(うそだろ!?いきなり!?)
いきなりの破壊宣告に坂井悠二はひどく動揺していた。
徒ならいきなり討滅されても不思議でもないが、なぜ『ミステス』をいきなり破壊するなどと言う?
だが、明らかにこの『フレイムヘイズ』は本気だ。
殺気がみなぎっている。
こうなった以上、何とかしなければならないのだが、まずすべき事は‥‥
今は封絶の影響で動きを止めている親友・平井ゆかりに目を向ける。
後で修復できるとは言っても、こんな所にいさせるわけにはいかない。
それに、すでにこのフレイムヘイズは自分の認識を覆す行動をとっている。
もう、修復するはずだ、などと決め付けて考えない方がいい。
眼前のフレイムヘイズからは目を離さずに、静止した平井ゆかりの手に、一枚の白い羽根を握らせる。
途端、
明るすぎる水色の自在式が平井の周囲に展開し、
そして、
「えっ、あ?、うぇ!?」
平井が、封絶の中にも関わらず、動きだす。
平井に握らせたのは、他の存在の干渉による影響を抑える自在式と、存在の力を込めたヘカテー作の特別な白羽根だ。
本来は悠二の護身用なのだが、そんな事は言ってもいられない。
「平井さん‥‥」
「はっ、はい!?」
先ほどのやり取り、今目に映る光景などから、混乱の極みにある平井に、悠二が声をかける。
「できるだけ遠くに離れて、全速力で。
あとで‥‥全部話すから‥‥」
「うっ、うん?」
「急いで!!」
「はいぃ!?」
状況を把握できないまま、勢いで頷かされ、走りだす平井。
そちらに目を向ける事はできない。
目の前に脅威がいるからだ。
その代わり、心中で先ほどの自分の言葉に付け足す。
(もし"あと"に僕がいたら‥‥ね)
そして、さまざまな想いと意味を込め、謝る。
(ごめん‥‥)
「それで、あんたは誰なんだ?」
今度は目の前のフレイムヘイズに向き直る。
さっきのやり取りの間、目こそ離さなかったが、攻める隙はあったはずだが、このフレイムヘイズは攻撃する素振りさえ見せなかった。
「‥‥『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。"夢幻の冠帯"ティアマトーのフレイムヘイズであります」
ヴィルヘルミナが手を出さなかったのは、この『ミステス』のとった行動の理由が‥‥自分が『零時迷子』破壊を実行する根本的な理由、『友達のため』だったからだ。
ミステス破壊は必ず実行する。
だが‥‥事情くらいは教えてやってもいいかも知れない。
もちろん。動けなくして、壊す直前にだ。
名乗ると同時にリボンを幾条か伸ばし、悠二に攻撃する。
(うわっ!)
会話で時間を稼ごうとしたのに、名前だけ名乗っていきなり攻撃してきた。
しかも、リボン!?
鍛練の時とあまりにも武器の形状が違う。
やりづらい。
今のは何とか躱したが、かなり疾い一撃。やはり自分の歯の立つ相手ではない。
武器があの疾いリボンでは逃げるのも難しい。
いや、無理だ。
何とかするには、
相手の油断が必要だ。
「うおおお!」
ただやみくもに突進して、右の拳を突き出す。
が、
「へ?」
視界が回転し、路上の車に派手に叩きつけられる。
車がへこみ、砕けた窓ガラスが飛び散る。
止められるとは思っていたが、まさかほとんど手応えもなく投げ飛ばされるとは。
こっちの力をほぼ完全に利用して投げなければ、あんな手応えはありえない。
冗談じゃない。
少なくとも体術は、ヘカテーやメリヒムさえ明らかに凌ぐ実力だ。
前に聞いた話だと、あの二人は徒の中でも相当な実力者のはずなのに。
ヴィルヘルミナの実力を痛感し、内心驚愕する悠二に、無数のリボンが再び襲い掛かる。
すかさず横に大きく跳ぶが、
(多すぎる!)
右足がリボンに捕らえられ、そのまま、コンクリートの道路に叩きつけようと振り上げられるが、
バン!!
悠二は両手を地面に叩きつけ、それを防ぎ、足首のリボンを引きちぎると同時に回し蹴りを放つ。
そして、当然のように再び、今度は民家に投げ、叩きつけられる。
やはり、勝負にもならない。
こっちの攻撃はかすりもしないのに、あっちの攻撃、いや、防御で自分はこの有り様だ。
直接触る事も難しい。
全身の痛みで体が動かない隙に、
悠二は首を気を失わない程度に縛りあげられ、
ヴィルヘルミナの眼前に吊される。
そして、ヴィルヘルミナが語りだす。
その頃、街中を歩くヘカテーは、
「偶然ですね、"螺旋の風琴(らせんのふうきん)"」
清げな老紳士と、街中で出くわしていた。
「‥‥巫女殿自ら、呼び出し、というわけではないようだな」
「ぷらいべーとです。あまり立ち入るのは、まなー違反です」
見栄を張って現代振るヘカテー。
しかし、そんな余裕は次の老紳士の一言で消え失せる。
「あちらの封絶は、君とは無関係か?」
封絶?感じ取れない。
いや、かすかに感じる。
かなり遠い。
まさか、
「それは‥‥御崎でですか?」
「ああ、すまない。私以外には、掴みづらいか
そうだ、御崎だな。この位置は」
そこまで聞いて、ヘカテーはすぐさま眼前の徒、そして周囲の人間の目、全てを無視して、右手の『タルタロス』を外し、全速力で飛び立つ。
御崎を目指して。
「その『零時迷子』の本来の所有者は、私の友人、『約束の二人(エンゲージリンク)』であります」
(『零時迷子』の、本来の、所有者?)
「私と『約束の二人』は、紅世の徒の殺し屋、"壊刃"サブラクに襲撃され、『約束の二人』の片割れ、"彩飄(さいひょう)フィレス"は、瀕死の傷を負った、もう一人の片割れ、"永遠の恋人"ヨーハンを助けるため、彼を『零時迷子』の中に封じ、無作為転移させたのであります」
(だ、だったら‥‥僕は)
「しかし、転移の寸前、サブラクが零時迷子に撃ち込んだ自在式によって、ヨーハンは‥‥」
「変質」
(じゃあ、もし取り出せても‥‥)
「その瞬間を、私とティアマトーだけが見ていたのであります。
今の状態のヨーハンを、フィレスに見せる事はできない。見せて、絶望などさせられない」
(‥‥‥そういう事か)
「フィレスは私を助けるため、サブラクを捕らえ、遥か彼方に飛び去った。
このままでは、いずれフィレスは、ヨーハンを求め、貴方を見つける。」
(友達のため‥‥か。)
「『零時迷子』には他の干渉を阻害する『戒禁』がかかっている。無作為転移しか、フィレスから『零時迷子』を隠す手段はない」
(でも、『彼女』のしている事は、ただの問題の先伸ばしだ。それに‥‥)
「貴方に恨みはないのであります。しかし‥‥」
(それで僕が消されるのは筋違いだ。それに、平井さんを巻き込んだ理由にはならない!)
「はあっ!!」
掛け声と共に、手に生み出した"銀"色の炎で自らを縛るリボンを焼き切る。
「!!」
ヴィルヘルミナがその『色』に驚愕する。
(やっぱり!)
ヘカテーやメリヒムに見せた時の反応から、必ず驚いて、隙が出来ると思った。
この隙を突いても、この実力者に、まともに攻撃を当てる事は出来ないだろう。
だが、
ポケットから白い羽根を取り出す、それが一瞬で、大剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』に変わる。
("防御させる"くらいなら出来る!)
大剣が血色の波紋を浮かび上がらせ、唸る。
悠二、渾身の一撃。
ガッ‥‥
それを、ヴィルヘルミナがリボンで受け止める。
しかし、
受け止めた刹那、またしても投げ飛ばされる。
起き上がった悠二が目にしたのは、頬と肩に一筋ずつの傷を負った。
それしか傷を負わなかったフレイムヘイズ。
「‥‥‥‥触れたものを間接的にであっても切り裂く宝具でありますか」
(‥‥‥気付かれた)
(あとがき)
ヴィルヘルミナはまだ仮面着けてません。
念のため、説明しておきす。