戦争ってのは、何時の時代になっても嫌なもんだ。ふとした拍子にそう思った。画面の中では敵兵がボロ屑のように死んでいく。俺が操作するプレイヤーの動きはまるで熟練兵士だった。隣で姫さんが唖然としながら画面を見つめていた。
事の始まりは何でもない事だった。ただ何時も通り姫さんの所に遊びに行くと、何故か苛立ちながらテレビゲームと格闘していた。
最初は戸惑った。どうして電気が通ってるのかとか、何で『現代』のハード機がここにあるのかとか、頭の中が無駄な思考で満たされる。姫さんはそんな俺の内心に気付かず、マイペースにゲームを薦めてきた。FPS系統の戦争ゲーム。何度やっても先に進めないと、姫さんは愚痴を零した。難易度設定は最高に設定されていた。
昔の懐かしさに囚われながらコントローラーを手に取った。余程白熱していたらしく、握るとそれは若干の温かみを与えてくれた。簡易な操作説明、他の兎妖怪だったらなら理解したところで、クリアする事は到底不可能だろう。ヘビープレイヤーの姫さんが匙を投げた程だ。きっと気晴らしに、俺が早々と散り逝く様を見たかったのだろう。
爆弾マーク。付近に手榴弾。認識すると同時に近付き、投げ返す。爆音、空を舞う敵兵の姿を確認せずに視界を移す。止まれば死ぬ、それを教えてくれたのは、誰だったか……。
「やるわね……」
『……』
突撃銃を握っていた。物心と一緒に付いてきた黒くてクソ重たい塊。渡された時からこびり付いたグリースの汚れ、強過ぎる弾の反動、撃てば熱くて仕方のないフォアグリップ。コレを平気な顔で撃てる大人が、昔は凄いと思っていた。
射撃の練習は一日三十発――マガジン一本分。いかに速く、正確に弾を撃ち込むかを練習した。一発外すごとに頭を殴られた。弾は何よりも貴重だった。
迷路のような建物の中を疾走する。部屋に敵兵が潜んでいるのが分かれば閃光弾を投げ入れた。乾いた音と共に突入。顔を覆う敵兵達に近付き、順々にナイフを突き立てて殺した。
『……』
「主……?」
皆で一緒に罠を仕掛けた。愚鈍な敵を殺す罠――教えられたものに多少のアレンジを加えた時は褒められた。敵が罠に掛かった瞬間、どんな表情をするのかを想像して大人達は笑っていた。若干の時間を置いて、俺もそれに倣った。趣味の悪い冗談。生き残る為には自分を殺すしかないと思った。
そう考えれば、後は楽だった。徹底的に物心付くまでの自分を殺し、大人に従い、一緒に歩いて一緒に戦う。猟犬と同じ生き方。人生に目的なんてなかったのに、それでも生きたいと一心に願っていた。
照準の先に味方が入り込んだ。誤射。味方は呻き声を上げてよろめく。射撃を止めて味方の更に前へと移動した。使えない奴。リロード。かつて貴重だったマガジンは、画面の中であっさりと投げ捨てられた。
『発砲注意! 発砲注意! 味方が二階に上がる! 繰り返す、味方が二階に上がる!』
『……』
実戦を経験したのはたったの四回。だが訓練と同じように動ける訳がない。味方同士の誤射は普通だった。時には味方の動きを見てわざと当てた時もあった。逃げる仲間は要らない。後退は必要ない。そう教えられた。
タイミングを見計らって殺した仲間の元へと移動し、弾を奪って敵を撃った。フルオートで撃てば数秒間で無くなるのだが、弾が込められたマガジンは重く、突撃銃と一緒に携帯するのには限度があった。大人は仲間が死んだのを見ても何も言わなかった。ただ敵兵を殺した時に上げる鬨の声だけが、耳にこびり付いて離れない。そのお陰で、悲鳴の声は忘れていた。
仲間の部隊と合流し、誰よりも早く鉛弾の飛び交う前線へと駆け出した。遮蔽物に隠れて建物から狙撃する敵兵に照準を合わせる。ボタンを押す。適度なバースト射撃。軽過ぎるトリガープル。ジャミングする事もない素直な銃は、異様に集弾性のいい弾を撃ち出し、敵を射貫いた。
『行け! 行け!』
『……』
敵の弾は当たらない。俺達の弾は当たる。恐れる事はない、当たらない弾に価値など存在しない。脳裏に響く怒号。戦意を失った敵を殺しながら言われた言葉。それはまるで神託のように、俺の中で絶対の言葉となった。
死体の処理は俺の仕事じゃなかったが、荷物を漁るのは別だった。使えそうな物は何でも剥ぎ取って次の実戦に備えた。銃弾は幾らあっても足りないという事はない。金と同じだ。弾数だけが物を言う。それ以外は取るに足らないものだった。
前線突破。敵兵はもう居ない。ヘリが迎えに来て、仲間共々乗り込んだ。地面を離れる。戦場を離れる。生き残れたという事実に若干の安堵を覚えようとした瞬間、仲間のヘリが撃たれた。テールローターに直撃。くるくると回りながら堕ちてゆく。
『メーデーメーデー! こちらDeadly! 制御不能! 墜落する…!』
『コブラが墜落した! 繰り返す! コブラが墜落した! Deadly、こちらOutraw Two-Five。応答せよ!
司令部、墜落現場を確認。操縦席から応戦しているようだ。救助許可を願う』
『Two-Fiveへ応答、核爆発が起きたら巻き込まれるぞ。分かっているのか?』
『了解。危険は承知だ』
『分かったTwo-Five。任せる。可能なら救助せよ』
『Deadly、応答出来るか? 状況はどうだ、どうぞ?』
『ここよ! ……KeatingはK.I.A.! 敵が近付いてくる! 早く助けて!』
『そこにいろ。すぐに向かう』
『……』
仲間を助けた事は一度もなかった。仲間に助けられたことも同様だ。同年代の少年兵はあっと言う間に死ぬ。大多数が一回目の死線を乗り越えようとして、気張り過ぎて死ぬのだと聞かされた。お前の将来が楽しみだ……と言われ、頭を軽く撫でられたのを覚えている。その口元に浮かべられた笑みが、嘲りの笑みだったことも知っている。俺は従順な馬鹿であるフリをして、笑った。
銃にこびり付いた汚れはグリースだけではない。木製のストックに滲みた黒い模様は、前の使用者の名残だろう。硬い寝床で銃を抱き、死にたくないという気持ちが一層強くなった。
ヘリから降りて、敵兵を蹴散らしながら墜ちたヘリの操縦席に近付く。動けなくなった隊員は短機関銃で応戦していた。ボタンを押す。担ぐ。時間が押していた。自分のヘリへと足を進めた。視界が赤く染まる。被弾判定。それでも足を止めない。痛みを物ともしないキャラクターが羨ましかった。
『シーナイトへ急げ! 敵は俺達が食い止める。急げ!』
『Vasques中尉、こちらOutraw Two-Five、発つなら今のうちだ』
『了解、向かってる!』
『乗客の皆様、機長です。我々は血路を開かなければなりません! 掴まってろ! Jake、出力最大!』
『……』
仲間を乗せて、ヘリが飛び立つ。パイロットの気の利いた冗談。緊迫した状態だというのに、自然を笑みを浮かべてしまう。こんな人が居たら、俺はもっとマシな生き方が出来たかもしれない。しかし残念ながら、周りに居たのは悪趣味な大人達。口から出たのは、作戦内容と笑えない冗談だけだ。
『こちら司令部。首都で核爆発の危険性がある。NESTの警報解除まで安全圏まで退避せよ』
『合衆国全軍に告ぐ、我々は市街地において核爆発の危険に晒されている。NESTが現場で処理にあたっている。繰り返す、我々は――』
爆発音。画面の中にあったのは、コンクリートジャングルに突如芽吹いたきのこ雲だった。次いで来る衝撃波。それに煽られて次々と墜落してく仲間のヘリ。鳥が台風に巻き込まれるとしたら、きっとこんな感じなのだろう。回転する画面を見ながら、俺はそう思った。視界に映っていた仲間は、遠心力に耐え切れずヘリから投げ出されていた。
まわる、回る、廻る。地面が近い。轟音、ブラックアウト。テレビはロード画面へと移った。英語のニュースキャスターの音声が入る。憶測だけの推論、部分編集、鵜呑みにする民間人……想像すればする程、苛立ちが募っていく。ロード完了。画面は戦死扱いされたキャラクターのものへと切り替わった。
『……』
画面に映ったのは壊れたヘリの内部。苦しげなキャラクターの呻き声。真赤な視界。プレイヤーでも分かる程の重傷を負っていた。意識を取り戻さない方が幸運だったかもしれない。ふら付く足取りでヘリから抜け出す。被弾判定。着地出来ずにダメージを負った。ぶれる視界。焦点は中々合わさらない。
外では死の灰が舞っていた。人の気配はない。強い風の音と時折聞こえる無線機のノイズだけがスピーカーから流れ出てくる。
視点移動して、禍々しく聳えるきのこ雲を見やった。立つ、歩く、揺れる。たどたどしい足取り。もう長くないのは明らかだった。それでも近付く。ただひたすら、全てを無駄にしたその存在へと足を進めた。苛立ちは何時しか、言いようのない虚しさへと変わっていた。
倒れた。操作不可能。視界はゆっくりと色を持ち始め、上へ上へと向かっていった。ああ、死ぬんだ。ただ漠然とそう思った。
「はぁ……意外と凝ってるわねぇ……」
「しかし、人間同士で殺し合いか。随分不毛な事をする」
「ま、これは外のヤツだからね。何考えて作ったのかまでは、私達の思うことじゃないわ」
……プレイヤーは呑気だ。フィルターを通した世界に居る。キャラクターがいくら死んでも、結局のところそれは本人と全く関係がない。だから二人がそう言った所で、怒る事は出来ない。落ち着けと自分に言い聞かせる――。
死んだのは四度目の実戦での事だった。死因はいたって簡単、ただ俺の上で手榴弾が爆破しただけ。『死にたくなければ地面と同じ高さで撃て』……常に言われて続けたその言葉が、逆に仇となった。身体に突き刺さった熱と破片。痛みを感じる前に死んだのは幸運だった。
ゲームとリアル。境界が危うくなると、前世ではよくニュースで取り上げられていた。かつて一笑していたその事実が、今は重々しく圧し掛かってくる。『今』と『昔』。記憶が混濁する。俺が一体何者なのか分からなくなる。吐き気がする。動悸が激しい。混乱する頭で、たった一つだけ結論が導かれた。限界、もう無理。
「あっ……ちょっと!!」
姫さんの制止する声も無視してゲームの電源を切った。息を吐く。まだちょっと気持ち悪い。漉し餡をキロ単位で食ったような胸焼け具合だ。出来れば顔に出てないことを祈った。たかがゲームで気分が優れなくなるなんて格好悪過ぎる。俺は努めて明るい声で言った。
『飽きた。どうせなら格ゲーしない?』
「ちょっ! 少しは手加減なさい!」
『ほくと、うじょーだんじんけーん♪』
――ウィン、トゥキ
バスケは基本です。姫さん。