朝、目が覚める。
目の前、最近はもはや日常的となった、朝一番の水色の少女のあどけない寝顔。
「すぅ‥‥すぅ‥‥」
この朝一番の寝顔に、動揺が無くなったわけではないが、それでも騒ぎ立てたりする事は無くなっていた。
「‥‥‥‥‥‥」
そっと、少女の髪をなでる。
『弔詞の詠み手』との戦いの前だったか、それくらいの時から起きたら小柄な少女が自分の布団に入っているという一般の高校生からすればかなりの異常事態が続いている。
基本的に起きるのは自分の方が早いので、少女の方は『起きたら寝場所が変わってる』くらいにしか思っていない節があるが。
実際の所、どういった理由で少女、ヘカテーの寝場所が変わっているのか。
ヘカテーがねぼけて潜り込んでいるにしても、何が無意識にそうさせるのか。
妙な勘違いをしてしまいそうになる。
「‥すぅ‥‥すぅ‥‥‥‥‥じ‥‥‥」
(今‥‥‥何か言ったのか?)
寝言らしきものが聞こえた。
「ゆう‥‥‥‥じ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
どうなんだろうか。
これは勘違いに身を委ねても良いのではないか?
期待してしまっても良いのではないか?
いや待て、期待?
期待も何も自分はヘカテーを‥‥‥‥なのだろうか?
確かに可愛いとも、守りたいとも、一緒にいたいとも、そのために強くなりたいとも思っているのだが、
それは恋だと言えるのか?
例えば、前の『弔詞の詠み手』との戦いは(始めは)師匠・"螺旋の風琴"リャナンシーを守るためだった。
守りたい=恋というのは短絡的すぎではないか?
今まで恋などした事のない、そういう意味ではヘカテー同様に未熟な少年、坂井悠二は『感じる』べき所を無駄に考えて結論を出そうとする。
「‥‥‥‥‥悠二」
(‥‥‥まあ、いいか)
少女の二回目の寝言、今度は言った後に常に無い柔らかい微笑みを浮かべる‥‥‥を聞いて、無駄な葛藤をやめる。
(今は‥‥‥一緒に居られれば)
訂正が必要だ。
自らの想いに気付けない分、ヘカテーよりも未熟な坂井悠二はそれだけを思って、
いや、もう一つの考えだけを抱いて、朝の鍛練に向かう。
「用意はいいかね?『シルバー』、『チョコ』」
所は御崎ウォーターランド、悠二とヘカテーに、平井が声をかける。
ところで、朝の鍛練の時、ヴィルヘルミナの様子がおかしい‥‥というより何か考えているようだったが、あれは何だったのだろうか(それでもなお、あしらわれるのが悲しい)。
ちなみにシルバー、チョコは本作戦のコードネームである。
最初、ヘカテーのコードネームは『マシュマロ』だったのだが、ヘカテー本人が強行に『チョコ』に変更した。
「‥‥‥‥はい。『リーダー』」
平井は『リーダー』である。
まあ、異論は無いが。
「私達が一番乗りだよ。
ターゲットは『シュガー』が連れて来てて、ゲストは『ブラック』が連れて来てるよ、抜かり無し」
『シュガー』は佐藤、『ブラック』が吉田。
主賓の二人は『ターゲット』と『ゲスト』で通じるため凝ったコードネームは必要無い。
いや、元々コードネームなどいらないのだろうが、そこはご愛嬌である。
コードネームを呼ばれ、ヘカテーがやる気を出す。
「助力‥‥‥しましょう」
水着で体つきが知られてしまう不安を、今は抑え込む。
今は‥‥‥オダ?、いや、オバ。
オバちゃん?何か違う。
ああ、そうだオメガだ。
オメガのらぶろーどを成功させる。
自分の参考とするためにも。
思い、傍らの悠二、いや『シルバー』に目を向ける。
はるか太古からこの世にある自分に初めて出来た、『好きな人』に。
「皆、遅いな、シュガー。」
「そうだなあ、シルバー」
「お前ら、何だよその変な呼び方は?」
「「「何でも無いって。ターゲット」」」
「‥‥‥俺はターゲットなのか?」
今、着替えに時間がかからない男性陣は先に着替えて女子の着替えを待っている。
わかりにくいが、池、いや『メガネマン・アクア』もいる。
一人だけバレバレなコードネームだが、そこは影の薄さがカバーしてくれる。
ちなみに佐藤はチケットを無くしたため、入場に要らぬ出費をかけてしまっている
野望と不安を抱いた少女達が現れるまでもう少し。
「あ〜、退屈〜」
所は佐藤宅、室内バー。
ついさっきまで、カクテルのニューテイストを模索していたマージョリー・ドーがゴロゴロとソファーに転がっている。
失敗したのだ。
「ヒッヒヒ!退屈でも我慢しな。今日は可愛い子分達はプールでバカンスだぜ」
ぐーたらと時間を潰す相棒を、マルコシアスは怒らない。
(ま、雨の日もあらあな)
とだけ思い、本人が自分で立ち直るまで待つ事にする。
幸い、『きっかけ』はこの街にいるのだから。
「ん〜?そういや何かウォーターランド行くとか言ってたわね‥‥‥ん?」
だらしなく垂らした手、その指先に、一枚のチケットが触れる。
「お待たせしました!御崎高校三人娘!水着ファッションショー!」
一人、司会気取りで先に現れた平井ゆかりが思春期の男共に言う。
自分はさっさと現れてファッションショーとやらに加わらないあたり謙虚なんだか嫌味なんだか。
ちなみに青緑のチューブトップである。
「んじゃ、一番、緒方真竹!」
平井の呼び掛けと共に、本日の主賓(のはず)、ゲストが現れる。
「どっ、どうかな?」
現れた緒方は訊く、名指しでは無いが、視線は田中のみに向けられている。
ちなみに青と白の模様のワンピースだ。
「‥‥‥‥‥」
(なるほど、これで気付かないんだから田中は超が付く鈍感だ)
と、人の事を言えない坂井悠二は内心で思う。
「ほら、このナイスバディ見て何か感想は無いわけ?」
真剣に見られる事に堪えられなくなったのか、緒方が冗談めかして言う。
(((ここで冗談めかしてどうする)))
と、協力者全員が心中で溜め息を吐く。
「ふむふむ、なかなか‥‥」
言わんこっちゃない。田中もおふざけのノリで偉そうにあごに指など当てて緒方を眺める。
「しかし、パッド入りというのはいただけませんねえ。オガタマタケ君?」
「うっ」
胸をグサッと刺されたようにのけぞるゲスト。
っていうかバレてるし、いきなり失敗だ。
「えー、二番バッター、ヘカテーこと、近衛史菜!」
これ以上墓穴を掘らないうちに、次に移す平井。
「‥‥‥‥‥‥」
『男性は女性の発達した胸部に惹かれる』という前情報から、この場に現れる事に少なからず不安を抱いて現れるヘカテー。
水色のワンピースに、部分的にパレオのような布地が付いている。
こちらも、悠二のみに視線を向ける。
それに対する悠二。
(‥‥‥うん)
「‥‥似合ってるよ」
お世辞無しにそう思う。
儚げな容貌と、雪のような白い肌。
確かに胸の膨らみはないが全体的に細く、流麗な曲線を描く肢体。
何より、不安と、ほんの僅かな期待を滲ませるその仕草が、ヘカテーの魅力を際立たせている。
本当に綺麗だった。
その掛けられた言葉の嬉しさと、不安を払われた事が、ヘカテーの表情を晴れやかなものにする。
花が咲くように、パァッと微笑む。
(近衛さんって‥‥‥あんなに綺麗に笑うんだ‥‥)
初めてはっきりとヘカテーの笑顔を見た緒方がつい見とれる。
「ではラスト!我らが姐御、吉田一美!」
猫かぶり忘れて不適な笑みを浮かべて現れる吉田。
それは、己の武器を最大限に活かした、黒のビキニ。
司会を名乗ったため目立たなかったが、平井は吉田や緒方よりも全体的に細く、しかもその胸部は吉田よりは小さいが十分に平均以上あるという非のうちどころのないスタイルだ。
吉田は、その細さの差を埋めるべくものを細く、引き締めて見せる黒という色のチョイス。
思春期の男共、その全員に凄まじい破壊力を見せつけた。
ところで、
「‥‥‥‥‥‥‥」
この企画は、自分の魅力をターゲット(田中)に見せつけるためのものではなかったのか?
何だかんだいって一番目立てなかった緒方が悲しいため息を吐いた。
その後、一同は一つの貼り紙を目にする。
それには、『水中カップル騎馬戦』とある。
女達の戦いが、すぐ間近に迫っていた。
(あとがき)
ちなみに、悠二の嫌いな食べ物はマシュマロで、好きな食べ物はチョコレートです。
補足。