街の方にあるヘカテーの側の気配、
それが唐突に大きく、攻撃的になった。
というより、気配など読めなくてもわかる。
建物が崩れ、薙ぎ倒される轟音がこの沿岸にまで響いてくる。
戦いが始まったのだ。
戦う事になった経緯はわからないが、この二つの大きな(ヘカテーに比べるとかなり小さいが)気配は明らかにヘカテーに向けて攻撃を仕掛けている。
ヘカテーも『タルタロス』を解いている。
(どっ、どうすればいいんだ!?)
白骨の徒の側で、ヘカテーと徒達の様子をうかがっていた悠二は、生涯二度目の窮地にひどく動揺していた。
見つかる見込みの薄かった自身の消滅を免れるための『宝具』を見つけたと思ったら、消えかけの徒を発見し、さらにはその事をヘカテーに相談する間もなく、別の徒、しかもこの数がヘカテーと交戦を始めたのだ。
このタイミングの悪さを激しく呪った。
しかし、そこで気付く。
ヘカテーと、その側の二人の徒以外の気配が動いていない。
動く気配も無い。
徒や、燐子ではないのかも知れない。
宝具や自在式だというなら、自分でもどうにか出来るかも知れない。
今朝ヘカテーに悟らされた今の自分の力を思い出し、そこまで考えて‥‥すぐに不安要素も浮かぶ。
もし、徒や燐子だとしたら役に立たないどころか犬死にだ。
この気配の掴みづらい空間の中で、違うという確信も持てない。
直接ヘカテーの許へ助けに向かうのは論外だ。
フリアグネの時の様に、足手まといになりかねない。
それらの理屈の全てを理解した上で強く思う。
何もしないのは嫌だと。
そして、ふと考える。
この白骨の様な徒。
消えかけで海底でただ消滅だけ免れていた徒。
自分では確実にはヘカテーの助けにはなれない。
だが、この徒なら?
悠二は徒をどんな場合においても敵だとは思っていない。
当然、危険もある。
だが、今はヘカテーを助ける事の方が重要だ(悠二はフリアグネとヘカテーしか徒を知らないため、ヘカテーをそんな大層な徒だとは思っていない)。
悠二は白骨に手を添える。
存在の力を注ぐために。
眼前に、大木ほどもある蔦が襲いかかってくる。
その蔦の横薙ぎの一撃をヘカテーはバックステップで躱す。
そして、躱した先のビルがえぐられ、そのまま崩れ落ちる。
先ほどからこの規模の攻撃を間断無く仕掛けてくる。
下手に防御する事もできない。
体勢を崩して捕まりでもしたらただでは済まない。
攻撃を躱しながらヘカテーは冷静に分析する。
(おかしい)
今、自分を蔦で襲っている金髪の少女。
そして、その少女に甘える様に縋りついている少女に瓜二つの金髪の少年。
そのいずれからも、いや、二人合わせたとしてもこんな滅茶苦茶な規模の攻撃を延々続ける事など出来はしないだろう。
だが、さっきから勢いが落ちるどころか増している。
(何か、ネタがありそうですね)
気配からしてこの金髪の少女。
存在の力を高効率で扱える自在師なのだろう。
この攻撃も何か仕掛けがあるという事。
この手の相手は、時間を掛ければ掛けるだけこちらが消耗させられる。
金髪の少年の方の能力も未知数だ。
加減無しの一撃で早目に勝負をつける。
また一つ、蔦の一撃を避け、大きく上に飛び上がったヘカテーの周囲の水色の光点が、一気に光量を増す。
(力を注いでも、ヘカテーの助けにならなきゃ意味が無い)
少しの力では意味が無い。
逆に、少しの力でも自分が殺されてしまう可能性は高いだろう。
(ならいっそ、多くの力を注ぐ方が正解だ)
そう結論づけた悠二は自らの半分近く、並の"王"にも及ぶ程の存在の力を添えた手から注ぎ込む。
くたびれた白骨の、存在感が増してくる。
変貌が始まった。
白骨を肉が、皮が覆い、その銀髪が長く伸びる。
ボロは、胴と腰に銀の胸甲と草摺りの装着された青い中世風の衣装となり、頭には冠を模した兜。
肩から襷の様にかけられた剣帯に、凝った意匠のサーベルが吊られている。
最後に、左肩から身体半分を覆うマント。
細身長身の精悍な容貌の青年へと変わる。
変貌を遂げた徒。
その目が、静かに開く。
(‥‥‥明るい‥‥)
目が、景色が見える。
(どこだ?ここは)
夢だったのか、あの少女が自分を倒し、手を握り、別れた。
自分は誓いを果たし、海底に沈んで消えたはず。
そこでふと真横で自分を緊張、いや恐怖か、の眼差しで見ているガキがいる。
(トーチか‥‥)
まあ、人間だろうと大差無いが。
というか、『あれ』が夢だったとしてもこの状況は何だろうか。
よく見なくても、ここは『天道宮』ですら無い。
少女もメイドも『奴』もいない。
しかも、この妙な山吹色の結界は何だ。
わけがわからん。
「おい、子供」
こいつに聞くか。
「なっ、何だ」
一丁前にため口か、まあ、どうでもいい。
「ここは何処で、お前は誰で、『これ』は何だ?」
「ここは天道宮が沈んでた海岸で、僕は坂井悠二だ。
『これ』が何なのかはわからない。封絶に似てるけど」
天道宮が沈んでいた?
なるほど、夢では無かったらしい。
こいつの名前が知りたかったわけでは無かったのだが。
それより何故自分が生きているのか。
「あんたは、天道宮の中で、その『カイナ』の力で消えずに生きていられたんだ。
『カイナ』の事は知ってるんだろ?」
訊きたい事を訊いてもいないのに答えてきた。
気の利く奴だ。
少年にわずか好感を持つのも束の間。
指差された自分の座っている場所を見て、『カイナ』の言葉を理解した瞬間、激しい不快感が沸き上がる。
バッッ!!
すぐさま『そこ』から飛び退き、
ボッ!!
その全身を七色の虹の炎が包み込む。
「なっ!?『清めの炎』?何で突然!?」
「最悪の気分だからだ。」
「はっ?」
「これ以上ないほどに不快だからだ。
この上、口に出させるようなら刻むぞ」
「‥‥訊きません」
ちなみに、『清めの炎』というのは、体のあらゆる汚れを清める自在法である。
「それで?何でお前は俺に力を分けた?」
向こうで暴れてる連中なわけも無いだろう。
「あっちで仲間が戦ってる。
あんたの力が借りたい」
(『仲間』‥‥ねえ)
トーチ、いや、力の大きさからしてミステスだろうが、随分不似合いなセリフである。
まあ、『かわいそうだったから』などと言ってくるよりは信憑性はあるが。
「仲間とは言うが、あそこにいる奴ら全員"紅世の徒"だぞ?
わかってるのか?」
わかってるとは思うが確認したくなるような信じがたい話だ。
「わかってるよ。
でも、ヘカテーは人を喰わない。それに‥‥守りたい」
なるほど、中の宝具は知らないが頭の中身は大層な変り者だ。
「どっちだ?」
「他のよりも大きい方」
(他のって言っても二人しかいないだろ)
とは思ったが、別の事を口にする。
「守りたいのは結構だがな。
どうやら必要はないらしい」
そう言って、復活した紅世の王"虹の翼"メリヒムの指差す先で、
水色の大爆発が巻き起こった。
(あとがき)
メリヒムは原作でも喋った数がレギュラーより少ないので難しいです。
不自然じゃないですかね?