両手を組んで振り上げ、巨岩をも砕く一撃を繰り出すマージョリー。
その一撃をそれぞれ左右に跳んで躱す悠二とヴィルヘルミナ。
通路を揺るがす轟音が鳴り止まないうちに最初に行動を起こしたのは、
悠二。
「ふっ!」
大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』を右手で振り下ろす。
ガッ!
マージョリーも、長く太い『トーガ』の腕でその一撃を受けるが、
一瞬止めただけでズンッと斬り落とされる。
(こいつは!?)
(馬鹿力が!)
防御の要たる炎の衣『トーガ』を破られても、『弔詞の詠み手』は驚きはしても冷静さは無くさない。
結局は同じ事。
自分の最も得意な遠距離で、自在法で仕留めるだけ、と、戦法を即座に決める。
悠二の返しの一閃を退がって躱し、そのまま宙に飛び上がる。
それを、空いた左手で炎弾を放ち、追撃したいが諸事情により出来ない事を歯痒く思う悠二。
思い、しかしあの着ぐるみが『アズュール』の火避けの結界で消えなかった事から、
("物質化"の炎‥‥ってやつか)
と、分析する。
見上げる悠二の視線の先、飛び上がるマージョリーの頭上に舞う、仮面の討ち手。
『サリー、お日様のまわりを回れ』
『サリー、お月様のまわりを回れ』
ヴィルヘルミナが硬化させたリボンの槍衾を放ち、それが届く直前、マージョリーとマルコシアスが詩を歌い終える。
ドドドドドッ!
群青の獣が貫かれる、が、同時に分裂する。
群青の獣達がヴィルヘルミナより高く飛び上がり、
『キツネの嫁入り天気雨、っは!』
『この三秒でお陀仏よ、っと!』
獣達が、炎の豪雨となり、ヴィルヘルミナに降り注ぐ。
しかし、同時に大剣を手にした少年が跳び上がっている。
「カルメルさん!」
「接近妥協!」
ヴィルヘルミナがリボンを伸ばし、悠二の至近に寄る。
二人まとめて炎の豪雨に呑まれる、と、マージョリーが思った刹那、
悠二とヴィルヘルミナの周囲に降り注ぐ炎だけが掻き消える。
「なっ!?」
「なんだとぉ!?」
マージョリー達が驚く間に、悠二が最近覚えたての『飛翔』、まだ制御のおぼつかないそれで、唯一、炎の豪雨へと変わらなかった群青の獣へと飛ぶ。
「ごふ!?」
「げふ!」
が、制御を間違って体当たりしてしまう。
しかし、それが勝機となる。
(しめた!)
接近した距離から逃がすまいと、悠二は次々に斬撃を放つ。
それを、『トーガ』はともかく、自身には当たらないように躱し続けるマージョリー。
(ちっ!自在法を練る間がねえ!)
(さっきの‥‥火避けの結界?)
(二人相手だとめんどくせえな)
大剣を掻い潜りながら、断片的にだが通じるように言葉を交わし、戦局を見極める『弔詞の詠み手』。
そこで、
「どくのであります」
「邪魔」
悠二とマージョリーの攻防の上から、無愛想な声が聞こえ、
「っ!」
「え‥‥あの‥ちょ‥?」
桜色の、特大の炎弾が放たれた。
「『出ろ!』」
天井に引っ掛かった宝具、その斜め下の位置に、昨日『収納』したおもちゃの山を出す平井。
「ぃよしっ!これを足場にして‥‥」
助走をつけ、おもちゃの山を駆け上がり、
ジャン‥‥
ガチャーン!!
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥足場が悪すぎたみたい」
がんばれ少女達。
「あんたどんだけ僕の事嫌いなんだよ!?」
「『アズュール』の結界があるでありましょう?」
「理解要求」
「爆発の衝撃とか全部消せるわけじゃないんだぞ!?っていうか、わかってて撃っただろ!?」
「あの場に於いて最適な攻撃手段を選択したのみ、他意を勘繰られるのは心外でありますな」
悠二もろともマージョリーに特大の炎弾を放ったヴィルヘルミナと、巻き添えをくらった悠二である。
悠二の言う通り、『アズュール』は爆風などまで防げるわけでは無いし、何よりアトリウム・アーチの通路の足場の大部分が吹き飛んでいる。
今も大剣を壁に突き立てて張りついている悠二にとってかなり無茶な事をしてくれる。
「‥‥‥それで、あのフレイムヘイズは‥‥」
「やってくれたわね」
その、悠二の眼前に、肩から額から血を流す金髪の美女。
(しまった!)
思い、慣れない『飛翔』を使おうとする悠二の首をマージョリーが掴み、ヴィルヘルミナに向かって思い切り放り投げる。
その予想外の攻撃に驚愕するヴィルヘルミナの耳に、さらに不吉な声が聞こえる。
『ハンプティ・ダンプティ』
『転がり落ちて‥‥』
ドンッと、悠二がヴィルヘルミナにぶつかる。
『砕けろ!』
『弔詞の詠み手』が詩を締めると同時に、首を掴むと同時に悠二に取り巻いていた自在式が変化し、
群青色の鳥籠となって悠二とヴィルヘルミナの二人を閉じ込める。
(しまった!)
自分の失態を呪うヴィルヘルミナ。
マージョリーが『トーガ』を纏い、猛スピードで飛んでくる。
(やられる!)
と、思う悠二。
しかし、その二人を無視し、群青の獣は飛んで行く。
上へ。
(何故!?)
一瞬疑問に思うヴィルヘルミナ、しかし、次の瞬間、悠二共々気付く。
(師匠か!!)
「っだあ!!」
投げられても放さずにいた『吸血鬼』を全力で振りぬき、群青の鳥籠を斬り、脱出する。
そして、悠二もヴィルヘルミナもマージョリーを追いかける。
その時、自身知らぬ間に悠二は『飛翔』を使いこなす。
元の階層までマージョリーを追い掛けてたどり着いた悠二が目にしたのは、毛糸の玉を手にする彼の師、そして、自分がとても間に合わないほどに師に接近している群青の獣だった。
「ちょっ、ヘカテーすごくない?これ十センチは浮いてるよ!」
ヘカテーの体で研鑽を重ね、初めての時の倍、浮いている平井。
「はい、ではそのまま維持していて下さい。あそこまで私がゆかりを投げますから」
「荒っぽいけど、それしかないかぁ」
そして、平井の体のヘカテーが小柄な自分の体を、宝具に向けて投げる。
浮遊しているからこその芸当である。
「いっけえー!」
もう少しで平井の手が黒い筒に届くという時、
「カァァー!」
「キャッ!」
カラスが黒い筒を持ち去る。
カラスは光り物に目が無い。筒の装飾が気に入ったと見える。
などといっている場合ではない。
このまま持ち去られたら下手すれば二度と元に戻れない。
「ヘカテー!やばい!カラスが!」
当然、ヘカテーも気付いている。
窓から逃げ出そうとするカラス。
それを、
「星(アステル)よ!」
ヘカテーが放ったチョークが撃墜した。
どうする?
『吸血鬼』を投げる?
ダメだ、この距離じゃ当たらない。まず避けられる。
(カルメルさんが炎弾を撃っても同じだ)
走って、飛んで、間に合う距離でも当然ない。
どうする?どうすれば止められる?
そこで、気付く。
(そうだ。止めるだけでいいんだ)
それが正解だとは限らないが。
("当たらなくても"止まってくれれば‥‥)
坂井悠二は、『それ』を決行する。
(‥‥使うか?)
『万条の仕手』と坂井悠二の二人に任せて大丈夫かと思ったが、どうやら窮地のようだ。
大切に、堅実に、永い時をかけて集めてきた存在の力。
それを込めた毛糸玉を手に、命を優先させる、と判断するラミーの目に、群青の獣を後ろから襲う炎弾が映る。
それを避け、見た獣は、もはや自分などまるっきり思考の隅にすらないといった態度で後ろを凝視し続ける。
彼女を襲った炎弾。
その色は、
燦然と輝く、
"銀"。
(そう、これなら、『標的』を変えさせる事が出来る)
悠二がとった手段。
それは、攻撃であのフレイムヘイズを止める事ではなく、自分を狙わせる事でラミーを助ける事。
あえて自分の炎をさらす事だった。
「はっ、はは!ははははははははははははは!!」
マージョリー・ドーが、おびただしいほどの憎悪と歓喜、その二つの感情に支配されたような笑いを発する。
これほどの殺意を、悠二は今まで、人間はもちろん徒やフレイムヘイズからも感じた事はない。
だが、それが、不思議なくらい怖くない。
何だろう。この感情は。
むしろ、この『弔詞の詠み手』に対する『敵意』が希薄になった気さえする。
何故、こんな気持ちになるのだろう。
不思議だが‥‥
悪くない。
「何を考えているのでありますか!!」
ヴィルヘルミナが、常にない大声で、炎を使った悠二を怒鳴る。
やはり、最悪だ。
この殺気。今までの比ではない。
とんでもない事をしてくれた。
「ああしなきゃ、師匠がやられてたよ」
「だとしても!『弔詞の詠み手』をどうするつもりでありますか!?彼女はもう‥‥止まらない」
「‥‥‥受けとめてやればいい」
「は?」
悠二の言葉の意味がわからず、似合わない頓狂な声を出すヴィルヘルミナ。
「どうしようもない程にこの炎が憎いんなら、その想いをぶつけさせてやればいい。
真っ正面から、受けとめる」
この少年は、何を言っている?
この殺気を肌で感じているはずなのに、
なぜそんな馬鹿みたいに大きな事が言える?
しかし、少年の表情には、恐怖や虚勢どころか、緊張の感情すら見てとれない。
そこには、
ただ、どこまでも強烈な‥‥‥
「さあ、来い!」
燃え立つような喜悦があった。
(あとがき)
『トーガ』はアニメでは『アズュール』で消えていましたが、原作十六巻とか読んだら消える方が不自然な気がしたので、こんな感じにしました。
『アズュール』と爆風とかの設定も勝手に推測した設定である事は否定しません。