『マタイマルコルカヨハネ』
『四方配して寝床の夢を』
『破るお化けをこづかれよ!』
宙に浮かぶマージョリー・ドーが適当に思いついた詩を謡う。
『屠殺の即興詩』‥‥通常そう簡単には発現できない複雑怪奇な自在法を、『詩を詠む』という予備動作を自在式構築の代替行為とする事で発動できる。
『弔詞の詠み手』独自の力にして、マージョリーの十八番である。
マージョリーの指先から、群青色の波紋が広がり、その波紋が届く範囲の気配の位置を、正確にマージョリーに伝える。
「あっちか!?」
「行くわよ!」
掴んだ気配の方へ、マージョリーは一直線に飛ぶ。
「これは!?」
「っ!」
「なに、これ!?」
こちらはヘカテー一行。
"察知"の自在法の発現を感じとった悠二。
平井の体でも違和感程度は感じたヘカテー。
ヘカテーの体で、今まで感じた事の無い感覚に戸惑う平井である。
「これ‥‥昨日の『弔詞の詠み手』ってやつか?」
悠二が、ヘカテーに訊く。
「私には違和感程度しか感じませんでしたが、もし"気配察知"を使ったとすれば、他に使う者はいないはずです」
「じゃあ、師匠は‥‥?」
「あれほど小さい気配なら、"屍拾い"は"察知"にもそう簡単にはかからない。
おそらく、『万条の仕手』の位置を掴んだものと思います」
傍目に見ると、冷静に情勢を見極める悠二と平井という奇妙な光景。
そして、それを奇妙な気分で、いつもより低い視点で後ろから眺める平井。
「って事は、カルメルさんと、その『弔詞の詠み手』、マージョリー・ドーだっけ?、が、会うって事だよね?
だったらそう気にする事はないんじゃ?」
気楽に、だが普通に考えれば正解を応える平井。
「まあ、カルメルさんが説得してくれれば一番いいのかな?」
そんな風に考えながら一向は依田デパートに向かう。
その楽天的な考えは、間もなく崩れる。
「これは!?」
「気配察知」
「フレイムヘイズか?」
こちらは御崎アトリウム・アーチ、ヴィルヘルミナ(ティアマトー)とラミーである。
「徒がわざわざ自分の位置を知らせるような真似をするとは考えにくい、フレイムヘイズでありましょうな」
「しかも‥‥こっちに向かって来るようだな」
「丁度いいのであります。今、接近している討ち手に私から貴女の無害を知らせる事ができるのであります」
「説得」
猛スピードでこちらに向かってくる気配。
それが、御崎アトリウム・アーチに着くと同時に、
"封絶を張る"。
その色は、群青。
「まさか!?」
「‥‥‥『弔詞の詠み手』か」
特殊な、円柱型の封絶がアトリウム・アーチとその一体を包み込む。
マージョリー・ドーはこの中に飛び込み、徒であれば、容赦無く焼き尽くそうという気概で封絶内を見渡す。
しかし、そこで目にしたのは予想を裏切るもの。
徒とフレイムヘイズ、その両方であった。
しかも、どちらも見覚えがある。
あれは‥‥
「『万条の仕手』だと!?」
「それに、あれ、多分ラミーよ。好都合じゃない」
予想外の討ち手の登場に驚愕するも、自分達の本来の獲物との遭遇に凄みのある笑みを浮かべる。
「久しぶりでありますな。『弔詞の詠み手』」
と、そこでヴィルヘルミナが声をかける。
「お久しぶり‥‥‥と言いたい所だけど、あんた‥‥何でまた"屍拾い"と一緒にいるわけ?」
「そいつは俺達の獲物だぜえ!」
敵意も隠さず、『弔詞の詠み手』は自分達の目的を告げる。
「"屍拾い"は消えかけのトーチしか喰らわず、この世のバランスを崩す事のない無害な徒であります。
それに、彼女が数百年かけて集め続けた存在の力が、彼女の討滅によって制御を失った場合、この街にどれほどの被害が出るか‥‥彼女を討滅する事は、世界のバランスを崩す結果を生むのみ、どうかわかって欲しいのであります」
世に名だたる『戦闘狂』として知られるマージョリー・ドー。しかし、以前の出会いから、彼女がなかなか出来た人格者でもあると考えているヴィルヘルミナが、ラミー討滅の危険性、意味の無さを説くが‥‥
「無害な徒ですって?あんた、本気でそんなのがいると思ってんの!?」
マージョリーはそれを鼻で笑い飛ばす。
何か、以前会った時と様子が違う。
「徒は全部、どいつもこいつも‥‥殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くすしかないのよ!!」
「ミナミナ、引き裂いてぶっ殺す、そういうこった」
異常、ともいえるほどの殺意を振りまいて、マージョリーは吠える。
(‥‥だめだ)
ヴィルヘルミナは説得の無意味を内心で悟った。
フレイムヘイズは空になった人間の『器』に紅世の王の力を満たし、異能を得た者。
すなわち、元を正せばただの人間である。
不老を、異能の力を得て、『人間の精神』で永い時を生きていれば、知らず溜まった感情に呑まれる時期というものが当然ある。
それは、徒にさえいえる事だ。徒が、人間しか喰えないのも、人間のいる人間社会やこの世に在ろうとするのも、彼ら紅世の徒が人間と近しい存在であるからだ。
人間も、徒も、フレイムヘイズも、そういった部分には何ら違いはない。
そして、戦いに身を置くフレイムヘイズは、なおさら感情に呑まれる確率は高い。
それは歴戦のフレイムヘイズであるマージョリー・ドーでさえ例外ではない。
そして、どうやら今はかなりひどい時期らしい。
見ればわかる。
切迫感と殺戮衝動の塊。
「‥‥どうあっても、止まってはもらえないようでありますな」
問い、というよりは確認。
そう、前から決めていたのだ。
もしもの時は自分一人で止めると。
偶然にも、自分一人(ラミーは戦闘力自体は無きに等しい)。
彼女を止め、この街を去ってもらい、坂井悠二も"頂の座"も彼女の目には留まらず、ラミーも助かる。
(それが‥‥)
(最善)
ティアマトーとのみ通じるように自分達の行動を確認しあい。
『戦う覚悟』を決める。
その彼女の眼前で。
「邪魔するってんなら」
「容赦しないわよ!」
『弔詞の詠み手』も臨戦体勢に入る。
ゴウッと群青の炎がマージョリーの全身を包み込み、その炎の塊が形を変えていく。
狼のような頭、熊のような体、鋸のような牙に、鋭い爪。
ここまでだと魔獣のような姿を連想するだろうが、実際には、『そんなイメージアニマルの着ぐるみ』といった方が正しいずん胴の獣の形になる。
『弔詞の詠み手』の纏う戦意の証・炎の衣『トーガ』だ。
対してヴィルヘルミナ、頭上のヘッドドレスが解け、たてがみの様に万条をあふれさせる狐を模した仮面となる。
『弔詞の詠み手』と『万条の仕手』、両者完全に戦闘のための姿をとり、向き合う。
そして、激突。
その頃‥‥
「ヘ・カ・テ・ー!今のまんま行ってもダメだってば!」
平井の体を引き止める、というより引きずられるようにしがみつく小柄な少女、というかヘカテー(見た目)。
「‥‥‥でも!」
「助けに行きたいんなら一刻も早く元に戻る事!
依田デパートまで飛ぶから掴まって!」
「‥‥ゆかり、飛べるのですか?」
「人間やれば出来る!ヘカテーボディだしね♪」
そして、平井に掴まるヘカテー(見た目逆)。
「アイ・キャン・フライ!!」
そして、
奇跡的に、
浮いた!
五センチ。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥走りましょうか」
「‥‥‥‥うん」
少女達は、依田デパートを目指す。
さらにもう一方。
「はあっ、はあっ、マージョリーさん!」
「どこですかー!?姐さーん!」
佐藤啓作と田中栄太の二人が、何の見当もなく、ただ街中を叫んで走り回っていた。
マージョリー・ドーを探しての事だ。
封絶で隔離された空間は、人間には認識できない。
当然、二人にマージョリーの元に辿り着く事など出来ない。
また、辿り着いたところで二人に何か出来る事があるわけでもない。
二人はそれをわかっている。
わかってそれでもなお探す。
マージョリー・ドーを。
(あとがき)
11月に原作の新刊発売らしいですね。
前が外伝だったから本編の新刊は嬉しいです(前のS2、今までの外伝の中じゃ一番良かったけど)。