜生が、どうせ初恋相手は室長でしたよ。いーじゃねーか黒髪ストレートでナイスバディ、そして膨よかな尻付き――非の打ち所がない! フラれたけど。

 あー畜生、ファッキン。何でフラれたんだよ俺。やっぱ放課後の研究室でいきなり『やらないか?』は危険だったか? いや、室長も結構ノリ良かったからそれが俺流照れ隠しだと気付くはず……ってそんなエロゲみたいな超展開あるわけありませんよね。妄想乙。あばよ甘酸っぱい青春。俺に用意されてたのは関節技が飛び交う、殺伐としたものだったぜ。

 思い出すだけ悲しくなってくるな……忘れっか。よーしパパ今日から『過去は振り返らない主義者』になっちゃうぞー!!

 ――本日未明、××大学の共用コンピュータにいかがわしいゲームをインストールしたとして、水野霧葉容疑者が逮捕されました。本人は容疑を否定しており、「ちょっ、ちげぇって! 流石の俺も乙女ゲーは持ってねーよ! あ、エロゲの方? そっちはむしゃくしゃして……いや、過去は振り返らない主義なんだ。サーセン」と、支離滅裂な言葉を述べていました。

 ……『過去は振り返らない』って便利な言葉だなぁ。


「本当に、治ったのか?」

『んー、治ったと言えば治ったし、治ってないと言えばそうとも言えるかなー』

「……どちらだ?」


 那由他が感情を籠めない瞳で俺を見る。その声色は少しだけ震えていた……気がする。断言出来ないのは話を真面目に聞いてなかった所為だ。パパすごーい! ダディクールと呼んでくれ、マイサン。黙れ短小親父。俺の身体の謎を……!

 ここで一瞬だけ真面目に考えてみるテスト。身なりは小さいのに自尊心はかなりでかい三毛猫――那由他。俺を主人として見てるかどうかは微妙だが、もしかすればこの傷に対して何らかの負い目を抱えているかもしれない。この場合『俺の不注意が原因なんだし……』等といった理由を述べると、逆に凹む可能性が大。こういう奴は、一度凹むと立ち直らせるのに時間がかかるから困りもんだ。

 結論――辛気臭いのとか面倒だからふざける。


『……えーっと、まぁアレだ。この間引っかかった虎挟みはメダロットで言うところの脚部破壊に相当するダメージを俺に与えた訳で他の部位に貫通もせず脚部のみにダメージ集中してくれたのはある意味ありがたい事でもあって俺は弥生を撃退する事に成功し尚且つ仲魔にまでしてしまってわーいうほほーいって気分になったのも束の間で予備の脚部パーツがなく仕舞いにゃもう俺このままで行ける所まで突っ走ってみるわとかイカレた事を抜かして脚部パーツを付けないまま放置プレイしてたんだけど僅か三週間で脚部が自動回復した俺の回復力には世界が絶賛しやがて俺型ティンペットが開発されて世界は核の炎に包まれ……』

「あるじ?」

『……無理矢理縫合したんで、激しい運動は御法度だそうです』


 ゴメン、那由他マジ怖ぇッス。何て言うかもう目が語ってたね――あぁん? テメェ誰のお陰で五体満足な生活が送れてると思ってんだ?――って感じの内容を。多分瞬間的にシンクロ率100%超えたと思う。つうかあの仲になるのも時間の問題か……いや、俺が那由他の言いたいこと汲み取れればそれで万事解決なんだけどな。そんな器用な真似できねぇってのが本音だ。自分……不器用ですから!

 主人のクセに低姿勢な俺に対し、呆れたかのように――いや、間違いなく呆れてため息を吐く那由他。うん、前言撤回。コイツ負い目とかこれっぽっちも感じてねぇや。それもそれでなんか悲しい気がするが……まぁしゃーねーか、ヘタレなのは事実なんだし。


「全く、前に死にかけた時は僅か一月で全快したというのに……今回はまた随分と長引きそうだな」

『まーなー。けど激しい運動っつったって、今までとそんな変わんねーよ』

「どれくらいだ?」

『外見相応――つまり人間の子供と同じくらいだと』


 俺は小さく苦笑した。




















 耳を劈くような音を立てて、障子が開かれる。鈴仙は思わず首を竦めた。壊れる一歩手前で戸を開いたのは彼女の恐怖心を増長させる為か、ただ単に加減が出来なかっただけなのか……今の弥生の顔色から窺い知る事は出来ない。

 妙な沈黙がその場を支配した。例えるならば蛇に睨まれた蛙、もしくはジョン・コナーとターミネーターのファーストコンタクト。実際に過ぎ去った時間は僅かでも、その瞬間だけは何故か長く感じられる。

 実力で物を言わせることが出来れば、こんな事にはならなかっただろう。しかしそうもいかないのが種の性であり、世の常である。

 先に動いたのは弥生だった。無駄のない動きで鈴仙に近寄る。その動作と共に鈴仙の思考回路はパニックを起こした。能力を行使することも忘れ、防衛本能から息を吸い込み、悲鳴を上げるべく口を開く。

 一秒にも満たない間、弥生が『疾ぶ』のには十分過ぎた。

 始めに弥生の右手が鈴仙の唇へと接触し、次いで左手が首へ添えられる。鈴仙は驚愕で眼を見開き、背を引こうとしたが……。


「止め、黙れ、折るぞ」


 その言葉と共に、弥生の左手に力が込められていく。たった三つの単語と天敵に絞首されるという恐怖、その二つが絶対的な枷となって鈴仙を縛める。身体が震える。涙腺が緩む。現実に思考が追いつかず、四肢は石像のように硬直し続ける。

 鈴仙の真赤な眼に入るのは、金色に輝く弥生の双眸。見惚れてしまうほど綺麗なはずのそれは、ただただ無機質な光を放ち、彼女を――否、彼女の『中』を見詰め続けた。


「ふむ……成程、これは中々……いや上々……」


 唐突に手を離し、鈴仙から離れる弥生。したり顔で仰々しく頷くと、未だ呆然としている鈴仙に向かってようやく口を開いた。


「すまぬ、驚かせるつもりはなかったんじゃが……少しばかり気分が優れなくてのお。ついやってしもうた」


 口では謝っているものの、その顔には負い目0%の眩しい笑み。恐らく自分が悪いとはこれっぽっちも思っていないだろう。しかし、鈴仙はそれに気付かない。ただ危機が去ったという現状を感じ取り、ホッと安堵のため息を吐き……。


「しかし本当に良いものじゃなあ、その『狂気の瞳』は」


 あっけらかんと言われたその言葉に、今度こそ呼吸を忘れた。




















「……変わってるわね」


 資料を読み終えた輝夜の第一声はそれだった。そのまま一息吐くと、資料を畳の上に投げ出して再びゲームを再開するためにコントローラーへと手を伸ばす。真面目モードは五分と持たなかったようだ。

 あまりに軽過ぎる返事に、呆気にとられる永琳。漢達の熱い声と鈍い打撃音で我に返る。


「あの……それだけですか?」

「それだけよ?」


 むしろ他に何があるのかとでも言いたげに怪訝そうな顔を向ける輝夜。それでもコマンドだけは確りと入力してるあたり、徹夜の成果が窺える。


「あのじゃじゃ馬から生まれたイナバなんだから、他と多少変わってても不思議じゃないわ」

「……私の薬が効かなくても……ですか?」

「副作用が出なかっただけじゃない。気にするだけ無駄よ……っの! CPUの癖にっ!」


 気付けば輝夜操る聖帝は、壁ハメから抜け出ていたコンピュータに猛烈な反撃を食らっていた。『うるさい、気が散る。一瞬の油断が命取り』――某ナイトの有名過ぎる言葉が彼女の脳裏を過ぎった。死兆星が煌めく、妖星のナルシストが微笑む、フェイタルケーオー……そして脱衣。見たくもないものを見せられ、二人はげんなりとした表情を浮かべた。

 永琳は頭を振る。何時もの事とはいえ、何故こうも楽観的になれるのだろうか。一応永遠亭を統率する立場ではあるのだから、それなりに緊張感を持って欲しいというのが、彼女の本音だった。


「いいですか? まだ小さいとはいえ、彼は――」

「変わり種。一匹だけなら問題なくとも、多数の中では他に悪影響を与えるかもしれない……ってところ? 問題ないでしょ、所詮イナバだし」

「……はぁ」


 呆れて物も言えなくなる。確かに言い切ってしまえればそれまでなのだが……たかがイナバ、されどイナバ。それこそ暴動でも起こされては厄介――。

 その瞬間、月の頭脳はとある結論を導き出した。すぐさま打ち消そうとするものの、一度思いついてしまったものはそう簡単に忘れることは出来ない。それが嫌なものであるなら尚更である。


「……姫」

「ん?」

「楽しんでます?」


 出来れば外れて欲しい……そんな永琳の願いとは裏腹に、輝夜は意地の悪い笑みを浮かべて答えた。


「せーかい。この頃退屈だったから、暇潰しにはもってこいよ。永琳もそんなに深く考えずに遊べばいいのに――」

「その帳尻合わせが私に回ってくると思うと、遊んでる暇がありません。というか暇だったら働いて下さい」

「フッ……永琳、私は聖帝ッ! イナバ達とは全てが違うッ!!」


 駄目だこりゃ。永琳は彼女と共に幻想郷へ逃げてきたのを軽く後悔した。どこで選択肢を間違ったのだろうかと軽く数百年ほど思いを馳せてみたが、時間の無駄である事に気付き、すぐ止めた。

 床に投げ出された資料を手にし、立ち上がる。従者として一応の報告はした。今はそれで十分だと自分に言い聞かせる。しかし障子を開け、部屋を出ようとしたところで、その主人に声を掛けられた。どうせまた戯言だろうと思った永琳だったが……。


「永琳」

「……何ですか?」

「深追いは止めときなさい。気付けば不思議の国だったなんて、本の中だけで十分よ」


 今までとは明らかに違うその声色に、思わず振り返る永琳。そこには相変わらず、自分勝手なお姫様がいて――。


「了解しました」


 その少しの心遣いに感謝している自分がいた。




















 良い瞳だと思った。赤くて綺麗で――そして、少しずつ私の中を掻き乱してくれる。本人の精神状態から見ても意図して使っている訳ではなさそうだが……その方が、今の私には丁度良かった。

 乱される、見出される。心を抉り取られそうになる。今の私はどんな顔をしているだろうか? ……きっと妖しく微笑んでいるに違いない。枷を嵌められて、囚われて、ぐちゃぐちゃにされるのは……嫌いじゃない。

 困った性分だと自嘲する。随分変えられたと自嘲する。仕方ないなと自嘲する。笑ってしまう。私は兎に魅せられた。本能より彼奴を選んでしまった。仕方あるまい、他に選択肢なんて無かったのだから。


「――の……」

「ん?」

「何で、分かったんですか?」


 固い声を吐き出す、眼前の玉兎――月の兎といえども私に対する印象は他の兎達と何ら変わりないらしく、未だ『恐れ』を抱いている。まあそれも仕方ないことだろう。正直私自身でも危いと感じた。此奴が私の中を掻き乱してくれなければ、きっとそのまま喰らい付いたかもしれない。そう……それこそキリの約束を破ってまで――。

 自嘲。気付いた。気付いてしまった。気付いていながら手が出せない。滑稽な話だ。口元を押さえ、こみ上げてくる笑いを抑え付けた。


「妾の能力を持ってすれば、それくらい造作の無い事」


 傍目から自分を眺めて見るのが、こうも可笑しなことだとは思いもしなかった。改めて自分の格好を見下ろす。赤い着物がまるで道化の衣装に見えてきて、更なる笑いを誘った。

 止めよう。どうせ『変化』し終わったところで意味がない。そう考えると、『変化』し終えるのに時間は掛からなかった。慣れた着心地、縮んだ身体、粗めの頭髪。これで全て元通り――違う、否定。私は微笑みながら、玉兎に手を差し出した。


「のお、取引せぬか?」

「……はい?」


 訝しげな視線を向けられる。その真紅の瞳が……この胸を侵す狂気が、心地よい。


「妾はキリの情報を差し出す、ぬしはその力を妾に使う。悪い条件ではないじゃろ?」

「私の力……って、正気ですか?」

「気など、もう何度も違えておるわ」


 玉兎の目が信じられないものでも見るように見開かれた。その顔がまた滑稽で、再び笑みが零れ落ちる。

 弱肉強食の世界は、想像を絶する事実で埋もれてその全貌を見せてはくれない。強き者の目から逃れ、弱き者を喰らう。時に同族と手を組み、裏切られ、傷付き、苦悩し、そして成長する。もう何十年と続けてきた『生き残る』という行為――今となっては全てが不要だ。ぬるま湯のようなこの生活は、確実に私の牙を削り取ろうとしている。

 それは駄目だ。それだけは、絶対に渡さない。それを奪われてしまえば私は『私』ではなくなり、私は完全に『弥生』となってしまう。例えキリであろうとも、『私』を否定することは許さない。

 自嘲。本心が揺れ動く。客観的に見れば、私は変わるのが怖いのかもしれない。愚かなことだとほくそ笑む。生きることは即ち成長する事であり、成長とは即ち変化である。それを否定するのは、子供が駄々を捏ねるのと大差ない。

 しかしそれでも……それでも私は、変わることを拒絶する。その為にはまず――。


「なあに、軽くでよい。妾も適度な刺激が欲しいんじゃよ」

「……」


 逡巡するかのような表情、疑問を抱いている瞳。恐らくその内容は『目の前の狼が本当に正しい情報をくれるのか』『主人に対する裏切りにならないのか』『そもそも狼なんて信じていいのだろうか』などといった類だろう。何にせよ変に勘繰るだけ無駄だ。

 私が差し出す情報は、第三者視点から見たキリの側面に過ぎない。要するにこれは単なる内緒話なのだ。その内容が詳細であっても、信憑性が限りなく高くても、所詮は内緒話――そこにキリが口を挿む道理は存在しない。

 ややあって玉兎は口を切り、私の手を取った。


「お願い……出来ますか?」

「承った」


 私よりも大きな手を確りと握り返し、私は薄く微笑んだ。




















 そっと、主に気付かれぬよう目を伏せる。出来ることならば耳も塞ぎたかったが、それでも否応なく『声』は聞こえてしまうため、諦める他なかった。

 別に責められている訳ではない。そのお気楽な性格は承知の上、強がりな言葉もその苦々しい笑みも……何一つとして私を傷つけることはない。当たり前だ、私に非はない。だというのに――。


「……」


 何故だろうな……吐き気がして、心臓の脈打つ音が耳の奥から響いてくる。私は主ではないというのに、後ろ足が麻痺したかのような錯覚を覚える。本当に動かないかもしれないと思うと、立ち上がることすら恐ろしい。

 錯覚だ。勘違いだ。幻覚だ。私は傷など負っていない。ただ主の傷を見て、まるで自分がそれを負ったかのように思い込んでいるだけだ。

 ……なぁ、主。怖くはないのか? 今まで通り身体が動かないというのは、苦痛ではないのか? 私は無傷だ。主が感じた痛みも辛さも分からない。唯一お前の意思を知ることが出来るこの能力も、所詮『声』しか聞くことは出来ない。お前が心に蓋をしてしまえば、私はお前の心を聞き取る事は出来ない。責めているのだとしたら、それを外に出して欲しい。ちゃんと『声』に出して言って欲しい。行動で示してくれても構わない、私に悔やむ機会を――。

 頭を振る。そうじゃないだろう、馬鹿猫。悔やむ機会を乞うてどうするというのだ。私が自ら悔やまなければ意味が無いだろうに。そう、相手からではなく、私から。


「主……」

『ん? どったの?』

「その……だな、んんっ」


 意味の無い咳払い。こんな時にまで自尊心が邪魔をする。素直になりたいと思う反面……どうしても気後れしてしまう。

 慙愧する為の初めの一歩――たった一言、謝罪の言葉を伝えればいい。所詮私の自己満足にしかならないかもしれないが、何も言わないよりは遥かにマシだ。……そう自分に言い聞かせるも、効果の程は薄い。

 視線を上げる。何時もの無表情は何処へやら、興味津々と言わんばかりの瞳と目が合った。怒りを内包しているようには見えなかったが、それはそれで精神的重圧が重くのしかかる。わざとやってるんじゃないかと疑心暗鬼に駆られる。落ち着くために深呼吸。頭の中で何度か言葉を反復する。すまなかったすまなかったすまなかった……口に出すのは一言だけだ、何の問題もない。

 腹は……決まった。


「……主、すま――」

  ―――パァン!

「霧葉っ! 大丈夫っ!?」

『あ、母さん……っておいこら待てや、包丁は駄目だっつったろ常考』


 突然の大音量に驚く私を放置し、主は特に驚いた様子もなく乱入者の対処にあたる。呆れたかのように軽くため息を吐いて、母君から包丁を奪い取り、私に視線を……ん、ああ、すまない。言葉の代わりに少しだけ頭を下げる。こうも簡単に謝れればいいのだがと思いつつ、主の代弁に回る。


「母君、包丁は危険だ」

「霧葉を守るためだもん! 仕方ないもん!」

『そんなこと言う人、嫌いですっ!』


 ……ここは気持ち悪いとでも言うべきなのだろうか……? 呆れてものも言えなくなる。だがこの現状を見ると、謝ろうと身構えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくるから不思議だ。


「だから霧葉、それ返して!」

「本来の用途以外で使うのなら、母君が嫌いになるそうだ」

『ナイス訳。エキサイト翻訳より分かってるじゃねぇか』


 母君が固まる。彼女にとって主に嫌われるのは一種の鬼門だ。この一言が出ると、大体の場合折れてくれる……はずなのだが……。


「で、でも霧葉の鍋がストーキングで具材や耳の根元に黒い影が……!!」

『日本語でおk。那由他、朝飯食いに行こうぜ』

「う……うむ」


 軽く涙目で語る母君を無視し、部屋を出る主。私もそれに続く。去り際に部屋を振り返ると、一人取り残された母君がさめざめと涙を流していた。

 前を歩く主に問う。


「母君は良いのか?」

『包丁持って廊下を徘徊するようなKY、ウチの家族にいません』

「……だがそれも主の事を思って――」

『なら反抗期ってことでここは一つ』


 楽しげな声色で、随分残酷な事を吐く息子だ。不憫な……と思いつつも母君に同情できないのは、謝るタイミングを奪われたからだろう。

 主と並び、チラリと顔を見上げる。何時もと何ら変わらぬ飄々とした顔付き――自然体。降雪が見られる縁側には不釣合いなほど薄い、黄土色の単。その中に仕舞われた左足は、きっともう、かつてのように動いてはくれなくて……。


「すまなかった……主」

『……』


 謝罪の言葉は、自分でも驚くほど素直に私の口から出て行ってくれた。主の足が、ほんの少しだけ止まる。一瞬の間。主が返した反応は、本当にそれだけだった。歩みを再開しても、その『声』は返さず、視線の一つも寄越さない。

 ため息を吐く。どうして今謝ったのだろう。せめて朝食が終わった後でも良かったのではないか? 軽率な自分の行動に軽く呆れてしまう。その時だった。


  ―――■■■■■■、■■■


 『声』が、聞こえた。

 たった一言。私の言葉に返された、私の為の一言。それを聞き取り、噛み砕き、脳に到達するまでに数秒、反復し、理解するまでに更に数秒の時を要した。


『許容範囲内だ、アホめ』


 笑ってしまう。誰が阿呆だ。私がどんな思いで謝ったのかも知らないくせに……いや、知らないからこそ、そんな言葉が吐けるのだろう。おかしなものだ。その言葉を聞いただけだというのに、どうして私は……こんなにも嬉しいのだろうか。

 駆け出す。随分と離れてしまったその距離を一気に埋める。そのまま勢いを殺さずに床を蹴り……主の頭へと飛び乗った。いきなりの事で軽くよろめく主だったが、何も言わずに私の頭を撫でてくれる。冷たくはあったが、決して不快ではないその手を享受する。驚くほど柔らかなその黒髪に、この身を埋める。

 良いかもしれない。この場所の為なら……主の為なら、私は――。


『ふっ、こーの甘えん坊さんめが』

「五月蝿い、主が悪い」

『んな無茶苦茶な』


 いや、今はひとまずこの幸せを噛み締めることにしよう。私は主の愛撫に、身を任せた。




















   おまけ ~食後の遊び~





『うぃーす、姫……さん? 隈酷いよ、昨日ちゃんと寝た?』

「よくもここまで来たものだ 貴様らは私の全てを奪ってしまった これは許されざる反逆行為と言えよう この最終鬼畜兵器をもって貴様らの罪に私自らが処罰を与える 死ぬがよい」

  ―――ジョインジョイン、トキィ

  ―――イノチワナゲステルモノデウィン、トキィ

  ―――ハンニンマエノワザデワオレワタオセウィン、トキィ

「……まだよ……そう、帝王に逃走はないんだから……」

『姫さんがんばれー(棒読み)』

  ―――セメテイタミヲウィン、トキィ

  ―――モウイウィン、トキィ

  ―――トキィ

  ―――トキィ

  ―――トキィ

  ―――トkぷちっ

「さーて、次は桃鉄でもしましょうか」

『運ゲーに逃げたっ!! 汚い! 流石姫さん汚い!!』










弥生 本質を感知する程度の能力
相手のステータス(体力、能力、精神状態から過去の戦歴まで)を五感で感知出来る。時間をかければ幾らでも感知が可能。

那由他 あらゆるものと会話出来る程度の能力
生物、無生物関わらず会話出来る。相手が喋ろうとしている事は分かるが、何を考えているかまでは分からない。

霧葉 ????程度の能力
作者のぬラックひすといr0から取りd影狩られたヒキョウなジョブ(リアル話)ダークパワーが宿ってそうで強いがそれほどでもない(謙虚)


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