「このまま突っ込むわよ!」
今までも、徒が"銀"を知っているなどと言う事はあった。
そして、その全てがでまかせだった。
普通なら、期待するなど間違っている。どうせハズレだ。
だが、自分の血は騒ぐ。歓喜と殺意が溢れる。
そう、それでいい。"あれ"は自分の全てなのだから。
そして、向かう封絶、陽炎のドームが‥‥
遠ざかる!?
「"移動式"の封絶か!?」
相棒・"蹂躙の爪牙(じゅうりんのそうが)"マルコシアスが、マージョリーの乗る本から声をかける。
「取っ捕まえるわよ!?」
「おおよ!」
そう、逃がさない。必ず見つける。私の全てを奪った『あいつ』。
あいつの全てを、殺して、燃やして、引き裂いて、嘲笑って、
ブチ壊す。
「そういうわけだ。私はトーチ‥‥それも消えかけの者しか喰わない。
まあ、君からすればそれもいい気分はすまいがな。」
なるほど、紅世の徒最高の自在師。
そして、フレイムヘイズを敵に回さないように、トーチだけを喰らい、歪みを生まないようにしている‥‥と。
一応、信用してみようと思う。
何かしようというなら、とっくにしているはずだし。
なら、こちらの事情も話そう。
柔らかな物腰で接してくる相手。
人間も含めて、悠二にとってかなり貴重な存在である。
まあ、要するに、悠二は一発でこの老紳士が気に入ってしまったわけだ。
「僕は‥‥」
(さて、あのおじいさんは‥‥敵か?味方か?)
悠二達からほどよく離れた電柱に、少女が一人隠れている。
実は最初から、悠二は見届けていなかったが、封絶の外までは逃げずに、街中に潜んで様子をうかがっていた平井ゆかりである。
実際には戦闘中、ことあるごとに、飛び出して止めようとしていたのだが、次々に爆発が起こったり、悠二が遠くまで吹っ飛ばされたりしていたせいで近づくどころではなかったのだ。
突如飛んできた小さな親友の光で一段落ついたかと思ったら、自分が近づく間に今度は何かまたおじいさんが現れた。
先ほどの戦いでも、運が悪ければ死んでいた。
慎重に近づく平井ゆかり。
もはや、事態を想像する気はない。
訊くまでは絶対わからないという確信を持っている。
そして、あんなメチャクチャな戦いを見せ付けられた後だ。
何があっても驚かない。
どんな真実であろうと、受け入れる。
「なるほど、それで『万条の仕手』と戦う事になっていたか‥‥『零時迷子』のミステス」
「!」
『零時迷子』の名前は、出していないのに‥‥
「なっ、何で!?」
「『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の名は有名なのでな。それに、仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女殿と共にいるミステスなど、『零時迷子』以外には考えられん」
「‥‥どういう事だ?」
「"永遠の恋人"に撃ち込まれた自在式の出どころは、彼女だ」
「!!」
なら‥‥ヘカテーのせいだって事なのか‥‥?
この、今も自分の腕の中で眠る‥‥あどけない少女の‥‥
「‥‥‥‥‥」
いや、ヘカテーが出どころだといっても、撃ち込んだのは"壊刃"という徒だ。
「少し、話しすぎたな。私の口から、これ以上の事は言えん。
知りたければ、彼女に直接訊くといい。話してくれれば、だがな」
だが、この老人の言葉を信じるなら、ヘカテーも関わっている事になる。
だったら‥‥ヘカテーが関わっているというなら、なおさら、先ほどから考えていた事を‥‥やるべきだ。
少し、形を変えて。
「リャナンシー。頼みたい事がある。
かなり難しい、いや無茶な頼みだけど‥‥」
『紅世の徒、最高の自在師』、そう聞いた時から、考えていたのだ。
「‥‥聞くだけ聞いてみよう。」
‥‥‥‥‥‥‥‥
「巫女殿の協力と、『カイナ』があれば‥‥あるいは、可能かも知れんな‥‥だが、それでいいのか、君は?」
「構わない。その自在式が‥‥ヘカテーに関わってるなら、それは‥‥もう僕の問題なんだ‥‥」
「‥‥‥いいだろう。約束通り、零時前に力を分けてくれるというなら、やってみよう。ところで‥‥」
「?」
「その電柱は何だ?」
「うぉお!?」
いつの間にか、『吉田専用』と書かれた電柱が悠二の隣に来ている。
「話終わった?坂井君?」
「ひっ、平井さん!?」
逃げていなかったのか、なんて危険な!
「逃げろって行っただろ!?」
「説教も説明もあとあとあと!とにかく、怪我人連れて病院行くから、反論禁止!ああ、けど街がボロボロ‥‥」
「いや、街は修復可能だ。それと、病院はまずいな。」
「ああ、そうなんですか。ども♪んじゃ、近いし、私ん家に連れてくから、坂井君歩ける?」
「えっ、あっ、はい。何とか‥‥‥」
凄まじい勢いでこの面子から主導権を奪い取る平井ゆかり。
思わず素直に応えてしまう。
「んじゃ、私がヘカテー。おじいさんがカルメルさん背負って出発!
それでいいですね?ティアマトーさん?」
今まで、一言も喋らなかった。契約者を案じていた寡黙な王、先ほどまで戦っていた相手にだけは確認をとる。
「‥‥介抱?」
「はい♪」
「‥‥了承」
目の前にいる者達の先ほどからの穏やかなやりとり。
そして、断片的に聞こえてきていた老紳士と少年の話の内容から、契約者を預ける事を了承するティアマトー。
「‥‥元気な娘だな」
「はあ、もう好きにしてくれ」
大体、寝てるだけのヘカテーが運ばれて、重症の自分が歩きか。
そして、この状況でもこの平井ゆかりにペース持っていかれる自分って一体‥‥
「‥‥直すか‥‥」
そして、少ない余力なのにこれも自分の仕事だ。
やはり、今回一番の貧乏くじは自分らしい。
まあ、生き残れただけ行幸だろう。
封絶の中を修復し、一同は平井宅に向かう。
「追い付いた!」
移動式の封絶に追い付き、中に飛び込むマージョリー・ドー。
その目に映る、封絶の中をよぎる炎の色は‥‥
平凡にくすぶる、
"鼠(ねずみ)"
「‥‥‥‥‥」
「‥‥惜しかったな‥‥」
相棒の慰めが虚しく響く。
「フレイムヘイズか!?」
突然の闖入者に驚く"げい鱗"ニティカ。
「「ふっざけんなあああ!!!」」
二人で一人の『弔詞の詠み手』の怒声と共に、
小動物の色した封絶に、
群青の花が咲いた。
目を覚ますと、見た事の無い部屋の天井。
暗い。夜だろうか?
自分は、あの水色の光を浴びた後‥‥一体。
「起きた?」
事態が呑み込めていないヴィルヘルミナ・カルメルの耳に、
(‥‥バカな‥‥)
声がかけられる。
幻聴が聞こえるほどの重症‥‥という事か。
確かに、体を少し動かすだけで激痛が走る。
この声が、聞こえるはずがない。
もう二度と‥‥聞く事などありえないはずだ。
「まだ動かない方がいいよ。傷口自体は小さいけど、数がかなりあるから」
まただ。
彼によく似た声のやつが側にいるらしい。
そう、目を向ければいい、
それで、この声の主が誰なのかわかる。
そして、見る。幻ではない、確かな現実を‥‥
「‥‥‥ヨーハン?」
「おはよう、ヴィルヘルミナ」
「本当にあれで良かったのか?」
平井家、ヴィルヘルミナの寝ている部屋、かつて、平井ゆかりの両親のものだった部屋とは違う。
リビング、老紳士と少年がいる。
零時を回るまで、傷は癒えない。
この状態を千草には見せられないため、今日はお泊まりだ。
家の主、平井ゆかりは自室にこもっている。
本人いわく、「気持ちに整理をつける」。
「私と、自在式に干渉できる巫女殿の力で、"永遠の恋人"を『カイナ』のミステスとして復活させる‥‥当然、『零時迷子』と、それに打ち込まれた自在式は、これからも君の存在につきまとう。
"永遠の恋人"の変質を聞いただろうに、物好きな‥‥。
君の方を『カイナ』のミステスにする事も出来たというのに」
そう、最初ヘカテーはそれを強く薦めてきた。
懇願と言ってもいい。
事情は、話してくれなかったが。
代わりというわけではないだろうが、嫌々ながら、悠二の案には協力してくれた。
かわいそうな事をしてしまった。
そもそも悠二を『カイナ』のミステスにするために、『天道宮』まで行ったというのに、
そのヘカテーは今、入浴中だ。
ある意味、平井ゆかりの事と併せて、彼女が一番の被害者かもしれない。
加害者の可能性もあるのだが。
けど‥‥
「その自在式が、ヘカテーの問題なら、僕が背負いたい。
わがまま‥‥かな?」
「というか、馬鹿だな。」
一秒も間を置かず、切り返すリャナンシー。
ひどい。嘘でもいいからフォローを期待したのに、逆にきついカウンターだ。
「『男の美学』などという事に同意して欲しければ、他を当たれ。
私はトーチに寄生しているため、この姿だが、これでも女だ」
「うそお!?」
かなり素で驚く悠二。
「私はもう眠る。約束の存在の力は明日以降で構わない。ではな」
言って、部屋を去る老紳士。
確かに、不安要素は嫌になるほどある。
けど、あの戦いと彼女の涙で、決めたのだ。
風呂から上がってきた、少女に目をやる。
(この娘のために強くなる)
(あとがき)
マージョリーは、期待を裏切る展開でしたでしょうか。
元々こうするつもりだったけど、感想もらった後にやると罪悪感が‥‥
ヨーハンに関しての矛盾、指摘もあるでしょうが、次のエピローグで説明します。