「坂井君、昨日約束したお弁当持ってきたんですけど‥‥どうしたんですか?」
いつもの昼休み、吉田一美が坂井悠二に声をかける。
悠二は今朝の鍛練で見た目にわかるくらいにボロボロだ。
「よっ、吉田さん?あれ、えっ?約束?」
怪我についてはあえて応えず(説明できないから)、その前の不穏な発言に反応する悠二。
「はい。一生懸命作りました。食べてくれますよね?もちろん」
もちろん、と来るか。
悠二の手に千草弁当があるのをはっきり見ているというのにひるむ様子がない。
朝とか授業中とかいつも通りだったのに、今は何か顔の影が濃く見える。
最近、吉田一美嬢のスイッチのストッパーが緩い気がする、と冷静に(というか余裕で)分析するにやけ顔の平井ゆかり。
「いっ、いや、でも僕も弁当持ってきてるから‥‥」
「大丈夫ですよ。育ち盛りなんですから」
吉田一美の攻勢にまるで抵抗できていない悠二。
親友二人の面白いやり取り(自分にとっては)をにやけながら観察する。
ふと周りを見ると、佐藤啓作は自分と同じ(にやけ)見物人。
田中栄太は、あれは哀れな男子の嫉妬なのか少し怒りモードだ。
池速人は何か哀しげな背中で弁当を買いに購買に行こうとしている。
そして、
「‥‥‥‥‥‥」
何を言えばいいのかわからずにおろおろと吉田、悠二を見ながら狼狽えている(今の自分ならわかる)、最近もう一人の親友になった小柄な少女。
ふと、こちらの視線に気付いて、助けを求めるような(自覚は無いだろうが)上目遣いをかましてくる。
可愛い。
そして、少しかわいそうだ。
(やれやれ、一美には悪いけど、ここはお姉さんが一肌脱ぎますか)
「うん!一美、ナイスアイディア!
丁度弁当持ってきてない人もいる事だし、今日は皆でシャッフルお弁当と行こうか!」
言ってすかさず田中、佐藤、ついでに教室を去ろうとしていた池に目を向け、自己主張の激しい視線を飛ばす。
(あ・わ・せ・て!!)
こういうノリの大好きな佐藤がすかさず合わせる。
「いいな、それ!なんか楽しそうだし」
さらに、
「うんうん。女子の手作り弁当にありつけるチャンスだしな」
田中が実に正直に賛同する。
「うん。それでいいんじゃないかな」
弁当の無い(佐藤と田中もコンビニ弁当だが)張本人の池も調子のいい事を言う。
「はい!満場一致で決まり!一美もいいよね?」
あたかも完全に決まったように平井が締めくくる。
「あっ、えと、うん?」
突然の急展開に動揺して曖昧にオーケーしてしまう吉田。
そして‥‥‥
「かーっ!うめえ!流石麗しの千草さんの弁当だな!」
「吉田さんのも美味いぞ。やっぱコンビニはいかんな、手作り弁当に限る」
「まあ、たまにはコンビニ弁当も悪くないかな」
「"ヘカテーの"弁当もいけるよー!」
「それを作ったのふぁむ、」
「生きてて‥‥良かった」
上から、田中、佐藤、悠二、平井、ヘカテー、池である。
誰に誰の弁当が渡った(クジだ)かはセリフから推測して頂きたい。
ヘカテーの問題発言は平井のタコウインナーが阻止した。
そして、
「‥‥‥‥‥」
「一美も、たまにはジャンクフードってのもナウいよ!ね?坂井君?」
「そっ、そうだね」
「はい!たまにはこういうのもいいですね(殺すぞ☆ゆかり)」
ひとまず場を収めた平井ゆかりは目の前で自分の作った弁当をつつく、いつもの態度に戻った小柄な親友と、
本当にコンビニ弁当に新鮮さを感じている、周りの気持ちをどこまでわかっているのかわからない親友を見る(もう一人の親友は見ない、何か怖い)。
(こんなのその場しのぎなんだからね)
内心で楽しそうに語りかける。
「‥‥‥で?ブチ殺すのは大賛成だがよ、さっきのばーらばらの反応のどれを追っかける‥‥ん?」
美女・『弔詞の詩み手』マージョリー・ドーに、彼女の契約者、『蹂躙の爪牙』マルコシアスが語りかける、が、その途中で何かに気付く。
「この気配‥‥ラミーのクソ野郎じゃないわね」
マージョリーも気付く。
先ほど放った"探知"にかかった気配の一つが他より、つまり『標的』よりも反応が大きい。
「ってー事は、こっちの方はいつものごまかしと違ってバリバリ本物の徒だってーわけだ!
さーてどうするよ?」
「見つかりそうな方から当たるに決まってんでしょ?
大体、他の反応はどうせ偽物だろーから、ラミーの奴は後回し」
「んーじゃ、さっさと行って、」
マルコシアスのセリフをマージョリーが、
「ブチ殺すわよ」
引き継ぐ。
「んじゃ、私駅前に用あるからここまでね、また明日、お二方♪」
学校帰り、悠二、ヘカテーと共に帰っていた平井がからかうように言う。
「うん、また明日」
「会いましょう」
悠二とヘカテーも返事を返す。
去って行く平井ゆかりの背中を見ながら、ヘカテーが口を開く。
「気付いていますか?」
「うん、メリヒム‥‥じゃないよな?」
「"虹の翼"には『タルタロス』を一節渡してありますし、この気配はフレイムヘイズですね」
「!これが?」
悠二はフレイムヘイズには会った事がない。
「私や、"虹の翼"が見つかる事はないでしょう。
悠二も、あまり大きな力は使わないように。
しばらく夜の鍛練も、自在法抜きでやりましょう」
って事は、夜もしばらくしばかれるのだろうか?
「まあ、たしかに距離縮めても来ないし、気付かれてはなさそうだな」
そもそも、フレイムヘイズってミステスに対してはどんな感じなんだろうか?
徒は倒すのが普通なようだが。
「‥‥悠二、位置までわかるのですか?」
「?、わかるけど?」
「‥‥‥‥はあ、もう今さら驚きませんけどね。
まあ、ならなおさら大丈夫ですね。
近づかれたらさりげなく離れるようにして下さい」
「‥‥僕まで逃げる必要あるのか?」
先ほどからの疑問をぶつける。
「あ・り・ま・す」
「‥‥‥‥はい」
「なるほど、事前の報告よりもひどい状況でありますな。」
「大食漢」
御崎市駅前、二人で一人の『万条の仕手』が立っている。
「案内人」
「すでに手配済み。第八支部から外界宿(アウトロー)の構成員を派遣してもらう口約をしているのであります」
「何者」
「『近衛史菜』、第八支部の構成員の中で、最も若い女性構成員との事。
しかし、この街の地理には誰より詳しいという話であります」
そのまま、歩き、有名ハンバーガー店に入る。
「ここの、一番右奥のボックス席で待ち合わせをしているのであります。
ティアマトーも聞いたはず、ちゃんと覚えておいてもらわないと困るのであります」
そして、待ち合わせ場所に目を向ける。
いた。ボックス席に一人で座っている。
だが、若いとは聞いていたが、驚いた。
まさか、女子高生とは思わなかった。
まあいい、さっさと案内をしてもらおう。
「『近衛史菜』でありますな?」
はて?
この女性は誰だろう?
だが、
「『近衛史菜』でありますな?」
ヘカテーの知り合いという事だろうか。
だが、それなら確認とるかな?
しかし、
(美人+メイド+ピンクの髪+巨大なザック+あります?=‥‥‥キャッホー!!!♪)
「はい!私は近衛史菜です!!」
その頃、『正真正銘本物』の近衛史菜。
「ほんっとにお願い!史菜ちゃん。他の人みんな風邪で休んでるのよ!」
「先輩!今度ちゃんとヘルプ入りますから勘弁して下さい!
仕事より大事なバイトがあるんです!!」
「仕事よりバイトが大事!?あんた仕事なめてんの!?
ちょっと奥に来なさい。説教があります」
「そっ、そんな〜」
一人の少女の日常が、
外れ始める。
(あとがき)
本物の近衛史菜は、一章一話に地味に登場しています。
誰も覚えてなさそうですけど