『水中カップル騎馬戦』
悠二達一行は今、プールに向かう廊下で、このチラシを見ている。
『優勝者には、ペアで夜景の見えるレストラン』
それを見て、優勝した場合の自分の姿を想像(妄想)する吉田一美。
『‥‥君の瞳に、乾杯』
それは、無意味にタキシードを着込み、ワインを傾ける坂井悠二。
(うおおぉぉー!!似合ってない!
似合ってねーよ坂井君!!
で☆も、そ・こ・が・いい☆」
「これ!みんなで参加しませんか!?坂井君!」
「‥‥‥‥‥‥」
何故、自分に訊くのか?
などと悠二は訊き返さない。
さっきの恥ずかしい(本人にも他者にとっても)モノローグは後半(といってもほとんど全部)はモロに口に出しているからだ。
「賛成!出よ、みんな!」
緒方真竹が本来の目的から当然賛成する。
吉田一美の発言が遠回しに自分と田中を勝たせてくれるわけではないと言っているようなものだという事はとりあえずほっといて、参加だけはするつもりだ。
「もちろん、出るだろ。
ちょうど男女四人だしな」
お祭り好きな佐藤がさらに賛同する。
現状、本作戦で一番頼りになるかもしれない。
「‥‥‥‥‥‥」
二位、『年代物のワイン十本セット』。
ヘカテーには、『ペアで夜景の見えるレストラン』が、どれほどおいしいイベントなのかわからない。
ゆえに、二位の賞品に目をやる。
(‥‥そういえば、『飲酒』という行為を、私は知らない)
「やりましょう」
シュドナイもベルペオルもフェコルーも飲んでいた。
昔は、興味さえ抱かなかったが、今は『飲んでみようか』という気になっている。
そこに、以前の自分との違いを感じとり、しかし悪い気はしない。
それに、あの乳おばけの狂態(これが正しい、うん)も気にかかる。
「よっしゃ!決まり!午後から開始だから、忘れるなよ、皆の衆!」
平井ゆかり、こちらは言うまでもなかろう。
面白ければ何一つ文句は無い。
「‥‥吉田さんと夜景の見えるレストラン」
「まあ、いいか」
「よーし!やるか!」
無し崩し的に池、悠二、田中も賛同する。
悠二一行、参加決定。
「あー!ビールが旨い!」
「‥‥‥オメエはプールまで何しに来たんだよ」
ウォーターランドのプール脇のパラソルの下。
『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーが、群青のビキニで、ビール片手にくつろいでいる。
「だーかーら、この暑い中、プール来ないでどこ行けってのよ」
「酒飲むだけならケーサクん家でもいいだろーが」
無駄話を続けるマージョリーとマルコシアス。
そこに、一人の女性が現れる。
「弔詞の詠み手」
「?」
目をやれば、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
感じていた気配はこのフレイムヘイズだったか。
「『あれ』以来、止まってくれている事に、感謝するのであります」
あの戦い以降、暴れていない事を言っているのか。
馬鹿馬鹿しい。
「礼言われるような事。何もしてないわよ。
礼言うなら、あのミステスの坊やにすれば?」
「‥‥‥‥彼は、数ヵ月前に無作為転移した"零時迷子"のミステス。
少なくとも、彼が"銀"そのものという事はないのであります」
マージョリーの無意味な言葉を無視して、彼女の再びの暴走を抑制するために、前に話した事をまた口にするヴィルヘルミナ。
「‥‥‥それは前にも聞いたわよ。
それよりあんた、こんなトコで何してんの?」
予想以上に心配症な討ち手に僅か呆れ、話題を変える。
別に今、あのミステスや目の前のフレイムヘイズに恨みを抱いているわけではないのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥現在、私が居候している家主、平井ゆかり嬢は外界宿(アウトロー)に師事しているのであります。
必要書類、報告事項、書類整理、私本人の返答が必要なもの以外、全て彼女が行っているのであります」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
長々と説明しているが、要約するとやる事なくて暇、という事だろう。
「‥‥‥‥飲む?」
とりあえず誘っておくか。
プニ
「‥‥‥ヘカテー、何してんの」
プニ
先ほどの吉田一美の兵器に、悠二、その他の男子共が向けていた視線を思い出す。
プニ
「‥‥‥気になる?」
プニ
自分の物にはない膨らみを、彼女"達"は持っている。
プニ
「‥‥‥‥」
ヘカテーは無言で親友の胸をつつき続ける。
その頃、少し離れた男共。
「姐さん、どーしてっかなー?」
「どうせ、また飲んだくれてるんだろ」
すでに諦めたように言う子分二人。
そこで、不思議そうな声がかかる。
「?‥‥‥佐藤達が連れて来たんじゃないのか?」
悠二である。
ちなみに池はトイレである。
「?、連れて来たって何だよ、シルバー」
訊き返すシュガー。
ターゲット(田中)の前で堂々とコードネームを使うあたり、悪ふざけの匂いがプンプンする。
「あの人‥‥マージョリーさんか。ここに来てる」
「え?」
「‥‥‥わかるのか?」
マージョリーが来ているという事実の驚きと、それがわかる悠二への疑惑、その二つを込めて二人は返す。
「うん。あの人の気配、特徴的でわかりやすいから」
そんな小さな反発を抱く二人に、無意識にさらに衝撃を与える悠二。
しかし二人はそんな反発を面に出さない。
平気な顔をして"見栄を張る"。
「そっか、姐さん来てるのか!俺ちょっと挨拶してくる」
田中が脳天気にそんな事を言う。
「はいストップ」
「マージョリーさんの様子は俺が見てくるから、な?」
緒方の協力者として田中を止める悠二。
それ+自分自身の都合を混ぜて走りゆく佐藤。
そして、午後になる。
「よっし、皆いいね?」
カップル騎馬戦の組み合わせ決めである。
ごちゃまぜにしたヒモの先を掴ませ、同じヒモを握っていた組みがカップルとして参加する。
ちなみに佐藤はあれから戻ってこなかったから、女子が一人余ってしまう。
「せ〜‥‥の!」
組み合わせは‥‥
田中・緒方。
池・吉田。
そして、悠二・平井。
ヘカテーが、余ってしまった。
「‥‥‥‥‥‥」
「ヘカテー、代わったげよっか?」
「‥‥‥いいです」
くじに見放されたあげく、同情されたくない。
出たいけど。
妙な所で意地っ張りなヘカテーは、応援に回る事になった。
「‥‥‥‥‥」
カップル騎馬戦に赴く友人達と悠二を、若干すねたような様子で見送るヘカテー。
(皆‥‥‥楽しそう)
この街に来てから未知のものの喜びを知ったヘカテーは、この競技にも興味を抱いている。
端的に言うと、すごく出たい。
意地を張るんじゃなかったかも知れない。
しかし、それをするとあの賑やかな親友が今の自分と同じ状況に陥る事になる。
結局、くじに負けた自分が悪いのだ。
しかし、
「‥‥‥出たい」
「任せるのであります」
「共闘」
思わず口にしたヘカテーの独り言に、後ろから無愛想な声が応えた。
「ヘカテー、大丈夫かな」
平井を肩車し、少しはマシになったとはいえ、まだ十分に世慣れていない少女を心配する悠二。
「坂井君、心配なのはわかるけど、気合い入れてよね。
やるからには勝ちに行くよ!」
こちらも田中・緒方ペアを勝たせる事など考えていない。
まあ、田中と緒方をペアに出来た時点である程度は成功とも言えるし、こういうイベントは、純粋に楽しむ方が正解なのかもしれない。
「池君、いい?少なくともゆかりちゃん達を優勝だけはさせない事」
「わかってる、吉田さん。頑張るよ‥‥きっ、君の為に‥‥‥」
「あっ!あの二人もう肩車してやがる!」
あっちも気合い十分か。
「いい?田中。あんたの機動力にかかってるんだからね」
「オーケー、わかってるって」
あっちも、まあ、成功か。
主賓の緒方も嬉しそうだ。
「坂井君‥‥あれ」
「?、な!?」
平井に促され、前を向けば、さっきいなくなった佐藤。
しかも、その上に、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー。
「ほーら!しっかりしなさいよケーサク!絶対ワイン十本持って帰るんひゃからね!」
そのうえ、明らかに酔っている。
「‥‥‥何考えてるんだ?佐藤のやつ」
「‥‥‥坂井く〜ん。右の方をご覧くださ〜い」
「‥‥‥今度は何だよ」
言われるままに右を向けば‥‥‥
「こっ、困ります!本大会はカップル騎馬戦でして‥‥」
「‥‥女性同士のカップルがダメとはルールのどこにも書いていないのであります」
「同性愛」
「許可してくださいますね?」
おそらくリボンで編んだのであろう白いセパレートに、明らかにミスマッチなヘッドドレスをつけた『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル、その上に、さっきくじにあぶれたヘカテー。
様子からして、明らかにヴィルヘルミナも、酔っている。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥平井さん。ギブアップしていい?」
「ダ・メ♪」
「あんなのに勝てるわけないだろ!?」
マージョリー・ドーはまだいい。
騎馬が佐藤なら逃げる事は出来るだろう。
しかし、あれはない。
無表情コンビの最強タッグである。
「そんなのやってみなきゃわかんないでしょ?」
「‥‥‥‥‥」
この状況で楽しそうな平井が心底うらやましい。
(‥‥酔って加減を間違えたりしないだろうな)
自分はともかく、他の友人、というか一般人全てを心配する悠二をよそに。
《それでは、熱く激しいカップル騎馬戦の開幕です。
よーい、スタート!》
開戦。
(あとがき)
あ〜あ、こんなに長くなる予定じゃなかったのに、長引いてます。
溢れかえるぐだぐだ感。