『捨て艦戦法』
艦娘の特異性を利用して編みだされた戦法。
戦況の悪化に伴い本部の上層部が提言した、早い話が人海戦術。本来であれば戦闘経験の足りないような練度の低い艦娘も実戦に投入し、数による力で戦況を覆そうとするのが狙い。
過去の例を見ても戦法自体は決して珍しいものでは無いが、鉄底海峡奪還作戦時等の特定危険種のいる海域にはこの戦法が特に有効とされ、本部付きの艦隊は殆どが採用する事になる。
尚、戦法自体に正式な名称がつけられていた訳では無い。『捨て艦戦法』の名は、まるで艦娘を消耗品のように扱う戦法内容に反発した、一部の艦娘や提督たちが皮肉を込めて言ったのが始まり。
間宮の記録帳より、一部抜粋。
■ 艦これ×Fate ■
「すて……かん?」
「……戦法の一つだよ。正式名称じゃないけどね……」
士郎の呟きに望月が答える。どこか苦々しく、そして憂いを帯びた口調。たった半日程度しか行動を共にしていないが、その口調は今までの望月らしからぬものだった。
その言葉に嫌な想いでもあるのだろうか。確かに響き自体は良くないモノのように感じる。
煤の付いた顔を見上げた。
「……お兄さんは気にしなくていいよ。これはあたしたちの問題だからね」
士郎の視線に気がついたのだろう。ぎこちなく笑みを浮かべ、望月はやや強引に話題を切った。触れられたくない内容であるのは瞭然だった。
釈然としない。が、これ以上は訊けない。
開きかけていた口は、別の言葉を探した。
「……あの子は?」
「朝潮型三番艦・満潮。種別は駆逐艦だね。真面目な子だよ」
相変わらず難解な言葉のオンパレードである。が、今木曾と話している少女が顔見知りの一人である事は分かった。
服装こそ二人と同じくボロボロであるが、意志の強そうな瞳に翳りは見えない。望月の評価の通りの子なのだろう。この現状で情報交換を出来る辺り、胆力も座っている。
と、そこで満潮の視線が士郎を捉えた。
「……アンタは?」
「彼は衛宮士郎。恩人だ」
士郎が口を開くより早く木曾が答える。士郎の体調を考慮した故だった。
恩人、ねぇ。反芻するように満潮は言葉を口の中で転がした。
「随分と若いみたいたいけど……軍の関係者ってことでいいかしら。こんな最前線にまでご苦労様。もしくはご愁傷様ね」
「あー……満潮。自己完結している所に悪いが、彼は一般人だ」
「……はぁ!?」
なにそれ、意味分かんない。
木曾と士郎。ついでに望月を見比べながら、もう一度満潮は口を開いた。
なにそれ、意味分かんない。
「な、何で一般人が此処に?」
「さて、な。分からん」
「分からんって……」
「いや、本当に分からないんだ。気がついたらあの場所にいたとしか……」
「お兄さん。それ、怪しんでくれって言っているようなものだよ」
弁解は弁解とならない。望月の容赦の無い言葉に士郎は黙るしかなかった。
満潮は満潮で疑いの眼差しを向けている。が、追求することはしないらしい。あるいは、追求するだけ無駄だとでも思っているのだろうか。
暫し士郎を見ていたが、自己を納得させたのか視線を切った。そして聞えよがしに溜息を吐いて、背を向ける。
「……まぁ、いいわ。来なさい、隠れ家に案内するわ」
「隠れ家?」
「ええ。そんなボロボロの恰好じゃどこにも行き場無いでしょ。暫く休むといいわ」
「……それは助かる。だが……」
「危険区域を一般人を連れて突破する、とでも?」
「士郎殿は衰弱している」
「なら、尚更よ。人間一人程度なら賄えるわ」
とんとん拍子に話が進んでいく。渡りに船とは、まさにこのことだろう。
一瞬顔を見合わせた三人だったが、元より選択肢は皆無に等しい。このまま進んで成功率の低い賭けを続けるか、暫し休息を受けるか。どちらかを選ぶなんて、考えるまでもない。
視線を合わせて、頷く。
「……ありがとう。世話になる」
お礼の言葉に、満潮は手を上げただけ。余計な言葉を交わすつもりは無いらしい。
遠くに聞こえる砲撃音と笑い声。
行こう。ここは安全ではないのだ。
■
「ここよ」
満潮を先頭にして進む事、彼是三十分ほど。
四人が着いたのはフェンスで囲まれた人工の小さな島だった。
「ここは……」
「鮫の研究施設みたいよ。もう稼働はしていないし、鮫もいないけどね」
成程、よくよく見れば看板が取りつけてある。暗闇では全く見えないが、きっとこの施設の注意書きでも書いてあるのだろう。
ぐるりと周囲を囲っているフェンスはひしゃげ、崩壊した後の瓦礫が手つかずで放置されている。ここも戦闘の余波にさらされているのだ。長く留まっていられる場所で無いことは明らかだった。
「この看板の下から入るわ。海面から一メートルくらいの場所に穴が空いているから、スイッチを切ってから潜って入って」
「スイッチ?」
「俺たち艦娘が海上を進む為に必要な浮力装置のことさ」
「艦娘? 浮力装置?」
「……そう言えばその説明すらしていなかったな」
「静かに。電探に反応は無いけれど油断は出来ないわ」
すまんな、後で説明するよ。そう言われてしまっては士郎も黙るしかない。
満潮に促される形で三人は海中に潜った。そして望月を先頭にして進む。暗い海中の様相は士郎には全く見えないが、不思議な事に彼女たちには見えているらしい。
時間にして、約十秒。
引っ張られる形で浮上する。
「ぶはっ!」
フェンスを隔てて内部へ。薄い囲いであっても、有ると無いとでは大きく安心感が違った。
隠れ家とは、本当によく言ったモノである。
「向こうに梯子が見えるでしょ。そっから上がって。私もすぐ行くから」
満潮の言葉に三人は傍の陸地を目指す。夜の海中は想像以上に体力を奪うのだ。
入る時と同じように士郎は引っ張られる。弱った士郎一人が泳いで進むよりも、彼女たちに引っ張られて進む方が何倍も速いからであった。
「あの……誰、ですか?」
だが陸地に上がろうとしたところで声を掛けられた。満潮のではない、誰か別の声。
反射的に視線を向けると、其処には女の子がいた。煤けて穴も開いているセーラー服。やはり、皆と同じくボロボロの様相だった。
陸地に手をかけつつ、木曾が答える。
「俺は軽巡洋艦・木曾だ。此方は駆逐艦の望月と、一般人の衛宮士郎。満潮に案内されて来た」
「み、満潮ちゃんに? じゃあ味方なの? でも、証拠が無いし……」
「……味方よ。だから銃口を下げなさい、磯波」
いつの間にかに戻ってきていた満潮が少女を窘めた。良く見れば少女は右手に銃を持っている。引き金にはしっかりと指がかけられていた。
一足先に陸地に上がり、少女の肩を叩く。
「こっちは大丈夫よ。私は三人に説明するから、貴女は叢雲達に付いていてあげて」
「ほ、本当に……大丈夫?」
「大丈夫よ、心配無いわ」
酷く少女は怯えていた。満潮の言葉を何度も反芻し、それでも不安そうに此方を見ていた。
何が少女にあったのか。それとも元の性格からしてこうなのか。あるいは、自分たちを恐れているのか。
陸地に上がりながら、士郎は問うてみた。
「あの子は?」
「吹雪型の九番艦・磯波。満潮や望月と同じ駆逐艦さ」
「……何か警戒されているみたいだったけど」
「さぁ、な。元から大人しい奴だったが……」
木曾が首をかしげる。彼女も磯波の様子に困惑しているようだった。確かに大人しいとは言っても限度がある。
まぁ、お兄さんを恐れているわけじゃないから。安心して。空気を呼んだのか、望月が務めて明るい声で言葉を紡いだ。そしてそこには、この話題を打ち切ろうという考えも見て取れた。
先ほどの様子と言い、今の様子と言い。どうやら望月には心当たりがあるらしい。
「……望月ちゃん」
「んあ、何? あと望月でいいよ」
「ああ……いや、その、さ。君は何か――――」
「あー、お兄さん。その……ごめん。今は……答えられない」
整理がついてからでいいかな。ぎこちない笑みを浮かべて望月は言葉を切った。そして目を合わせる事無く満潮の後を追うようにして歩き去る。
後に残ったのは士郎と木曾だけ。
気まずい空気だけが残る。
「……すまないな、士郎殿」
「いや。こっちこそ無遠慮だった、ごめん」
「……色々とあったんだ。特に、望月は……」
「……」
「あの様子を見るに、多分磯波も同じ様な目にあったんじゃないかと思う」
「……あとで謝らなきゃな」
「その必要は無いさ。士郎殿は悪くない」
ただ、これは戦争だから。達観した表情で木曾はそう言った。それは外見年齢に似合わぬ、悟りの言葉だった。
彼女たちに一体何があるというのか。決定的な断層が士郎と二人の間には存在している。そしてそれは、根本的な部分から生じているようにすら思えた。
艦娘。深海棲艦。危険区域。戦争。
どれも士郎には聞き覚えの無い――あるいは、遠くの国の言葉。
謎は深まるばかり。
「……なぁ、木曾さん」
「なんだ? あと、俺の事は呼び捨てで構わないぞ」
「じゃあ、俺の事も呼び捨てで――士郎で良い」
「士郎。ああ、こっちの方が呼びやすい」
言葉を切り、空を見上げる。
星灯りだけ。月は見えない。
だから、隣にいる木曾の表情もよく見えなかった。
「まだ一日程度しか経っていないけどさ……少し、考えたんだ」
「何を?」
「現状を、さ。単純に忘れているだけなんだろうけど……俺の記憶じゃもっと海は平和だった筈なんだ」
「……そうか。だがそれは、残念ながら幻想だな」
「ああ、そうみたいだ。……ゴメン、後で落ち着いたら質問をさせてくれ」
「お安い御用さ。まぁ、俺が応えられる限りならな」
■
「……なーにやってんだか」
自嘲するような言葉が漏れる。漏らしてから、慌てて口を噤んだ。そして周りを見る。
誰もいない事に安堵の息を吐くと、そのまま壁に背を預ける。座りはしない。何故なら、誰かが来た時に取り繕えなくなる恐れがあるから。
駆逐艦・望月。今の彼女の心境は、酷く不安定であった。
「……しっかりしようよ」
呟いた言葉には強さが一切無い。自戒の声は震え、絞り出しただけで終わる。
艦娘としての誇り。
敵を屠り、屠られることへの覚悟。
飲み込んだ筈の弱さと恐れ。
罅が入ったのは、一体どこから?
「……お兄さんのせいじゃない」
士郎のせいではない。
「木曾さんのせいじゃない」
木曾のせいではない。
「満潮のせいじゃない」
満潮のせいじゃない。
「磯波のせいじゃない」
磯波のせいではない。
「作戦の……せいでも、ない」
そう。作戦のせいでも無い。
だって、覚悟はあったから。屠ることと、屠られることへの覚悟が。
自分にも。アイツにも。
あったから。
『……ごめんね、望月ちゃん』
声が、聞こえる。
『また会えたら』
それは幻聴。
『私を――――』
「三日月……」
こびり付いた幻聴。
掴めなかった手。
精一杯の笑顔。
ぎゅっ、と。バッジを握りしめる。睦月型の中でも一部の艦娘のみに配布される三日月形のバッジ。
偶然にも同じ部隊に配属された、姉妹の名と同じバッジ。
「……参ったね、こりゃ」
おどけるように、茶化すように。肩を竦めて自分に言い聞かせる。声は震えていて、鼻を啜る音が響いても。無理矢理に仮面を付ける。
この程度で柔になるようでは、艦娘など務まらない。
「ふぅぅぅ……はっ!」
やや大袈裟に息を吐き、前を向く。
ドアの隙間から漏れる光。おそらくは其処に誰かしら居るのだろう。
袖で顔を拭き、望月は改めて顔を上げた。何時ものダラリとした、気怠い自分を作る。本心を覆い隠した仮の自分を前面へ。
それは慣れた行為。
「はぁ~、失礼するよー」
ノックと共に、頭を掻きながら扉を開ける。
――――だがその努力は、虚しくも打ち砕かれる。
「あら」
そこには少女がいた。黒色のセミロング。金色の瞳。そして自分と同じ黒色のセーラー服。
右手と右足には赤く滲んだ包帯が巻かれており、彼女も負傷者の一人である事が分かる。
「奇遇ね、貴女も来たんだ」
少女は臆することなく望月に話しかける。
当然だ。
互いが互いを知っているのだから。
驚いているのは望月ばかり。
「……三日…月」
震える声で望月は言葉を紡いだ。目の前の少女の名前。
姉妹艦にして、此度の海戦を同じ艦隊で戦った戦友。
伸ばした手からスルリと消えた――――
「お前、生きて――――」
「初めまして、ね。望月。こんな場所で再会なんて、本当に災難よね」