「そー‥っれ!!」
群青の獣が力強く腕を振り、その指先から数十の炎弾が放たれる。
その炎弾の向かう先は、仮面の討ち手ではない。
「くっ!」
"屍拾い"ラミーに向けて放たれた数十の炎弾を無数のリボンで編み上げた『壁』で防ぐヴィルヘルミナ。
しかし、その頭上。
「ガラ空き!」
腕を大きく振り上げる群青の獣。
「!」
ガァアアアン!!
太く、長い腕による一撃を、ヴィルヘルミナはギリギリで躱す。
今立っていた通路が轟音を立てて派手に破壊される。
「はあっ!」
一撃を避けた仮面の討ち手は、数十のリボンによる刺突を放ち、群青の獣を貫き、斬り裂く。
しかし、手応えは無い。
「ハーズーレ!」
「つ〜ぎは当たるかな〜?」
その声に上を見上げれば、マージョリーの纏っていた『トーガ』と同じ姿の群青の獣が数十、こっちを見下ろす形で宙に浮いている。
「‥‥‥‥‥」
ヴィルヘルミナは劣勢にあった。
『戦技無双の舞踏姫』と呼ばれるほどの技巧を持つ彼女だが、マージョリー・ドーのような変則的な自在師には相性が悪い。
加えて、マージョリーは隙とみれば"屍拾い"に攻撃を仕掛けるため、それを庇いながら、というのも彼女の枷となっていた。
『パンチとジュディのパイ取り合戦!』
『パンチはジュディの目に一発!』
マージョリーとマルコシアスが交互に歌い、
『トーガ』の群れが突っ込んでくる。
ラミーとヴィルヘルミナ、双方に。
「っ!」
彼女一人なら、この程度の突撃は捌ききれる。
しかし、ラミーはそうもいかない。
すかさずラミーの前に移動し、次から次に『トーガ』の突撃を捌き、投げ飛ばすヴィルヘルミナの耳に、歌が聞こえてくる。
『パンチが曰く、もひとついかが!?』
『ジュディが曰く、もうケッコー!!』
(『屠殺の即興詩』!)
途端、
迫り来る群青の獣、その全てが弾け飛び、
大爆発が巻き起こった。
「ゆかり、急いで下さい!」
「急いでるって!けどヘカテーの歩幅が狭いんだもん」
走る、体の入れ替わったヘカテーと平井は、依田デパートのすぐそばまで来ていた。
「くっ、ううっ‥‥」
自分の傷の具合を確かめながら、後方のラミーの様子をうかがう。
どうやら、何とか爆発からは逃れたようだ。傷もなさそうに立っている。
自分は‥‥
「っ!!」
致命傷などには程遠いが、自分で予期していたほどにはダメージを緩和出来なかったらしい。
思っていたより深い。
手負いのフレイムヘイズに、『弔詞の詠み手』が声をかける。
「あんた、フレイムヘイズが徒のためにそこまでするこたないでしょーが」
「"屍拾い"だけブチ殺して、ハイさよならってつもりだったんだがなあ」
「いい加減、邪魔しないでくんない?一応顔見知りブチ殺すのは寝覚めが悪いんだけど?」
『トーガ』の口からポンと顔を出し、マージョリーが語り掛ける。
そうしているとさらに着ぐるみのように見える。
いや、マージョリーが着ているわけだから元々ある意味着ぐるみと呼べるのかも知れないが。
マージョリーの警告に、もちろんヴィルヘルミナは屈さない。
「やめる?まさか」
それだけ返す。
マージョリーは、はあっと溜め息を吐く。
「そういや、あんたとびっきりの頑固者だったわね。いいわ、だったらこっちも遠慮しない」
「殺すつもりでいくぜえ!!」
『弔詞の詠み手』も、自分達が折れるつもりなどさらさらない。
手負いの討ち手相手に、さらなる追い打ちをかける。
『トーガ』の腕を伸ばし、ヴィルヘルミナを攻撃する。
その腕を、ヴィルヘルミナはリボンで絡め取り、投げ飛ばそうとするが、
その腕が、
ブチッ!
(ちぎれた!)
さらにそのちぎれた腕が、
「はっ!」
マージョリーの一喝と共に弾け、群青の閃光を放つ。
「くっ!」
眩しい光に、ヴィルヘルミナは視界を奪われる。
その隙を、『弔詞の詠み手』は見逃さない。
『月火水木金土日』
『誕婚病葬、生き急ぎ』
曜日の声に合わせて、マージョリーの周囲の火の玉が、七本の炎の剣に変わる。
『ソロモン・グランディ!』
視界を奪われたヴィルヘルミナの周囲に、剣が突き刺さり、刃の檻になる。
同時に、薄らと戻ってきた視界でヴィルヘルミナが気付く頃には、もう遅い。
(しまっ‥‥!)
『はい、それまで‥‥』
『トーガ』の腹が膨れあがり、
『よ!!』
獣の口から吐き出された、膨大な量の炎の怒涛が襲い掛かる。
まだ完全に視界が戻っていないヴィルヘルミナに捌ける大きさではない。
炎の剣に閉じ込められて逃げられない。
直撃する!
(終わった!)
自分の攻撃の直撃と勝利を、マージョリー・ドーは確信する。
が、
(!?)
バリン!!
アトリウム・アーチのガラスを破り、
炎の怒涛に影が飛び込んだ。
そのまま、その辺り一帯を群青の炎が呑み込む。
「今の、何?」
「確認できなかったなあ、まあ、どっちみち"あれ"じゃ今さら確かめられねえ‥‥それより」
マルコシアスが、燃え盛る火の海を指して言い、続きを相棒に促す。
「ええ」
言って、マージョリーが振り向く、ラミーの方へ。
「いよいよね"屍拾い"、ようやくあなたの滅びがきたわ」
「熱いベーゼを受け取りなあ。一生一度の激しさだ」
しかし、ラミーはそれを無視し、マージョリー達の"後ろに向けて"言う。
「随分といいタイミングだな。まさか、狙ってやっているのではあるまいな?」
その言葉に、
群青の炎の中から声が返る。
「そんな余裕あるわけないだろ。っていうか、何でカルメルさんがいて"こう"なってるんだ?」
「なっ!?」
その声に、マージョリーが振り返れば、周囲の炎を円形にかき消すようにして歩みよってくる一人の少年と、『万条の仕手』。
「『ミステス』だとぉ!?」
少年の胸の灯りを見て、マルコシアスが叫んだ。
「ないないない!っていうか暗い!ヘカテー明かり!」
「無理です!」
薄暗い、寂れた依田デパートの高層で、平井とヘカテーが、自分達の意思総体を入れ替えた宝具を探している。
坂井悠二は、楽観視していたフレイムヘイズ同士の接触に、『封絶』という、戦いを連想させる現象に嫌な予感を覚え、一人で封絶の方へ跳んで行ってしまった。
ヴィルヘルミナの危機、というだけなら、平井はともかくヘカテーがこれほど焦ることはない。
ヴィルヘルミナが嫌い、というわけではないが、心配しつつも冷静に対処する事ができる。
それが出来ないのは、危機の対象が人の気も知らずに一人でさっさと行ってしまった少年であるがゆえだ。
ヘカテー自身、自分が焦っている事にすら気付いていないが。
そして、
「ヘカテー!見つけた!あの天井の鉄骨の所!」
平井が宝具を発見する。
「やった」
すかさず二人でハイタッチ。
しかし、
「‥‥ゆかり‥‥あんな場所にある物を、どうやって取れば?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
問題が全て解決したわけではなかった。
「徒に、フレイムヘイズに、"ミステス"だと?こりゃ一体何の冗談だあ?」
「あんた、また随分と変わった手駒を使ってんのねえ」
「使えない手駒なのであります」
「軽挙自重」
「‥‥何で助けられて偉そうなんだよ」
ヴィルヘルミナに迫る炎の怒涛を、飛び込むと同時に展開した『アズュール』の火避けの結界で防いだ悠二は、何故か叱られている最中のような雰囲気にあてられている。
「ノコノコと現れておいて偉そうなのはそっちであります」
「介入不要」
「やられそうだっただろ!?」
最初の出会いが最悪だったため、この二人はあまり仲がよろしくない。
ドンッ!
言い争う二人に、群青の炎弾が放たれる。
「『敵』の前でいつまで口喧嘩してるつもり?」
「舐められたもんだなあ。俺達も」
放ったのは、言うまでもなくマージョリーだ。
「‥‥‥狙いは師匠か?」
「師匠はやめろ」
「討滅の中止は聞き入れてもらえなかったのであります」
さりげなく言ったラミーの一言を華麗に無視し、
悠二は取り出した白い羽根を大剣型の宝具『吸血鬼(ブルートザオガー)』へと変じさせる。
「‥‥‥『弔詞の詠み手』とやり合うつもりでありますか?少しは身の程をわきまえるのであります、この‥‥‥」
「唐変木」
二人の『万条の仕手』の言葉(悪口)にも、悠二の決意は変わらない。
「足手まといにはならない」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
この少年が"ある程度"戦える事を知っているヴィルヘルミナは、その言葉に込められた決意を感じて、心中で参戦は認める。
手負いの自分だけで『弔詞の詠み手』を止めきれないと判断しての苦渋の選択でもある。
認めて、しかし『これだけは』と小声で付け足す。
(貴方は決して炎を使わないように)
(なんで?)
悠二も小声で返す。
("銀"の炎を持つ徒は、『弔詞の詠み手』の仇敵。貴方の炎を見た時、彼女がどんな行動にでるかわからないのであります)
(予測不能)
(‥‥‥!?)
『"銀"は願望の代行体』。
以前ヘカテーから、そう聞き、かつ自分も"銀"を顕現させた事のある悠二はそれを聞いて驚愕と疑問を抱く。
願望を代行するはずの"銀"が仇敵?
どういう事だ?
「返事!」
ティアマトーの返事の催促が、悠二の思考を中断させる。
そうだ。今はそんな事を考えている場合ではない。
このフレイムヘイズを止めなければ師匠がやられる。
そして、そういう事情なら自分が炎を使ってはまずい事もわかる。
「わかったよ」
しかし、炎無しとはきつい。
『吸血鬼』くらいしか武器がない。
?、そういえば何故自分の炎は銀色なのだろうか?
あまり気にしていなかったが‥‥‥
「来る!」
「回避!」
「っ!」
『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーに対して、手負いのヴィルヘルミナ、坂井悠二を加えての‥‥
第2ラウンド。
(あとがき)
『ヴィルヘルミナがマージョリーと相性悪い』というのは、『灼眼のシャナの全て』の作者コメントからです。そして話の都合上、一対一ではやられ気味になってもらいました。