「ふふ、この服の色、結構好きだったのに‥‥ほら」
高速道路の脇を歩く、一人の少女。
自らの纏う、引きつれ、焼け焦げ、破れた服を指して、笑いながら言う。
「うむ」
その胸元のペンダントから、遠雷のような声が、短く応えた。
そして、内容には意味の無い。会話自体に意味を込めて、少女に語りかける。
「今度の徒は、容易い相手だった」
「でも、人にまぎれるための演技は、大変だった」
そんな、不器用な気遣いをする父にして兄、師にして戦友たる、ペンダントに意思を宿す契約者を、嬉しく思う。
「だが‥‥‥さすらいの果てに、"そのまま"のお前に接してくれる者も現れよう」
契約者は、つい先刻まで使命のため‥‥他人の存在に自分の存在を割り込ませていた『フレイムヘイズ』に、そう、いずれ来るだろう、出会いを伝える。
「そう‥‥かな。そんなの、面倒なだけだと思うけど‥‥」
その気遣いに対して、少女は明確な応えを返せない。
「今度は、"王"でも討滅できるといいな‥‥降りたら、服買うね。動きやすそうなの、まとめて」
わずかに怯んだ。それを自覚して話題を逸らす。
だが、話題から逃げたわけではない。
「うむ」
そう返す契約者は、少女が強がっているわけでは無いと気付いている。
そう、
(私はフレイムヘイズ)
そう念じるだけで、気持ちは完璧にできた。
そうだ。『これ』こそが自分の全て、いや、自分自身だ。
(私は、『炎髪灼眼の討ち手』)
「坂井君、今日もお弁当持って来たんですけど」
近衛史菜の不調に乗じて、前から画策していたお弁当プロジェクトをまたも実行に移す吉田一美。
「えっ、あっ、その?」
いまだに小さな少女の異変に気付いていない坂井悠二。
しかも、今は一時間目終了直後、平井ゆかりもまだ行動を起こしていない。
その手にあり、坂井悠二に差し出された、弁当全体に広がる白い米、その中央にあるドンと居座る梅干し。
完全な日の丸弁当である。
「げ」
昼食より前に、自分より早く行動を起こした日常側の親友の行動に、平井ゆかりが声をあげる。
平井ゆかりは、以前は、実は、近衛史菜と吉田一美、どちらの味方と、はっきりと考えていたわけではない。
それこそ、もう一人の親友、幸せな少年が選ぶ事だと考えていた。
だが、非日常を、戦いの中で、涙を流して少年にすがりつく少女。
その少女を優しく抱きしめる少年。
映画のワンシーンのような二人のやり取りを見てから、どちらを応援するかは決めた。
自分も非日常に踏み込んだから非日常側の親友に味方すると考えたわけではない。
単に、吉田一美が坂井悠二にアプローチをかけても、最終的に選ばれる事は無いだろう事を、あの坂井悠二とヘカテーの二人から感じたためだ。
(今朝から、ずっと、こっちを見ない‥‥)
吉田一美が、少年にお弁当を、渡す。
少年は、即座に断らない。
何故か、不愉快だ。
何故だろう。悠二がお弁当をもらう。
ただ、それだけの事だ。
大した事では無いではないか。
だが、何か、嫌だ。
もらって、欲しくない。
しかし、食ってかかる事が出来ない。
そんな事をして、もし、嫌われたら‥‥
しかし、見ている事が、つらい。
止める事も、見ている事もできない。
そして、少女は、その場から‥‥
逃げ出した。
「ヘカ‥‥テー?」
坂井君が、ようやく、走り去るあのちびっこの背に目を向ける。
まあ、突然教室から飛び出したら当然かも知れない。
イラッ
「さ・か・い・く・ん!」
ゆかりちゃんが坂井君に食ってかかる。
イライラ
まあ、それはそれとして大チャンスだ。
今こそ、鮮やかな逆転劇を見せ付ける時、今まで何だかんだで渡す事さえ出来なかったお弁当を渡すのだ。
イライライライライライラ
そう、ライバルのいない内にこそ‥‥‥
イライライライライライライライライライライライラ
「あー!!くそっ!イラつく!逃げてんじゃねーよあのちびすけ!!」
突然、一美が叫んだ。
逃げ出したヘカテーを、坂井君に追いかけさせようとしていたら(よく考えたらほっといても追いかけてたかも知れないが)、
坂井君にお弁当プロジェクトを仕掛けようとしていた一美が叫んだ。
「よっ、吉田さん?」
坂井君が、恐る恐る一美に声をかける。
「あ☆、坂井君?私ちょっと近衛さんに話があるからま・た・こ・ん・ど☆」
お弁当渡すんじゃないんだろうか?
そして、誰もが呆然とする中、吉田一美は、逃げ出した少女を、追い掛けた。
「これ」
デパートの服屋で、色気の欠片もない、動きやすさだけを追及したような服を、まとめてレジにドンッと置く。
「あっ、はっ、はい!」
レジの女性も少し驚いてから、応対する。
小さな少女だ。
十二、三歳くらいだろうか?
無骨な黒のライダースーツの上に、黒いコートを身に纏い、それと同じ黒い髪が腰の辺りまで伸びている。
可愛らしい容姿なのに、無骨な格好をしている事に、違和感を感じさせない。
そんな、存在感と貫禄が備わっている。
その少女が‥‥突然、何も無い方に振り向く。
「‥‥アラストール」
「うむ、おそらく‥‥王だ」
少女の一人言?に何か、遠雷のような声が聞こえる?
そして、少女はたった今、購入するために持ってきたはずの服、代金、目の前のレジの女性、全てを無視して走り出す。
「あっ、あのお客様!服の方は!?」
呼び掛けるレジの女性に対して、
「いらない」
それだけを返した。
何故、あそこで逃げ出してしまったのだろうか。
悠二は、あのまま、吉田一美にお弁当をもらったのだろう。
それだけなら、まだいい。
突然逃げ出すような真似をして、今朝から自分を避けている少年は‥‥どう思っただろうか。
そして、何故、自分を避けるのだろうか。
嫌われて、しまったのかも知れない。
もし‥‥そうなら‥‥
自分はどうすればいい?
「よう」
この‥‥声は‥‥
声に気付いて、前を向く。
そこには‥‥
(吉田‥‥一美‥‥)
「逃げんのか?」
逃げる?何に?
しかし、その疑問とは裏腹に、自分は確かに感じる。
(恐い)
この、坂井悠二に、積極的に接触しようとする少女が‥‥恐い。
「逃げるなら逃げるで別にいいんだけどよー。こっちにすりゃ好都合だし」
好‥‥都合?
「けど、逃げるなら坂井君は私がもらうぜ?いいな?」
もらう?
悠二が‥‥とられる?
悠二がとられる。自分の側からいなくなる。
(やだ)
悠二が、自分から離れる。吉田一美の側に立つ。
(やだ!絶対に、やだ!!)
「あげません!!!」
沸き上がる気持ちのままに、叫ぶ。
だが、
「だったら逃げんなよ、腰抜け」
『敵』はまるで怯まずに返す。
そして、両手でヘカテーのほっぺたをプニッと挟み込む。
「嫌なら放すな。まあ、放させるけどな。私が」
そして、自分の頭を、ヘカテーの頭にゴンとぶつける。
「勝負な。坂井君を振り向かせた方が勝ちの。
とりあえず、今日だけは見逃してやるからよ」
取られたくない。
渡したくない。
負けない!
「負けません!!」
「ああ!?」
「この乳おばけ!」
「乳とか言うな。おっぱいと言え、おっぱいってよ」
二人の少女は、校舎裏から、言い争いながら、教室に戻って行く。
並んで‥‥
(あとがき)
原作吉田どころか黒吉田さえも外れてるかも知れない。
反響が恐ろしいですね。