(浅かった‥‥)
今の一撃がおそらく唯一の勝機だったのに。
確実に決めなければならないところだったのに。
宙に吊られていた分、落下にかかる時間の分、初動が遅れた(宙から大剣が届くほどには近くなかった)。
『吸血鬼(ブルートザオガー)』は、刃が触れている時に込めた(流した)存在の力で対象を斬り裂く。
ある程度、刃を合わせなければ満足な効果は得られない。
刹那的に投げられたせいで効果が半減‥‥いや、大幅に無力化されたのだ。
一秒、いや、半秒でも刃を合わせる事が出来ていれば‥‥‥
「宝具の力より、驚愕すべきはその炎‥‥」
「奇怪」
勝機を逃した少年に、『万条の仕手』が話しかける。
「どうやら、思った以上に、不可思議なミステスのようでありますな」
「同意」
言って、頭の上のヘッドドレスに手を添える。
「甘くみていた事は認めるのであります。
ゆえに‥‥」
ヴィルヘルミナの全身から火花がほとばしる。
「もはや、遠慮容赦一切無用。神器『ペルソナ』を」
その言葉に応えるかのように、ヘッドドレスが解け、拡がり、形を変えて、縁からたてがみのように万条を溢れさせる狐を模した仮面へと変わる。
そこに立っていたのは、悪夢では決してない夢の住人、桜の炎による花弁を舞わす舞踏姫。
「不備なし」
「完了」
もう、不意打ちは通じないだろう。
銀の炎も、『吸血鬼』の能力も割れてしまっている。
さらにはあの姿、本気‥‥という事だろう。
美しい妖狐の姿に見とれながら、悠二は覚悟を決める。
(やれるだけ、やってみるしかないか)
生き残るための覚悟を。
飛ぶ、もっと、もっと速く。
ヘカテーは封絶に向かう。
まるで流星のように、
「‥‥仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女殿が下界にいるだけでも珍事だが‥‥あの慌てようは‥‥」
とても興味をそそられる。
「今は私も追われる身だが‥‥‥」
場合によっては彼女といる方が安全かも知れない。
それに、いざとなれば追っ手のフレイムヘイズは彼女の方を狙うだろう。
「行ってみるか」
老紳士も、封絶に向かう。
無数のリボンが、鋼鉄の硬さを持った刺突となって襲い掛かってくる。
それを紙一重で躱す悠二。
これで、刺突を躱すのは三度目だ。
(‥‥おかしい)
さっきまで、こんな数のリボンを躱す事は出来なかったのに。
(なんだ‥‥これ)
初めての『自分の実戦』の影響で感覚が研ぎ澄まされている。
確かに、そういう実感もあるが、
それだけでは説明出来ないほどに自分の動きが冴え渡っている。
それに、
(気持ち‥‥悪い)
動きが冴えると同時に自分の感覚に異様な違和感を感じる。
そして、そんな違和感を感じる自分にも疑問を持つ。
("人間って‥‥こんなに大きかったっけ?")
わけがわからない。
自分も人間の大きさだし、今まで人の中で生きてきたのに、大きいも小さいもあるはずがない。
だからこそ、こんな違和感を覚える自分をおかしく思うのだ。
とはいえ、この現象は今の自分には都合がいい。
違和感はあるが、生き残れている。
「はっ!!」
大剣を持っていない左手で『炎弾』を仮面の討ち手に放つ。
それを躱した討ち手が、今度はリボンで編み上げた純白の槍を投擲する。
それを、横に動いて躱し、距離をとると同時に炎弾を撃とうと算段する悠二。
しかし、躱し、自分の真横に来た純白の槍が解け、リボンの形状で悠二に絡みつく。
(なっ!!)
動揺するも、絡みついたリボンを炎弾のつもりで集めていた存在の力で生み出した炎で焼き切る。
が、
その焼き切る一瞬の隙を、横に薙がれたリボンの一撃が突く。
頭部を派手に殴られて、民家に吹っ飛ぶ。
「ぐっ、ああ!」
そして、その悠二の叩き込まれた民家に、
「はああああっ!」
ヴィルヘルミナが、特大の桜色の炎弾を放り込む。
「!!」
驚愕する悠二をその周辺ごと、桜の大爆発が包み込んだ。
「これで‥‥終わりでありますか」
後味が悪い。
あの平井ゆかりとのやり取りの後だからこそ、
なおさら‥‥
「!!」
(まさか!?)
気配が消えていない!?
ドッ!!
力強く踏み込んで、桜の爆炎の中から、
悠二が猛スピードで飛び出してくる。
その周囲には、炎を掻き消すように結界が展開されている。
"狩人"の所有していた、今は悠二が持っている火避けの指輪『アズュール』の結界だ。
「っだあ!」
そのスピードに乗って、悠二が大剣で斬りつける。
ガァン!
動揺で動きがわずか鈍ったヴィルヘルミナがこの斬撃をリボンで浅く受けてしまう。
『吸血鬼』の特殊能力で、ヴィルヘルミナの足に斬り傷がはしる。
「もう一発!」
悠二はすれ違いざま、振り返り、さらに大剣を薙ぐ。
が、
これを受けるヴィルヘルミナではない。
今度はリボンが大剣を捕らえ、存在の力を流す間もなく、投げ飛ばされる。
川面に石を投げるように、悠二の体が点から線に、大通りのアスファルトを削っていく。
(効‥‥いた‥‥)
メリヒムに評される程の悠二の腕力が、この技巧者相手では逆に働く。
斬撃の威力が投げの威力となって自分に返ってくる。
前方から、仮面の討ち手が走ってくる。
作戦どころか、のんきに痛がっているヒマもない。
(左腕‥‥いったな‥‥)
左腕だけではない。体中傷だらけの血まみれだ。
特にやっかいなのが、先ほど殴られて切った額の傷、大事な局面で、血が目に入ったら命取りになる。
そして、再びの違和感。
なぜ自分はこれほどの痛みに耐える事ができる?
いや、これは‥‥慣れている?
持ち前の分析力でそこまではつかむ。
フレイムヘイズが迫ってくる。
(出来るか!?)
こんな事は鍛練で覚えてはいない。
単なる思い付きだ。
だが、試して損は無い。
「はああっ!」
先ほどのヴィルヘルミナの放ったものにも劣らない、特大の銀の炎弾を放つ。
一直線に飛んで来る『それ』、『万条の仕手』にとって単純極まるその攻撃を、ヴィルヘルミナは躱すと同時に相手に突っ込もうと構える。
その躱すはずの特大の炎弾が、
「弾けろ!!」
悠二の一声に応えるように、炸裂し、辺りに膨大な量の銀炎を撒き散らす。
「くっ、むう!」
ヴィルヘルミナはその予想外の攻撃に、しかし、リボンを広げて、その炎を防ぐ。
と、
「上空!」
相棒の言葉に上を見れば、銀炎に紛れて、跳びあがっている少年が見える。
今の攻撃のせいで、視界と体勢が、悪い。
ぶっつけ本番の自在法が成功した悠二、右手に持った『吸血鬼』を"手放し"、ポケットからもう一つ、白い羽根を取り出す。
そして、今手放した、中空にある、人間にはかなりの超重量の大剣を『足場』にして、ヴィルヘルミナに向かって、全力で『空中から』跳びかかる。
その間に、白い羽根は一本の長い細剣へと変わる。
悠二、最後の奇策。
その突きが、ヴィルヘルミナのリボンに止められる。
だが、
ギュイイイイン!
刀身が高速で回転し、突きを受けとめたリボンをちぎる。
このまま、
(いけえ!)
「舐めるな!!」
あと、ほんのわずかで、細剣が届く、という所で‥‥。
幾条かのリボンが、悠二の体を貫いた。
「ぐっ、あああああ!!」
流星のように翔ぶ少女は、すでに封絶を視認できるほど近くまできていた。
(あとがき)
『吸血鬼』の能力判定について、不満のある方もいるとは思いますが、私の解釈、そしてこの作品ではこんな感じです。
ご了承を。