油断していた。まさかこの幼い妖怪に、こんな力があるなんて思っても居なかった。いや、今更後悔したところで何の解決にもならない。今はただ、この場から逃れる手段だけを考えなければ……。
しかし……本当にどうしてこんな事になってしまったのだろう……。私は一人、頭を抱えた。
最初、相手は一人だった。いや、二人だったか? どちらにせよ大した脅威にはならないと思っていた。間違っていた。過去に戻れるのならば、楽観視していた自分を蹴り飛ばしてでも、この脅威を止めるべきだった。
着々と仲間の数を増やし続ける彼――霧葉。その手は家臣達にまで届いていた。だが、気付かなかった。一人、また一人と家臣が消えていくのを眺めながら、私はまだ大丈夫だと思っていた。
自分で溜め込んだツケは、必ず自分へと返ってくる……昔どこかで誰かがそう言っていた。では溜めていたという事に気付かなかった者には返ってこないのか? そんな事はない。気付かなかったのは、結局のところ本人の過失に過ぎない。気付かなくとも自然とツケは溜まっていたのだ。
―――パチンッ
音が聞こえる。私を追い詰める音が。
一歩一歩、ゆっくりと。けれど確実に近付いて――追い詰められていくのが良く分かる。獲物が逃げているのにも関わらず、顔色一つ変えないその精神。懐柔しておけばどれだけ良かった事だろうか……今となってはそんな考えすらも後の祭りだ。
嗚呼、何をやっているのだろう、私は。数百年も生きたというのに、パッと生まれたばかりのこんな兎妖怪に倒されて終わってしまうのか。やはり陰口を叩いたのは不味かったのだろうか。間の抜けた事を考えながら、私は追い詰められた事を理解した。
後悔後先に立たず。もう……逃げられない。
―――パチッ
「王手だ、姫君」
「……」
三毛猫が私を睨む。声色は底冷えするほど低く、その鋭い眼光は敵意を内包していた。
そうだった。発端はこいつだ。私がこんな珍しいものを欲しがったばっかりに……私は今、こうして苦しんでいる。悩んで、逃げて、追い詰められて……無様な醜態を晒してしまった。
けれど……そう、最後くらいは……淑やかな姫で居よう。
「参りました……」
東方狂想曲
第九話 ふむ……良い湯だな
そんな事よりどっかの誰かさんよ、ちょいと聞いてくれよ。将棋とはあんま関係ないけどさ。
この前収穫が終わったんですよ、収穫。そしたらなんか暇で暇で仕方ないんですよ。
で、那由他に聞いたら呆れた顔して、春までは休みだ、とか言うんです。
もうね、アホかと、馬鹿かと。お前な、冬到来如きで休耕すんじゃねーよ、ボケが。
食料なんだよ、食料。
なんか兎達も休日モードに入ったし。皆全員でニート化か。おめでてーな。よーし今日は沢山食べちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、ビニールハウス建てるから働こうぜと。農耕班ってのはな、もっと忙殺されてるべきなんだよ。
毎日蟻みたいに働いた後の、一杯の麦飯。疲れた身体に染み渡る飯の美味さ。そんなのがいいんじゃねーか。それが分からねぇ女子供はすっこんでろ。
で、やっと憤りが収まったかと思ったら、那由他の奴が、将棋でもどうだ、とか言ったんです。そこでようやくぶち切れですよ。
あのな、将棋なんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。得意げな顔して何が、将棋でもどうだ、だ。お前は本当に将棋をしたいのかと問いたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。お前、将棋でもどうだって言いたいだけちゃうんかと。
那由他に仕事中毒者と言われた俺から言わせて貰えば今やるべき事はやっぱり、ビニールハウス建設、これだね。温室設置で冬場も農耕。これが通の選択。
ビニールハウスってのは設置する手間隙が多め。そん代わり作れば春先まで壊さないでOK。これ。で、それに季節に囚われずに農作物を育てる事が出来る。これ最強。
しかし建設云々以前にビニール繊維も樹脂も開発されていないという問題を抱えている、諸刃の剣。素人にはお薦め出来ない。
まあ絵に描いた餅しか作れない俺は、大人しく将棋でもやってなさいってこった。
……とまぁ、どこぞの文章に擬えて現実逃避がてら語ってみた。結局やる事もなかったので那由他と対局していたのだが、ぶっちゃけ弱くて相手にならなかった。いや、だって飛車角落ちで対戦しても負けるってどうよ? 五十連勝した時には、もう弱い者虐めしてる気分だった。だからつい某格闘家よろしく『俺より強い奴に会いにいく!』とか言ってしまった俺に、罪はないはずだ。
背後から投げかけられる負け犬の遠吠えを無視しつつも、俺は将棋盤を持って徘徊。迷子になりかけたところで大和撫子っぽい黒髪美人と衝突し、暇そうだったので一局申し込んだのだ。その際、ただの勝負では面白くないという理由から、那由他を賭けたりしたのは余談だろう。負けた所で、どっちみち蹴るつもりだったし。
しかしどうもそれが気に入らなかったのが、当の本人――那由他だった。まぁ賭けの対象になってる身としてはその気持ちもよく分かる。勝負中も殺気染みたオーラで盤上眺めていたしな。だが勝利してもう五分以上になるってのに、未だ土下座させ続けるってのはどうかと思うぞ、俺は。てか俺の膝乗んな。お前普通の猫と比べて、大分重いんだよ。
『那由他、そろそろ許したら? てかお前も重いからそこどけ』
「いいではないか。私を景品にした罪を直に感じ取れるぞ」
『はいはい、その不快さはよーく分かるからさっさとどいてくれ。負けた所で、お前を手放す気は毛頭ない』
「むぅ……」
俺の言葉に不承不承といった感じで膝から下りる那由他。そのまま隣の肘掛に登り、腰を据えた。
「姫君、面を上げよ。主の仁恵に感謝しろ」
『……お前どんだけ態度でけぇんだよ』
「……」
高飛車な姿勢を崩そうとしない那由他に呆れつつも、俺は目の前の人物に視線を飛ばした。一糸乱れぬその動きは、頭を上げるという単純な動作にも関わらず気品を感じさせた……が、顔を見た瞬間、何か色々と幻滅してしまった。
いや、十分美人ですよ。和服と洋服を合わせたような奇妙な服装もよく似合ってます。だからそんなビシバシと殺気染みた目で見んといて。那由他睨んでるつもりなんだろうけど、余波が半端ないッス。傍に居るだけでヤドリギの種と同じくらいのダメージ受けるって、どんな攻撃だよソレ。
「なら、もう一度手合わせして貰ってもよろしいかしら?」
「ふん、どうせ結果は同じだろう」
「あら? それはどうかしら?」
そう言ってほくそ笑む姫君(那由他命名)。何か俺置いてけぼりじゃね? てか那由他、お前弱ぇ癖に何言ってやがりますか。最近お前妙に腹黒くねーか? それに虎の威を借る狐とかお前らしくねーんですけど。
まぁどうせ暇だし、もう一戦やるんだったらと思い駒を並べようとすると、姫君(?)から待ったと言わんばかりに手を取られた。微笑んだ顔はこの上もなく綺麗だったが、手に篭められた力は割と強かった。そのまま成す術もなく引き摺られる俺。何かもー……どーにでもして、気分はすっかり昔の某エアコンCMの登場キャラだった。畜生。
「次の勝負は将棋じゃないわ。これよ!」
――バンッ!
はいはい、力一杯襖を開けない開けない。今の音凄く響いたぞ。本当に姫かよ、アンタ。
そう言おうとして、それが目に入った。思わず息を呑み、目を見開く。落ちかけていたテンションは急上昇。俺は内心ガッツポーズをとった。
「さぁ、私に勝てるかしら?」
古びた雀卓を背に、姫(仮)は不適に微笑んだ。
「麻耶ー、姫様が麻雀の数合わせにどう? だってー」
不意にてゐ様から声を掛けられた。場所は調理場……今の時間帯は猫の手も借りたいほど忙しいというのに、全くあの人の考える事は未だに分からない。その類を見ないワガママっぷりは、仕えて七百年以上経っても、未だに衰えというものを知らないようだ。
私は一度意識を目の前の大鍋から外し、盛大にため息を吐いた。悠斗君が遠くで漬物を刻んでいるのを確認してから、私は口を開く。
「……なんでまた私? 夕食の事ちゃんと考えてるのかなぁ、あの阿婆擦れ」
「相変わらず旦那が居ない所だと容赦ないね……」
てゐ様はそう言うと、引き攣った笑みを浮かべた。昔から私のそういった所に慣れなかったらしく、今でも若干避けられてる。きっと姫様の命令でもなければ、ここに来る事もなかっただろう。
私は再び自分の能力を使いながら、大鍋に視線を向けた。姫様の遊戯よりも今は料理だ。実はほとんど完成してて、後は盛り付けるだけなんだけど、それは言わない。言えばてゐ様が『じゃあ……』と言うのは、火を見るより明らかだ。なるべく『これだけは調理長自らの手でやらなければ』という雰囲気を醸し出さなければならない。自然と私の目は真剣みを帯びていた。てゐ様はそんな私の様子に気付き、ため息を吐く。
後一押し。それだけで諦めてくれるだろう。
「……麻耶の子が相手だから誘ったんだけどなー」
「てゐ様、場所何処?」
ごめんなさい、やっぱり無理。
大鍋から目を離し、てゐ様に視線を向ける。自分でも驚くほど冷淡な声だった。けどそれも、仕方ない事なのだと察して欲しい。
だって霧葉が『あの姫様』の相手をしてるのだ。あのワガママ悪女の相手を、私の可愛い霧葉がしているのだ! 怒りを抱かない方がどうかしてる。いや、むしろ今はそれよりも危機感の方が強いだろうか。何せ霧葉はあの可愛さだ。ただそこにあるだけで心が満たされるというのに、無表情な顔が笑みの形を作った時の、あの幸福感といえばッ!
あれは危険だ。私も片手で数えるぐらいしか見た事はないが、その時は本当に危なかった。悠斗君という永久の伴侶が傍に居なければ、間違いなく襲ってたに違いない。あの時ばかりは、自分自身の抑制力を褒めて上げたい。悠斗君ですら、霧葉を見つめる目には熱いものを籠めていた。きっと私と同じような心の葛藤があったんだろう。
そんな可愛らしさの化身とも言える霧葉が、あの求婚する男性をことごとく振った姫と麻雀? もし姫が勝ったら……いや、霧葉が微笑んだ時点で、勝負は終わる。それだけは絶対に阻止しなければならない。これは親として……そう、霧葉の親として当然の責務だ。
「えっと、姫様の部屋で……ってちょっと!」
「急ぐよてゐ様。あなたー! お鍋お願ーい! 大体八十から九十度、沸騰させない程度によろしくー!」
「了解ー、行ってらっしゃーい」
てゐ様の手を引き、私達は調理場を後にした。
「……」
「……」
「……」
『……』
―――タンッ
で、何だろうこの空気。無言で牌を切りつつ、俺はこの面子に若干の恐怖を感じていた。
まず母さん。何か姫さんの事むっちゃ睨んでます。俺の視線に気付くと優しげに満面の笑みを浮かべてくれるけど、ぶっちゃけそのギャップが怖いです。妖気も駄々漏れで、水色のオーラが肉眼でもハッキリと分かります。
次に姫さん。こっちも母さんの事すんごく睨んでます。口元に張り付かせた薄ら笑いが妙にマッチしてて、かなり怖いです。牌を叩きつける音も断トツで、毎回毎回某死神漫画のように『ドンッ!』という効果音と共に牌が捨てられます。
そして最後に総隊長。隣の二人を完璧に無視して鼻歌交じりで牌切ってます。こんな所で余裕綽々といった顔が出来るなんて、ある意味一番の強者です。
『……下りてぇ』
いや、何でこんなギスギスした空気の中麻雀打たねーといけねぇんだよ。もっと和気藹々とした雰囲気で打ってからこそ、麻雀ってのは楽しいんじゃないのか? まぁ『ざわ……ざわ……』な漫画があるくらいだから、そんな風に考えるのは少数派なんだろう。
『あ、その白とマッスルドッキング』
「……ポンだ」
「チッ」
うわっ、一瞬姫さんに形容し難い位嫌な顔された。何かアイドルの素顔を垣間見たファンの心情だわ。もうちょっと外見を気にしようぜ。内心そう思いつつも牌を適当に捨てる。鳴いたはいいが、今はまだ俺の流れじゃないのを薄々感じていた。
ちなみに今は東一局の一本場。親は総隊長で、反時計回りに姫さん、俺、母さんの順だ。前の局は全員テンパイだった為、点数に差もない。まぁ、そんなのは気休めにしかならないのが麻雀なのだが……。
「ツモ、タンヤオドラ1。千四百点オール」
「「チッ!」」
『……怖ええぇぇ!!』
総隊長がアガった途端に響く舌打ち。発生源は言わずもがな俺の両サイド二人。空気は一気にエターナルフォースブリザード、ガリガリと物凄い勢いで俺の体力が減ってきます。平気な顔で打てる総隊長が羨ましいです。あの那由他でさえ場の空気に呑まれて口数が減ってるというのに……やっぱ総隊長という肩書きは伊達じゃない。
忌々しげに点棒を卓に投げ捨てる両名。手渡さない所を見ればその苛立ち加減がよく分かる。……小中学校みたいに体調不良で出て行けねぇかなぁ……。この際トイレでも可だ。
牌を配り終えて二本場。一つも揃わない字牌が五つ、初っ端から重たい荷物だ。どうせなら九種九牌で流れてくれればありがたいのだが、残念ながらこの手では足りない。畜生。ツモった六萬を入れて西を切る。とにかく今は、いかに直撃されないよう動くかが大事だ。例えノーテンで点棒を持ってかれても、麻雀というゲームは幾らでも巻き返す事が可能だ。
回って数巡。姫さんがおもむろに千点棒を場に投げた。
「リーチ」
『んー……捨て牌から察すると萬子の清一色狙いか?』
「……そう簡単に当てられるものでもないぞ、主」
膝の上からボソリと呟かれた那由他の言葉。俺は怪訝な顔で那由他を見やった。こう言っちゃ何だが、俺は学生時代に敵なしと言われたほどの雀士だ。連続不放銃回数五百以上という記録は、多分今でも破られていないだろう。
どうせ俺の声は周りには聞こえないので、安牌を切りつつ話しかけた。
『どうしてそう思う? あ、音量は小さめで』
「確かに普通ならばそう考えるのが得策だ。しかし今は総隊長が居る。普通に打っては痛い目に合うぞ」
『だから何……』
――タンッ!
「ロン! リーチ一発三暗刻白ドラ3! 一万六千点よ!」
思わずドキッとしたが、振り込んだのが俺じゃない事にとりあえず安堵した。放銃した母さんは……いや、目を背けたくなる程怖い顔で唇噛んでました。見るんじゃなかった……。
そんな母さんと打って変わって、姫さんは上機嫌だ。まぁ序盤から倍満出せば、誰だってそーなる。俺もそーなる。しかし浮かれていながらにして、乱暴に投げつけられた点棒をちゃんとキャッチ出来るのは凄いと思った。つーか母さん、人に向かって点棒投げんといて。子として恥ずかしいですたい。
「んー? 調子悪いのかしら? よりにもよって倍満に振り込むなんて、貴女も堕ちたものね」
「……前回ボロ負けして、一週間水だけで生活したのはどこの姫だっけ? あ、ゴメン。姫って自称だったね」
あ、姫さんの顔が引き攣った。ていうか自称だったのか、姫って肩書き。母さんに嘲笑された姫さんは、額に手を当てて薄ら笑いを浮かべた。だがその鋭い目だけはマジだった。
「……言うじゃない。てゐ、何時ものルールに変更するわ。巻き込まれないよう頑張りなさい」
「了解~」
「霧葉、お母さんちょっと頑張るから邪魔しないでね」
『待て待て待て待て。何コレ? 何なの? マジで状況説明して』
「承知した。母君」
勝手に承知すんなクソ猫。断る気は更々なかったけど。だって火花見えるもん、この二人の間で。絶対錯覚じゃねーよこれ。
確かに傍目から見たら『何このハーレム麻雀? お前ちょっと俺と代われ』って感じかもしれない。だが……マジ勘弁して下さい、てか助けて。僕死んじゃう。主に胃潰瘍とかそんな感じの理由で。現実の修羅場というものがここまで息苦しいものだとは知らなかった。今の俺はさぞかし青い顔している事だろう。
ジャラジャラと牌をかき回す音に紛れて、那由他の声が聞こえた。
「見ての通り二人の仲は最悪だ。巻き込まれたくなければ絶対に振り込むな」
『……何時ものルールってのは?』
「大体は一荘戦と変わらんが、勝敗はハコった回数で決める。ハコる度に二万点から始め、能力、イカサマ等々ばれなければ何でもアリの青天井。最下位には一位の命令を一度だけ聞く罰ゲームが待っている」
『聞くだけ~ってのは無理?』
「殺されても知らんぞ」
もう、ゴールしてもいいよね。俺は疲れたようにため息を吐いた。
で、マジな話何なのこの人達。流局が最初の一回だけってどういう事なの? 姫さんが特別ルール宣言した途端に皆本気出しやがって……役が満貫以上しか出ないとかふざけ過ぎだろ。何このプロ雀士達。確かに未だ一回も放銃してないけどさ、ツモだけでハコるとかどんだけー。
……というか、それ以前にイカサマ多すぎ。那由他曰く『イカサマしてる最中に咎められなければOK』らしい。お陰で現在ドラ牌が六個も捨ててあったりする……もう麻雀ってレベルじゃねーぞ。血液賭けて麻雀してるアカギに土下座しろ。
「ツモ、中のみ。百万点」
「チッ、姫は相変わらず手だけは早いね」
「あら嫉妬? 男の前でだけ猫被りする兎にしては可愛らしいことね」
「五月蝿いよ、万年貫通知らず」
「……六百歳以上歳の離れた子供を婿にしたショタコンの癖に……」
「え? 何か言った? やらず賞味期限切れ」
「ホホホホホホホホホホホホホホホ、何でもないわ発情兎」
「フフフフフフフフフフフフフフフ、それは良かった阿婆擦れ姫」
ごめんなさい。俺が謝りますからもう終わって。マジで胃がキリキリするんスよ。麻雀打ってる気がしねぇ……アレ? 本当に麻雀やってんの? 何かもう別のゲームになってない? 誰か同意してくれ、頼むから。俺のハートは既に粉砕! 玉砕! 大喝采! もうサイコクラッシャー(三ゲージ消費技)が使えるレベルに達してマス。
「主、ツモれ」
『……うーい』
なんて言うか、もうゾンビ状態だ。徹マンでもここまで精神的に『来る』のはそうない。あー雀卓に倒れる事が出来たダメギが羨ましい。今の状況で空気読まずにそんな事したら殺されるのは目に見えてるけど。だって皆目血走ってるもん。
んー……ど~れを捨てればい~いのかな~? はい、どこでも白~♪(某猫型ロボットの歌に合わせて)
「ロン、人和国士無双十三面待ちドラ2、ハコったね」
「ロン、人和四暗刻大四喜字一色ドラ2、ぶっとび」
「ロン、白のみ全ドラ、一兆点」
『ハッハッハ、三家和とかお前ら死ねばいいのに。てか姫さんはマジ自重しろ』
主が沈んでいた。精神的な意味でも、物理的な意味でも沈んでいた。湯船の中でまるで水死体のように浮いているその様は、見てて非常に不快だった。しかしまぁ、主がこうなった原因は私にあるので咎める事は出来ない。
結局あの三人に主が勝てる筈もなく、結果は惨敗。絶対命令権についてはしばらくの間保留ということで全員(主除く)納得した。
『あー畜生、俺は純粋に麻雀がしたかっただけだってのに、何なんだよアイツら』
「まぁそう言うな。方や前世を合わせても二十年程度しか生きていない赤子、方や数百年以上の時を生きた大人。勝敗など最初から決まっていたようなものだ」
主は湯に浸かったまま半眼で私を睨んだ。黒い瞳に籠められた殺気が何とも心地よい。まだまだ未熟だが。
『テメェ……知ってて言わなかったな』
「私を愚弄した罰だ」
『OK、那由他。歯ぁ食いしばれ。髭一対引っこ抜いてやんよ』
「その前に上がった方がいいかも知れんぞ?」
私がそう言うと、ピンと伸びた耳が少しだけ揺れた。恐らく衣擦れの音を拾っているのだろう。私が聞こえたぐらいだ、兎妖怪の主ならばすぐに気づくハズだ。
主の顔が困惑に彩られていく。その様がまた何とも面白い。私は主に気付かれぬよう、独りほくそ笑んだ。
「霧葉ー、入るよ~」
しかし、まさか母君がこんな下らない事に『絶対命令権』を使うとは思わなかった。段々と蒼白になっていく主の顔……そして、聞こえないと分かっていつつも、主は『声』を発した。
『いやあの風呂ん時ぐらいはゆっくりさせて下さい。てか母さん恥らいとか持ってるっしょ? そういうのって簡単に投げ捨てていいものじゃないし俺も男の子だし中身大人だし人妻に興味な……サーセン、昔は背徳的な響きとかが好きでした。まぁ母さんも違うベクトルで好きです。だから後生なんで一緒に御風呂とかマジ勘弁して下さい。おかあさんといっしょの企画でもこんなシーンないし放送コード的に流石に不味いってのをちゃんと理解した上でせめてタオルを身体に巻くとかそういった工夫らしきものをってマッパかよ!?』
「洗いっこしよ~♪」
『ぎにゃああああああぁぁぁぁぁぁああぁ!!!!』
全裸で湯船に飛び込む母君。思いっきり湯が掛かったが、それぐらいは黙認すべきだろう。意味不明な叫び声を頭の片隅へ移動し、私はゆったりと桶に浸かりながらため息を吐いた。
「ふむ……良い湯だな」
永遠亭は今日も平和だ。
霧葉
安牌を切りつつ七対子を狙う絶対防御型。ドラも乗り易く、理想的な『守り』の麻雀を展開するが、気が抜けた時に喰らった猛攻には耐え切れなかった。
戦法『いのち(点棒)だいじに』
麻耶
子の時は徹底した防御型だが、親になると異様に運が上昇し、満貫以上の手でしかアガらない。例え放銃した相手が我が子であっても容赦ない。
戦法『ガンガンいこうぜ(完全勝利)』
てゐ
高確率でドラをツモり、裏ドラも乗りやすい。能力を使用する事により、他の手にドラを乗せて満貫以上にする事も出来る。イカサマは九割九分九里見の確立で成功する。
戦法『ガンガンいこうぜ(能力解禁)』
輝夜
持ち前の激運により他を圧倒する攻撃的麻雀。イカサマをする事で倍満以上の手となる。見破る事は不可能。
戦法『ガンガンいこうぜ(完全勝利)』