「っおおおおおお!!」
溢れる銀炎が、大蛇となって今まで圧されてきた極大の炎弾にぶつかる。
少しずつ、いや、もっと急速に炎弾を押し返していく。
そして、ついに炎弾が砕け、群青の炎を撒き散らす。
溢れる群青の炎の海から、銀の蛇が躍り出る。
そして、
群青の獣に喰らいついた。
「がああああああっ!」
銀蛇はその牙を、群青の獣に食い込ませ、そのまま"獲物"を振り回す。
そのまま、牙に獲物を捕らえたまま、眼下のアトリウム・アーチに神速で突っ込んだ。
(はてさて、元に戻ったはいいけど‥‥)
所は依田デパート、そこに立つのは体も中身も平井ゆかり。
(ヘカテーはさっさと飛んで行っちゃうし‥‥)
その手には、今まで自分達の意志総体を入れ替えていた黒い筒。
(まあ、もし戦いだったら役に立てるわけないんだけどね)
蚊帳の外というのも気に入らない。
手元には、存在の力の込められた、他の力の干渉を阻害する白い羽根。
そして、宝具・『玻璃壇』。
「『出ろ!』」
一枚の羽根を、『玻璃壇』に変じさせる。
とにもかくにも、まずは知る事ができる範囲の情報全てを集める事にする平井。
閉鎖された建物の中だという油断が招いたのか、平井ゆかりは気付かなかった。
その階層にやってきた、二人の少年に。
『はじめから、大切なものなど何もなかった』
銀炎の牙が、炎の衣を突き破り、自身の体に食い込む。
『全てを奪われて生きていた』
傷口が、体が、文字通り、灼ける。
『だから、私も全てを壊そうと思った』
その蛇の顎の、体の無茶苦茶な力に抗えず、蛇と、それに食らいつかれたマージョリーはアトリウム・アーチを破壊しながら、直下の大地に迫る。
『壊して、殺して、奪って、嘲笑って‥‥』
全力でぶつけた憎悪、薄れゆく意識を、『それ』がつなぎ止める。
『それを‥‥それも‥‥それさえも"奴"が奪った』
他でもない、目の前の銀の炎が、
『私に見せつけるように、』
まだだ、まだ終われない。
『私には‥‥もう、壊すものさえ残っていない』
まだ、空っぽのままだ。
『せめて‥‥あいつだけでも‥‥"これ"だけでも‥‥』
『ッ、ブチ壊させてよおおお!!』
「オオオオオオオ!!」
「な、んだ?」
狂気のフレイムヘイズに喰らいつかせていた銀炎の大蛇、それが急に‥‥砕かれた?
「オオオオオオオ!!」
獣の慟哭、それから一拍おいて、
「なっ!?」
アトリウム・アーチ全体から、溢れ出さんばかりの異常な程、膨大な群青の炎が湧き出る。
これじゃあ‥‥
「師匠!カルメルさん!」
「何でありますか?」
「静粛要求」
叫ぶ悠二の背後から、無愛想な声二つ。
それに振り返れば、リボンに老紳士を絡める仮面の討ち手。
「あ‥‥無事だっ‥‥」
「ひとまず離れるのであります。"あれ"では余波だけでも危険」
「"あれ"?」
その言葉に前に向き直れば、そこに‥‥
「何だ‥‥あれ‥‥」
アトリウム・アーチの破壊された屋上から、窮屈そうに上半身を出す、群青色の巨大な獣。
炎の狼。
「グゥオオオオオ!!」
その狼が、天に向け咆哮する。
炎が猛り、かなり大規模なアトリウム・アーチの全体が崩れ落ちる。
「"蹂躙の爪牙"マルコシアスの顕現であります」
「本性現出」
顕現、って事は‥‥
「契約者が‥‥実体化したって事か?」
「いや、契約者が顕現すればフレイムヘイズの器は砕ける。『弔詞の詠み手』の全力の暴走で、一時的に炎が本性の姿をとっているだけだろう」
悠二の疑問に、ラミーが応える。
「要するに、さっきの着ぐるみの‥‥」
「最大形態」
ティアマトーが引き継いで、ようやく現状を理解する悠二。
「坂井悠二、拾っておいたぞ」
言って、ラミーが手渡すのは先ほど失くした『アズュール』。
「さて、どうするつもりでありますか?これほど大規模な顕現、おそらく封絶の外にも影響が出ているはず」
「被害甚大」
ヴィルヘルミナの言いたい事はわかる。
今や、悠二もヴィルヘルミナもボロボロだ。
今の二人だけであの暴走を止める事は出来ないであろう事から、「どうするのか?」などと訊いているのである。
しかし、悠二には打開策、というより文字通りの、希望の星が見えている。
「"三人"なら、止められるよ」
それは、水色の流星。
OH、ピンチ。
『玻璃壇』の箱庭に立つ平井ゆかり。
そして、
「平井‥‥ちゃん?」
「今の‥‥どうやったんだ?」
平井の友人であり、たった今、平井の行った不思議を見てしまった、佐藤啓作と田中栄太。
「あっ、はは‥‥あれだよ。マジック?」
「いや、俺達に訊かれても‥‥」
平井と田中が、間抜けなやり取りをするうちに、佐藤が核心を突く。
「平井ちゃんが‥‥マージョリーさんが言ってた気配‥‥なのか?」
今見たものは、彼らの親分が彼らに見せた不思議と似通った部分が多い。
そこから、即座にその回答に結びつける。
そしてこれに、平井も反応する。
「‥‥マージョリー‥‥さん?‥‥気配?」
それは、つい昨日聞いたフレイムヘイズの名前。
そして、日常であまり使わないであろう、気配という単語。
今の言動、そして自身の経験から、平井も即座に一つの回答を出す。
「"弔詞の詠み手"の‥‥案内人?」
二人の少年と一人の少女は、互いに導きだした回答を、自身信じられぬまま口にする。
それは‥‥ほどなく現実として認識される。
「大丈夫、前に比べたら大した事ないから‥‥」
ヘカテーは、到着し、悠二の肩から血を流し、所々焼かれた姿を目にしてから、一言も喋らずに悠二の胸に顔を埋めて、ピクリとも動かない。
「心配をかけるものではないのであります」
「二回目」
前回の原因がいけしゃあしゃあと言う。
というか、今回も爆撃されたのだが、そこのところどうなんだろうか。
「とりあえず、これ以上時間をかけるわけにもいくまい。
あの調子では人を喰らう恐れすらある」
そう、今、群青の狂狼はただがむしゃらに殺意と破壊を振りまいている。
今、銀の炎が出ていない事で標的を認識できないのだろう。
それほどの錯乱状態にある。
確かに、これ以上放っておくわけにもいかない。
「ヘカテー、もういい?」
胸元の少女の肩に手を掛け、顔が見える程度に離す。
コクッ。
頷くヘカテー。
今回は泣いてはいないようだ。目が少し赤いが。
何か埋め合わせした方がいいかもしれない。
「よしっ、じゃあ三人で、何とかしよう」
今の自分は、さっきまでの興奮状態にはない。
だが、気持ちはしっかりと残っている。
守りたい。
受けとめたい。
そのための力が欲しい。
胸に残った強い気持ちを抱いて、狼の方へ向きあう。
「『火除け』で突っ込む」
狼の炎で焼ける建物を見て、悠二が作戦を決め、伝える。
どうやら、通常の『トーガ』とやらとも少々異なるらしい。
さっきまでの『トーガ』は物質としての炎だった。
それを聞いて頷くヴィルヘルミナ。
そして、
「私‥‥が‥」
自分が代わりにやると言いたいヘカテー。
その頭をポンと悠二が撫でて、説明する。
「ヘカテーには、『星(アステル)』であの狼の動きを止めて欲しいんだ。いい?」
ヘカテーは、その、撫でられるという行為と、今の悠二の纏う常にない頼れる雰囲気に、顔を赤くし、つい頷いてしまう。
そして、ヘカテーの思考がまとまる前に、ヴィルヘルミナが動く。
万条をビルとビルの間に張り巡らせ、全力でビンと伸ばし、パチンコの要領で巨大なカタパルトを作りだす。
「行くのであります」
「投射体制」
そう言う間にも、悠二の体に『防御』の自在式を込めたリボンを巻き付ける。
そして、カタパルトに飛ぶ悠二。
「っ!〜〜〜!」
もう、この状態で交代などとは言えない。
全力の援護で少年を守るしかない。
「はあっ!」
大杖『トライゴン』を一閃させ、飛ぶ悠二の背中に、一陣の突風を向け、さらに加速させる。
ギリギリギリギリッ!
突風の加速により猛スピードでリボンの壁に着地した悠二が、
バンッ!
反動でさらなる加速で炎の狼に突っ込む。
その、銀炎を発した少年を視界に認めた狼が、今までの狂態とはうってかわって、冷徹な殺意で見据える。
「バォオオオオッ!」
無数の瓦礫が、群青の炎を噴射させて悠二に向かってくる。
しかし、
「『星(アステル)』よ!」
その瓦礫の弾丸は、悠二の周りを守護するように飛ぶ無数の光弾に砕かれる。
ズバッ!!
『アズュール』の結界を纏った悠二が、炎の狼の中に潜り込む。
悠二がその炎の中で見たのは、大きな本を抱き、一糸纏わぬ姿で眠るマージョリー・ドー。
溢れる炎の中、何故かその瞳から涙が流れていたように見えたのは、ただの錯覚だったのか‥‥実際の所は、悠二にも、マージョリー本人にもわからない。
この熾烈を極めた戦いの幕を引く。
眠るフレイムヘイズに、
悠二はただ、
右の拳を振り抜いた。
(あとがき)
長かった四章も次のエピローグで終わりです。
五章、構想が不十分なので少し時間喰うかもです。