「これ、『ミステス』ね」
首玉が言い、
「封絶の中で動けるなんてよほど珍しい宝具を蔵しているようね」
金髪の女が目を光らせる。
水色の少女は驚愕の中、思考が完全に止まっている。
「わーい、ボクたち、お手柄だー!」
三頭身の人形が怯える少年に手を伸ばす。
思考が止まっている。何も考えられない。
封絶の中で動いている。
ミステスだ。転移してきたのか?だが、あの宝具とは限らない。
この燐子達に今自分がすべき行動は?
それらが考えられない。
ただ、三頭身の燐子が少年に手を伸ばす光景だけが目に映る。
それなのに。あるいはだからこそ。
体が動いた。
三頭身の燐子の手が少年に届く寸前。
その頭を宝具『トライゴン』が吹き飛ばしていた。
バスが吹き飛ぶ少し前。
全身を突き刺され、炎弾を食らわされた"千変"シュドナイは、今戦っている仮面の討ち手について思いを巡らせる。
強い。
変幻自在の自分の攻撃を『体術』で軽々と躱している。これほどの技巧の使い手には今まで会った事が無かった。
すでに護衛すべき『愛染の兄弟』も逃がしている。
『槍』無しでこのまま戦えば少々分が悪い。
(そろそろ潮時か‥‥)
そのサングラスの奥の瞳の色は見えない。
跳ね返した炎弾に手応えを感じなかったヴィルヘルミナの真横、自分が張った『盾』の死角から先ほどの海蛇が、その鎌首が、太い鞭のように彼女を襲う。
その一撃を『盾』の姿を解いた無数のリボンで受け流し、逆にリボンを絡めて投げ飛ばす。
その投げ飛ばした海蛇が建物に激突する寸前、たてがみから溢れる無数のリボンで今度は海蛇の全身を包み込む。
包み込み、その中の海蛇を、リボンに込めた『爆破』の自在式が粉砕する。
そして、本来の相手、"千変"シュドナイの『本体』との戦いに構えようとし、そこでようやく気付く。
気配が無い。姿形も無い。
桜色の封絶のどこにも"千変"シュドナイがいなかった。
少年・坂井悠二は今、自分の前に杖を構えている少女以上に混乱していた。
街を案内して、買い物もして、なぜか同じ方向に帰る少女と共に歩いていたはずだ。
それが何故"こう"なっている?
"突然"辺りが水色に染まる世界で少女と、金髪の女性。そして『怪物』二匹が対峙している。
と思ったら自分の方に怪物の一匹が手を伸ばしてくる。
『これ、ミステスね』
『よほど珍しいホーグをゾウしているようね』
何を言ってる?
自分が一体何だと言うんだ?
思考がまとまらない内に怪物の手が自分に届く‥‥瞬間、怪物の頭が吹き飛んだ。
今、目の前にいる少女によって。
「いきなり何をなされる!?」
首玉が叫んでくる。
(そんな事は私が一番知りたい。)
思考を取り戻したヘカテーはそう思う。
この少年が何を宿しているかはわからない。
そう都合良くあの宝具であるとも思えない。
いずれにしろ、いきなり燐子に攻撃するなど論外である。
何故自分があんな行動を取ったのかわからない。
しかし、今は考えても仕方ない。
今さら話し合いなどできるわけがない。
『宣戦布告』は済んでしまっている。
自分を問い詰める首玉に大杖『トライゴン』を向け、明るすぎる水色の『炎弾』を放つ。
すでに『戦闘』は始まっていたにも関わらず、"呑気"に詰問していた首玉は当然これを避けられずに砕かれる。
そしてもう一人の燐子にも大杖を向けたその時、
「近衛さん!ダメだ!!」
『何も知らない』少年が、ただ自分の感覚として、"少女の凶行を止めようと"後ろから肩を掴む。
ヘカテーはその、彼女にとっては何でもないはずの力で掴まれて。
先ほどの自分の『奇行』の時と似た感覚に襲われ、『何故か』一瞬動きを止める。
その隙に、相手の力の規模から『かなわない』と判断した金髪の燐子は迷わず、逃げをとり、宙を飛ぶ。
一瞬動きを止めたヘカテーだったが、その燐子の動きに正気に還り、先ほどより大きな身の丈ほどの『炎弾』を金髪の燐子に向けて放つ。
炎弾は金髪の女性を粉々に爆砕する。
(仕留めた)
そう思うヘカテーだが、その水色の爆炎の中から小さな粗末な作りの人形が飛び出し、そのまま飛び去る。
(あっちが本体という事ですか)
『敵』の特性を一目で見分けるヘカテー。
この街の徒を敵に回してしまった。その燐子を逃がしてしまった。
『ここ』にある宝具は『あの宝具』なのか。
など様々な問題はあるが、とりあえずは、
「‥‥近衛‥さん?」
いまだ混乱の極みにある少年に対する説明が必要だろう。
三人の徒に出し抜かれた『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルは今、海沿いの観光客狙いのホテル。
その一室でぶつ切りチーズを肴にワインを飲んでいた。
彼女の密かな楽しみであるが、その胸中はそれほど明るく無い。
今回の戦い、自分のした事は世界の『歪み』を無駄に広げただけだ。
問題の大元もそのまま残っている。
かつて、戦友と共に戦っていた時。
そして少し前に悲しい別れをした二人の友人と共に旅をしていた時を思い出し、自分一人の力の無力感を噛み締める。
だが、まだ終わりではない。奴らの行き先は見当がついている。
(日本でありますか‥‥)
自らの誓いの証。『偉大なる者』たる愛しい少女と出会った国。
その思い出に浸りながら『万条の仕手』は再びその地を訪れる事を決める。
自らが探し求めるものがすぐ近くをすれ違い、器を失い、また何処かに移った事。
彼女はその事をまるで知らない。
(あとがき)
バイト休みにかまけてさらに更新します。
少し短いかもだけど切りがいいのでこれくらいで。
原作ヒロインは出します。
しかし、今のまま出すと、ヘカテーとの殺し合いしかシチュエーションが思いつかないのでまだ出せません。
原作ヒロインファンの方申し訳ありません。