今は放課後、御崎市の中心街の甘味処に、四人の少女。
「えー、では今からオガちゃんと田中栄太君の中を甘い感じにするプロジェクトのミーティングを開始します」
「あの‥‥平井さん?ホントにやるの?」
「まずどんなアプローチをかけようか?」
「?‥‥田中栄太を、どうするのですか?」
妙な会談を実行に移した平井。
恋に関してはまだ尻込みしてしまう緒方。
すでにやるものとして発言する吉田。
何もわかっていないヘカテーである。
「あー‥‥、要するにオガちゃんにとっての田中君は、ヘカテーにとっての坂井君みたいなものなの、わかる?」
「私にとっての‥‥悠二?」
ここで緒方が、保険、あるいは確認のためヘカテーに訊く。
「あの‥‥さ、近衛さんって、坂井君が好きなんだよね?」
ほぼ確信はしているが、一応訊く。
が、
「私が‥‥悠二を‥‥好き‥‥?」
「?」
思ったより歯切れが悪い。まさか思い違いだったのだろうか?
しかし緒方の疑問は次の瞬間解消される。
ボンッ!
妙な音を出し、顔をゆでダコのように上気させるヘカテー。
何か口をパクパクさせている。
(好‥‥き‥‥?)
知識としては、知っている。
今まで理解できないものとして気に掛けもしなかったが‥‥恋愛感情と呼ばれるもの。
「好き‥‥‥私‥‥悠二‥‥好き‥‥」
顔を赤く染め、うつむいて、ぶつぶつとつぶやく。
言葉にする事で『それ』は明確なものとして認識されていく。
「私は、悠二を、好き」
今度ははっきり言ってみる。
胸のうちにある『それ』を恋愛感情だと実感していく。
そこまで考えて気付く。
『好き』といっても、友人に向けるものや、嗜好を示す言葉として表される場合もある。
にも関わらず、「悠二を好きなのか」と訊かれ、自分は恋愛感情以外の『好き』を考えつきもしなかった。
(私は悠二が好き)
その『事実』が、ヘカテーに自らの想いを決定的に自覚させる。
自覚する、自分が悠二を好きである事を理解すると、どうしようもない気恥ずかしさに襲われる。
それを見守る少女三人。
いきなり爆発し、顔を真っ赤にしてぶつぶつと、つぶやきだし、
今度はさらに顔を赤くして首をふりふり。
(‥‥ヘカテー、まだ自覚してなかったんだ)
(‥‥何だろ‥‥この可愛い生き物‥‥)
(このガキ‥‥自覚も無しに張り合ってやがったのか‥‥)
三者三様に内心でつぶやくが、皆大体はいまだに自覚してなかったヘカテーに呆れている。
「コホン‥‥。話進めるよ、ヘカテー。つまりオガちゃんは田中君にそんな感じだからくっつけたげようって話なの。
今はその作戦会議」
「‥くっつく‥‥?」
カァアアアア
(‥‥可愛いんだけど、これじゃ話進まないな)
もはや何を言ってもいちいち赤面するゆでダコ少女を置いて話を進める事にする平井。
「まあ、酷評するようだけど、私の目から見て田中君は今、オガちゃんを恋愛対象としては見てないね。
『大切な友達』ってトコかな」
「うん、同感。しかも、『自分が好かれる』っていうのを冗談以上に考えた事ないって感じ」
田中栄太を正確に分析する平井と吉田の言葉にガックリと肩を落とす緒方。
話の何を聞いているのか顔をふりふりしているヘカテー。
「オガちゃん何落ち込んでんの。それを改善させるためのプロジェクトでしょーが!」
「‥‥それで‥‥何をどうすれば‥‥」
「ギャップだよ」
あらかじめ考えていたのか、緒方の問いに即答する平井。
「オガちゃんの特徴は、『格好いいスポーツ少女』なわけ、そこでそんなボーイッシュなオガちゃんの『女』な部分をガツンとアピールしてそのギャップで落とす!」
「おっ‥‥『女』って、どうやってアピールするの?」
平井の勢いに呑まれ、いつの間にかやる事が前提になっている緒方。
「お弁当は?」
ギャップの大先輩が自らの得意技を勧める。
「悪くはないけど、あの鈍そうな田中君にはちょっと弱いね。それにオガちゃん、確か料理‥‥」
「‥‥できません」
「と、いうわけで、とりあえず今回は別の手段で行きます」
「‥‥‥そういえば、悠二は何処?」
ようやく会話レベルに理性が復活したヘカテーが訊く。
第一声がコレなのはどうかとも思うが。
「シルバーは、今、男サイドの味方を引き込みに行ってるよ」
「「「シルバー?」」」
平井の妙な呼び方に吉田、ヘカテー、緒方が首をかしげる。
「コードネーム。作戦企てるんだから当然要るっしょ!」
「‥‥‥‥‥」
何だか面白がられているような気がひしひしとする緒方であった。
その頃、シルバー(悠二)。
「ってわけなんだ。手伝わないか?」
「さっすが平井ちゃんだな!こりゃ面白くなりそうだ。」
佐藤と二人で公園で話している。
田中には当然退席してもらった。
あれから悠二は、自分やヘカテーの本当の事を佐藤や田中に話している。
それ相応の覚悟を持って話したのだが、二人はすんなりと受け入れた。
しかし、悠二は少年二人、特に佐藤が、『外れた側』である悠二に、心の奥で、強い羨望を抱いた事を知らない。
あれ以来、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーは佐藤の家に住み着いている。
そして、佐藤と田中は憧れの女傑、そして彼女の悪夢の一端を知る者である自分達にちっぽけな誇りさえ持って、何やら日々特訓しているらしい。
鍛えてどうするつもりなのか疑問だが。
「よし!それならその作戦はどーなってんだ?」
特訓の事は、それはそれとして、こういうイベントが大好きな佐藤がこのプロジェクトに食い付く。
というか、佐藤は元々緒方と田中はお似合いなのではないかと思っていたから、遊び心抜きにしてもこれには協力的である。
「今、平井さん達が作戦会議してる」
「‥‥‥‥なあ、坂井。ところで俺達、何か忘れてないか?」
「そういえば、僕もさっきから何か引っ掛かって‥‥‥‥」
「「あ」」
メガネをかけた少年が、寂しく一人で帰路についていた。
「さーて、どうしよっかなー」
「ゆかりちゃんが言い出したんだから」
「助力‥‥しましょう」
今は帰り道。緒方はいない。
演技など出来そうに無い緒方には作戦を伝えるのは逆効果、という結論に達し、緒方の行動パターンを読んで三人が作戦を立てる事になったからだ。
「助力しましょう」
ヘカテーは協力的になっている。
というより、自分がようやく自覚した想い、どうすればいいのかわからない。
だから同じ境遇にあるらしい緒方の恋路を参考にするつもりらしい。
そのためには、『成功例』が欲しいのだ。
「ギャップって発想は悪くねえと思うんだがなあ」
「一美、猫かぶりがはがれてるよ」
「気のせいだっての」
「‥‥ギャップ‥‥」
三人の少女は考える。
元々、田中と緒方の相性はバッチリであろう。
作戦運びさえ上手くいけばきっと成功するに違いない。
そして、田中に緒方の『女』を感じさせる方針は悪くない。
何か、手っ取り早くそういうシチュエーションにできる何かが欲しい。
歩く三人は、一つの電化製品の店の前を通る。
そこのテレビに、CMが流れている。
それは三人の目に留まる。
《夏だ水着だ!御崎ウォーターランド!あっはーん☆》
「「これだ」」
「?」
この週末の休みに、それは決行される。
(好き)
今まで理解できなかった感情。
今は、感じる事だけできる感情。
どうすれば満たされるのか、わからない想い。
悠二が関係している事だけは確か。
知識として知ってはいるが、今一つ、明確な定義がない。
(どうすればいい?)
一つだけはっきりしている事、悠二と、離れたくない。
悠二を他人にとられたくない。
しかし、どうすればそれを防げるかわからない。
(おばさまに‥‥訊く?)
自身の想いに気付いた今、羞恥心と等量、あるいはそれ以上に沸き上がる危機感。
想いが大きければ大きいほど、それを失うという事への恐怖は増していく。
今まで恥ずかしくて訊けなかった事を訊こうかという気にまでなっている。
暖かい湯船につかりながら、水色の少女は思い悩む。
不安は、無意識下においても現れる。
その夜、いつものようにヘカテーは寝呆けて悠二の布団に潜り込む(ここ最近ずっとだ)。
そしていつもより強く悠二に抱きつく。
そのぬくもりを、失う恐怖に抗うように。
(あとがき)
五章まできてようやくヘカテー攻撃体勢です。
いや、原作を考えたらようやくでもないのかな?
ちなみに『御崎ウォーターランド』はアニメ版、『恋と欲望のプールサイド』から抜粋しました。