「はーはっはっは!弱い!」
可笑しくてたまらない。
『全てを焼き尽くす』という意味の名を持つ"天壌の劫火"、その契約者たる『炎髪灼眼の討ち手』。
先代、マティルダ・サントメールはまさにその名にふさわしい炎の使い手、魔神憑きの"化け物"だった。
だが、今、目の前にいるこの『炎髪灼眼の討ち手』は‥‥
「どうした?そんな距離で刀を構えても攻めきれんだろう?」
間違いなく"炎もまともに使えない"。
こんな幸運があろうか。
駆け出しか何か知らないが、最も危惧すべき"天壌の劫火"、その契約者とこれほど都合のいい状態で戦えるとは。
『炎髪灼眼の討ち手』と戦う"千変"シュドナイは自分に近寄れないくせに刀にこだわる、いや、こだわるしかない討ち手に、虎の頭のろくろ首を伸ばし、捕らえる。
「くっくっ、剣術や体術は大したものだ。自在法の効かない『天目一個』を倒せたのも頷ける‥‥だが‥‥」
「くっ!」
虎の首が少女の体を絞め上げる。
「それだけでは、歴戦の王には通じない。
貴様、まだその刀を持っているという事は、"愛染"は貴様に討滅されたという事か?」
そう、かつてヘカテー達を襲い、討ち伏された兄妹のかたわれ、"愛染自"ソラトが日本に渡ってきてまで求めていた刀、"贄殿遮那(にえとののしゃな)"。
それこそが今、目の前の『炎髪灼眼の討ち手』の持つ大太刀なのだ。
「愛‥‥染‥?」
(やはり、違うか‥‥)
あの二人が、いや、練達の自在師たる"愛染他"がこんな"未熟者"に不覚をとるとも思えない。
だが、いまだにこのフレイムヘイズが『贄殿遮那』を持っているという事は、香港の時のように、運悪く、他の強力な討ち手に逢ってしまい、やられてしまったのだろう。
「なに、知らないならいい‥‥それより‥‥」
まったく、運の悪い兄妹だ。あれほどの気配隠蔽を持ちながら、次から次に強者に行き逢ってしまうのだから。
「そろそろ別れの時だ。『天目一個』を討ち倒した、磨けば光る逸材だったのだろうが‥‥な!」
せめて、あの兄妹への手向けに炎を贈ってやろう。
あの二人が好みそうな、華美で盛大な炎を。
伸ばした腕で何重にも縛った少女を、縛ったまま、腕をブツンと切り離して放り投げる。
そして、とどめ。
「ゴァアアアアッー!!」
濁った紫の炎が怒涛の如く身動きを封じられた少女に迫る。
その炎が、横合いから消し飛ばされる。
横合いから飛び出したのは、一筋の光輝の塊。
それは、今やあり得ないはずの七色に光る『虹』。
「何‥‥だと?」
視線を向けた先‥‥
「仮にも俺を討ち倒した『炎髪灼眼』が、何とも情けない事だ」
銀の長髪をなびかせ、不敵な笑みを浮かべる、傲慢な剣士。
覚えのある、あり得ない姿。
「なぜ、貴様が‥‥」
「直接やりあうのは初めてか、世話になるよ。"千変"」
混乱するシュドナイに、しかし男は無視するように自分の言いたい事を一方的に告げる。
「"虹の翼"‥‥メリヒム!?」
「さあ、始めようか、戦いを」
一週間ほど、前の話である。
『弔詞の詠み手』との死闘から約一週間。
御崎高校の図書室に、小柄な水色の少女。
(これも‥‥同じ)
書物を調べ、キス、口付け、接吻などの意味を片っ端から調べている。
御崎を去った"螺旋の風琴"リャナンシーに、妙な入れ知恵をされた"頂の座"ヘカテーである。
しかし、
(挨拶‥‥額へのキスは、挨拶を示す。私は悠二に挨拶されて気絶した?)
キスと一口に言っても色々ある。
日本はともかく、欧米などでは特に、キスする部位で行為の意味が異なる。
常識に疎いヘカテーは今、書物の内容を深く考えて、振り回されている。
(頬へのキスは‥‥親愛。私は悠二に親しさを示した?)
平井や千草に相談する事も考えたが、その相談の過程で自分の行為を言わなければならない事態になるかも知れない。
その事を想像すると、何やら恥ずかしい気分になって憚られたので自力(というか書物)に頼っているのだが、見事に迷走している。
("螺旋の風琴"は、不安になったら挨拶しろと言った?もしくは、親しさを示せと言った?そもそも誰に?)
他にも部位によって意味はたくさんあるが、運悪くヘカテーは実体験の部位にしか目を向けていない。
「ふぅ」
何やらため息のヘカテー。
挨拶で自分は気絶したのか?何か不自然だ。
あの時、自分は悠二に"親しさ"を示したい衝動を抑えられなかったのか?
こっちは少し近い気もするが、何か違う気がする。
悩める少女に、馴染みのある声がかかる。
「お!いたいたヘカテー。こっちおいで、何か面白そうな事になりそう‥‥っていうか、しそう。私が」
わけがわからない事を言ってヘカテーを引っ張って行く、ヘカテーと悠二の親友にして外界宿(アウトロー)第八支部の協力者(まだ正式な構成員ではない)・平井ゆかり。
「ゆかり、私は調べ物が‥‥」
「いいからいいから!何なら後で調べ物、手伝ったげるから、物知りなお姉さんが」
「‥‥いや、それは‥‥」
「レッツ・ゴー!」
ここで、今まで名前くらいしか出なかった一人の少女を紹介しておこう。
緒方真竹。
悠二達と同じ、御崎高校、一年二組のクラスメイトであり、佐藤や田中とは同じ東中学の出身である。
名前の通り、竹を割ったようなカラッとした性格で、可愛いというより格好いいといった容姿をしている。
そんな彼女は今、悩みを抱えている。
「はぁ」
彼女は、あまり知られていないが田中栄太が好きなのである。
中学の時はよく一緒に遊んでいたが、高校に入ってからは部活のバレーや、女友達と遊ぶ事が多くなっていたため接点が薄くなってきている。昼食の時も、田中のいる悠二達の輪の中に彼女はいない。
そのグループにいる女子。
近衛史菜、平井ゆかり、吉田一美。
いずれも一年二組の誇る、色々な意味で凄い三人娘である(吉田は最近になって『凄い』認定された)。
三人とも、田中の事を好きになるとは思えない。
近衛や吉田は言うまでもなく標的が誰の目にも明らかであり、平井も、池速人への告白(平井本人が隠さなかった)の経緯と、今の様子から見て、三人ともあるとすれば坂井悠二である。
しかし、"田中が"あの三人を好きになる可能性は高いのではなかろうか。
女の自分から見ても魅力的だ。
快晴のような明るさと異様な行動力を持つハイスペック少女、平井ゆかり。
その純真無垢な容姿と行動、庇護欲をこれ以上ない程に掻き立てる近衛史菜。
最近、おとなしい、素朴な少女のイメージを(本人の意思とは無関係に)払拭し、影で『姐御』と呼ばれるワイルド、吉田一美。
「やっぱり‥‥田中もああいう女の子の方がいいのかな‥‥」
女子のお手洗いで一人、ポツリとつぶやく緒方の後ろで‥‥
バタンッ!
「大体、話はわかったよ!オガちゃん!」
平井ゆかりが、
バタンッ!
「‥‥‥‥?」
近衛史菜が、
バタンッ!
「私達で良かったら、協力するよ、緒方さん」
吉田一美が現れる。
トイレの中から。
「うぇっ!さっ、三人とも!?いつからそこに?」
独り言、しかもかなり恥ずかしい内容を聞かれた緒方が焦る。
「オガちゃんが教室でメランコリーなオーラ出してるの見かけてから。
何はともあれ、オガちゃんのラブロードに、私達が一肌脱ぐよ♪」
「ラッ、ラブロードって‥‥っていうか確信犯!?」
「モチよ」
「‥‥‥‥‥‥」
あっさりと認める平井に何も言えなくなる。
その間に平井がガシッと緒方の両肩に手を掛け、
「オガちゃん。こういうのは先手必勝!手数出した奴がそれだけ有利なの、オーケー?」
「う‥‥うん」
「ライバルいないうちに攻めないでどーするのよ!オガちゃんらしく攻める!私達がラブロードの路上清掃するから」
熱弁を振るう平井に、そこで水を差す声一つ。
「ふふ。戦績一戦零勝一敗のゆかりちゃんに言われても聞けないよ。
緒方さん?私が協力するから、安心して?」
「‥‥ははは、一美、そんな事言うんだ?そーだよねー、零勝一敗だもんねー♪」
「でしょー?ふふふふ」
ゴォオオオン!
「平井さん!?一美!?ちょっと、ストップー!」
クイクイ
「え‥‥何?近衛さん」
「らぶろーど‥‥‥とは?」
「えーと、それは‥‥」
「お子様は知らなくていいんだよ?近衛さん☆」
「‥‥‥‥‥‥」
ゴォオオオン!
「もうやめてってばぁー!!」
かくして、緒方真竹のラブロード、田中栄太攻略への道が、開かれつつあった。
「頼んでないってばぁー!」
知らん。
(あとがき)
構想練るのに時間食うかと思ってたけどピンときました。
主賓は緒方ですが、平井やヘカテーや吉田も画策します。