『誓いは果たした』
『俺の彼女への愛のために』
足場が崩れる、宮殿が墜ち、海に沈む。
冷たい海水が流れ込んでくる。
嵐の中のように柱が、瓦礫が家具が、海流に巻かれて海中を飛びかう。
もう、瞼を開ける事さえ出来ない。このまま、消えていく。
だが、誓いは果たした。
思わぬ"ご褒美"までついてきた。
『満足、だな』
体から火の粉が溢れだし、人の形を保てなくなっていく。
皮を、肉を失い、白骨と化した男の、海流に振り回され、最後に止まった場所。
"それ"を背に感じ、
『ちっ、死に場所だけは最悪だな』
意識の途切れる間際、男の脳裏をよぎったのはそんな思い。
数年前の話である。
街外れの小山の中、木の枝が風を切る音と、時折、少年の奇声が聞こえる。
この街についてから三日目の朝である。
あれからこの街のホテルに泊まり(当然の様に同室)、朝と夜の鍛練以外はヘカテーの自在法で身を守りながらの海底探索の生活を送っている。
今は、その朝の鍛練の時間である。
「ふっ!!!」
ヘカテーの繰り出す右からの一撃を躱す。
が、
「ぐえ!!」
ヘカテーの持つ長い木の枝の柄部分の一撃に捕まる。
「単発の攻撃なら何とか躱せる様になってきましたが、連撃になるとまるでダメですね。
実戦で敵が親切に一発ずつ攻撃してくれるわけではありません。
ちゃんと連撃にも対応出来る様になって下さい。」
わかりきった事をわざわざ付け足してヘカテーが言ってくる。
前より少しはマシになってきたとはいえ、小柄な少女になす術なくやられ続けるというのは少年の矜持を結構傷つける。
「朝の鍛練は夜ほどの伸びはありませんね。
どうやら貴方は自在師の方に適性があるようです。」
黙ってしまった悠二にヘカテーがさらに語る。
「自在師って?それに、夜も朝も大して何も変わってない気がするんだけど」
ヘカテーはその言い方に何か感じたが、とりあえずとして質問に応える。
「自在師というのは自在法に長けた者の事です。
貴方はそちらの方が得意な様です」
「ふぅん‥‥。体術よりは少しはマシなのか‥‥」
気の無い返事だ。
ここでヘカテーは先ほどの違和感の正体に気付く。
どうやらこの少年は拗ねているらしい。
言動の端々にふてくされた態度がにじみ出ている。
拗ねている理由に見当がついているからか余裕を持って観察できる。
かわいい所もあるものだ。
"仕方なく"悠二にフォローを入れる事にする。
「本当に自分が成長していないと思いますか?」
その言葉に怪訝な顔を向けてくる悠二。
どうやら本気で気付いていないらしい。
「朝の鍛練の成果は証明しづらいですが、夜の方なら具体的な成長を見せられますよ?」
少し楽しげに言うヘカテーに悠二は内心少し腹を立てる。
自分はそんな虚しくなりそうなものなどあまり見たくない。
「どうやって見せるんだよ。夜は、『器』を合わせて力を繰ってるだけじゃないか」
あれだけで自在師の適性とか言われても正直騙されてる気分だ。
「存在の力を"自在に"、器用に操れる事自体が自在師に向いているという事なのです。
見ていて下さい」
言ってヘカテーは一本の大木の前に木の枝を持って構える。
いつもの朝の鍛練の時と変わらない。
存在の力の流れでそれくらいの事はわかる。
ヘカテーが大木に一撃、たたき込む。
バキィィィ!!
「今ので成長具合が少しはわかりましたか?」
楽しそうにヘカテーが言ってくる。
「‥‥‥‥はい‥‥」
いつもの朝の鍛練で自分が振るわれている一撃。
唖然とする悠二の目の前で、その一撃を受けた大木が、
その幹を大きくえぐられていた。
「お兄様、もうしばらくお待ちくださいね。
シュドナイが追い付き次第、また贄殿遮那(にえとののしゃな)を探しに行かれて構いませんから」
香港にて『万条の仕手』の襲撃を受け、それを護衛の"千変"シュドナイの力で退けた"愛染の兄妹"は今、日本に渡り来ていた。
そこには"千変"の姿は無い。
三人は、香港から日本への海上で、ある"徒"の襲撃を受けた。
そして、その徒の相手を常の様に、護衛のシュドナイが勤めている間に"愛染の兄妹"は先に日本に渡ったためだ。
"愛染の兄妹"が、護衛を置いて先に日本に来た理由は、香港で『万条の仕手』と遭遇した時ほどの窮地だった‥‥わけではない。
単純に、兄妹の兄、"愛染自"ソラトが飛べないため、長時間海上に留まる事を嫌ったためだ(危険でもある)。
「うん、ティリエルが、我慢しなくちゃ、ダメだって、言ってたから、でも僕、お腹減っ、た」
ソラトは通常"徒"が使う『達意の言』をまともに繰る事ができないため、その言葉は非常に聞き取りづらい。
「シュドナイが来るまで、この私が身を以てお兄様をお守りしますから」
そう、今まで幾度となくしてきた宣誓をし、彼女独自の自在法・『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』を拡大させる。
山吹色の枯葉を舞わす、特殊な防御陣が周囲に展開される。
その防御陣の中、動きを止めた人間の中に混じる残りかす・『トーチ』へと向けて、ティリエルはその手に僅か灯した山吹色の火線で描かれた自在式を打ち込む。
「さあ、お兄様。あれ以外を存分に御上がり下さいな。」
「うん!いただきまーす!!」
妹の許可を得た兄が子供の様にはしゃぎ、周囲の人間を喰らっていく。
「ふふっ、お兄様ったら」
そんな兄を嬉しそうに眺める"愛染他"ティリエル。
彼女達は気付いていない。
自分達に近い所に、かつてあしらわれた"紅世の王"が来ている事に。
「‥‥‥‥‥‥」
悠二は今、海底、沿岸部に来ている。
ヘカテーの自在法は水圧などの影響を緩和させるといった程度のもので、あまり長時間いると息苦しくなるし、濡れもする。
何も聞いて来ていなかったので水着などの気の利いた物は無い。
着衣で潜っているため服が重い、そして寒い。
まだ五月である。
今までは自在式の力かと思っていたが、これも身体能力を強化できている証拠なのだろうか。
よく考えたら、結構滅茶苦茶な事をしている。
普通なら軽く溺れ死に、漂流している所だ。
だが、そんな無謀な海底探索も報われたのかも知れない。
ヘカテーに確認をとるまでも無い。実にわかりやすい。
『アレ』が『天道宮』だ。
喜び勇んで、ヘカテーに報告するために(息継ぎをするために)海上に上がり、さっきまでそこでヘカテーが休憩していた場所を見る。
いない、が、置き手紙らしき物の上に石を置いてある。
『何か暖かい物を買ってきます。』
気を遣ってくれてるのか気まぐれなのかわからない。
リアクションに困る。
「はあ、仕方ないか。」
一人で探して来よう。
今までもヘカテーに比べるとかなり海中移動が遅く。役立たず感があったのだし。
どうせなら、中にあるはずの『カイナ』という水盤も見つけてしまおう。
そして再び海底に潜る。
もはや崩れて瓦礫の山と化した宮殿の、空洞のある所から中に入っていく。
その奥、上も下も無いほど崩れているが、闘争のパノラマを天井(多分)に描かれた大伽藍。
その隅に、僅かに存在の力を感じる。
『カイナ』という宝具の気配か、とあてをつけて、その気配の上の瓦礫を押し退ける(これもすでに人間業ではない)。
「っっ!!?」
そして、一目見て、一瞬で自分の軽率さを激しく後悔する。
根元の瓦礫ごと崩れてきたのであろう銀色の水盤。
おそらくこれが『カイナ』だろう。それはいい。
だがその水盤の上に倒れているボロ布を纏った白骨。
こんな近くに来るまで気付かない程に小さな存在の力しか持っていない、だが、確かに、
"紅世の徒"だ。
(あとがき)
最近、自分の首を絞めかねない展開ばかり書いてる気がしますね。
かといって軌道修正効かない所まで来つつあるのでこの感じで行こうと思います。
こんなのでよければ今後もよろしくお願いします。