「いい?坂井君。ルールは『制限時間内により多くのハチマキを奪った者の勝ち』、要するにヘカテー達を避けながら効率良く『その他』を仕留める!」
「佐藤もだ」
「え?‥‥じゃあ‥‥もしかしてあの金髪美人が?」
「『弔詞の詠み手』だよ」
「‥‥‥あちゃー、そりゃ強敵だ」
悠二の上で平井がわかってるんだかわかってないんだかな呑気な声を出し、しかし効率の良い作戦を示す。
だが、それを考えているのは皆同じ、弱そうな奴から狙う。
「キャァー、池君、来た!来た!逃げて!」
吉田一美の周囲の騎馬が、おとなしそうな女の子と優等生メガネのペアの弱そうなペアに一斉に襲いかかる。
しかし、それは大いなる勘違いだ。
「なーんつって‥‥オラァァ!」
吉田達に襲いかかった連中が片っ端から水中に叩き落とされる。
いや、ハチマキ取らなきゃ意味ないのだが‥‥
「僕達も行くよ、平井さん」
「お!坂井君、やる気出てきたじゃん♪」
どちらにしろ、吉田達にあの調子でハチマキの数を減らされたらこっちまで勝ち目が無くなる。
出来るだけ早く、多くのハチマキを奪うのだ。
「はいよー、シルバー!」
こちらはヘカテー、ヴィルヘルミナペア。
(楽しい)
ヘカテーの容姿から、吉田達同様、周囲の騎馬が皆襲いかかったため、『獲物』には不自由しない。
ヴィルヘルミナの手を使えないにも関わらず絶妙な体捌きによって、最高の体勢を作り、相手の意表を突き、ヘカテーがハチマキを神速で奪い取る。
その凄まじいスピード&テクニックで次々とハチマキを獲得していく。
(これが、騎馬戦)
元々、ヘカテーは体育の授業が好きである。
というか、自分の知らないスポーツをやったりするのが好きなのだ。
それゆえ、体育で筋力トレーニングだったりすると授業を乗っとって内容を変えようとするのだが。
とにかく、そんなわけでヘカテーは今もこの騎馬戦を満喫している。
「ヴィルヘルミナ・カルメル。今度はあっちを攻めましょう」
「了解であります」
「突貫」
そして、その喜びを顔ではなく、体全体で表すのだ。
「やっぱ、ヘカテー達が手強いね」
「直接対決は避けたい所だけど‥‥ん?」
順調にハチマキを獲得していく悠二・平井ペア。
そこに、ヘカテー、ヴィルヘルミナペアが迫ってくる。
「わ!来た来た!一時退却!」
「言われなくても逃げるって!」
脇目も振らず逃げの一手を打つ悠二達。
三十六計逃げるにしかずである。
「悠二、待ちなさい」
「一合も交えずに逃げ出すとは、そのような臆病者に育てた覚えはないのであります」
「対決希望」
「育てられた覚えもないよ!」
「あははは、シルバー!加速加速♪ほら、人参」
「それどっから出した!?」
騎馬戦改め、鬼ごっこである。
一方‥‥‥
「オラァア!」
「そーれ!」
ガッ、と腕が交差する。
「なかなかいいモン持ってんるじゃねえか」
「ふふん、あんたも小娘にしては上出来だけど、大人の女の魅力には程遠いわね〜♪」
「あら、お姉さん、ブクブクとでかくなってるのがそんなに得意なんですか?
スゴいなー☆」
「ブク‥‥、オーケー、いいわよ。あんたに大人の女の恐ろしさを思い知らせてあげるわ」
「まあ☆恐い、ヒステリックな女は嫌ですね〜☆」
「こーの、ガキガキガキガキ!」
「年増女は田舎に帰れ!」
吉田一美VSマージョリー・ドー。
互いの豪腕(見た目は違うが)がせめぎあう。
しかし、忘れてはいけないのはこれが騎馬戦である事だ。
当然、下の力量も関係してくる。
「おりゃあ!」
マージョリーの下の佐藤が、吉田の下の池に体当たりをかまし、さらに足を引っ掛ける。
「うわあっ!」
「っ!」
足場(池)が崩れ、倒れ始める吉田。
(ちっ!)
心中で舌打ちし、もう体勢を立て直せない事を悟る。
(死なばもろとも!)
「っらぁっ!」
上半身が後ろに倒れる勢いをそのまま生かして、蹴りを放つ。
その蹴りが‥‥
「ごふぅ!」
佐藤の『みぞおち』に見事に決まる。
「え!?ちょっ、ケーサク!」
ドッボーン!
池・吉田ペア。
佐藤・マージョリーペア。
脱落。
「いつまで逃げ回っているつもりでありますか」
ヴィルヘルミナのその言葉と同時に、悠二は毎朝鍛練で嫌という程に感じている感覚に襲われる。
(んな!?)
振り向けば、逃げる悠二を水中から純白のリボンが追ってくる。
(くっ!)
ズザッ!とジャンプし、そのリボンの足払いを避ける悠二。
(どうする?)
あんな半分反則みたいな事をしてくるのでは逃げる事もままならない。
こうなったら‥‥
「平井さん‥‥"行くよ"」
「!、オッケー。いつでもいいよ」
悠二の色んな意味にとれる一言を、親友としての勘。
だが、確信に近いものを持って理解する平井。
そして、悠二がヘカテーペアに突撃する。
「行くぞ!」
「来なさい!」
やる気満々のヘカテー達に突っ込み、互いの間合いに入る直前、
平井が悠二の頭に手を乗せ、軽業師のように器用に悠二の肩に両足を乗せる。
そして、"跳ぶ"。
「いっくよヘカテー!」
驚愕し、固まるヴィルヘルミナの横を、悠二が大急ぎで通り抜ける。
そして、ヘカテーとヴィルヘルミナの後ろ、平井の着地ポイントに立つ。
ヴィルヘルミナの技巧を封じる奇策。
空中戦一発勝負。
「そーりゃああ!」
「っ!」
平井はヘカテーの頭の、ではなく、今までヘカテーが相手から奪ったハチマキの山を狙い、腕を一閃。
しかし、悠二の考えを察していたのは、一人ではない。
同じく付き合いの深いヘカテーも気付いていたのだ。
「ふっ!」
肩車の体勢ゆえに下半身が動かないヘカテーは、上体を反らして平井の一撃を避ける。
(しくった!)
奇策失敗。しかし着地(悠二の肩に)だけは成功させようと身構える平井。
その足に、
「詰めが甘いのであります」
リボンが絡められる。
「え‥‥きゃっ!」
そのままブンッと平井を放り投げるヴィルヘルミナ。
ドボーン!
派手な水音を立てて平井がイン・ザ・プール。
というか、そこまでするか。
「あっちゃ〜、やられちゃったね」
若干恥ずかしそうに水中から顔を出す平井。
本当に丈夫な娘である。
ん?
「‥‥‥平井さん?、持ってたハチマキは?」
「へ?、あれ?」
ピィイイイイ!
《終了です!優勝は、棚からぼたもち!緒方・田中ペア!!》
「「「「へ?」」」」
たった今負かされた悠二・平井。
優勝を確信していたヘカテー・ヴィルヘルミナ。
その全員が間抜けな声をあげる。
そして、視線を向けた先には、
今まで地味に、決して目立たないようにハチマキを集め、かつ、
ついさっき投げ飛ばされた平井が放り投げてしまったハチマキを偶然頭に乗せた‥‥
緒方真竹と、その下の田中栄太。
そのハチマキの所持数は、途中から追い掛けっこをしていたヘカテー達よりも多い。
「やっ、やったぁああー!!」
本日の主賓が、高らかに叫んだ。
「何?あんた達、知り合いだったわけ?」
「佐藤、話してなかったのか?」
「いや‥‥その‥‥なあ?」
今はウォーターランドの帰り道、吉田と池は家の方角が違うためこの場にはいない。
田中と緒方は二人で先に帰らせた(本来の目的からして当然と言える)。
奇しくも『この世の本当の事』を知る面子である(マージョリーやヴィルヘルミナもいる)。
「話し辛かったって事でしょ?シュガー」
佐藤がマージョリーに悠二と友人であると伝えなかったのは、今平井が言った通り、マージョリーの敗戦に関する話題を出したくなかったからだ。
「♪」
ヘカテーは今、二位の賞品であるワイン十本セットを持っている。
悠二が「持とうか?」と言ったのだが、自分で持つ事にこだわっているあたり、かなり楽しみにしているようだ。
「‥‥ったく、子供が変な気遣ってんじゃないわよ。
あ〜あ、何で私があんな騎馬戦に出て、手ぶらで、しかも少年少女とプラプラ帰らなきゃなんないのよ」
無意味に愚痴るマージョリー。
しかもそれをマルコシアスが笑う。
「ヒーハッハ!『水辺で酒飲んで寝ッ転がれりゃ、弔詞の詠み手は満足です』な〜んつってた奴が騎馬戦で、しかも無様にやられちまってんだからな。ヒヒッ!」
バン!
「おだまりバカマルコ」
やかましい相棒を、マージョリーは平手打ちで黙らせる。
「フレイムヘイズが無闇に力をひけらかすのは感心しないのであります」
「‥‥それをあんたが言うか?」
悠二は前の共闘以来、普段はヴィルヘルミナに敬語を使っているが、『こういう場合』にはその限りではない。
「あ〜あ、さっさと帰って飲みなおすわよ」
チラリと小柄な少女の腕の中の物に目をやるマージョリー。
別に何か意図を持ってした行動ではない。
酒好きの性、というだけである。
しかし、
「♪‥‥、?‥‥」
上機嫌なヘカテー(ヘカテーは最初からこのワイン狙いだった)がこの視線に気付く。
つぶらな瞳からの視線を、目の前のワインとマージョリーに往復させる。
「‥‥‥何?」
そんなヘカテーにマージョリーは落ち着かない。
そういえば、この徒やミステスと、ごく普通に接しているな、と自分自身に驚く。
「‥‥‥飲みたいのですか?」
そのヘカテーの意外な言葉に、その場の全員が驚く。
そして、マージョリー。
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
コクッ
頷いた。
その日、佐藤家はいつになく賑やかな夜を迎えた。
(あとがき)
長かったプールも終了。
次の話から炎髪サイド重視にして行こうと思ってます。