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No.40336の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~ 【第三部】[月桂](2014/08/15 00:02)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 京嵐(二)[月桂](2014/08/15 23:44)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 京嵐(三)[月桂](2014/08/21 22:47)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 第一章 京嵐(四)[月桂](2014/08/25 23:54)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 瑞鶴(一)[月桂](2014/09/03 21:36)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 瑞鶴(二)[月桂](2014/09/06 22:10)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 瑞鶴(三)[月桂](2014/09/11 20:07)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 第二章 瑞鶴(四)[月桂](2014/09/16 22:28)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(一)[月桂](2014/09/19 20:57)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(二)[月桂](2014/09/23 20:30)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(三)[月桂](2014/09/28 17:53)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(四)[月桂](2014/10/04 22:49)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2014/10/12 02:27)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(五) [月桂](2014/10/12 02:23)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(六)[月桂](2014/10/17 02:32)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(七)[月桂](2014/10/17 02:31)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(八)[月桂](2014/10/20 22:30)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2014/10/23 23:40)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 黎明(一)[月桂](2018/06/22 18:29)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 第四章 黎明(二)[月桂](2018/07/04 18:40)
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[40336] 聖将記 ~戦極姫~ 第三章 雨月(三)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:fbb99726 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/28 17:53

 三好長逸が守る瀬田城から急使が到着した。


 青地城へ向かう進軍の途次、その報告を受けた岩成友通は嫌な予感を覚えた。いや、予感、などという不確かなものではない。現状、三人衆のもとに吉報が届けられる要素は皆無に等しく、長逸が急使を派遣する事態が起きたとすれば、それは間違いなく凶報であろう、と考えたのである。
 そして、その考えは的中した。
 長逸からの書状を一読した友通は、思わず持っていた書状を握りつぶしそうになってしまう。幸い、咄嗟に自制して事なきをえたが、急降下した機嫌にあわせて目がつり上がるのはおさえきれなかった。


 なまじ端整な顔立ちをしているだけに、目を怒らせた友通には他を寄せ付けない迫力がある。配下の者たちや瀬田城からの急使は、面上に不機嫌をみなぎらせる友通を見て、怯えたように深々と頭を垂れた。
 友通はそんな周囲の雰囲気を敏感に感じ取り、慌てて表情を緩める。もともとつり目がちの友通は、すこし表情に険を宿しただけでやたらと不機嫌に見られてしまう。軽薄な男どもを寄せ付けない、という意味では重宝する容姿であるが、無用に配下を威圧するのは望まない友通であった。



 ただ、そんな友通がどれだけ注意しても、今回の長逸からの報告を読めば表情を動かさずにはいられない。それほどに悪い報せだったのである。
「……堅田の海賊どもが動いたか」
 いったん配下を下がらせた友通は、舌打ちをこらえつつ書状を読み返した。
 そこには、瀬田川に堅田衆が姿を見せた、という情報が克明に記されていた。堅田衆は瀬田川に船を浮かべ、ときおり瀬田の長橋に火矢で攻撃を加えているらしい。
 攻撃は激しいものではなく、上陸して城に攻め寄せる気配はないというが、こうして兵を派遣してきた以上、堅田衆の側も明確な目的をもっての行動のはずだ。遠からず本腰を入れて攻めてくるに違いない。


 現在、瀬田城の守りは長逸直属の四百だけである。堅田衆の方はといえば、書状に記されている船の数から推して、少なく見積もっても城兵の倍、ヘタをすると三倍近いかもしれない。
 瀬田城は先ごろ陥落したばかりで修築もほとんど進んでいない。堅田衆が本格的に攻めてきた場合、長逸の兵だけで守りきることは難しく、友通の部隊を戻す必要が生じる。それは青地城攻めの後詰がいなくなることと同義であった。



 友通は苦い口調で呟く。
「下野どのなら後詰などいらぬと云うだろうが……」
 三好下野守政康の武勇は三好家中でも群を抜いている。それこそ相手が鬼十河でもないかぎり、おさおさひけをとることはないであろう。
 だが、城攻めは一武将の武勇だけで為せるものではない。とくに今回の戦は敵地に踏み込んでのもの、いつ何が起こるとも知れず、後詰の有無が勝敗を分けることは十分に考えられた。


 仮に瀬田城を守れたとしても、青地城を落とせなければ友通の戦略は行き詰まってしまう。逆に、青地城を落とし、代わりに瀬田城を失っても同様だ。
 本来ならば、この状況になる前に何らかの手を打っておくべきであった。
 実をいえば、友通は堅田衆に使者を出していたのである。だが、使者が瀬田城を出る前から、おそらくこの使いは失敗するだろうとも予測していた。
 本願寺と深いつながりを持つ堅田衆が、三好家の使者に色よい返事をかえすわけはない、と。





 かつて本願寺と延暦寺が争った時代があった。
 この争いに敗れ、延暦寺の僧兵に拠点を焼き払われた時の本願寺法王が再起をはかった地こそ堅田の町である。法王は堅田を拠点として近江から北、北陸一帯に教えを広め、一時は『仏敵』とされた状況から挽回を成し遂げている。
 以来、堅田の町には『堅田門徒』と呼ばれる本願寺派の勢力ができあがった。その影響力は強く、必然的に本願寺の意向は堅田海賊にも及ぶ。
 友通の推測の根拠はここにあった。本願寺軍が淡路に攻め込み、公然と三好家に敵対した今、堅田衆が三好軍にくみする可能性はまずない。友通ら三人衆が三好宗家と袂を分かつことを言明し、本願寺にくみすることを誓えば結果はかわってくるかもしれないが、むろんのこと、友通にそのつもりはなかった。





 結果、やはりというべきか、友通が出した使者は不首尾で帰還する。
 友通としてはこの時点で腹を据えるしかなかった。
 使いに出た者の報告では堅田の町に戦備の気配はなかったという。であれば、堅田衆がちょっかいを出してくる前に一挙に趨勢を決してしまいたい。青地城を攻め取れば草津に兵を入れることができる。そうすれば草津の対岸に位置する堅田も簡単には動けなくなるだろう――そう考えたからこその青地攻めであったわけだが。


「堅田衆が動くのが早すぎる。取るものも取りあえず慌てて出てきたか、それともこちらの使者を欺いて戦備を秘めていたのか? そうだとすると、連中、よほど以前から周到に準備を整えていたことになるが……」
 友通は眉根を寄せて考え込んだ。
 三人衆の瀬田進出はあらかじめ計画していたものではなかった。これを予測して事に備えるのは人の身に可能な業ではない。
 考えられるとすれば、淡路攻略を目論んでいた本願寺軍が、三好軍の後背をかきまわすべく以前から指示を出していた、というあたりだろう。
 明確に瀬田城攻略を目的としていたわけではなく、何が起きても良いように軍備だけは整えさせておいた――これならば堅田衆が今回の戦に機敏に反応できた理由が説明できる。


 ただ、この考えが当たっていたとしても、こちらがもっとも対応に窮する時期に兵を出してきたあたり、ただの偶然とは考えにくい。何者か、軍略に通じた者の教唆があったのかもしれない。
「たとえばお前のだ、弾正」
 そう云った友通の声は、あたかも氷刃のように冷たく、鋭い。
 この友通の推測は半ばあたり、半ば外れていたが、いずれにせよこの場では確認しようのないことであった。
 波立つ感情を静めるため、友通は大きく深呼吸する。


「……さて、どうするか。弾正が関与しているとすれば、海賊ども以外にも何か出てくるかもしれない。それでなくても日向守さまを見捨てるわけにはいかないし、ここはやはり退かざるを得ないか。下野どのが首尾よく青地を奪ってくれれば良いが――」
 そこまで考え、ふと友通はあることに思い至った。
「いや、まて。何も全軍で戻る必要はないな」
 長逸の兵四百も計算に入れれば、堅田衆を防ぐためには千人いれば十分だろう。友通が率いる兵は二千。一千を堅田に戻し、残りの一千はこのまま後詰として青地城に向かわせるというのも一つの選択肢であった。


 古来、二兎を追う者は一兎をも得ずというし、敵地での兵力分散が危険であるのは言をまたない。
 友通もそのことは承知していたが、この戦況ではあえて危険を冒す価値があると踏んだ。そもそも前提として、瀬田城は守らなければならないし、青地城は落とさなければならないのだから、ここで危険を理由に片方を諦めても手詰まりになるだけだ、という理由もある。
 意を決した友通は兵を二手に分ける準備にとりかかる。
 政康からの援護要請が来たのはその最中のこと。友通は眉根を寄せたが、一千もあれば後方で蠢動する小部隊を潰すには十分すぎると判断し、計画に変更はくわえなかった。
 友通自身は瀬田城の救援にあたり、青地城の後詰には腹心の番頭義元をあてる。青地攻めはこれでよしと判断した友通は、より現実的な脅威である堅田衆の対処に考えを移した。



◆◆◆



 南近江 鶏冠山


「百の次は千か。後詰をまるまるこっちに差し向けてくるとは、雑なのか周到なのか」
 三好軍の動きを知った俺は、山腹の陣で頭をかきながら今後の作戦を練っていた。
 先の部隊を退けてから、ほとんど間を置くことなくあらわれた三好軍の数は一千。百に満たない手勢では、まともにぶつかれば一瞬で粉微塵にされてしまうだろう。山陣にたてこもったとしても同じこと、数に任せて包囲されてしまえば打つ手がない。
 先の重秀の連射戦術は相手が小勢であったからこそ威力を発揮したのであり、相手が十倍以上の兵力となれば数の力で押しつぶされるのは目に見えていた。
 この戦況で採れる策は一つだけであろう。プランB、もしくは最後の手段といいかえてもいい。それは何かといえば――


「すたこら逃げよう」
「ま、それしかなかろ」
 俺の意見に左内があっさりとうなずいた。吉継、重秀の顔にも驚きの色はない。どうやら皆が予想済みであったようだ。
 左内が感心したように口を開いた。
「いみじくも相馬が云うたとおりじゃな。千もの援軍を無雑作にたたきつけてくる用兵は雑、されど此方にこれ以上の撹乱を許さぬ圧倒的戦力をぶつけてくるは周到。目的はあくまで城を落とすことであるとわきまえ、それをゆるがせにせぬあたり、三好政康は良き武将である」


 左内の言葉に、俺はまったくだとうなずくしかなかった。
「もう少しこちらに注意を割いてくれるかと思ったんだが、甘かった」
 この政康の作戦は、自分の手勢だけで城を落とせる、という自信のあらわれでもあるのだろう。
 二千のはずの三好軍の後詰が一千になり、その一千がまるまるこちらに向かってきた。ある意味、敵の兵力を分散させるという俺の策はこれ以上ないくらいに奏功しているわけだが、青地城が落ちてしまえばその成功も空しいというものである。


「ま、三好政康の戦い方がわかった分、意味がないわけじゃないけどな」
「聞いている分にはただの負け惜しみじゃの」
「ええい、だまらっしゃい」
 茶々をいれてくる左内にひと睨みをくれてから、俺は地図に視線を移した。
 逃げる、といったところで、山中に幾つも陣を築いているわけではない。白状すれば、ここ以外に拠点などありはしない。なので、ここでいう「逃げる」とは戦術的撤退などという代物ではなく、文字通りの意味で敵から逃げるだけだった。


 計算違いといえば計算違いだが、今の俺には屈辱も敗北感もない。
 もともと、是が非でも青地城を救わねばならぬ、と決意して出てきたわけではないのだ。
 俺の狙いはあくまで三好三人衆の首級であり、そのために六角軍を利用しようとしているだけ。謙信さまを虜囚の身とした六角家の城が一つ二つ落ちたところで、それがどうしたというのか。



 ――そんな俺の冷めた考えに異を唱えたのは、それまで黙っていた吉継だった。



「などと云っておきながら、敵に譲るつもりは微塵も持ち合わせていないのでしょう?」
「さて、なんのことやらわかりかねるが」
 とぼけた俺の返答に、吉継は静かな声で応じた。
「六角家のために戦う理由がないのと同じように、ご主君を狙う三好家から逃げる理由もない、ということです。先日捕らえた若槻とやらいう敵将、しばらく前から姿が見えません」
 吉継が云うと、隣の重秀もいかにも不思議そうに小首をかしげて見せた。
「あら、それはとても不思議なことですね、吉継どの。そういえば、兵の中にも二人ほど姿が見えなくなった者がおります」
「……気のせいではないかな?」
「いえいえ。これでも一軍の将として戦場に出ていた身です。共に戦う兵たちの顔と名前を覚えるくらい造作もないこと。とくに、急ぎで雇った素性の定かならぬ兵であればなおのこと、注意しておく必要がありますから」
 そう云うと重秀は、あらそういえば、とぱちんと手を叩いた。
「その二人が姿を見せなくなったのは、虜囚の将の見張り番を命じられた夜からです。私と吉継どのが敵の増援の報せを聞いたのは、ちょうどその頃でしたね」
「と、重秀どのも仰っていますが、まだとぼけるおつもりですか?」



 二人の少女の連携攻撃に内心でひるむ俺。わき腹をちょいちょいと突っついてきた左内が、いかにもわざとらしいひそひそ声で云った。
「相馬、相馬。もう全部ばれているようじゃぞ?」
「いや待て左内。すべては鶏冠山に住む天狗の仕業という可能性がまだ残っているはず――」
「 お 義 父 さ ま 」
「はいごめんなさい実はまったく諦めていませんというかやる気まんまんですでも次の策はかなり博打になるので二人には利兵衛くんたちをつれてしばらく身を隠していてもらおうとおもいちょっと小細工をした次第で御座候ふ」







 しばし後。
「――つまり、敵を山中に引きずり込んで、その中に紛れるのが目的ですか」
 吉継の言葉に俺は力なくうなずいた。なぜに元気がないかは察してください。
「ああ、うむ、そういうことだ……」
 鶏冠山からさらに南東に進んだ先にある竜王山。ここに、いざという時のために陣地を築いてある――という情報を、いまごろ三好軍は掴んでいることだろう。
 三好軍が後背の危険を完全に排除しようとするのなら、彼らは山中に踏み込んで来ざるをえない。一千もの軍勢が深い山の中に入ってくるのだ、その中に同じ三好軍の格好をした兵が十や二十まぎれこんだとしても見分けるのは難しいだろう。


 三好軍にまぎれこんで敵将を討つ、あるいは敵の物資を焼き払えれば云うことはない。
 しかし、何事もそうそう上手くいくものではない。もし敵にその隙がなければどうするか。
 その時はこっそり紛れ込んだ時と同様、こっそり逃げてしまおう。敵を山中に引きずりこんだ時点で、援兵の足止めという目的は達成されている。
 くわえて、三好軍は敵(俺たち)の姿を確認できずに戸惑うだろう。逃げたか、あるいは別の場所に潜んでいるのか、と。そうなれば今後とも連中は後背に意識を向けざるをえず、作戦行動にも支障が出てくる。仮に青地城が落ちたとしても、この危険はいつまでも三好軍にまとわりつくのである。
 この策で肝要なのは、云うまでもなく三好兵になりすますことであり、吉継や重秀のような少女がいては怪しまれてしまう可能性が大であった。利兵衛くんたちのような子供がいれば尚更である。本音をいえば女性である左内も外したかったのだが、これは言下に拒絶された。まあ予想どおりではあった。



 一通りの事情を聞き終えた重秀が口を尖らせる。
「はかりごとは密なるをもってよしとする。そのことは承知していますけど……」
 どうしてはじめから事を分けて説明してくれなかったのか、と言外に非難され、俺は弱りきった。
「そうしようかと思ったんだが……」
「『だが』、なんですか?」
 追求は止まらない。なにげに容赦のない重秀であった。
  

「あらかじめ告げても私たちが、いえ、私が素直に納得するはずもなし。説き伏せるための時間もなく、また、どこで誰に聞かれるかもわからない。であれば、最後まで隠し通すにしかず――そんなところですか」
「お、おお、まさにそのとおり」
 俺の内心を一言一句あまさずに説明してくれたのは吉継である。
 その顔には若干の疲労が見え隠れしていたが、俺を非難する意思は見て取れない。意外に思ったことが顔に出てしまったのか、吉継は俺を見て小さく肩をすくめた。


「作戦の上で必要なことなのであれば、理解も納得もできます。お義父さまは私を何だと思っているのですか」
「おお! そうか。そうだな。いや、これは俺の不明だった」
「わかっていただけて幸いです。しかしながら、こたび親離れのできない駄々っ子のように扱われたことは終生忘れられないかもしれません。困ったことです」
「をを」
 やっぱり吉継も重秀に負けず劣らず不満に思っているらしい。まずい、これは戦が終わったら早急にフォローをしなくては。団子食べ放題とかどうだろう。駄目か。
 今回の策をあらかじめ承知していたのは左内だけなのだが、それをいってもあまり効果はあるまい。俺はかなり真剣になって少女たちのご機嫌とりの方法を模索しはじめた。





◆◆





「まったくもう。私をつれていけない理由なら髪の色ひとつで十分でしょうに」
 吉継は呆れたように呟く。
 鶏冠山を下りて北東へ。二人の少女に七人の子供たちという奇妙な一行は野洲川を目指していた。鈴鹿山脈を源として琵琶湖に注ぐこの川の渡しの一つが合流地点である。場所は利兵衛が知っているとのことで、なんでも左内の使いとして幾度か滞在した経験があるらしい。
 平時であれば人目を引いたに違いない吉継たちであるが、幸か不幸か、今は「西の戦火から逃れてきた」という申し分ない名目が存在する。山中で戦っていたために衣服もかなり薄汚れてきており、このことも吉継たちの言動を証拠付ける一因になるであろう。


 合流地点に向かう途次、吉継の脳裏を占めたのは、当然というべきか、山に残った義父たちのことであった。
 といっても、別段、戦から外されたことに怒ったり、不満を抱いているわけではない。今しがた口にしたように、特徴のある容姿を持つ吉継にとって、敵中に紛れ込む作戦は致命的に向いていない。くわえて、京を発ってからというもの――もっと正確にいえば、主君が虜囚の身になっていると知ってからというもの、義父が自分の前で努めて平静を装っていることに吉継はそれとなく気づいていた。


 吉継としては、妙な気を遣ってくれずとも駄々をこねたりはしないのに、と思うのである。先に三好軍に襲撃をかけた際は義父の意向にそむく形で同行したわけだが、あれはあれ、これはこれだった。
 まあ最近の義父は、吉継の容姿が他と異なるということを本気で忘れている節があるため、そういう意味で気を遣ったわけではないのかもしれないが、それはそれでどんなものか、とも思ってしまう。



 あれやこれやと考え込む吉継の耳に、隣から心配そうな声がすべりこんできた。
「吉継どの?」
 振り向くと、そこには気遣わしげにこちらを見る重秀の姿があった。
 今の重秀は顔をわざと泥で汚し、髪は結い上げて頭部を布で覆い、胸にもサラシを巻いているため、一見しただけでは男の子のように見える。
 重秀がこんな格好をしているのは、むろん道中の危険を慮ってのことであった。今の吉継たちに奪うような荷がないのは明らかだが、一緒にいるのが女子供ばかりとあっては邪念をわかす者が出ないとも限らない。そう判断してのことである。


 吉継を見やる重秀は、心配ですか、とは訊ねなかった。大丈夫ですよ、とも口にしなかった。
 その心遣いが吉継にはありがたい。重秀に向けて、小さく、けれどしっかりうなずくと、吉継は視線を前方に据えて歩き出した。今の吉継は守ってもらう立場ではなく、守る側の人間である。一時とはいえ戦場に身を置いた利兵衛たちは、泣いたり騒いだりすることはなかったが、それでも疲労と不安は隠しようもない。彼らに対して不甲斐ない様を見せるわけにはいかなかった。


「九国では立花さまに従って山中を駆けたものですが……自分が責任をもって、となると勝手が違うものですね」
 重秀はいわずもがな、吉継にしても見かけよりは体力があるが、子供たちを守りながらの道程は常とは違う緊張と疲労を強いてくる。義父の下で兵を率いていたのともまた違う。自分が判断を誤れば子供たちにも累が及ぶと思えば、何事にも慎重にならざるをえなかった。
 降り続く雨は吉継たちから着実に体温を奪いさり、本人は否定しているが利兵衛は明らかに体調が良くないように見える。吉継は子供たちの体力を考慮してしばしば休息をとったが、そうすれば必然的に距離が稼げなくなる。
 唯一、幸いといえるのは山賊の類に出くわさなかったことだろう。ようやく野洲川に通じる平地に降り立ったとき、吉継は安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになってしまった。







 吉継たちがその一行に出会ったのは、間もなく野洲川が見えてくるだろうという頃のことだった。
 すでに義父とわかれてから幾日も経過している。空は相変わらずの曇天であったが、降り続いていた雨はつい先ほど、ようやく止んだ。
 そのことに重秀と安堵の視線を交わしていた吉継は、ふと遠くから響いてくる賑やかな音の連なりに気がついた。
「漂泊の民、でしょうか」
「そのようですね」
 同じくその音に気づいた重秀の言葉に吉継はうなずいた。


 漂泊の民とは技芸をもって諸国を渡り歩く人々の総称である。
 白拍子や猿楽師などもこれにあたり、彼らは奇術や曲芸に軽妙な歌舞、音楽をまじえて人々の耳目を楽しませる。
 社会的身分は低いものとされているが、娯楽に乏しい時代にあって彼ら遊芸者の存在は貴重であり、吉継たちも彼らの技芸を楽しんだことは幾度もあった。
 反面、一箇所に留まらずに諸国を往来する性質上、山伏や歩き巫女のように諜報活動に従事していると考える者もおり、その存在は様々な意味で注視される。


「打算的なことをいえば、彼らに注目が集まる分、私たちはさほど目立たずに済みます」
「あはは、私も同じことを考えてました」
 漂泊の民が立ち寄る場所であればそれなりの住人が暮らしているはず、金さえ出せば一夜の宿を求めることもできるだろう。
 もっとも、戦火から逃れてきたという設定の吉継たちが金銭をちらつかせれば、それはそれで要らぬ注目を集めてしまうので難しいところではあるのだが、目的地が見えてきた以上はここで無理をする必要もない。
 吉継たちは音曲に導かれるように進んでいった。




◆◆




 催しは村の入り口近くで行われていた。どうやら人づてに話が広がっているらしく、かなりの賑わいとなっている。集まっているのは大半が粗末な服を着た農民や職人、あるいは子供を抱えた母親などで、彼らは次々に披露される曲芸に見入り、演奏に聞きほれ、演者たちにやんやの喝采を浴びせている
 当初、吉継は舞台を見物するつもりはなく、利兵衛らを休ませるためにもすぐに宿を探そうと考えていたのだが、あまりの混雑で村に入ることもままならなかった。つけくわえれば、人込みをかきわけて村に入ったところで、中には人っ子ひとりいないような気もする。それくらいの人出だったのである。


 吉継がどうしたものかと重秀と顔を見合わせたとき、不意にあたりの歓声がやんだ。しんと静まり返る周囲の人々。どうやらちょうど新しい演目が始まるところに来合わせたらしい。
 土でも盛ってつくったのか、一目で急造とわかる薄汚れた舞台の上に一人の舞い手があらわれる。
 白い直垂に立烏帽子、白塗り鞘を腰に差した、いかにも白拍子といった格好の女性であった。吉継たちの場所からでは顔立ちは判然としないが、見物客から驚愕とも嘆声ともつかないどよめきが起きたところを見るに相当の美貌なのだろう。
 曇り空の下、淡く赤みを帯びた長い髪が風にひるがえる。もし、この場に吉継の義父がいれば「紅茶色」と形容したに違いない。
 



 遊芸者の中には教養を備え、貴族の館に出入りする者もいれば、各地を流浪し、土地の人間に色を売ることで生活を成り立たせている者もいる。
 前者は往々にして貴族のお抱えとなっているため、大きな城も町もないこのあたりにやってくることはまずない。となると、この舞い手が後者である可能性が出てくる。今しがた湧き起こったどよめきの中には好色を滲ませた声もあったかもしれない。
 ――もっとも、その手の邪念はすぐに消し飛ぶことになった。



 舞い手の後ろに控えた黒髪の女性が、持っていた笛を静かに唇にあてた。と、涼やかに澄んだ音色が舞台を中心として広がり始める。
 吉継は丸目長恵から笛の手ほどきを受けたことがある。九国の動乱の最中のことで、ここしばらくはまったくの手付かずであるが、それでもまったく心得がないわけではない。この妙なる調べを紡ぐ者は間違いなく名手と呼ばれる人物だ、と吉継は直感した。
 そして、笛の音にあわせるように舞い始めた舞い手の動き。
 伸びやかに全身を律動させながら、時に鋭く、時に緩やかに舞うその姿は、芸術的な観点から見ればもしかしたら落第なのかもしれない。
 しかし、そこには見ている者たちを問答無用で引き込む勢いがあった。華がある、といいかえても良い。
 途中から小鼓も加わった演舞は、時間にすれば精々数分といったところだったが、その場にいた者たちの目は例外なく舞台の上に注がれていた。吉継も、重秀も、そして利兵衛たちも、いつの間にか完全に舞台に見入ってしまっており、終わった瞬間には周囲の人たちと一緒に大きな拍手を送っていた。束の間ではあるが、彼らは今の自分たちが置かれた状況を忘れてしまったのである。



 それがよくなかったのかもしれない。
 それまでは意識して耐えていた心身の疲労が、気を抜いた途端に一気に襲ってきたのだろう、不意に利兵衛の身体が崩れ落ちた。糸の切れた人形のように、ぐにゃりと。
「――ッ!」
「あぶないッ」
 咄嗟に手を伸ばした吉継と重秀は、かろうじて利兵衛の身体を支えることに成功する。
 だが、手にのしかかる身体の重さから推して、利兵衛の意識が失われたままであることは明らかであった。


「……不覚です。ここまでの無理をさせていたとは」
 吉継は唇を噛んだが、悔いてもはじまらない。このままじっとしているわけにはいかない、と吉継はそっと周囲の様子をうかがった。
 異変に気づいたのか、周囲の注目が吉継たちに向けられつつある。中には心配そうに声をかけてくれる人もいたが、より以上に多いのは怪訝そうな、あるいは胡乱そうな視線であった。誰ひとりとして見覚えのない吉継たちの正体を怪しんでいるのだろう。


 吉継はそっと視線を地面に落とし、他者と目を合わせないように注意する。ここで吉継の瞳の色に気づかれると、色々な意味で厄介なことになってしまう。
「……重秀どの、利兵衛は私が背負いますので」
「承知です、ひとまずこの場を離れましょう」
 そう云うと、少年に扮した重秀はいかにも手馴れた様子で周囲に声をかけた。すみません、弟が気分を悪くしたようで、などとあけっぴろげに云いながら巧みに人を避けていく。
 その背に声をかけようとした者もいないわけではなかったが、ほどなくして舞台の続きが始まると、たちまち人々の興味は舞台上に移っていった。




 利兵衛の体調は心配だが、ひとまず厄介事は避けられたようだ。
 そう考えた吉継はほっと胸をなでおろし、利兵衛を背負ったまま何気なく舞台を振り返った。
 ――すると。


「……え?」
 舞台上にいた笛の奏手と目が合った。


 吉継と奏手の間には、互いの目鼻立ちも確認できないほどの距離があいている。おそらく、向こうは吉継の瞳が紅いことにさえ気づけていないだろう。であるならば、目が合うという表現はふさわしくないのだが……



 と、その時だった。
 吉継の思考を遮るように視界が眩く染め上げられる。空を見上げれば、何日ぶりのことか、陽光が分厚い雲を割って地上に降り注いでいた。
「……ッ」
 思わず陽光を直視してしまった吉継は、視界を射られて慌てて顔を伏せた。
 集まっていた人々の口からは次々に驚きと喜びの声がわきあがっている。彼らも長く降り続く雨にうんざりしていたのだろう。暴れ川で知られる野洲川の氾濫を気にかけていた者もいたであろうが、いずれにせよ、久しぶりの陽光は人々の心に明るいものをもたらしていた。


 ふと心づいた吉継は再び舞台を見やる。
 先の奏手は、なおも吉継たちの方を見つめているように思われた。



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