「あーはっはっは!ケーサク!いい!ここブリテンのお酒たくさんあって気に入ったわ〜」
スーツドレスを着くずし、だらしなくソファに腰掛けるマージョリー・ドー。
常の威厳もどこへやら、今の彼女はタガを外した単なる酔っぱらいである。
ここは旧住宅地にある『豪邸』と評していいほどの佐藤家、佐藤が日頃娯楽部屋にしている室内バーである。
宿を探そうとしていたマージョリーに二人が提案した宿泊先がここ佐藤家であった。
「にゃはははははは!」
その室内バーに蓄えられた酒を飲み、『子分』二人に絡みながら、酔っぱらいは上機嫌に笑う。
そして歌う。
「そ〜できるんなら、そ〜したい♪もしできないのならど〜できる♪それともきみはできるのか♪できずにきみはできるのか♪」
「たっ、たた助けてくれーご両人!今日は言えるから言うがががたーすけてくれー!」
画板ほどの本型の神器『グリモア』に意識を表出させるマルコシアスをブンブンと振り回し、その風切り音と叫びを伴奏にして、高らかに彼女は歌う。
歌い、突然、ダウン。
「さっ、酒強いのかと思ってた‥‥」
酔っ払って倒れたマージョリーを見て、田中が呟く。
「飲める量自体は普通だ、いろいろ無理してんのさ」
その疑問に、マルコシアスが応える。
「無理‥‥‥か。フレイムヘイズは復讐者なんだよな。マージョリーさんにも、フレイムヘイズになってでも復讐したい仇がいるって事か‥‥」
昼間に聞いた説明をもとに、そう考えて佐藤が言う。
「まっ、光景としちゃ最悪だったわな。見てみるか?」
「「は?」」
マルコシアスの言葉の意味がわからず訊き返す二人の視界を一瞬、群青が埋め尽くし、そして‥‥
砕けた石塀、焼け落ちた梁、もうもうたる黒煙、煤と血に塗れた自分の‥‥いや女性の腕。
その、目の前、付近、彼方を、破壊の跡たる赤い炎が埋め尽くしている。
その中で、ただ一つだけ、眼前で"銀色"に燃える狂気の姿。
兜からたてがみのように、銀の炎を巻き上げる、歪んだ西洋鎧。
鎧の隙間から、ザワザワと虫の脚が這い出そうとしている。
その『化け物』が、こっちを向く。
そのまびさしの下にある目が、目が、目が‥‥‥笑っていた。
そこにある全てを、
嘲笑っていた。
「「っひ‥‥」」
二人が悲鳴をあげようとした瞬間‥‥
「バカマルコ!!」
マージョリーの叫びと平手打ちが、その光景を見ていた者、見せていた者を現実に引き戻す。
「あっ、あんた‥‥何勝手に‥‥」
怒りで舌が回らない。
「いっ、今のが紅世の徒‥‥」
「あいつが‥‥マージョリーさんの大切な人を‥‥」
「‥‥違うのよ」
二人の少年の呟きに興を削がれ、再び横になる。
そうだ、違うのだ。
「‥‥‥違う」
はじめから‥‥
「そんなんじゃないのよ」
大切なものなど何も無かった。
横になったマージョリーに、佐藤が近寄り、毛布をかける。
そして、前髪にそっと触れようとした佐藤の手を‥‥まだ眠りに落ちていなかったマージョリーがとる。
「‥‥‥弱みを見せられると、惚れるタイプ?」
「おっ、俺は‥‥そんな!」
そんな他愛無い言葉で動揺する少年を可笑しそうに見て、マージョリーは今度こそ眠りに落ちた。
落ち着こう。
と、いうかもう何日連続でこの独り言を頭の中で朝、呟いているのだろう。
いや、落ち着け、今回のこれは絶対やばい。
叫び声を上げたらいつもの倍以上まずい状況だ。
目の前、至近距離、少女の顔がある。
ここまでなら、今までと同じだ。叫ばないで耐えられる。
しかし、その少女の顔は‥‥平井ゆかりである。
「‥‥‥‥‥!」
(耐えろ!)
目の前の平井ゆかりの瞼が‥‥ゆっくりと開かれる。
どうみても寝呆けている表情が‥‥近寄って‥‥
チュッ
「ほわぁああああ!!」
頬に口付けた。
「「「‥‥‥‥‥‥」」」
あの後、「今日は朝の鍛練を外でしてくる」と言って、河川敷まで来ている三人。
もちろん、ヴィルヘルミナ対策である。
「‥‥あの‥‥平井さん?」
悠二が"ヘカテーに"声を掛ける。
そう、平井ゆかりとヘカテーはまだ元に戻れていない。
昨日遅くまでおもちゃ探しをしていたにも関わらず、結局例の黒い筒は見つからなかったのだ。
そして、平井の体のヘカテーが悠二の布団に潜り込み、頬に口付け。
もはや、気まずさとか恥ずかしさで三者三様に朝から黙りこくっている(悠二の叫び声で当然、平井にもばれた)。
「あの‥‥何ていうか‥‥ごめんなさい?」
「‥‥何で、坂井君が謝るの?」
「あ、いや、何ていうか、ねえ、ヘカテー?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
ヘカテーはただ平井の顔で赤くなって黙るだけである。
寝呆けていたとはいえ、自分のしでかした事に、悠二に対しては羞恥を、平井に対しては申し訳なさを感じるヘカテー。
というか、体が入れ替わった事からヘカテーのミスなのだから何か言えるはずもない。
「‥‥‥すいませんでした」
これがせいぜいだ。
「あーもう!わかったわかった!今回の事は忘れよ!ね?今日もしょうがないから学校休んでもう一回依田デパート行ってみるしかないっしょ?
元に戻る方が大事!」
ある意味、一番の被害者たる平井が場を締める。
「「‥‥‥はい」」
応えながら、悠二は考える、ヘカテーの行動を。
家族の‥‥人のぬくもりに飢えている?
そんな遠回しな考えと、もう一つ。
(ヘカテーが‥‥僕を‥‥?)
そこまで考えて、首を振る。
寝呆けていたのだ。何のあてになる?
そんな風に自分の事を考えている悠二。
親友たる平井はそんな朴念仁を見て、ヘカテーの体ではあっと溜め息を吐いた。
「姐さん!じゃあ、今日は何処から行きましょうか!?」
昨日そのまま佐藤家に泊まった田中が、意気込んで訊く。
「いや、やっぱもういいわ」
「「は?」」
田中と、そして同じ場にいた佐藤が同時に疑惑の声をあげる。
「もういいって言ったの。何か、今朝から感じてた気配があってね。
"屍拾い"とも思えないけど、徒ならとりあえずそいつぶっ殺すし、フレイムヘイズならそいつにラミーの事訊くから‥‥」
「そっ、それじゃ‥‥」
嫌な予感を浮かべながら、田中が訊く。
その予感を次のマージョリーの言葉が決定づける。
「そっ、あんた達の仕事はもう終わり。
ここからは私の仕事で、終わったらもうこの街に用は無し。」
「そっ、そんな、マージョリーさん!俺達も‥‥」
「徒なんて、そうそう現れない。一生会わないのが普通、あんた達はもう、一度会ってるから大丈夫よ」
「マージョリーさん!俺も‥‥‥」
「火無き生あれ、ご両人」
そのマルコシアスの言葉と共に、『弔詞の詠み手』は飛び上がる。
「あっ、姐さん‥‥」
「‥‥散々、人の事利用して、勝手に消えるのかよ‥‥マージョリーのバカ野郎‥‥‥!」
残された少年達に、それを追う術は、ない。
「‥‥情でも移りそうになったか?」
マージョリーの足下から、マルコシアスが珍しく真剣に訊く。
「‥‥何がよ?」
「わざわざ飛んで、気配ばらしてまでこっちの気配追うこたぁねえだろ?
しかも、これじゃ"屍拾い"にゃ、また逃げられるぜ?」
「‥‥‥"俺達も、"の後、何言うつもりだったのかしらね‥‥」
「ケーッ!わかってて訊くかねえ?まあ、ご両人にとっちゃ、この方が良かったんだろーがなあ。」
根は優しい狼が、憎まれ口に混ぜて、彼女の行為を肯定する。
「ふっ‥‥‥さあっ、行くわよ!マルコシアス!」
「あいあいよー!我が尖鋭なる剣、マージョリー・ドー!」
『弔詞の詠み手』が飛び上がった時、"屍拾い"ラミーは、行き逢った『万条の仕手』と共に、御崎アトリウム・アーチにいた。
「それでは、やはりまだ"彼"の絵は‥‥」
「まあな、だが、その願いが叶う日もそう遠くはないだろう。
坂井悠二の協力もある事だしな」
アトリウム・アーチの美術品を見ながら、二人は話している。
"螺旋の風琴"が、トーチだけを狩りながら数百年かけて力を蓄え、果たそうとしている望みについて‥‥
ラミーは普段、街中にいくつかの自らの偽装体を置き、それに追跡者が食い付いている間に逃げるという方式をとっている。
だが、久しぶりに個人のつながりを持つ者達が出来たためか、あるいはこの街に彼女にとってこの上なく貴重な少年がいるためか、『逃げる意思』が希薄になっていた。
加えて、それまで全く気配を感じなかった存在への油断。
『万条の仕手』の気配に気付いた『弔詞の詠み手』が、接近するまであとわずか‥‥
悠二達はまだ、依田デパートに着いてもいなかった。
(あとがき)
この話でついに五十話か。一ヶ月半くらい前に書き始めた時はこんなに続くとは想像もできませんでした。それまで書いた事無かったし。
これも、感想くれる人や見てくれる方のおかげだと思っています。
この機に感謝の文を。