窓の外を見た青年は恐怖に震える。何故辺り一帯桜色に燃えているのか。
何故皆動きを止めているのか、あの化け物は一体何なのか。
それら不可解な現象に恐怖し、声も出せずに、青年はその場に蹲り、ただ震える。
シュドナイは『変化』させた虎の右腕を上げ、そのまま眼前の仮面の討ち手に向けて、文字通り"伸ばす"。
通常、徒はこの世に渡り来る際にとる"自分の本質に見合った姿"を崩す事は無い。
だが、彼は"千変"の真名の示す通り、状況にあわせてその都度姿を変える。
文字通りの『変わり物』なのだ。
『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルはその自らに向かって伸びて来る腕を体を僅かにひねる事でかわす。
そして、伸びた腕が次の攻撃をする前に軽やかに、その伸びた腕に"乗る"。
シュドナイは、突然自分の腕に跳び乗った仮面の女に驚愕し、一瞬動きを止める"千変"に向かって、そのまま『腕の上』を風の様に走る。
自分の腕の上を走るヴィルヘルミナにその口から『炎弾』を放とうとして彼女が今『どこ』を走っているかに気付いたシュドナイは、その彼女の『足下』、自分の腕全体から牙や爪を一斉に生やし、攻撃する。
‥‥が、
その足下から牙と爪が紫の炎を吹き出しながら飛び出すより一拍早く、仮面の討ち手は宙に跳んでいた。
まるで舞うように‥‥
宙に舞う女を撃ち落とすべく口から炎を溢れださせた千変の体に、彼女の仮面から溢れるたてがみのようなリボン、その一部、数十にも及ぶ数が、しなり、硬化し、槍衾(やりぶすま)となって突き刺さった。
「ぐわああ!」
たまらず、叫び声をあげるシュドナイに構わず、ヴィルヘルミナはリボンに突き刺した獣の体をそのまま投げ飛ばし、後を追う様に桜色の炎弾を放つ。
そして、爆発。
バスの中で震える青年は爆音を耳にする。
耳にしてなお、逃げる事ができない。声すらもあげられない。
炎弾を食らわせた。今煙の中にいる敵に対して、ヴィルヘルミナは全神経を集中して構える。
あの程度で倒せる相手のはずは無い。相手は古くからこの世に在り続ける強大な"紅世の王"なのだ。
そうして油断無く煙を見やるヴィルヘルミナの"後ろ"‥‥先ほどの巨大な虎の腕の一部が今度は海蛇の姿を取り、目の前に集中していた討ち手をその尾で殴り飛ばした。
「ぐっ‥‥!!?」
突然後ろから殴り飛ばされたヴィルヘルミナは吹き飛びながらも冷静に状況を分析する。
(切り離していた!?)
(肉体分離)
先ほどの刺突と炎弾でちぎれたと思われた虎の腕はどうやら千変自ら切り離していたらしいと察する彼女の目に、異様な物が映る。
二足歩行の、腕ばかり太い虎。しかし、鷲の足、コウモリの羽、虎の頭にたてがみと角まで持っている。
再び変化した"千変"シュドナイ本体のようだ。
(寄せ集めにもほどがあるのであります)
(悪趣味)
と酷評する彼女に向けて、その悪趣味な獣が今までで最大の、巨大な炎弾を口から放つ。
『こう来るだろうと』予測していたヴィルヘルミナは無数のリボンを織り成し、白い半球の形の『盾』を作る。その表面が桜色に光っている。
その盾にぶつかった特大の炎弾が、そこに刻まれた『反射』の自在式によって飛んできた方向にそのまま跳ね返る。
しかし、シュドナイに向けて返したはずのヴィルヘルミナの狙いは外れ。跳ね返した炎弾に手応えは無い。
代わりにその後方遠く、一台のバスが濁った紫の大爆発に呑まれて。消えた。
ヘカテーは考えていた。この燐子達の後ろにいるのは、おそらくはかなりの力を持つ"徒"だ。
この燐子達の出来の良さを見ればわかる。
そして、先ほどの金髪の燐子の言葉、今の状況を考えて、結論を出す。
(まず、その徒に直接会わせてもらいましょう)
自分がその徒の都合に合わせるつもりは無いが。こちらの名をだせば、相手から引いてくれるかも知れない。
正直、軽く倒せる相手では無さそうだ。避けられるなら戦いを避ける。
紫に燃え上がるバスの中で、知らず『人間』を失い、知らず『不老』を手にしていた青年が。消えた。
今度は残りかすも残さずに。
「こっ‥‥近衛さん?これ、一体‥‥?」
燐子達の主に引き合わせる様に伝えようとしたヘカテーの耳に、『目の前の事を現実のものと考えていない』そんな色で、聞き慣れた、今聞こえるはずの無い声が届いた。
青年に宿っていたものは器を失い、巡り、再び宿る。新しい器に‥‥。
(あとがき)
この六話のために書いてきた様な香港サイドストーリーです。
描写はともかく、発案は原作三、四巻の一文から持ってきています。
完全オリジナルストーリーとは言えないですね。
初の戦闘描写ですが、おかしい所、不満、指摘などありましたらお教えください。直せる範囲で直します。