「「にゃはははははは!」」
悠二達が御崎ウォーターランドに行ったその日の夜。
佐藤家では賑やかに酒盛りが行われていた。
もちろん、二位賞品の年代物のワイン十本セット(+佐藤家の酒)で盛り上がっている。
「なあ、坂井。ところであのメイドさん、誰?」
家主たる佐藤が、さっきからさりげなく同行していた怪しいメイドについて悠二に訊ねる。
「家のメイドさ〜ん!」
すでに出来上がっている平井ゆかりが横から口を挟む。
以前、池速人に振られた時のやけ酒に付き合った時もそうだったが、酔うと三割増しで賑やかだ(やかましいとも言う)。
「平井さん家に居候してるフレイムヘイズだよ。『万条の仕手』」
酔っぱらいはとりあえず無視して家主の質問に答える悠二。
「!っ、み、味方‥‥なんだよ‥‥‥」
「友人であります」
驚愕し、「味方なんだよな?」と言おうとした佐藤の言葉を遮り言うヴィルヘルミナ。
誰が友人だ。
あれ?。っていうか友達感覚だったのか?
酔ったから、という理由で嫌いな奴を友達扱いするとも考えにくい。
むしろ、酔って本音が出た。という方がよほど自然だ。
普段の態度から考えてもいなかったが、向こうは友達感覚だったのか、あの態度で。
‥‥‥少しこの人に対する認識を改めておいた方がいいかもしれない。
そして、こちらはカップル騎馬戦の功績者たる小柄な少女。
「‥‥‥大」
さっきから、マージョリー・ドーの豊満な胸に接触を繰り返している。
「何よ、あんた。徒のくせに胸のサイズなんか気にしてんの?」
酔っている小柄な少女に、同じく酔っぱらいの美女が話し掛ける。
「‥‥‥男の人は、大きい方が‥‥好き?」
常の丁寧な喋り方ではない。どうやら酔うと言動がやや子供じみてくるタイプらしい。
「ま!『これ』は色気の象徴みたいなもんだしね〜!
やっぱりでかい方がいいんじゃないの〜?」
「‥‥‥‥‥‥」
(‥‥‥色気)
ヘカテーは今まで、自分の容姿を特別気に掛けた事などない。
だが、今、彼女には想い人がいる。
ヘカテー本人が頭で理解しているわけではないが、無意識に『良く見られたい』相手がいる。
自然、自らの容姿に対する関心もわいてくる。
しかし今のこの姿は、ヘカテーの本質に見合った形で顕現したものであり、当然、徒であるヘカテーは外見(つまり背丈や胸)が成長する事などない。
「ふ‥‥えぐ‥‥‥ふぇえ〜ん!」
「ちょっ、あんた泣き上戸!?えーと、ほら、あんたみたいな小さい子だと胸だけ大きいと逆に不自然っていうか、ねえ?」
「そうそう!ヘカテー今でも十分可愛いって!お姉さんが保証します!」
泣かした張本人のマージョリーが酔いを半ば醒ましてフォローし、平井ゆかりがこちらはバリバリに酔ったままフォローする。
何故自分が徒をなぐさめなければならないのかと思うマージョリーである。
「ヒヒッ!子供の世話が様になるなあ、我が柔和なる保護者、マージョリー・ドーよ」
しかも、マルコシアスが茶化す。
「ったく、えーと、ユージ!この子、あんたの管轄でしょーが。ちゃんと介抱しなさい」
ちなみに、マージョリーはヴィルヘルミナから悠二とヘカテーの関係については聞いている(ヴィルヘルミナの推測ではあるのだが)。
「私は悠二のものでは‥‥‥」
ありません。と、いつものように続けようとして、考える。
"私は悠二のもの?"
ボンッ!
「‥‥‥ふぇ‥‥ふぁ‥‥」
いつか自分の胸を満たした言葉、"私の悠二"とは正反対の言葉。
しかし、あの時と等量、あるいはそれ以上に胸を満たすこの気持ち。
不思議な感情である。
「?、泣いてなんかいないじゃないか」
「さっきまで泣いてたのよ。いいからほら!」
ポンと軽くヘカテーを押して悠二に押しつける。
そしてまた自分はアルコールを摂取するマージョリー。
「‥‥‥‥‥‥」
ヘカテーは悠二を見る。
悠二を自分のものにしたいのか。
自分が悠二のものになりたいのか。
この気持ちの持つ矛盾は、何なのか。
どっちが本当の気持ちなのだろうか。
実際には、ヘカテーの気持ちはどちらも本当の気持ちであり、それは矛盾しないものなのだが、まだヘカテーにそこまではわからない。
(‥‥キス)
あれから、自分が悠二に抱く気持ちが恋愛感情だと気付いてから調べなおした。
本によって多少の違いはあるものの、口と口のキスは求愛や、愛情表現を意味するものであり、おそらく"螺旋の風琴"が言っていたのは口と口のキスの事だ。
あの聡い自在師は、おそらく自分が自身で気付いてもいないうちから自分が悠二に抱く気持ちが何であるかを見抜いていたのだろう。
しかし、自分が愛情を表現したり求愛するという行為は、当然相手から拒絶されるという恐怖を伴う。
"螺旋の風琴"が言うように、確かに全てわかるとは思うが、おいそれと出来るものではない。
相当の覚悟が必要だ。
そんな風に悩むヘカテーは、自分の欲求から、恋愛感情の意味を手探りで理解していく。
(私が、愛情表現して‥‥悠二にどうして欲しい?)
同じように、欲張るならそれ以上に愛情表現して欲しい。
(何が嫌?)
嫌われる事、拒絶される事。
(つまり?)
恋愛感情は、互いに求めたい、求められたい想い。
悠二を自分のものにしたうえで、自分も悠二のものにされたい。
自問自答し、自分なりに恋愛感情を把握していくヘカテー。
「ヘカテー、大丈夫?」
今も、心配そうにこちらを見ている、人を気遣う、押しが弱い、そのくせ時々凄く意地悪になる少年。
(私の‥‥私の悠二‥)
酒の影響もあるのか、熱に浮かされたように、足が、少しずつ前に出ていく。
今この時だけ、求める気持ちが拒絶される恐怖を超える。
「あ‥!」
ふらつくヘカテーを、悠二が支える。
顔を上げて、悠二の顔を、目を見る。
(キス‥‥求愛‥‥)
酔いに任せた、ヘカテーの勇気、蛮勇ともいえる。
それはしかし、顔を上げた事で頓挫する。
(‥‥‥‥あ‥‥)
頭に回ったアルコール。ヘカテーに一時の蛮勇を与えたそれが、ヘカテーの意識を呑み込んだ。
「‥‥‥寝ちゃったのか」
何か、さっきまでのヘカテーは様子がおかしかった。
酔っているという事もあるのだろうが、何か切羽詰まったような‥‥
「あの引きこもりで有名な"頂の座"がね〜」
眠るヘカテーを支える悠二に、マージョリーが話し掛ける。
「ヘカテーが、何?」
「‥‥‥はぁ、あんた、長生きしそうね」
「??」
「何でもないわよ。それより‥‥」
そこで、マージョリーの眼光が僅かに鋭くなる。
「"銀"の事、本当に知ってるんでしょうね?」
「‥‥‥ああ」
二人の間に、触れたら切れそうな空気が流れる。
少し離れた所にいる佐藤、平井、ヴィルヘルミナがその空気に気付く。
「いつか、本当に聞かせてもらえるんでしょうね」
確認、というより脅しの口調で訊くマージョリー。
「話すさ」
(いつか、壊すものを失くしても大丈夫なくらい、大切なものを見つけたら‥‥)
心中で悠二はそう続ける。
「あっ、そう」
マージョリーがそう言った途端、今までの張り詰めていた空気が霧散した。
「マージョリー‥‥さん?」
友人と親分との間の危険な空気に神経をすり減らせていた佐藤が声をかける。
「今まで何百年も追ってきて、ようやく見つけた手掛かりだもの。
そっちから話してくれるってんなら、危ない橋渡る気は無いわよ」
その言葉にあからさまにほっとする佐藤。
「ヒャーハッハ!またいつに無く気の長えこったな!、こりゃ明日は酒の雨が降るぜえぶっ!」
「おだまり」
マルコシアスに言われなくてもわかっている。
自分が一番驚いているのだ。
こんな、他人の、銀の炎のミステスに判断を任せるような選択をした、自分自身に。
「さ!固い話は終わりにして飲みなおすわよ!」
それに、
「おー!」
こんなに『今』を楽しむのは、いつ以来だろう。
いや‥‥‥
「坂井君!おねむのヘカテーをこっちに渡しな!」
「渡すのであります」
「譲渡」
「カルメルさんまで何言いだすんですか!?佐藤、ソファー借りるよ?」
「ん?いいけど、って今日はもう泊まりだな。全員」
「あ〜!坂井君も佐藤君もまだ素面じゃん!じゃんじゃん飲みなよ!」
「いや、俺、酒はあんまり‥‥‥」
「私の酒が飲めないってかー!?」
「で、あれば無理矢理にでも飲ませるまでであります」
「強制飲酒」
「やめろって、この酔っぱらい!」
「ほう?随分と大きな口を叩くものでありますな?」
「侮辱」
「「だからやめてくれー!」」
‥‥初めて、なのかも知れない。
「ちょっとユカリ、私の分も残しときなさいよ!」
数百年、人間であった時も含めて、初めて‥‥かも知れない。
朝、目が覚める。
周りを見渡す。
佐藤。壁に寄りかかって寝てる。
マージョリーさん。怪奇・蓑虫女。
平井さん、ヘカテーと二人で同じ毛布に包まっている。‥‥和む。
カルメルさん、カウンターに突っ伏している。
「よー!起きたかい、兄ちゃん!昨日は災難だったなあ。
我が底無しの酒樽、マージョリー・ドーと妙なメイドのフレイムヘイズ二人の世話までする羽目になっちまってよ!」
「‥‥マルコシアスか、本当だよ、何で大人の世話まで僕が‥‥‥ん?」
何か今、聞き覚え、いや、見覚えのある単語を聞いたような‥‥。
「‥‥おはようございます」
ヘカテーが起きてきた。
環境が違うから早起きしてしまったのか。
いや、それより‥‥
「マルコシアス、さっきなんて言った?」
「あ?、災難だったなあ?」
「違う、その後」
「マージョリーと妙なメイドの世話まで、か?」
「妙な‥‥メイド?」
ヘカテーも、反応する。
「‥‥妙なメイド」
この単語、どこかで‥‥‥‥
『妙な喋り方をする妙なメイド』
「あぁああああ!」
「ヴィルヘルミナ・カルメル」
悠二とヘカテーは、ようやく全てを悟る。
(あとがき)
このままチュッと行こうかとも思いましたが、原作でかなり重要な意味を持つイベントだけにやすやすとはさせられないって感情がブレーキになりました。