(これで、終わりですね)
ヘカテーはたった今、自分の自在法『星(アステル)』の一撃で焦土と化した一帯を見やる。
まだ煙で何も見えない。
何らかの仕掛けを警戒していたのだが、どうやら何事も無‥‥‥
「っ!!!」
街全体から急激な勢いで存在の力が、たった今『星』を撃ち込んだ辺りに集中していく。
そして、煙が晴れた時には、傷一つ負っていない金髪の兄妹の姿がそこにあった。
「なっ!これは!?」
「驚いたな。この結界の特性か?」
沿岸にいた悠二とメリヒムも今の爆発で勝負はついたと思ったが、爆発の後に街全体から急激に力が集中し、まだ徒二人の気配が残っている事に驚いていた。
「助けが必要かも知れんな。
さっきのがどんな仕掛けなのかもわからないが」
"虹の翼"メリヒムは、軽い口調で傍らの悠二にそう言う。
「たっ、助けてくれるのか!?」
少年・坂井悠二が笑顔を輝かせて訊く。
が、
「いや?お前に助けに行ったらどうかと薦めてみただけだ。
俺が動く理由は無い」
そう言って、近くの岩を背もたれにしてくつろぎだす。
「そっ、そんな!存在の力を分けて、助けただろ!?」
「お前の都合で、お前のために、な。」
「うっ‥‥‥」
「頼んだ覚えも無い。
そもそも俺はもう目的を遂げた。
無理に蘇る必要などなかったしな」
言って青年は目を瞑る。
どうにも助けは期待できそうに無い。
確かに、恩着せがましいのかも知れないし、余計なお世話だったのかも知れないが、
初対面の(勝手に想像した)イメージから、ここまで無遠慮に突っぱねられるとは思わなかった。
(いや、よく考えたら僕を喰ったり、中の宝具を取ろうとしないだけマシなのかも知れないけど)
いずれにしても当てが外れた。
「‥‥わかったよ、僕一人で行く。
このやたらとある気配が宝具なら何とかなるかも知れないし‥‥」
それでも捨てゼリフに不満はこもる。
「‥‥やたらとある気配?」
無視されるかと思ったが、怪訝な声が返ってきた。
見れば、さっき閉じた目も開いている。
「さっき向こうの徒二人に力を送ってた小さい気配の事だよ。
あんたも感じてただろ?」
「‥‥‥お前、思った以上に変わってるな。
こんな妙な結界の中で普通はそんな事わからんぞ」
どうやら自分だけしかこの小さな気配の方は掴めていないらしい。
(って事は)
向こうもこの小さな気配を『隠している』可能性が高いという事だ。
何故隠す?
簡単だ。
見つけられたら困る。
つまり見つかったら簡単に潰されるという事だ。
希望が見えてきた。
自分でも何とかできるかも知れない。
そう意気込む悠二に、メリヒムが訊く。
「お前、まともに力を統御できてないみたいだが、何で助けに行く?
足手まといになるかも知れんぞ」
気にしている事をズバリ訊いてくる。
「彼女は前に僕を助けてくれた。
それに、短い間だけどずっと一緒にいたんだ。
何もせずにいるのは‥‥嫌だ」
今、悠二が『自覚できる範囲』での完全な『本音』である。
「"彼女"?、お前の仲間というのは女か?」
「?、そうだけど」
それが一体何だと言うのだろうか。
そのまましばらく黙っていた"虹の翼"は口を開く。
「それはお前の愛する女か?」
‥‥いきなり何を訊いてくるのだろうか、この徒は。
「あら、もう終わりですの?
仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女様も大した事はありませんのね」
ヘカテーに対して、嫌味を言いながらもティリエルは内心では冷や汗を流していた。
全てのピニオンを起動させて、街の人間達から存在の力を一気に集めて何とか再生と防御が間に合った。
それくらいギリギリだった。
とんでもない威力だ。
とてもそう何度も受けてなどいられない。
それに対して、ヘカテーの方も動揺していた。
手加減したつもりはない。
やはり、目の前の二人からは今の『星』を防げる程の存在の力は感じない。
だが、現に傷一つ無くそこに立っている。
さっき、街から力が集中してくるのを感じた。
飛び上がった事で見える。
あの二人の後方に位置する所に、先ほどから自分を攻撃していた蔦を根元から生やした巨大な花がある。
自分の勘では、あれが力を集めている仕掛けの鍵。
そしてこの徒達の弱点だ。
「名を訊ねておきましょう」
会話して隙を作る。
「まあ、よろしくてよ。
今度は忘れるより早く、貴女自身が消えてしまわれるのですから。
名も知らずに逝くのは少し不憫ですものね」
そう言いながらも、"愛染他"ティリエルはヘカテーの方を見ない。
ただ自分の最愛の兄をとろけるような笑顔で抱きしめる。
「私は"愛染他"ティリエル。
そしてこちらが私のお兄様、"愛染自"ソラト。
今度は覚えられましたか?」
「お兄様‥‥という事は兄妹愛という事ですか」
さっきからベタベタベタベタとした態度が気にはなっていたのだ。
「そのような呼び方の違いなど、どうでも良い事ですのよ?
私がお兄様の望みを満たし、お兄様の喜びが私を満たす。
二人の間の愛さえあれば他のどんな事もその意味をなさない」
そして、ようやくヘカテーに目を向ける。
自らの愛を誇る意思をその眼に宿して。
ヘカテーは、その言葉を概ね、理解出来た。
いや、理解したつもりになっていた。
自分が『盟主』に対して抱いている崇拝、忠誠。
それらと同じものだと判断した。
判断して、しかし、何か引っ掛かるようなものを感じていた。
自分が『盟主』に向ける崇拝、それと同質の視線を仮装舞踏会の徒から自分に向けられる事はいくらでもあった。
だが、この"愛染他"が兄に向け、今自分に誇るものは、それらと違うもののような気がした。
もっと、『今の自分』に、身近なもののような気がした。
「おわかりになられるかしら。
それとも、貴女には少し話が高尚に過ぎましたか?」
『わかっている』という言葉が口から出ない。
自分が『わかっていない』ような気がしたからだ。
頭で考えるのでは無く、感じるのだ。
目の前の金髪の少女から受ける感覚を自分にあてはめて‥‥‥
しかし、"愛染他"の言葉に、会話で相手に隙を作るはずが、自分が自らの心に目を向けてしまった『ヘカテーの隙』を、ティリエルの蔦が突く。
蔦の直撃を受け、ヘカテーの体は、派手に横合いの民家を数軒貫いて、ようやく止まる。
(しまった‥‥)
戦闘の最中に茫然自失に陥るなど自身信じられないほどの不覚。
だが、それほどの力がさっきの"愛染他"の言葉にはあった。
なぜかそう確信できた。
だが、今の不意討ちは完璧だった。
隙をつけるギリギリの時間まで練り込んだ存在の力を全力でたたき込まれた。
端的に言うとかなり痛い。
ちょっと涙目になりそうだ。
だが、"愛染の兄妹"から距離をとれた。
もう余裕も無い(痛い)。
ヘカテーはかざしたトライゴンの先端から『星』を放つ。
巨大な花に向かって。
水色の爆炎が巨大な花を包みこむ。
(よし、これで‥‥)
と思うヘカテーを、
巨大花を失った空白から飛び出した山吹色の自在式が取り巻いた。
(あとがき)
感想が百超えたりしてやる気出ますとも。
あとちょっとで二章も終わりますね。
頑張ります。