ヘカテーが、折れたサーベルを持つメリヒムに『トライゴン』を向け、攻め立てている。
いくらメリヒムでもヘカテー相手にあんな折れた剣では対応しきれないらしい。
(よし)
悠二の左腕に巻き付いた自在式が消え、轟然と銀の炎が沸き上がる。
わかっている。さっきからの太刀合いで、この少女とまともに斬り合うのが無謀だとわかっている。
今まではヘカテーが要所要所でカバーを入れてくれたから助かっているにすぎない。
とにかく、自分から距離を取り、相手が距離を取るように仕向ける。
「うおおおお!」
ただ後ろに下がっては踏み込まれる。
右手に大剣を、左手に銀炎を携え、紅蓮の少女に突っ込む。
ガッ!
横薙ぎに振った大剣を、少女の大太刀が受け止める。
悠二は構わず、そのまま銀炎を纏う左手を振り上げる。
「っ!」
それを察した少女が後ろに大きく跳ぶ。
振り下ろした悠二の左手の炎が、少女が立っていた地面を大きな地響きを立てて砕いた。
(本当に成長したな)
と、メリヒムは思う。
本来の腕試しの対象たる少女がではない。
その少女が戦っている坂井悠二が、である。
(俺と最初に会った時とは完全に別人‥‥)
前に別れてから大して時間も経っていないというのにこの変わりよう。
一体何があったのだろうか。
ヘカテーのトライゴンを受けながら、少年が炎で大地を砕く様を見る。
(だが、一人であの子に勝てるほどでもない)
どうする?“頂の座”の相手をしながらではいざという時に止められないかもしれない。
少女の腕試しには少し不十分だがここで切り上げるか?
タンッ!
「?」
そんな事を考えるメリヒムの前で、ヘカテーが突然後ろに跳ぶ。
その動作を不思議に思いはしたが、感知したわけでも、先読みしたわけでもない。
全くの勘、嫌な予感がしただけ。
その勘に従って後ろに跳んだメリヒム。
そのメリヒムが立っていた大地が、
派手に吹き飛んだ。
真下からの、銀炎の大蛇によって。
(外した!?)
悠二が地面に叩きつけ、地中からメリヒムを襲ったのは、
自在法『蛇紋(セルペンス)』(ヘカテー命名)。
以前、マージョリー・ドーとの戦いの中で悠二が身につけた、悠二独自の自在法である。
今ので仕留めるつもりだったのに、油断してくれていたのに、勝機を逃した。
「『星(アステル)』よ」
メリヒムの前にいたヘカテーが飛び上がり、『炎髪灼眼の討ち手』に向け、無数の光弾を放つ。
そしてチラッとこちらに目をやる。
(スイッチ!)
ヘカテーの意図を読み取り、少女から距離をとる。
そして、
「ふっ!」
先ほどの『蛇紋』、まだ消えずに悠二の左手に繋がっている銀の蛇を繰り、メリヒムを襲う。
「なっ、何!?」
猛然と襲い掛かる炎の蛇の攻撃をギリギリで躱しながら、メリヒムが驚愕の声を上げる。
おそらく、自在法に対する驚きもあるのだろうが、どちらかといえば、何故少女の腕試しなのに自分がここまで執拗に攻撃されているのかわからないといった所だろう。
こっちがメリヒム捕獲を企んでいる事に完全に気づかれる前に何とかしたいが‥‥
「この!」
メリヒムの背中に、七色の翼が広がり‥‥
「はっ!」
折れたサーベルから放たれた閃虹が、『虹天剣』が悠二の『蛇紋』を吹き飛ばす。
「‥‥どういうつもりだ?」
「‥‥‥‥腕試し?」
「嘘つけ!」
ガァン!
ヘカテーの大杖と、『炎髪灼眼の討ち手』の大太刀が火花を散らし、ぶつかる。
「お前達、何故私達を襲ったの。シロを助けたのはお前達何でしょう?」
炎髪の少女がヘカテーに話し掛ける。
まあ、フレイムヘイズを警戒したという理由にしてもメリヒムを見て、なおかつメリヒムまで襲っているというのもおかしな話だから疑問を持つのも当たり前だが。
「その答えは‥‥“虹の翼”が持っています」
ある意味全ての答えを言い、炎髪の少女との目線が合わさる位置に光弾を生み、放つ。
「っ!」
上体を反らし、その光弾を躱し、体を起こす反動で大太刀を振り下ろす。
ヘカテーも『トライゴン』を振り、両者の攻撃がぶつかるが、ヘカテーの方は、今度はただの一撃ではない。
「うあっ!」
振った『トライゴン』から生まれた、剣では防げない一陣の突風。
今までで最大級のその風が、炎髪の少女を遥か後方まで吹き飛ばした。
「喰らえ!」
悠二は再び『蛇紋』を放つ。
荒れ狂う銀炎の大蛇が、虹の剣士を襲う。
「っ!、お前がそういうつもりなら‥‥」
対するメリヒム、こちらも再び『虹天剣』。
銀蛇に虹の破壊光が迫る。だがそれがぶつかる前に、蛇の体がうねり、閃虹を躱す。
躱し、メリヒムに迫る。
そして喰らいつく。
(やった!捕まえ‥‥)
ドンッ!
しかし、喰らいついた至近から放たれた二発目の『虹天剣』がまたも『蛇紋』を吹き飛ばす。
「お前が俺を腕試しか?
少し見ない間に偉くなったものだな」
そして三発目の『虹天剣』。
一閃させた、折れたサーベルから伸びる一直線に伸びた虹が、触れたものを悉く消し飛ばしていく。
必死に避ける悠二。
「殺す気か!?」
「それも悪くないな」
せっかくのチャンスにしくじったせいで完全にその気にさせてしまった。
しかも相変わらず無茶苦茶な破壊力。
受ければ冗談抜きで確実に死んでしまう。
剣が折れてはいるがそもそも近付けない。
こっちの攻撃も全部吹き飛ばされる。
八方塞がりだ。
「?」
そこでふと気付く。
(ヘカテーとあの子はどこに行った?)
「『星』よ」
耳に届く、きれいで澄んだ声。
それを頼もしく思ってしまう自分が少年として情けない。
「!?」
自分同様に驚愕するメリヒムの頭上から水色の流星群が降り注ぐ‥‥
だけに留まらない。
「舞われよ」
水色の光がメリヒムの周囲を巡る。
それに捉われたメリヒムは、自分が回転する星空にでも放り込まれたような幻想的な景色を目にする。
「っ!」
しかし危機を自覚し、即座に七色の翼を広げる。
「抱かれよ」
ヘカテーの声に応えるように、メリヒムを取り巻く水色の流星群が、一斉に内へと向かう。
「はあっ!」
逃げ場は無い。ならば作ればいい。
メリヒムは自らを包む流星群の一箇所に『虹天剣』を放ちつつ、その方向に自分も飛ぶ。
ドドドドドン!!
水色の連爆が巻き起こる。
その中から伸びる一条の虹、そして飛び出てくるメリヒム。
それを、
「逃がすか!」
悠二の『蛇紋』がまたも襲い、今度こそ捕らえ‥‥‥
「はああああ!」
た、と思った瞬間に、横合いから飛び出してきた紅蓮の少女に阻まれる。
斬り掛かられ、たまらず炎の蛇の顕現を解く。
ギン!ギギン!
流れるような高速の連撃を『吸血鬼(ブルートザオガー)』で必死に受ける。
が、とても受けきれない。
肩が、頬が、二の腕が斬撃を受けて傷ついていく。
(くそっ!)
ギン!
大太刀を受けた大剣が、血色の波紋を浮かび上がらせ、
ザシュッ!
その特殊能力によって少女の肩を斬り裂く。
「なっ!?」
ダメージより、その不可思議な角度から走る傷口に、少女が驚愕する。
その間に悠二は再び距離をとる。
本当ならこの特殊能力を使いたくなかったのだが、それで殺されるのも御免である。
一方、メリヒムとヘカテー。
こちらは完全に遠距離戦。
「『星』よ」
「はあっ!」
メリヒムが『虹天剣』で問答無用に辺りを吹き飛ばし、ヘカテーが無数の『星』でメリヒムを追い込んでいく。
破壊力対手数の図式である。
その均衡を、ヘカテーが破る。
高速飛行で『虹天剣』を掻い潜り、メリヒムの懐に飛び込む。
ギィン!
その大杖の一撃を、メリヒムは折れたサーベルで止める。
「“頂の座”、話が大分違うようだが?」
いい加減意味がわからなくなってきているメリヒムがヘカテーに訊く。
「“虹の翼”、貴方をヴィルヘルミナ・カルメルに差し出します」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」
この瞬間、メリヒム、この戦い中、最大の隙が出来る。
悠二は握った左手に存在の力を込め、炎弾を放つ。
紅蓮の少女はこれを、今度はさっきのような任意爆発を受けぬよう大きく躱し、足の裏に力を集中させる。
(また『これ』か!)
ヘカテーの言葉に、完全に固まるメリヒム。
その後ろから、先ほど悠二が『炎髪灼眼の討ち手』に放った炎弾が飛んでくる。
タンッ!
「‥‥‥はっ」
隙だらけの状態からギリギリ脱し、上に跳ぶメリヒム。
それを、一拍早く跳んでいたヘカテーが待ち構えている事には、まだ気付かない。
「はああああ!」
足裏からの爆火で超速の弾丸と化した『炎髪灼眼の討ち手』。
先ほどはヘカテーに助けられたその一撃を、悠二は何とか大剣で受け止める。
もう、多少の怪我は負わせる覚悟で『吸血鬼』に存在の力を流す。
だが、大剣に血色の波紋が浮かぶより一瞬早く、剣を合わせた一点を支点に、少女が縦にクルリと回り、大太刀を手放し、悠二の後方に行く。
とんでもない早業、軽業である。
そして、
「はあああ!」
無防備な悠二の後頭部を、神速の蹴りがとらえた。
跳び上がるメリヒム。
その無防備な脳天に、
「はあああ!」
ヘカテーは、『トライゴン』による渾身の一撃を食らわせた。
(‥‥封絶)
昨日、坂井悠二が言っていた時間、言っていた場所。
自分が、断固として信じなかった、いや、認めなかった言葉。
あんな嘘をつく少年ではない。
そして、この時間、この場所で封絶。
やめよう。期待するのは、また傷つくだけだ。
そう自分に言い聞かせる。
だが、封絶に向かう速度は上がっていく。
早く、早く、早く、早く。
そう急かす体と、いくら言い聞かせても聞かない心の奥深くの気持ちが、
自分をより早くあの封絶へと導いていく。
「‥‥‥本当に?」
ついに、自分を戒める理性を、気持ちが超える。
封絶に飛び込む。
消し飛ばされた、圧倒的な破壊の跡が目に入る。
ドクン
(‥‥‥『虹天剣』?)
また、速度が上がる。
遠方に見える、また誰かまでは識別出来ない距離に、『四人』。
ドクン
ドクン
さらに近づく、よく、見えてきた。
ドクン
ドクン
ドクン
そして目にする。
ドクン
銀髪の剣士を。
(あとがき)
前話あとがきで書いた悠二の自在法名。感想をくれた方の案を採用いたしました。ありがとうございます。
さて、五章はバトルの後の後日談厚めな構成なので、「もうちっとだけ続くんじゃ」。