小さな島国の何処かの街、どこにでもある街の一画のどこにでもあるファーストフード店の机の一つに、
そうそういない服装の女性が一人。
いや、正確には一人にして二人が座り、机の上に所狭しと書類を散らかしている。
「"愛染の兄妹"の情報が、日本に来てから完全に途絶えているのであります」
自分の頭についているヘッドドレスと会話しているメイド姿の女性は、香港で"愛染の兄妹"を襲撃し、"千変"にその討滅を阻まれた討ち手。
"夢幻の冠帯"ティアマトーのフレイムヘイズ『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルである。
「憶測誤解」
ヘッドドレス型の神器『ペルソナ』から声を発するティアマトーは、どうやら日本に"愛染"が来るというヴィルヘルミナの読みが間違いだったのではないかと言いたいらしい。
「しかし、"千変"らしき目撃情報は、予測通りのルートで複数の目撃情報があるのであります。」
「複数類似」
"千変"の姿は"愛染"ほど奇抜ではないから似た姿の目撃情報が混ざっているのではないかと言いたいようだ。
この寡黙な王は、妙な熟語の形でしか話さないので慣れない者には意図を読み取り辛い。
「情勢確認」
「この近辺には、それほど大規模な事件の報告は無いのであります。
『弔詞の詞み手』が来日したという話こそ聞くものの、標的は知れず、強大な徒を追っているとも書いていないのであります」
ティアマトーの質問にヴィルヘルミナが応え、そこで一つの書類に気付く。
「む?」
「奇怪事変」
「関東『外界宿(アウトロー)』第八支部、トーチの大量発生の確認でありますか。」
「最短至近」
確かに、今手元にある情報の中では最も距離が近く、問題がありそうでもある。
大量に人を喰った、あるいは喰っている徒が、もしかしたらまだいるかも知れない。
いなくとも、手掛かりを見つければ追跡できる。
「"愛染"の手掛かりが途絶えている現状、いつまでも手をこまねいているわけにもいかないようでありますな」
「事態調査」
「では、直行であります。
場所は‥‥‥御崎市でありますか」
"愛染"の可能性は低いが、この国にいる確証も無いままいつまでもこだわってもいられない。
それに、トーチが多いというなら、『零時迷子』の発見につながる可能性もある。
意気込むヴィルヘルミナに、
「代金清算」
空気の読めない相棒が水を差すようなタイミングで指摘する。
「‥‥‥‥‥」
とりあえず自分の頭をゴンと殴る事で黙らせた。
御崎市坂井家、いつもの朝の鍛練。
いつものようで、いや明らかにいつもの鍛練とは違う。
まず、いつも悠二を叩き回しているヘカテーがのほほんと縁側で紅茶を飲んでいる。
そして、
「反応が遅い。あと少しは反撃してこい」
悠二を、銀髪の青年が叩き回している。
「そっ、んな事、言っ、たって!」
そして、今まで回避一辺倒だった悠二の手に、木の枝が握られている。
銀髪の青年・メリヒム(今はごく普通の私服姿)が持っている木の枝とは少し違う。
メリヒムのものより長い木の枝に、それより少し短い木の枝が横に数本巻き付けてある代物だ。
"愛染自"の使っていた『吸血鬼(ブルートザオガー)』は結局、一番弱い悠二が持つ事になり(丸腰なのは悠二だけという理由もある)、ヘカテーいわく、
「鍛練時から実戦を考慮していきます」
という理由から、『吸血鬼』に似せた形状にしてある。
『吸血鬼』は片手持ちの大剣であるため、この木の枝の持つ部分もかなり短い作りだ。
メリヒムが鍛練の相手に選ばれている理由は、片手剣の戦い方を短期間で悠二に感得させるため(大剣ではないが、メリヒムのサーベルも片手持ちだ)である。
ガッ!
メリヒムの斬撃を悠二の木の枝が受け止める。
だが、防御"させられた"悠二の隙をメリヒムの蹴りが捕らえる。
「うっ、ぐえ!」
そして、蹴りで見事に体勢を崩した悠二に斬撃が叩き込まれる。
「くぅ、痛ってて」
身体能力の強化が出来るようになった悠二に合わせて、斬撃にも存在の力を込めているので当然かなり痛い。
「攻撃『する事』にあまりに不慣れですね。
"虹の翼"、今度は一方的に悠二の攻撃を『受けて』下さい。
悠二、聞いた通りです。遠慮せずに打ち込みなさい。」
一人くつろいでいるヘカテーが指示を出す。
「おい、『封絶』を教えてくれる話はどうなった。
何で俺が教える側になっている」
「近日中に悠二に封絶を教えるので、貴方にもその時に一緒に教えます。
鍛練は、貴方の宿泊代として受け取りましょう」
メリヒムはあれ以来、連日、御崎グランドホテル(いつかヘカテーが追い払われた)に泊まっている。
金など持っていないのでヘカテーから受け取っている。
「‥‥坂井悠二、かかって来い」
観念したらしい。
「わ、わかった」
悠二も素直に頷き、メリヒムに斬りかかる(木の枝だが)。
木の枝が直撃しようがメリヒムがどうこうなるはずがないので思い切りやれるのだ。
「ふっ!、はっ!」
メリヒムの真似をして(してるつもりになって)木の枝を振るうが、躱され、受けとめられる。
(くっ、くそ)
悠二は心中悔しがりながら今まで(ヘカテーの時も含めて)叩かれ続けた鍛練を思い出し、でたらめな動きを少しずつ矯正していく。
(力の流れが、)
また一振り、躱される。
(自然に、スムーズに流れるように、)
また一振り、躱されるが、惜しい。
(今まで相手から感じてきた感覚を、自分が扱うつもりで、)
さらに一振り、今度は受けとめられる。
(存在の力の流れを、読んで、流す!)
またも、受けとめられる。
だが、
ガンッ!、ガガン!!、
ガッ、ガッ、ガガガガ!!!
フェイントも何もない。
ただ、連続で、木の枝で叩きまくっているだけだが、
メリヒムが避けずに受けとめる頻度が増していく。
それに、動き自体は未熟だが、単純なスピードが相当に早い。
夢中で攻めている悠二はそれに全く気付いていない。
「っ!」
「あっ!?」
メリヒムが、木の枝を上に跳ね飛ばされる。
が、
「げふっ!?」
またも悠二が蹴り飛ばされる。
「ちょっ、攻撃しないんじゃ!?」
「それだけ無遠慮に攻められるなら、もう慣れは必要ない」
上に跳ね上げられた木の枝をキャッチして、メリヒムが言う。
「『実戦を考慮に入れた』鍛練に戻すぞ、構えろ」
結局、ヘカテーの時の三倍は痛い目に合わされた。
「どうですか?」
鍛練が終わり、ヘカテーがメリヒムに問う。悠二は今トイレに行っている。
「存在の力の繰りは出来ているが、動き自体はまだまだだ。ただ‥‥」
「ただ?」
「‥‥単に、『腕力』が強い。」
先ほどのスピードも、動きが矯正された事もあるが、こちらの理由が大きい。
木の枝を跳ね飛ばされたのも、隙を突かれたというより、斬撃の重さゆえ、つい手放してしまったといった方が正しい。
まあ、一方的に攻めさせたゆえの結果だが。
「‥‥そうですか」
メリヒムには判別がついていないが、ヘカテーは今、やけに嬉しげな顔をしている。
体捌きさえ身につければ、その腕力を存分に振るえるようになる。
悠二が自分と一緒に戦う。
その姿を想像し、一人悦に入る。
あの"愛染の兄妹"との戦い以来、自分の悠二に対する見方が少し変わったような気がする。
そして、それがあの"愛染他"ティリエルによってもたらされた変化である事も自覚していた。
自分が悠二をどうしたいか、どうされたいのか。
まだわからない。
だが、星黎殿にいた時に求めていた、『自分が求めているもの』。
何かすらわからない『それ』は、もうすでに手に入れたような気がする。
「ヘカテーちゃん!
虹野さんも、朝御飯できましたよ!」
坂井悠二の母・千草から声がかかる(メリヒムはヘカテーの親戚、『虹野翼』という事になっている)
ゴールデンウィークも終わり、悠二とヘカテーの学校生活が、日常が、また始まっている。
(あとがき)
エピローグに際して、感想くれる方がたくさんいて狂喜します。
いきなり鍛練描写ばっかりですね。
しかも、この章だけでまだやるつもりです、鍛練。
そんな感じで三章、スタートします。