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No.4143の一覧
[0] 東方狂想曲(オリ主転生物 東方Project)[お爺さん](2008/12/07 12:18)
[1] 第一話 俺死ぬの早くないっスか?[お爺さん](2008/09/28 13:45)
[2] 第二話 死ぬ死ぬ!! 空とか飛べなくていいから!![お爺さん](2008/10/26 12:42)
[3] 第三話 三毛猫! ゲットだぜ!![お爺さん](2009/01/05 09:13)
[4] 第四話 それじゃ、手始めに核弾頭でも作ってみるか[お爺さん](2008/10/26 12:43)
[5] 第五話 ソレ何て風俗?[お爺さん](2009/01/05 09:13)
[6] 第六話 一番風呂で初体験か……何か卑猥な響きだな[お爺さん](2009/01/05 09:14)
[7] 第七話 ……物好きな奴もいたものだな[お爺さん](2008/10/26 12:44)
[8] 霧葉の幻想郷レポート[お爺さん](2008/10/26 12:44)
[9] 第八話 訂正……やっぱ浦島太郎だわ[お爺さん](2009/01/05 09:15)
[10] 第九話 ふむ……良い湯だな[お爺さん](2008/11/23 12:08)
[11] 霧葉とテレビゲーム[お爺さん](2008/11/23 12:08)
[12] 第十話 よっす、竹の子泥棒[お爺さん](2008/11/23 12:11)
[13] 第十一話 団子うめぇ[お爺さん](2008/12/07 12:15)
[14] 第十二話 伏せだ、クソオオカミ[お爺さん](2009/01/05 09:16)
[15] 第十三話 おはよう、那由他[お爺さん](2009/02/01 11:50)
[16] 第十四話 いいこと思いついた。お前以下略[お爺さん](2009/05/10 12:49)
[17] 第十五話 そんなこと言う人、嫌いですっ![お爺さん](2009/05/10 12:51)
[18] 霧葉と似非火浣布[お爺さん](2009/05/10 12:51)
[19] 第十六話 ゴメン、漏らした[お爺さん](2009/06/21 12:35)
[20] 第十七話 ボスケテ[お爺さん](2009/11/18 11:10)
[21] 第十八話 ジャンプしても金なんか出ないッス[お爺さん](2009/11/18 11:11)
[22] 第十九話 すっ、すまねぇな、ベジータ……[お爺さん](2010/01/28 16:40)
[23] 第二十話 那由他ェ……[お爺さん](2010/07/30 16:15)
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[4143] 第十二話 伏せだ、クソオオカミ
Name: お爺さん◆97398ed7 ID:b7c0092b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/01/05 09:16



 一人の幼女が竹林を歩いていた。その場所を良く知る人物なら、何故こんな所に……とでも思うかもしれない。

 だがそれも一瞬の事。次に目にするその特徴的な『耳』を見れば、誰もが納得するだろう。

 灰褐色の髪から飛び出た一対の耳。小さなその身には似つかわしくない僧衣――丈を合わせる為に破いた所為か、損傷が激しい――と臀部から垂れた尻尾。暗闇の中で爛々と輝く金色の瞳だけが彼女の本性を表していた。

 唐突にその足が止まった。目を閉じ、耳を澄ませ、二つの感性を高めて『獲物』の場所を確かめる。


「ふむ……」


 ピクリと、鼻先が動くと同時に笑みが浮かんだ。あどけない子供の笑みだ。無理もない。御馳走が目の前にあれば、誰だって自然と顔を綻ばせる。しかもまだ手付かず――『狩り』も楽しむ事が出来る。自分の手で『獲物』を殺す様を想像して、彼女は思わず身を震わせた。

 しかしそこで気付く。今『狩り』に参加しているのは自分だけではないのだ。のんびりとしていては他の誰かに取られてしまうかもしれない……そんな考えが、一瞬脳裏をよぎった。

 頭を振る。『獲物』は仲間の一匹を倒したのだ。他の者達もいくら妖怪化したとはいえ、まだまだ尻の青い若者――獣型妖怪――ばかり。人型妖怪を狩るのも初めてだ。自分達の力を過信する余り、相手の力量を見誤る可能性は十分にありうる。いや、出来ればそうであって欲しい。そうでなければ私が楽しめない(・・・・・・・・・・・・・・)

 まるで恋する乙女の様に彼女は胸をときめかせた。殴り、蹴り、締め上げ、最後は喰らい付いて殺す。好き好んで殺される者は一人としておらず、今までの『獲物』は皆抵抗して死んでいった。『獲物』が最後の最後で見せる、火事場の馬鹿力――それを全力で潰すのが、彼女は堪らなく好きだった。

 目を開き、歩みを再開した。走るなどといった野暮な事はしない。普段は優雅に、狩る時は嬉々として……もう何十年も前に教えられた事は、未だに彼女の中に残っている。

 そして、それを教えた人間もまた……。















東方狂想曲

第十二話 伏せだ、クソオオカミ















 苛々する。堪え切れない怒気が、私の中で渦巻いているのが分かった。それもこれもこの駄目兎の所為だ。私より遥かに体格の大きい狼の攻撃をかわしつつもそう思った。

 襲われたのは数分前、駄目兎が私の問いに答えた直後だった。唸り声、怒号、肉を殴る音。それらが一連のものとして響き、私達は襲われた事を理解した。半ば反射的な行動だった駄目兎は殴った狼の事を心配していたが、そんな余裕もすぐになくなった。低い唸り声。囲まれたと気付いた瞬間には、狼達の猛攻が始まっていた。

 狼は全部で四匹――その中には妹紅の炎で焼かれた筈の者も居た。しかし焼かれたとは言え、あれは所詮弾幕の炎。体毛の一部分が焦げている程度で、動く事に支障をきたすものではなかった。駄目兎ならば一撃で丸焦げになるかもしれないが、普通の妖怪は弾一発如きでは死なない。恐らく撃墜された後自分達の縄張りに戻り、仲間を呼んで来たのだろう。標的は間違いなく……駄目兎だ。

 敵の攻撃を避けつつも駄目兎を見やる。こちらは例の焦げた一匹を相手にするので精一杯だ。それに比べあちらは三匹……しかも団結力まで高いらしく、絶え間ない攻撃で駄目兎を翻弄していた。


「くたばれこの野郎!」

『だが断る!』


 ……翻弄? いいや、よく見れば駄目兎は全ての攻撃を紙一重で回避していた。持ち前の反射神経が成せる業だろう。しかしそれも、精々飛び掛ってくる狼をいなす程度のもの。負ける事はないだろうが、同時に勝つ事も出来ない。ジリ貧になるのは目に見えていた。

 真一文字に結ばれた口と、道端の石でも見詰めているかのような瞳。こんな時であろうとも、駄目兎の表情は変わっていなかった。だが『声』は……その声色はどこまでも楽しげだった。まるで狼達と遊んでいるかのように『声』は響き続け、その身体は絶え間なく襲い掛かる牙をいなし続けた。


『ほーれほーれ、折角三人居るんだから、ジェットストリームアタックでもかけてみな。俺アレ好きだから当たってやっぞ~』

「戦いの最中に余所見かよ、チビスケ」


 その声を聞いた瞬間、私は反射的に飛んでいた。元居た場所を通り過ぎる灰褐色の塊。その際聞こえた牙の合わさる音は、まるで虎挟みが襲い掛かってくるかのような錯覚を覚えさせる。攻撃方法も噛付きか飛び掛るの二者択一。比喩表現としては間違っていないだろう。

 何時までも空を飛んでいる訳にもいかず、地面に足を着く。弾幕を一切使わない奴が相手では、宙に浮いたところで体の良い的にしかならないのは分かっていた。

 ……そう、此奴らは弾幕を使わないのだ(・・・・・・・・・・・・・)

 考えてみればそれも頷ける話だ。弾幕ごっことは死なない事を前提とした勝負方法、獲物を捕らえる為には向いていない。そもそも『狩り』というのは、獲物の生死など問わないのだ。捕らえた時に生きていようが、腹の中に入ってしまえば死ぬしかない。結果、弾幕ごっこなどといった面倒な勝負は不要となり、純粋な己の力だけで獲物を狩る事となる。

 私にとってこの状況は非常に不利だった。相手が三匹とは言え、まだ駄目兎の方が分があるだろう。


「余裕……って訳でもなさそうだな」

「狼に気遣われる程、私は堕ちていないぞ」

「……上等じゃねぇか。それでこそ喰らい甲斐があるってもんだ」


 空気が張り詰める。現状は人間で言うところの『果し合い』に似ているかもしれない。しかし私が短刀なのに対し、相手は薙刀――圧倒的に此方側が不利だ。相手もそれが分かっているらしく、口元に歪んだ笑みを浮かべていた。

 悪態を吐きたい衝動に駆られる。駄目兎が人間なぞ助けなければ、こんな無駄な争いに巻き込まれる事もなかったというのに……。


「死に曝せ!」

「まだ死ねるかッ!」


 飛び掛って来る狼の攻撃を避けつつ、私は此奴を殺せる『武器』を探していた。




















 駄目兎――霧葉は楽しんでいた。今を……絶え間なく襲われ続けているこの一分一秒を楽しんでいた。霧葉にとって、今の状況はただの『遊び』でしかなかった。

 前後左右、三百六十度から飛んで来る狼の牙は確かに脅威だ。その威力は先程掛かった虎挟みと同等かそれ以上。当たれば身体の自由は奪われ、他の二匹と共に物言わぬ骸と化すまで喰らい尽くされる事だろう。

 命懸け。そんな単語がしっくりくる現状にも関わらず、霧葉は有頂天だった。理由は分からない。だが狼達の攻撃を避ける度に、獣臭い匂いが鼻先を掠める度に、不思議と心が躍った。

 狼達は低い唸り声を発する……苛立っているのは確かだ。彼らは何時も三匹で『獲物』を狩っていた。獲物に休む暇を与えず、着々と体力を奪うこの方法は、彼らが最も得意とした狩猟法だった。今までこのやり方で狩れなかった獲物は居ない。だからこの兎も楽に狩る事が出来る……最初はそう思っていた彼らだが、一向に疲れの色が見えない霧葉に対し、次第に苛立ちを募らせていった。

 彼らの追撃は続く。一つの牙が時折二つになり、一瞬の間を置き三つとなって襲い来る。霧葉は避け続けた。常に必要最低限の動きで横へと下へと上へと回避……生前だったならば、数分で息が上がってしまっただろう。しかし『今』彼は妖怪――その小さな身体に内包する力は、人間の比ではなかった。

 霧葉の足取りは軽い。左足の傷が開き始め、包帯では許容しきれなかった血が白い足を穢しても気にしない。ただひたすら、狼達と終わらぬ乱舞を舞い続けた。




















 私がまず欲したのは『変化』だった。このまま避け続けるのは得策とは言えない。かと言って、反撃出来るような『武器』はない。恐らく弾幕も、此奴相手では目眩し程度にしかならないだろう。

 戦況は絶望的だ。だからこそ、対策を考える為の時間が欲しかった。身体を動かし続けていては浮かぶはずだった名案も浮かばない。着々と体力が奪われ、思考回路が上手く回らなくなってきているのが良く分かる。此奴の狙い目はそこだ。

 一瞬でも隙を見せれば、次の瞬間挽肉と化す私が脳裏に浮かぶ。焦燥感が私を攻め立てる。明確な死の未来図が私の心臓を鷲掴みにする。

 歯を食いしばり、嫌な想像を頭から抹消した。死んで堪るか。力を手に入れ、十年という時を待ち、あろう事か『餌』である兎妖怪の下にまで就いたのだ。『目的』を果たさぬまま死んでは、今までの事は全て水泡と化してしまう。そんな事は……それだけは……ッ!


「絶対に認めぬぞ!!」

「んだとっ!?」


 擦れ違いざまに爪を振るった。赤い体液は流れず、穢れた剛毛が舞った程度の攻撃であったが、今の私にはそれで十分だった。窮鼠猫を噛む……鼠扱いは甚だ不本意だったが、その認識を此奴に植えつける事が出来れば安いものだ。


「どうした? 同じ妖怪なら反撃しても不思議ではないだろう? もしや一方的に狩れるとでも思っていたのか?」

「……殺す……惨たらしく、殺す!」


 早口で捲し立てると、攻撃は一層激しいものとなった。先程より段違いに速い。怒りで我を忘れているのかもしれない。だがそのお陰で本来の正確さは消えた。これなら片手間で避ける事が出来る。

 目で捕らえることも難しくなった強攻の最中、ここへと近付く気配を察知し、私は笑みを浮かべた。逆転の兆し――私の求めている『変化』が訪れようとしていた。

 そう、それでいい。真直ぐ此方に来い。お前が来た瞬間、否応なしに時間は止まるのだから……。


「うむ……まだ宴は始まっておらぬな」


 声が響いた。幼子の声――この場に不釣合いな声だった。

 だが私が気に留める必要はない。舞台から一足早く退場した者に、続く舞踏を眺める暇などないのだ。




















 五つの顔が、十つの瞳が彼女を射抜いた。見詰められた本人も、この場に不釣合いだという事を自覚しているのか、口元に微かな笑みを浮かべた。

 霧葉はそれを綺麗な笑みだと思った。しかし一瞬後には、そんな考えも消えていた。

 自分とそう変わらない背丈。流れるような灰褐色の髪。狼の化身である事を主張する耳と尾。子供特有の柔らかく整った顔立ち。破れた僧衣は、まるで子供が坊さんの真似をしているかのような錯覚さえ覚える。しかし口元に浮かべている妖艶な笑みがそれらを全て否定していた。

 彼女と目が合った。その目は一片も笑っていない。外見は一人の子供でありながら、彼女は一匹の獣であった。


「良き月夜だの……兎もそう思わぬか?」

『……』


 彼女は葉で覆われた空を見上げた。当然月など見えるはずが無い。彼女自身それは分かっていた。いわばこれは『挨拶』……これから死に赴く者へと贈る、唯一の手向け花。彼女の中で、もはや勝利は確定している。どれほどまで抗ってくれるのか……彼女の興味はそこにしか無かった。

 霧葉は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。彼の中で状況は一変していた。先程までの『遊び』は終焉を迎え、それに取って代わるかのように一方的な『狩り』が始まろうとしているのを、彼は本能で嗅ぎ取っていた。

 何気なく彼女は霧葉から視線を外した。獲物から外れた瞳は当ても無く暗い竹林を彷徨い……口を開いた。


「逃げたか……やれ、薄情な化け猫よのお」

『……』


 その言葉に、霧葉は何の反応も示さない。相変わらず感情の読み取れない顔のままだ。そんな様子の彼を一瞥し、彼女はつまらなそうに顔を歪めた。


「そこ、後始末は自分でするが良い」

「……わーったよ、ババア」

「疾くと死ぬか?」

「チッ……」


 悪態を吐き、一匹の狼がその場を後にする。残されたのは三匹の狼と二人のヒトガタ……その狼達も、彼女の挙動一つ一つを気にしている。

 何とも滑稽な光景だと、霧葉は思った。子供一人に狼達が脅えている。生まれたばかりの頃――『この世界』に来たばかりの時、この光景を見たならば思わず首を傾げていただろう。だが、『ここ』ではこれが普通の光景なのだ。

 何となく分かった気がした。何故獣が人と化すのか、何故妖怪が人の形を取るのか。力を有する者が、何故皆ひ弱と称する人間の真似事をするのか。

 それは……。


「さて、では始めぬか? 物言わぬ兎よ。時は待ってはくれぬ」

『……っ!』


 素早く思考を切り替えようとして……霧葉は押し倒された。




















 走る、駆ける、飛ぶ。逃げ切れるとは思っていない。そんな事が出来たなら、私はとうの昔にあそこから消え去っていた。直にでも追手は来るだろう。

 笹の葉の中へと紛れ込む。狼でも見つけるのは困難だが、鼻が利く奴等の事だ。ここも安全とは言い難かった。

 畜生……糞ッ! 何を考えているのだあの駄目兎は!? 身の程を知らぬにも程がある! あれが無駄な善意を振りまいたりしなければ、こんな事にはならなかった! 自らを死地に追い遣るほど愚かとは思わなかった!

 頭の中を埋め尽くすのは駄目兎への罵詈雑言。こんな事を考えている暇があるならば、良策の一つでも思いついて欲しい。……そんな願いとは裏腹に、考えれば考えるほど私の思考回路は絶望で彩られていく。

 あの狼にどうやって挑めというのだ?

 猫の身体であの狼と?

 弾幕を撃ったところで勝てるとでも?

 自殺行為だ。無理だ。勝てぬ。

 この辺りの竹を切って、雪崩でも起こすか? ――駄目だ。あの素早さでは避けられてしまうのが目に見えている。

 虎挟みを使って足を止めるか? ――無理だ。設置されてる場所は元より、猫である私が扱うには危険過ぎる。

 妹紅に助けを求めるか? ――ふざけるな。人間に頼る位なら、死んだ方がマシだ。

 思案、思索、再考。何度繰り返しても良案は出てこない。

 落ち着け。

 落ち着くんだ、那由他。

 もう一度考え直せ。

 追手の数は一匹から四匹。この広い空間を探すのだから、一匹ずつ出会う事を想定する。

 奴等は無傷。此方も無傷ではあるが、一撃で沈む確率がある分その精神的重圧は比べ物にならない。同じ四肢で歩く者である事を考えると、立地条件は互角――狭い竹の間を潜り抜けられる事を考えれば此方に分があるかもしれない。

 彼方の武器は一撃必殺の牙と、それを生み出す瞬発力。対して此方の武器は目眩し程度の弾幕と、傷を負わす事も出来ない爪。

 相手は妖獣だ。頭を潰せば、首を掻き切れば、心臓を抉り出せば死ぬ。妖怪ならばもっと面倒な手順を踏まえなければ殺せぬが、妖獣となればただの狼と何ら変わりない。

 そう、殺せる。ただの獣を殺すのと同じだ。

 だが……どうやって?


「力がねぇってのは不便だよなぁ? クソ猫野郎」


 一匹、焦げた奴。その声は私憤に満ちていた。




















 それはもはや勝負ではなかった。霧葉が彼女の下に敷かれた時、勝敗は既に決していたのだ。隙を見せた霧葉自身、自分に落ち度があったのは理解している。だが……その授業料がこれでは割に合わない。


「弱い……反撃せぬのか?」


 小さな口から零れたのは、ゆったりとした声であった。その反面彼女の拳は手加減というものを知らなかった。無造作に振るった右の拳は、まるで吸い込まれるかのように霧葉の左頬へと迫り……辺りに鈍い音を響かせた。

 馬乗り――霧葉の『前世』ではマウントポジションと呼ばれた態勢を、彼女は用いていた。当然ながら審判も居ないこの場で彼女を咎める者など居ない。

 彼女は霧葉の上。霧葉は彼女の下。今ここにある事実はそれだけである。

 当然ながら殴られ続けて黙っているような物好きはいない。反撃する事は確かに難しかったが、それでもしないよりはマシだった。霧葉は攻撃の為に右腕を突き出す。それが彼女当たる事はなく……空いた右頬に拳が叩き込まれた。

 彼女自身こうも上手くいくとは思っていなかった。最初の飛び掛りは避けられて当然、その次に繰り出される攻撃からが本当の戦いだと思っていた。

 だが実際はどうだ? ――一発で上を取り、後は逃げないように足を絞めて殴るだけ。何とも興に欠ける。残念な事に今回の獲物は『ハズレ』だったようだ。


「弱い、弱い、弱い、弱い、弱い……」


 血だらけの両手、荒い吐息、時折繰り出される反撃……何時しか彼女は笑みを浮かべていた。弱い弱いと蔑み、顔を守る腕の隙間に拳を打ち込み、綺麗な顔が拉げていく様を眺める。それは、強者にだけ与えられた特権だと、彼女は考えていた。

 拳を振るいながらふと彼女は思った。これで何匹目だろうか。あの日――『家族』を殺し、呪われた存在になってから一体何匹の獲物を弄っただろうか。苛立てば近くの生物を殺し、気に入らない同族が居れば手にかけた。自分より強い者には喧嘩を売らず身を隠し、弱い者を『狩って』は死ぬまで弄った。

 その生き方は――さながら荒んだ鬼のようであった。

 不意に、彼女は左肩に違和感を感じた。何かが袈裟を引っ張っている。誰かは直に分かった。この場において、そんな足掻きをするのは一人しか居ない。彼女は内心ほくそ笑みながら、袈裟を引く手を掴もうとした。

 瞬間、視界が揺れた。服を引っ張る力が強くなり、左右交互に引かれていく。まるで何かが自分の首へと這い上がってくるかのような、嫌な感覚。それを拭い払おうと思った時……今度は、世界が光った。

 彼女は理解できなかった。何が起こった? 光った? 弾幕? ……何度も思考が空回りする中、更なる痛みが彼女を襲った。


「っあぁあああぁぁぁあ!!」


 追撃。混乱する彼女の中で痛みが上塗りされた。砕けんばかりに痛む『顔』を両手で押さえ、彼女は霧葉の上から転げ落ちた。

 痛みの正体――それは霧葉の頭突きだった。這い上がった彼の手は彼女の胸倉を掴み、頭を自分に引き寄せる形で頭突きを見舞ったのだ。一度目は鼻、二度目は額……急所ではなかったが、それでも彼女を怯ませるのには十分過ぎた。

 涙で滲む視界の中、彼女はまるで幽鬼のように立ち上がる兎を見た。




















「分かってんだろ? どう足掻いても俺には勝てねぇって事。筋力、速度、体格……テメェは何一つとして勝ってねぇ」


 声が聞こえる。まだ此方を見付けた訳ではない。奴の戯言を聞く義理はない。聴覚を遮断。風に揺られる笹の葉。擦れ合う音がやけに大きく聞こえた。

 狙うとすれば頭部か首筋――肋骨で遮られた心臓を狙う気にはならない。問題なのはどう攻めるかだ。

 現実的に考えれば爪を使うのが一番いい。必然的に狙う部分は首一箇所となる。否、私が有する武器ではそこしか狙えない。

 武器を調達してから場を改めて挑む……奴が通り過ぎるというのならばそうしたい。だがそんな事は万に一つも起きなさそうだ。

 ふと思った。こんな時、『彼女』だったならどうやってこの場を切り抜けるだろうか? 私より強く、美しい聖母のような『彼女』だったなら……。


「いい加減出て来な。んで、大人しく腹ん中に納まるんだな」


 黙れ阿呆が。ぶち殺すぞ。

 いいや、私も強い。もう十年以上も経ったのだ。そう……『彼女』と同等になるまで私は成長した。昔とは違う。今は力があるのだ。

 そう、強い。

 私は強い。

 私はただの猫ではない。化け猫だ。妖怪化した狼如きに負けるようではただの猫だ。

 目を閉じて深呼吸。心臓は痛いほど脈打っている。四肢が痙攣する。


「フンッ、化け猫ってのは何時もそうだな。自分が不利な立場になったら即逃走、誇りも何もあったもんじゃねぇ」


 黙れ。いいから黙れ。数分でいいから黙ってくれ。

 これ以上私を怒らせるな。血を滾らせるな。そこまでして死にたいのか?

 早く見つけろ。早く止めを刺せ。本当に私を喰らいたいのならば私の中でナニカが切れる前に始末を付けろ。

 これがお前の精神攻撃か? 温いぞ。総隊長の口の方がまだ痛手だ。

 まどろっこしい。ふざけるなよ? お前は私に勝てるのだろう? 悠長な事するなクソオオカミ。

 さあ、来い。早く来い。

 まだ減らず口を叩くようだったら頭ごと潰してやる。




















 結局皆人間に憧れているのだと、霧葉は思った。

 獣は人間の知力に憧れて人と化し、妖怪は人間の複雑な精神を知りたくて人の形を取る。力を有する者は、人間の間で結ばれている信じられないほどの団結力に恋焦がれ、人間の真似事をする。

 本当はただ単に擬態しているだけかもしれないが、今だけは自惚れる事を許して欲しい……誰に対してでもなく、霧葉は許しを乞うた。

 先に仕掛けたのは彼女だった。血だらけの顔に憤怒の表情を浮かべ、獣だった頃の瞬発力を活かした正拳突きを繰り出す――常人ならば反応することもなく意識を飛ばすであろう一撃。それはあっさりと霧葉の肘で受け流される。


「ぬっ……?」


 情けない声が上がった。先程までの動きとはまるで別人だった。止められたという事実を理解しようとして、彼女の頭は混乱した。隙は一秒もあれば十分だった。

 霧葉の肘は受け流すと同時に彼女の胸元へ吸い込まれる。とん、と触れたかと思うと、一瞬の間を置いてその一点でエネルギーが炸裂した。小さな身体は吹き飛ばされ、数メートル宙を舞った。痛烈な音を伴って数本の竹を薙ぎ倒し、更なる痛みを彼女に与えた。


『中国拳法の発勁は全身の筋肉と骨格、重心を上手いこと動かして打撃点にえげつないエネルギーを炸裂させるもんや。幾ら速うても重うてもあかん。形に嵌って、始めてその威力が発揮されるんや』


 誰だろうか、霧葉の頭の中で若い男の声が響いた。前世の記憶、何時かの記憶、誰かの記憶……幾つもの記憶が混濁とする中、霧葉の身体は自然と動いていた。

 血が出る程の勢いで地面を蹴る。その勢いを殺さずに、未だに膝を折っている彼女の脇腹を蹴り上げた。まるでボールか何かのように、彼女の身体は再び宙を舞った。




















「腰抜けの人生は楽しいか? え?」


 私の中でナニカが音を立ててキレた。

 心が熱い。反面、思考力は恐ろしい速度で冷えていく。

 いいだろう、もう逃げも隠れもしない。姿を現してやろう。

 だが対価は貴様の命――その首だ。死体に駄弁を語る口は不要だろう。

 わざと音を立てて、奴の後ろに降り立つ。奴は思ったよりも小さかった。何時の間に縮んだのだろうか? 視線の高さは同等だった。


「なっ……!? おっ、お前……」


 いや、違うな。私が大きくなっただけか。確かに心なしか視線も高い気がする。

 だがそんなのは関係ない。

 上体を屈め、身体全体のばねを限界まで約める。私は矢だ。貴様を殺す為に番えられた一矢だ。そう、毒矢よりも性質が悪い死の矢だ。

 どうした? 何を驚いている。猫が飛び掛っても痛くも痒くもないのだろう? ならばそう顔を引き攣らせるな。見てるだけで不快だ。


「何で……どうっ!」

「伏せだ、クソオオカミ」


 矢は、放たれた。




















『人間は強い。そう思わないか、――?』


 矢継ぎ早に向かって来る拳をいなしながら、霧葉は再び『声』を聞いた。今度は張りがある女の声だ。誰かは分からない。正体不明のその言葉は霧葉の中に深く沁みこんでゆく。

 そう……人間は強い。鍛え抜かれた肉体は時として猛獣をも殺し、過ぎたる文明は重力さえも手中に収め、もはや人間より強い者なぞ存在しない。それが霧葉の常識だった。そしてそれは、この幻想郷に生を享け、妖怪として二度目の人生を歩んでいても覆される事はなかった。


「何故だ……何故当たらぬっ!?」


 血塗れの拳で乱打を続けながら彼女は叫んだ。霧葉は答えない。元より答える口なぞ最初から持っていない。彼女の拳は全て防がれ、見切られ、いなされた。

 彼女は知らない。目の前の兎が人間の格闘術を用いている事を……粗の目立つ我流では洗礼された古流に勝てないという事実を、彼女は知らない。

 霧葉は知らない。それが一度も日の目を見なかった流派である事を……師に一番筋がいいと褒められた形を自然と構えていた事を、霧葉は知らない。

 人間は猛獣に素手では勝てない――それが世間の常識である。しかし武道の達人となれば話は違う。素手で熊や虎を殺す者は幾らでも居る。中には猛獣の真似事をして、それを打ち倒す者すら居る。

 ではそれらの能力は生まれもって付いてきたものなのか? 答えは、否。絶え間ない修行、鍛錬によって修得した技術が必ず付いて回る。或いは、持って生まれた能力が獣を超えている者であろうと、修行と鍛錬を裏付けとした強さがなければ、いずれ自壊する。

 そう、さながら今の彼女の様に……。


「くっ……何故狩れぬっ……妾は、妾は……っ!」


 一呼吸。霧葉と彼女の間に半歩ほどの隙間が生まれた。全力で打ち込むつもりなのであろう、引かれた右拳。それを視界に収めると、霧葉は一瞬だけ全身の筋肉を弛緩させた。それは、膂力の爆発を前にした準備段階に他ならない。

 ゆっくりと、彼女の拳が動き始めた。霧葉の顔を射抜こうとする一撃は、驚くほど緩やかだった。

 そうではない。そう見えたのは、神経を研ぎ澄ませた霧葉だけだった。実際には彼女の拳は弾丸にも匹敵する速度を纏っていた。

 霧葉の身体は勝手に動いていた。気付けば彼女の拳は彼の頭の上にあり、二人の身体は密着していた。自らの細い腰に固定されていた右の掌に全身の体重を乗せ、左足で踏み込むと同時に彼女の腹を鋭く突き刺す。鋭く、重く、硬い一撃が肋骨の下に潜り込み、小さな身体を揺らす。一撃の振動は一直線に突き進み、肝臓に強烈な衝撃を伝えた。

 彼女は白目を剥いて粘ついた唾液を垂れ流し、力なく倒れこんだ。

 必殺の一撃――踏み込みの轟音を最後に、舞台からは音が消えた。




















  ―――ぐびるっ


 耳障りな音を最後に、奴はようやく大人しくなってくれた。一息吐き、後ろを振り返る。そこには奇怪なオブジェが出来上がっていた。

 広がり始めた血溜まりの上に直立する狼の四肢。五月蝿い声を発していた頭は地面に転がり、切り取られた断面からはまるで湧水のように止め処なく血が流れ続けている。

 ふと落ちた首と目が合った。恐怖に見開かれた目、何かを喋ろうとしていたのであろう半開きとなった口……実に哀れだった。

 減らず口を叩かなければ、こんな末路を迎える事は無かったのかもしれぬ。もっと落ち着いた奴であったならば、こうなっていたのは私かもしれぬ……そう考えると、私はやはり思うのだ。

 私は強い。

 一度は舞台から立ち去った身ではあるが、最後に立っていたのは私だ。ならばそれは、誇るべき事なのだろう。

 頭を垂れる。これは死者への憫諒と感謝の証だ。窮鼠猫を噛む……人間の諺、身を持って学ばせて貰った。精々私はそうならないよう気をつけるとしよう。

 踵を返し、駄目兎の方へと向かった。生死確認の為だ。もし奴が死んでいたならば、そのまま『彼女』の所へでも帰るつもりだ。死に掛けていても助けるつもりは毛頭なかった。だが、もし私のように生き残っていたとしたら……。


  ―――べちゃっ


 水溜りに何かが落ちたかのような音がしたが、私の足は止まらなかった。




















 狼達は動けなかった。自分達よりも遥かに強い彼女を倒した霧葉に、恐れを抱いていた。彼らには二人の攻防は見えておらず、彼女が仕掛けたと同時に倒れたという事しか認識出来なかった。

 勝てない……。元より自分達の攻撃を容易く避けるような相手だ。今襲い掛かったところで彼女の二の舞になるのは目に見えていた。

 だからといって逃げる事も出来なかった。地に伏している彼女には返しきれない恩がある。複数による同時攻撃は元々彼女が考えた戦術だ。そのお陰で今まで飢えを凌いで来れたと言っても過言ではない。命と恩義――彼らにとって、天秤にかけるにしてはどちらも重過ぎる代物だった。

 その時、更なる脅威が彼らの前に現れた。

 ゆったりと動く黄褐色と黒い横縞。三メートルを超える巨体である筈なのに鳴らない足音。そして……仲間の血が付いた前足。それは、虎に化けた那由他の姿だった。


「終わったか。奴等はどうする? 見せしめに殺すか?」


 射殺さんばかりに眼光を光らせる那由他。この時ばかりは、彼は自分達が『狼』である事を呪った。

 意地汚い生物であったならば、一目散にでもここから逃げ出していただろう。

 知能の少ない生物であったならば、躊躇い無くこの二匹に飛び掛っていただろう。

 だが、義に厚いからこそ逃げ出す事は許されず。相手の力量が分かるからこそ迂闊に攻撃する事も出来ない。

 悔しさが込み上げてくる。何も出来ないまま死ぬのは御免だった。恐怖で震える四肢に無理矢理力を入れる。どうせ死ぬのならば……戦って死のう。最後の時まで、三匹の思いは同じだった。

 不意に霧葉が動いた。過剰に反応する狼達に構わず、彼は彼女を担ぎ上げる。次いで、那由他の怒号が響き渡った。


「いい加減にしろ駄目兎!! 身の程を知れ!!」


 空気が震え、葉が震え、心臓が震えるかのような――咆哮だった。那由他の怒りの形相に、狼達はビクリと身体を震わせた。

 こわい。

 この二匹が(・・・・・)、こわい。

 何もかも投げ出して逃げてしまいたくなる気持ちを必死に堪えた。もし彼らに人間の表情があったとすれば、間違いなく目に涙を溜めていただろう。

 霧葉は那由他を見詰めた。虎と化した彼の怒気を一身に受けながらも、彼が返した反応は……この上もなく冷淡なものだった。


『だまれ』


 たった一言。

 たったそれだけで、那由他は何も言えなくなってしまった。

 怒りで加熱された頭が急激に冷やされていく。口に腕を突っ込まれ、心臓を鷲摑みにされる感覚。身体に刀の切先を当てられているかのような緊張感。その瞬間になって初めて気付く『後悔』の二文字。

 しかしそれも、霧葉が彼に背を向けた瞬間四散した。何時しか那由他は、元の三毛猫に戻っていた。

 幽霊のようにふらふらと歩く兎を、彼は信じられないものを見る目で見詰めた。何か思う事があったのか、二、三頭を振ると黙って彼の後ろ姿を追う。そしてひっそりと、その後に狼達が続いた。

 珍しい事に、霧葉は無口だった。何時もの『独り言』もない。だが那由他にとって、それは幸運だった。

 ……那由他は知っていた。あの『声』を……最も忌み嫌うその『声』を知っていた。

 それは間違いなく、死人の『声』だった。



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