「あの‥‥ヘカテー?」
「‥‥‥‥‥」
困った。これは無茶苦茶怒っている。
確かに、ヘカテーは自分のためにカイナ探しを計画してくれたのに、昨日の自分は‥‥‥
『カイナの上では動けないという条件は、体内に宝具を宿す、ミステスなら常時側にあるからそれを生かして手を加えればいいか』
『けど、自在法を使えなくなるっていうのは?』
『ああ、だから有事の際には自らカイナを外せる仕掛けも仕込まなければならん』
『その、仕掛けと、"永遠の恋人"の存在をカイナを核にして再構成するのはリャナンシーで、戒禁を超えて、式と切り離すのは、ヘカテー、いい?』
『ヤです』
『ヘ・カ・テ・ー?』
『‥‥‥‥はい』
『だが、かなり複雑な式を複数同時に使わねばならん。やれやれ、かなり骨が折れるな』
『ああ、それなら多分大丈夫だと思うよ。ヘカテー、オルゴール出して』
『ヤです』
『オ・ル・ゴ・ー・ル!』
『‥‥‥‥‥‥はい』
あれはちょっと冷たかったかも知れない。
あの時は『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の事で頭がいっぱいだったが、ヘカテーの意見は全く取り入れていない。
しかも、"永遠の恋人"救出の半分はヘカテーのおかげだというのに。
どうしたら機嫌が治るだろうか、もし、自分から『零時迷子』を取り出しても構わない。などと言ったとしても(消えたくもないし、言わないが)、多分、もっと怒られる。
そんな気がする。
悠二は気付いていない。
ヘカテーは怒っている、というより、悲しんでいる。不安になっている。
かなりの幸運の末に手に入れたカイナ。それを、悠二自らが手放した。
自分と、共に在るための鍵を手放した。それが悲しい。
そして、これからどうすればいいのか。
『零時迷子』は『大命』の鍵。だが、悠二は『零時迷子』が無ければいずれ消える。
悠二は、人から存在を奪う事を認めもしないだろう。
当然、『大命』を優先すべきだ。
それが、巫女として‥‥自分のとるべき‥‥
(悠二が‥‥消える?)
自分のとるべき行動を再認識し、それの結果を同時に思い浮かべる。
(嫌だ)
今までとは違う。即座に自分の気持ちを理解する。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)
胸のうちで感情だけの言葉を繰り返すうちに‥‥
「!」
ふと思い付く。
そうだ。"虹の翼"や、今後の『約束の二人』が悠二にするように、『大命』のため持ち帰った『零時迷子』から定期的に力を分けてもらえば‥‥
『盟主』や、ベルペオルなら、認めてくれるかも知れない。
そうすれば、ミステスではなく、トーチとしてなら、ずっと一緒に‥‥
そこまで考えて、自分の愚かさに愕然とする。
そう、悠二は、自分と一緒に星黎殿に来るとは、一言も言っていない。
ずっと一緒にいてくれるなどと、一言も言っていない。
カイナが手元にあった時も、今も、自分が思い描いていた未来には、何一つ根拠が無いという事に、
今になってようやく気付いた。
二日後、平井宅のマンションの前に、怪しい一団がある。
「行くのでありますか」
「うん、別れは寂しいけど、フィレスを探さなきゃ」
今、助けだされた"永遠の恋人"ヨーハンは、御崎市を発とうとしている。
あれから、悠二達としばらく過ごし、消費はしなくとも回復はしない『カイナ』の特性と、存在するだけで力を少しずつ消費する彼の恋人"彩飄(さいひょう)"フィレスの事もあり、力の減少に際して、この御崎市を訪れる事に決まった。
一方的に都合のいい事だけぬかして旅立ったどこかの長髪よりははるかにマシである。
「またね、ヨーハン」
「‥‥‥‥‥また」
「今度は恋人連れてきて下さいよ!」
上から、悠二、ヘカテー、平井ゆかり。
いずれもこの二日で友好を暖めた面子である。
ヘカテーとしては、人柄は気に入ったものの、やはりカイナに未練が残る。
リャナンシーはわざわざ見送りなどに来てはいない。まだ御崎にはいるのだが。
そして、
「本当に、一緒に来ないんだね?ヴィルヘルミナ」
「ええ」
『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
「私は、この地に留まり、『零時迷子』の監察を続けるのであります」
「続行」
そう、ヴィルヘルミナは、ヨーハンを助け出したとはいえ、銀の炎のミステスと仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女という怪しすぎる二人組の監察を、この街で続ける事になった。
もっとも、当面、破壊も討滅も考えてはいない。という彼女なりの不器用な感謝は、直接的な形に現れない。
しかし、
「‥‥‥‥‥」
悠二は、この待遇をいささか以上に不満に思っている。
鈍きこと山のごとしな少年には、そんな討ち手の内心は察せない。
「じゃあね。因果の交差路でまた会おう」
「‥‥風の恋人達に、天下無敵の幸運を‥‥」
そして、ヨーハンは去っていく。
御崎市をあとにする。
「カルメルさん、さっきのは?」
「おまじないのような物であります」
微妙にぼかすメイドに深くは訊ねず、平井ゆかりは自分の要件を伝える。
「ふーん。まっ、いっか。じゃ、私今からちょっと行くトコあるから、またね!坂井君、ヘカテー」
平井はあれから、翌日には気持ちに整理をつけたらしい。
いつもの元気な少女だ。
わだかまりの欠片も、そこには見いだせない。
「行くトコって?」
「おやおや、気になるか少年。でも、ここで教えるようじゃミステリアスな女になれないからヒ・ミ・ツ♪」
もっとも、真実を知ったうえでこれからどうするかとかは、彼女本人が口にするまでは誰も、ヴィルヘルミナも訊かない‥‥と暗黙の掟として決めている。
「また‥‥明日」
全てを知って自分を拒まなかった親友にヘカテーが声をかける。
「うん!明日ね。ヘカテーもそろそろ攻めないと、一美は劣勢になってからが怖いんだよ」
そんな少女の頭をなでながら、隣で頭に?を浮かべる少年を尻目に忠告する。
そして、頭に?を浮かべる少女に悶える。
「んじゃ、バーイ!」
そのまま元気よく走り去る。
「フゥ」
さてさて、では平井ゆかり、大きな進歩に向けて踏み出しますか。
この事を言えば、悠二やヘカテー、多分ヴィルヘルミナでさえ止めるだろう。
協力などしてもらおうと思えば、説得にどれだけかかるかわかったものじゃない。
そんなに気は長くない。
これが‥‥全部知ったうえで自分が決めた道。
幸いな事に、取っ掛かりならもう掴んでいる。
ある程度決まったあとに話して驚かしてやろう。
「よっし!行くぞ!!」
決意も新たに歩きだす。
いざ、『御崎グランドホテル』へ!
平井ゆかり、進路、
決・定!
日常から外れた少女は、それでも足をとめない。
歩き続ける。危険な道でも、真っ直ぐに
(あとがき)
三章の締めはこの章影の主役、平井ゆかり嬢です。
三章まできて、原作ヒロイン影も形もありませんね。
この作品を読んでくれる方達に感謝を。
では四章で!