「はああ、疲れた〜」
今日のお務め、これにて終了。
しかし、まだだ。これから、同僚達には"バイト"と称している『仕事』に移らなければならない。
書類整理が遅れているのだ。
結局、この街の案内をするはずだったフレイムヘイズとは行き違いで会えなかったし、その分、仕事を上乗せされた。
ホテルの受け付けの仕事もあるのに、ひどい仕打ちだ。
そんな愚痴を内心ぼやく、黒髪をショートカットにした若い女性、近衛史菜は職場をあとにする。
その後を、流した長い髪を両側でちょんと縛った少女が、尾行する。
夜の街、美味しそうな匂いが鼻に香る。
「お腹空いたなあ」
「良かったら、ごちそうしますよ」
おう、ナイスな提案だ。
給料日前には大助かり‥‥‥って
「誰!?」
いきなり後ろから話しかけてきた高校生くらいの少女。
よく見れば、さっきホテルで何をするでもなく、ソファーに座り、時折こちらを見ながら延々とテトリスしていた少女だ。
「第八支部の近衛史菜さんですね?」
「!」
自分と第八支部という言葉を関連付ける事柄は一つしかない。
「貴女は一体何者?」
外界宿(アウトロー)だ。今まで、親が構成員だったため、知りこそしていたものの、働き始めてから半年足らず、書類整理と事務しかした事はない。
当然、外界宿の事を知る人物に支部以外で接触する事など初めてだ。
この少女は‥‥人間なのだろうか?
この応対、名札を見て、そうだとは思ったが、やはりこの女性が本物の近衛史菜だ。
と、なれば、ここが女の正念場である。
「そう、身構えなくてもいいですよ。私は第六支部から、『万条の仕手』に同伴してきた外界宿構成員です。
この街の案内を頼んでいた件に関して、確認したい事がありましたので」
途端、目の前の女性は明らかに動揺して、口を開け閉めする。
疑っている様子はない。出任せで言った第六支部の事を詳しく知らない証拠だ。
この構成員、あまりにも場慣れしていないと見た。自分の機転で押し切れる!
「詳しく話をお聞かせ願えますか?」
「はっ、はっはい!!」
「ふふっ、お若いんですね。私も第六支部じゃ一番若いんですけど、こんなに年の近い人いなくて‥‥後で第八支部の方にも案内してもらえますか?
第六支部にあった地図だとわかりにくくって」
「はっ、はい!喜んで案内させて頂きます!」
ちょっと街の案内遅刻の事をテコにして、いろいろ詳しそうな口振りと余裕のある態度でたたみかけたらこの素直っぷり。
チョロいもんよ♪
「そういえば、お名前は何て言うんですか?」
その言葉にはすでに疑惑の色は無い。
『年下にも関わらず、フレイムヘイズに同伴しているベテラン構成員』への憧れさえ見てとれる。
「平井ゆかり。覚えて下さいね♪」
("これから"同僚になるんだからね♪)
そして、その夜遅く、外界宿第八支部に突入し、『万条の仕手』の同居人である事、現役(新米)構成員を出し抜いた事を取っ掛かりとして、支部長から第八支部への出入りの権利を与えられた(勢いで与えさせた)平井ゆかりがすんごい成し遂げた笑顔で帰宅した。
ピピピピピッ!
目覚ましだ。眠い、うるさい。
手を伸ばして、目覚ましをとめる。
朝の鍛練‥‥‥
坂井悠二は、ねぼけた頭でそれに思い至る。
さっさと着替え終えて、ヘカテーを起こし(起こすまではまず起きないから堂々と着替えられる)、ヘカテーが準備している間は素振りで体を暖める。
これが朝の鍛練のいつもの流れ、
早く起きて、着替えないと‥‥‥
すぅ
ヘカテーが可愛らしく、かすれる程に小さな寝息をささやく、
あれ?何でこんな小さな寝息が聞こえるんだろ?
思いながら、ベッドに目を向ける。
ベッドにいない。
が、理由は一瞬でわかった。
「すぅ‥‥すぅ‥‥すぅ‥‥」
「なっ、なっ、ななななな!?」
自分と同じ布団の中にいるからだ。
「ヘッ、ヘカテー‥‥さん?」
昨日寝た時点では確かに、別々に寝たはずなのだが‥‥そして、起こすのが目的のはずなのに、恐る恐る声をかける悠二。
その声に反応して、
ヘカテーがむぅっと唸り、身じろぎ、
そのまま起きるかと思いきや‥‥‥
「‥‥‥むにゃ‥‥」
ピタッと悠二に張りついた。
目は閉じている。ねぼけるどころか寝ている。
まあ、次の瞬間、起きるのだが‥‥
「ほわあぁぁぁぁ!!」
坂井悠二の間抜けな絶叫が、響き渡る。
「まあ、平井さんの?」
「はい、平井ゆかり嬢宅に厄介になっている給仕、ヴィルヘルミナ・カルメルというのであります」
「‥‥‥‥‥‥」
この沈黙は悠二だ。
先ほどの騒ぎを収拾‥‥というか、絶叫で一度は起きたヘカテーが、また「むにゃっ」とか言って張りついてまた眠りだしたから、双方の安全(色んな意味で)のため、ヘカテーをベッドに寝かせて、とりあえず下に下りたら‥‥
なんかリビングにメイドがいる。
平井ゆかり宅のメイドのはずが、何故家にいる?
「ようやく起きたようでありますな」
「起床」
さっきの絶叫は聞かれてはいなかったらしい。
「‥‥何でいるんだ?」
悠二としては、自分を『監察』するらしい、一度殺されかけた人物だ。
それで無くても、何が面白くて、次から次に怪しい人物を我が家に招かねばならないのかさっぱりわからない。
「貴方の習慣と今の時間帯を考慮すれば、自ずと答えは出るはずであります」
「推察要求」
「悠ちゃん、早く着替えてきちゃいなさい。
カルメルさんが鍛えてくれるそうだから」
なるほど。というか頼んだ覚えは無い。
はっきり言って恐い。
「早くしなさい。カルメルさん、腹話術の他にも、武術の心得があるそうだし、ありがたく授業受けちゃいなさい」
それは身を以て、嫌という程知っている。
反論しようと口を開こうとすれば、
もう、メイドと話し始めている。
‥‥‥もう、いいや。
時間も無いし、ヘカテーも寝てるからちょうどいいかも知れない。
さっさと、着替えるために自分の部屋に上がる。
「すぅ‥‥すぅ‥‥すぅ」
まだ寝ている。
なんか、いつも早くに起こしているのが申し訳なくなるような寝顔だ。
手早く着替える。
そして、先ほどの事もあるし、今日はギリギリまで起こすまいと決めている少女にまた目をやる。
あどけない顔で眠る少女。
(この娘のために強くなる)
前に決めた。胸に秘める誓いを、繰り返す。
寝ている少女の頭を撫でる。
「むにゃ‥‥‥」
(いつか、僕が守るって、言えるくらいに‥‥)
そして、起こさないように優しく、
父親が娘にするように、
軽く額に口づけた。
(あとがき)
四章スタートです。
今後とも、よろしくお願いします。