闇夜を切り裂く閃光。海上に立つ火柱。怒号と悲鳴。
雨霰のように、昼夜を問わず空からは弾が降っていた。それは砲弾であり、銃弾であり、爆弾であり。種類を問う事無く、眼下に棲まう驚異の排除の為だけに惜しむことなく費やされる。
オーバーキル。費やされたあらゆる物量は、過去の大戦をも遥かに凌駕していた。例え相手が彼の大国であったとしても、壊滅させるには充分な量が投じられている。
――――だが、足りない。
放った筈の銃弾が弾かれた。着弾した筈の砲弾が消し飛ばされた。落とした筈の爆弾が返ってきた。
華麗に空を舞っていた筈の戦闘機が突如制御機能を失う。闇夜では見えぬが機体には貪られたような痕が幾つも残っていた。子どもの作る、ブサイクな紙飛行機のような有様だった。
海上に落ちて、また一つ火柱が上がる。そしてその明かりに照らされるように、一瞬だが人型の何かが浮かび上がった。
「キャハッ」
ソレは実に独特なフォルムをしていた。姿形こそ人型ではある。が、人間の枠組みに組み込むには異常と言えた。
取りつけられた武装。身に纏う鉄塊。合成獣のような異形の出で立ち。
そしてその身からは隠しきれない悪意と敵意が滲み出ていた。この世の全てを呪うような、果てなき想いが其処にはあった。
ソレらこそが深海棲艦。
突如として現れ、瞬く間に世界の制海権を握った脅威。
ソレらの一振りで船が沈む。
ソレらの一撃で艦隊が沈む。
莫大な金額と物資を投じて作られた最新鋭の武装も、ソレらの前では意味を為さない。
沈め。沈め。みーんな、海底に。
紙屑のように機体が破壊され、ゴミ屑のように人命が潰される。
分け隔てなく平等に。
意味の無いオワリを、全てに。
「キャハハッ」
怒号も。悲鳴も。怨嗟も。懇願も。
その全てを飲み込んで響き渡る笑い声。
これこそを地獄と言わずして何とするか。
これ以上の地獄がこの世に有ると言えるのか。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
故郷に恋人を残している青年がいたのかもしれない。
部下に慕われる面倒見の良い上官がいたのかもしれない。
死ぬ事を恐れている臆病な兵士がいたのかもしれない。
祖国の為に身を捧げた操縦士がいたのかもしれない。
希望にあふれた新米の軍医がいたのかもしれない。
あらゆる戦場を経験した老将がいたのかもしれない。
愛する者を奪われた提督がいたのかもしれない。
――――そんなバックグラウンドなど、知った事か。
人間は敵だ。兵器は敵だ。目の前に立つなら敵だ。邪魔をするなら敵だ。
穿ち、放ち、裂き、潰し。抉り、弾き、燃やし、沈める。
平等に送ろう、プレゼント。
綺麗に咲かせよう、呪いの花。
さぁこっちにおいで、一緒になろう。
楽しいパーティーの始まり、始まり。
■ 艦これ×Fate ■
「……」
「……助けに行こうなんて、考えるだけ無駄だよ」
「……分かっているさ」
遠くの空が赤く染まる。空気を震わす破壊音。また誰かが散った。そして響く笑い声。
あの場所では、今も戦闘行為が行われているのだろう。勝敗の行方など……考える必要も無かった。
暫しその場にて足を止めていた木曾だが、望月に促される形で歩みを再開した。闇夜に紛れ、波に移動音をかき消させながら、本国への帰路を行く。計器が全滅した今、頼れるのは出発前に叩きこんだ記憶の中の海図だけである。
自分たちの戦闘した場所と漂着した場所。ざっくりと計算し、海図に当てはめて、結果を算出。計算方法としては異端だが、彼女たちならばそれは可能である。
事実二人は、やや迂回しつつも正規の航路を辿る事が出来ていた。本国への経路を掴んでいた。
心配する事があるとすれば、
「……激戦区突入。いつ捕捉されるかも分からないね」
「見つかった時は全力で撤退だ。出来れば友軍と合流したいが……」
「無理だろうね。皆いっぱいいっぱいだよ」
既に二人は激戦区内に足を踏み入れている。何時深海棲艦に捕捉され、襲撃を受けるかは分からない。
そして今の自分たちの装備と状況で補足されれば、取れる手段は逃げの一手のみ。それも、敵の攻撃範囲内に入る前に、だ。
自らの五感でしか察知する術の無い二人にとって、見つかる事はイコール全滅につながる。
「油田の一つにでも寄りたいけどなー」
「まず無理だな。残存燃料で進むしかない」
「帰る為には一滴も無駄にできない、ってね。詰んだわ」
「軽口を言える余裕があれば大丈夫さ」
「気休めにもならないよ……」
よよよ、と。やや大袈裟な振る舞いをする望月。だがその最中にも警戒は怠らない。
四方八方に己の知覚できる限りの意識を飛ばす。波の音。闇夜の光源。敵が潜む場所は幾らでもある。
ふと。望月の耳が異音を捉えた。
「……木曾さん、ヤバイ」
「方向は?」
「向こうだね。何かが漂っている音だ」
望月に僅かに遅れるかたちで、木曾も音を察知した。木曾に比べると望月は軽傷。故に、察知も望月の方が一足早い。
音の発生源は、自分たちが向かおうとしている方向からである。内心で舌打ちをし、二人は顔を見合わせた。
敵か、あるいはただの漂流物か。
何れにせよ好ましくは無い。
「迂回するには近すぎるね」
「……望月」
「分かっているよ。あたしが先に行く」
交わしたのは最低限の意志疎通。問答をする時間すら、今は惜しい。
息を吸って、吐く。覚悟をきめるのに大がかりな動作は必要ない。体勢を低くし、ダッシュで発生源へと望月は疾った。
木曾は木曾で、その場に留まる。何も無ければ望月が合図を送り、敵だったならば引きつけている間に突破を図る。今更確認するまでもない両者の役柄。
眼を眇め、闇夜の暗さの中でも一挙手一投足を見逃さぬように集中する。
そして、先で手が挙がった。
「……無事、か」
敵では無い。その事実に一先ずは安堵の息が漏れた。
望月と同様に、体勢を低くしたまま木曾も疾った。自分たちのように、漂流物を感知して敵が来る可能性はあるからだ。
ならば、留まっている理由は無い。
「……木曾さん」
だが出迎えた望月の声は震えていた。
顔色も、心なしか良くない。
「それは……」
だがその理由はすぐに分かった。
望月が何かを指し示している。視線を向かわせれば、黒ずんだナニカが浮かんでいた。
■■。
二人は眼を伏せた。形だけの黙祷。
「……行こう」
そんなものだ、戦争なんて。
酷く冷めた心境のまま、二人は歩みを再開する。
撃って撃たれて。繰り返される引き金の音。
ちっぽけな存在意義。ゴミ屑のような消失。減らない勢力と増えない成果。
命は平等?
ならば本当に意味のある死は、何処に。
ズシリ、と。
背負った衛宮士郎の身体が、やけに重く感じた。
■
夢を見ている。
衛宮士郎は校内にいた。夕日差し込む穂群原学園の廊下。今日の夕食は何を作ろうかなんて、呑気なコトを考えながら。
場面が換わる。
士郎は掃除をしていた。此処は弓道場。誰もいない場内を、一人で掃除している。
大方の掃除を終えたところで立ち上がった。その拍子に骨が鳴る。心地よい疲労感があった。
場面が換わる。
奇妙な出で立ちの男たちが争っていた。赤い外陰の男と、青い洋装の男。赤の方は双剣を、青の方は真紅の槍を振るっている。
現代日本では考えられない異常な光景。にも拘らず、その光景から眼を離せなかった。
場面が換わる。
士郎は校舎内を走っていた。既に外は闇に沈んだ夜の世界。非常灯が照らす校舎内を、必死に駆けて行く。
急がなければ。奴が来る。青い死神が。命を刈りに来る。
場面が換わる。
心臓を、一突き。
場面が換わる。
血だまり。
場面が換わる。
赤い宝石。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる。
場面が換わる――――
『問おう』
曇りの無い音。
凛とした響き。
耳に届いた少女の声。
『貴方が、私のマスターか』
月明かりに照らしだされたのは一人の少女。
結われた金色の髪。
宝石のような翡翠色の瞳。
きめ細やかな肌。
凛然とした面持ち。
息を呑み、眼を奪われ、見惚れてしまうほどに――――現れた少女は、気高く、神々しく、そして美しかった。
■
酷く身体が痛む。
音がやけに遠く聞こえる。
開いた瞼は暗闇しか映さない。
ここはどこだ。重い頭を無理矢理に動かし記憶を掘り返す。だが錆びついたかのように、動きが遅かった。
「……っ!」
「……、………!」
誰かが何かを叫んでいる。内容は全く聞こえない。けれど必死だと言う事は分かった。
何が起きているのか。痛みを押し込め、頭を上げた。
「ぁ……」
だが首に力が入らない。重力に引かれるように頭が下を向いた。
身を起こすどころか頭すら上げる事が出来ない様相。身体に信号を送れど反応は無し。意識以外の全てが自分のモノでは無いように感じる始末だった。
何が起きているのか。
錆びついていた頭が、少しずつ動きだす。
「…やく………って!」
「い………き……っ!」
知っている。この声を知っている。
望月と木曾。
島で出会った、不思議な二人。
「……あぁ」
思い、出した。
「……こ、こは?」
「おにーさん!?」
慌てたような望月の声。起きているとは思わなかったのだろう。そして認識と同時に、急速に士郎の身体に意識が戻る。
響く砲撃音。
耳障りな鳴き声。
怖気すら感じる金属音。
争いの音が、聞こえた。
「捉まった、のか?」
「最悪な事に、ねっ!」
急速な回転。生じるG。全身に痛みが突き刺さる。
士郎の目の前を何かが波飛沫を上げて通過した。夜よりも黒い何か。それは後方へと通過し、すぐに見えなくなった。
「ごめん、お兄さん! 歯ぁ食いしばって!」
声と共に、再び身体が振り回される。掴まれた腕が一層の悲鳴を上げた。
右、左、右、上へ。重力を無視した急激なストップ&ゴー。痛みが気絶する事を許さない。無理矢理に意識が覚醒させられ、霞んでいた意識が明瞭さを取り戻した。
「危ないって!!」
停止。そしてバックステップ。
望月の声に士郎の視線も前を向いた。
「アレ……は?」
「深海棲艦。潜水カ級、だね」
其処には何かがいた。海から一部分だけを海上に出した何かが。
残存魔力をかき集め、視力を強化する。より明瞭になった視界がソレを捉えた。
濡れた黒い長髪。
生気を失った青白い肌。
そして眼が。青く光っている眼が此方を捉えていた。
「マジかよっ!」
声と共にGがかかる。真横に望月が跳んだためだった。
唸り声を上げて、またも何かが士郎たちのいた場所を通過する。何であるかは見当がつかない。が、喰らえばひとたまりもない事は瞭然だ。
一発、二発、三発、四発。
安堵する暇も無く襲いかかってくる。
「木曾さんっ!!」
「おうっ!!」
その間隙を縫って、カ級に何かが襲いかかった。
木曾。
想定外の出現に、敵も思わず行動を止めた。
「なっちゃいねぇなぁ!」
動きを自ら止める等、自殺行為でしかない。
踵落とし。そしてローキック。
サッカーボールを扱うが如く、躊躇い無く頭部を蹴り飛ばした。
跳ね上がる頭。露出する喉。
狙わないわけが無い。
「急げ、抜けるぞ!」
もう一発蹴りを入れ、ついでに海面に叩きつける。力無く上がった手を掴むと、逆方向へ極めた。
一連の動作の合間に望月と士郎はラインを駆け抜ける。振り返ると、木曾が敵の頭部にもう一発かましたところだった。
「……倒せるのか?」
「今の私たちじゃ厳しいね。相応の武装が必要だよ」
幾ら人型を模しているからと言って、何もかもが人と同じではここまでの脅威とは成りえない。
深海棲艦。概要こそ不明だが、その名称からも察せる様に存在は艦隊と同義である。素手で相対出来る相手では無い。
つまるところ、木曾の行為は徒労に終わる可能性が高い。にも拘らずあの場に留まり続けているのは、士郎たちを逃がす為の時間稼ぎだった。
少しでも敵の目を向け、逃げる為の距離を稼ぐ。
一発でも喰らえばアウト。
捨て身同然の殿。
「はぁぁあああああああああああああっ!!!」
補足時の敵艦隊は三体編成。内、二体は同仕打ちを誘発させて仕留めた。
残るは相対する一体のみ。
生き残り、二人と合流する。
難しい条件では無い。
「はっははっ!」
照りつくような熱さがうなじを焦がす。
紙一重で行ったり来たりする恐怖と快楽。
シナプスが焼き切れそうな程の緊張感。
打って、避けて、蹴って、避けて。
くるくると回る立ち位置。入れ替わる攻防。覚悟は最初から決まっている。
「ぶっ飛べっ!!」
相手の砲撃に合わせるようにして、後ろ飛び回し蹴り。砲撃口がぶれ、あらぬ方向に弾が飛んでいく。
そしてその隙間に滑りこむと顎をカチ上げた。
衝撃で、僅かに距離が開く。
――――同時に、爆発。
「……は?」
カ級が沈む。暗い海の底へ。
黒煙を噴き、断末魔の声を上げながら。
力無く。墜ちて行く。
「深海棲艦に対して肉弾戦って……馬鹿じゃないの?」
冷静な第三者の声。望月では無い。ましてや士郎のでも無い。
呆気ない終わり方に一瞬とはいえ呆けていた三人だったが、反射的に声の方へと向いた。黄土色の髪。木曾たちと同じくボロボロの服。小柄な体躯。そして眼。
意志の強そうな眼が印象的な少女が其処にはいた。
「全く……まぁいいわ」
「駆逐艦、満潮よ。……どうやらアンタ達も捨て艦みたいね」