「くーっ、さあ、ご飯だご飯!」
御崎高校四時間目終了、何が楽しいのかわからないが、元気に伸びをする平井ゆかり嬢。
確かにあの眠気の塊のような数学が終わったのは嬉しいが。
ヘカテーも、あまりご機嫌がよろしくない(実際には、またしても退屈な授業乗っ取りを悠二に阻止されたからなのだが、悠二は知らない)。
「ほーら、ヘカテーも気持ち切り替える!玉子焼きあげるから」
言って、自分の箸でヘカテーにパクりと玉子焼きを食べさせる平井。
ちなみにヘカテーというあだ名(表向き)はヘカテー本人があっさりバラした。
「本当に仲良いな。あの二人」
悠二の中学からの親友、メガネマン・池速人が机を寄せながら言ってくる。
池は、以前は平井ゆかりの告白->拒否という経緯により、平井(必然的にその周囲)から微妙に距離を取っていたのだが、
近衛史菜(ヘカテー)の転入後四日目に吹っ切ったのか何なのか「昼、一緒にいいか?」と悠二に言ってきたのである。
ちなみに、平井とヘカテーが仲良くなったのが転入二日目、吉田一美が平井と共に悠二達と昼食をとり始めたのが三日目だ。
時期的にわりとバレバレなのだが、悠二(親友のくせに)・ヘカテー・田中・吉田は池の挙動の理由に気付いていない。
要するに、佐藤と平井しか気付いていない。
平井にいたっては告白の時のやり取りから、気付く以前の問題なのだが。
「近衛さんの愛想の無さをカバーして余りあるからな。平井ちゃんは」
佐藤が横から、
「なんかもう、姉妹にしか見えないよな。見た目は似てないけど」
田中が斜め前から声をかけてくる。
「坂井君のお母さん、お料理上手なんですね。おいしそう」
吉田一美も悠二の弁当を見ながら言ってくる。
あの体育のブラック騒ぎ以来、少し、引っ込み思案な態度が改善されたように感じる。
平井ゆかりが後に(黒時に)訊き出し、悠二に密告したところによると、「カ・イ・カ・ン♪」だそうだが、悠二はあまり想像したくないので即座に忘却した。
というより、弁当に注目しないで欲しい。ヘカテーの事がバレてしまう。
「あはは、けど吉田さんのお母さんも料理上手いんじゃない?おいしそうだし」
注目されたくないなら話題を変えればいいはずなのだが、ついそう返してしまう悠二。
「いっ、いえ、このお弁当、私が自分で作ってるんです」
少し、動揺しながらそう返す吉田。
やはり、普段はおとなしい女の子だ。
微笑ましい光景である。
「へえ、吉田さん、料理上手いんだね」
「えっ、坂井君、皆の前でそんな事!」
「「「え?」」」
突然大声を上げる吉田に悠二どころか男性陣全員が注目する。
「で・も☆、坂井君がどうしてもって言うなら、明日から坂井君のお弁当も私が‥‥‥」
「よっ、吉田さん?」
「そんな、「俺のために飯を作ってくれ」みたいな事をこんなひ・と・ま・え・で、キャハ♪」
「いや、キャハじゃなくて、吉田さん?聞いてる?」
ちなみにヘカテーは口に料理を"入れられて"いるため(by平井)、口をはさめない。
そのまま、ぶつぶつと何か呟きながらどこかに行く吉田一美嬢(言うまでもなく聞いてない)。
「‥‥‥‥‥」
彼女の事を、『女の子』を体現したような子だ、と思っていた時期もあったなあと思う悠二。
会ってから半年も経っていないのに何故かあの姿が懐かしい。が、もはや過去のものであるようだ。
「よっ、吉田さん‥‥」
「っ!、っ!」
何か呟くメガネマンと、何か言いたいような小柄な少女を見て、平井ゆかりは楽しそうに微笑んだ。
(うん、ややこし♪)
そんな日常の一ページ。
夜の坂井家屋根の上、夜の鍛練である。
昼食の時からヘカテーの態度が微妙なのだが、悠二に原因はわからない。
というか、ヘカテーにもわかっていない。
「では、今日から封絶の鍛練に移ります。
『器』を合わせた状態で私が封絶を展開しますから、悠二はその『自分が使う』感覚を掴みなさい。
"虹の翼"はそこで自前で感じとって下さい」
「「わかった」」
そして、『器』を合わせた状態で、ヘカテーが自在法を展開する。
「封絶」
途端、
坂井家全体を陽炎のドームが覆い、火線と炎で彩られた明るすぎる水色の世界が現れる。
「ほう」
「っ!」
メリヒムはどちらかというとその光景に、
悠二は『自分から発っせられる』力の発現にそれぞれ反応する。
「わかりましたか?」
「なんとなくなら」
「わからん」
ヘカテーの問いに応える前者が悠二、後者がメリヒムである。
「では、今度は悠二が封絶を展開してみて下さい。
『器』は重ねたままにして、いざとなれば私が制御します」
存在の力を消費する自在法を、簡単に『試す』事ができるのは、ひとえにこのヘカテーの『保険』によるものだ。
「わかった」
悠二は眼をつぶる。
集中する。
ヘカテーも万一に備えて、身構える。
メリヒムも修得のため、注意深く観察する。
(自分を形作っている存在の力、)
先ほどのヘカテーが発した感覚を思い出す。
(それを一握りすくいあげて、燃やす)
あえて、頭の中で言葉にして繰り返す。
(燃やした力を周囲に広げて、)
頭で理解した事を体で体現する。
(その周囲と、外部の世界を、切り離す!)
そして発動する
「封絶」
先ほどのヘカテーの展開したものと、同規模の陽炎のドームが広がる。
地面に火線が走り、炎のよぎる空間が外界から隔離される。
完璧な封絶だった。
「やった!ヘカテー!」
いつか、人間としてはあり得ない跳躍をした時にも感じた異能の力を持つという自覚、それが今までで一番強く感じられる。
「お前‥‥本当に何者だ?、実際に見るのは初めてだが、本当にあったらしいな」
メリヒムがわけのわからない事を言う。
ヘカテーは黙っている。
ヘカテーは予想していなかった。
今まで、『大命詩篇』を宿したミステスが、炎を発するという前例が無かったからだ。
通常ならば、トーチの炎の色は、『人間だった時の自分』を喰らった徒の炎の色を薄めた色になる。
悠二であれば、彼を喰らったであろう"狩人"フリアグネの持つ薄白い炎を薄めた色(薄すぎだ)になるはずだ。
だが、今目の前で燃えているのは、
燦然と輝く、"銀"。
『零時迷子』に打ち込んだ『大命詩篇』の影響だろう。
これは、"虹の翼"の反応が‥‥‥
「まあ、他人の炎の色などどうでも良いがな、それより、体術とは大違いだな。
一度で成功させるとは」
銀の炎など、確かに幻の類の物だ。
だが、メリヒムにとっては関係も興味も無い。
大体にして、彼自身、完全に生きた(死んだはずの)伝説である。
悠二もあちらで嬉しそうにしている。
"銀"の重大性をまだ知らないのだろう、まあ、たかが色だ。
それより‥‥‥
「"頂の座"、坂井悠二も封絶を会得した事だ。今度は俺に『器』の共有?で感得させろ」
そこでヘカテーが平静にかえる。
なるほど、"虹の翼"にとっては大した問題ではないらしい。
まあ、無関係なのだからそんなものかも知れない。
そこで、"虹の翼"の提案を思い出す。
『器』の共有?
「ヤ」
「は?」
「ヤです」
「なっ!」
メリヒムにとっては予想外だ。
ただ手をつないでたようにしか見えなかったのに、『ヤ』って。
「何か問題でもあるのか!?」
納得できるはずがない。
「変態?」
「‥‥‥‥」
きつい
"頂の座"の言葉もだが、『虹天剣(こうてんけん)』を見て以来、表面上はともかく、眼には憧れの様なものを含んでいた少年の、軽蔑的な視線と沈黙がさらにきつい。
「わかった。自力で体得するから、やってみせてくれ。
そして、汚いものを見るような眼で俺を見るな」
というか、ただの握手(にしか見えない)で変態扱いか。
数百年もの永きに渡って初めて手に入れた称号である。
欠片も嬉しくない。
「では、悠二は今度は自分一人で封絶の展開、完全にものにしたら、『炎弾』に移ります。
"虹の翼"は、悠二が反復する封絶を見学してものにして下さい」
とりあえず、視線は素に戻ったが、
「"見学"はやめろ」
"虹の翼"の夜は長い。
(あとがき)
ほのぼの日常パートです。
一度書いて、手違いで全部消えてしまったために夜遅い更新です。