午後の授業でもヘカテーが教師から授業の権利を奪おうとし、それを坂井悠二が防ぐという事態を経て、今は放課後、帰り道。
先刻の約束通り、白玉を食べに御崎市中心街を並んで歩く坂井悠二とヘカテー。
そして、
「フフ〜ン♪フン、フ〜ン♪」
鼻歌を歌いながらその少し前方を歩く平井ゆかり。
時々、踊るように回っている。
何が楽しいのか知らないが今日の昼食の途中からずっとこの調子である。
この平井ゆかりがここまで上機嫌な時に自分がロクな目に遭わないと経験で知っている坂井悠二は心中穏やかではない。
だがそれより、
(このままだとヘカテーが居候してる事ばれるんじゃないか?)
平井ゆかりの住むマンションは坂井家の付近にある。
それだけでそうそう簡単にばれるとも思えないが、この平井ゆかりは勘が良い。
油断はできない。
今まで不用意なヘカテーの発言をカバーしてきたのが全てパーになる。
「いらっしゃいませー」
店員に出迎えられて甘味処に入り、席に着く三人。
ヘカテーは当然のように‥‥ではなく、少し平井に目を向けてから悠二の隣に座る。
その仕草に悠二は気付かず、平井はさらにこの近衛史菜の可愛いらしさに悶える。
「‥‥で?何でそんなに機嫌いいの?
いい加減気になって仕方ないんだけど」
今まではぐらかされてきた事を訊く悠二。
「まあまあ、ここはゆっくり白玉を堪能しようよ。
ね、近衛さん?」
またもはぐらかし、さらにヘカテーに話を振る平井。
「そうですね。せっかくの"悠二の"おごりです。
味わわねば損というもの。」
"悠二の"を強調して多分本人は気付いていないであろう僅かなトゲを含んで言うヘカテー。
そして、そんなヘカテーが可愛くて仕方ない平井。
「うんうん、せっかくの『悠二』のおごりだしね!
でも食べすぎないようにしないと千草さんの晩御飯食べられなくなっちゃうからほどほどにね!」
「っ!!げほっ!ごほっ!!なっ、なななな!!?」
「"ななな"じゃわからないよ?坂井君?」
面白そうに笑いながらそうのたまう。
「おばさまと知り合いなのですか?」
動揺する悠二を無視して平井に訊くヘカテー。
「前に二回会った事あるくらいだけどね。近衛さんほどは仲良しじゃないかな?」
ヘカテーの頭を撫でながらそう返す平井。
間違いない。ばれている。
でも何故?昨日も今日もヘカテーに付きっきりだったからヘカテーが話したわけではない事はわかる。
当然、自分も話してなどいない。
そんな悠二の混乱を察して平井が話し始める。
「わからない?」
わからない。さっぱりだ。
そんな悠二と、別な意味でわかっていないヘカテーが揃ってコクコクと頷く。
それを見て、さらに笑みを深めながら平井は答を示す。
「お弁当よ。お・べ・ん・と・う!」
「あっ!!」
そう、悠二とヘカテーの弁当は箱こそ違うが、中身は同じ千草弁当である。
平井は昼食時に目ざとくこれに気付いたのだ。
「‥‥‥‥‥」
「?????」
ちなみに沈黙が悠二、混乱がヘカテーである。
「どういった経緯なのか聞かせてもらえるかな?坂井悠二君?」
結局、紅世の事以外の全てを白状させられる悠二であった。
「そう、平井さんにばれちゃったの」
あれから結局、口止め料として白玉をおごらされた後、平井ゆかりと別れ、今はいつもの夕食である。
わりと重大な問題なのだが、ばれた事に関しての千草の反応は薄い。
「そう、って広まったらまずいだろ」
母の呑気さに、やや呆れながらそう返す悠二。
「別にいいじゃない。
ヘカテーちゃんも構わないわよね?」
「はい」
あだ名としてヘカテーと呼ぶ事になった少女に問う千草。
そして、それにあっさり同意するヘカテー。
この二人に同意を求めた自分が馬鹿だったと思う悠二に、
「大丈夫です。ゆかりが同棲の事は話さないと言ってくれました。
心配は無用です」
悠二が自分と一緒に住んでいる事をあまり知られたくないという事を朧気に理解し始めたヘカテーがそう声をかける。
あの後、甘味処で平井がヘカテーに何か耳打ちしてからヘカテーは平井と妙に仲が良い。
不思議だ。
というか、
「‥‥"同棲"はやめてくれ‥‥」
千草はやはりあらあらと笑うだけである。
坂井悠二の部屋、夕食も終わり、風呂も済んだこの場で、悠二とヘカテーは傍から見ると、ただ手を握りあって座っているように見える。
「わかりましたね?
では、今の感覚で今度は貴方が存在の力を繰ってみて下さい。
いざとなったら私が制御しますから」
「わかった。やってみる」
そう、一見ただ座っているように見えるこれは"夜の鍛練"である。
本来ならば、他者が力を使う流れを感じ、自分がその力を使うイメージを作る。
そして、試し、慣れ、自分の技術とする。
この過程を経なければ元人間の悠二が存在の力を繰ったり自在法を使う事はできない。
だが、この鍛練はヘカテーと悠二が『器』を合わせた状態でヘカテーが力を使う事により、『自分が力を使う感覚』を最初から感得する事ができる。
後は実際に自分だけで試し、慣れるだけというわけだ。
今やっているのは存在の力を繰る事による身体能力の強化である。
「‥‥‥‥‥」
たった今感じた『自分が力を使う感覚』をそのままトレースしようと集中する悠二。
その力の繰りを感じとるヘカテー。
「‥‥‥ふう、どうかな?」
初めて扱う異能の力に不安と興奮を混ぜながら手をつないだ少女に訊く悠二。
「初めてにしては上出来です。
"これ"自体は存在の力を消費しませんから、今の感覚を日常的に繰り返して慣れて下さい。
筋肉を動かすのと同じくらい自然に繰れる様になるのが理想です。
今のを見る限り、扱い損ねて力が暴走する事も無いでしょう」
ヘカテーに予想外に見込まれたらしい事に調子づいた悠二は少し前から気に掛かっていた事を訊いてみる。
「あの"狩人"の使ってた宝具って残ってないのか?
この指輪以外に」
その方が手っ取り早く強くなれそうだ。
ちなみにあの時、"銀"に斬り落とされたフリアグネの左腕の指にはまっていた『アズュール』は、あれ以来、悠二の首に紐に通して掛けてある。
「"狩人"はあの長衣に宝具のほとんどを収納していた様ですね。
手元に残った宝具はその指輪と『玻璃壇』のみです」
ヘカテーの応えに肩を落としかけた悠二はふと思い出す。
「あのレイピア?はどうなんだ?
あの時、取り落としてただろ?」
「コレは宝具ではありません。」
宝具じゃない?
しかし、あの時、優勢だったヘカテーの錫杖を弾き飛ばして、貫いたのはあの細剣だったはずだが‥‥
ってコレ!?
見るとヘカテーの手にあの細剣が現れている。
「宝具じゃない?」
繰り返し訊く悠二。
「ええ、これは‥‥」
そこまで言って"柄元にあるスイッチ"を押すヘカテー。
ギュィィィィィィィン
「‥‥‥‥‥‥‥」
高速回転する刀身を見ながら悠二は一応確認する。
「これは?」
「おじさまが一時期大量に造っていた。
"我学"‥‥ではなくて、"浪漫の結晶"ドリルです」
「ドリル?」
「ドリル」
「‥‥‥‥‥‥‥」
変な事で地道に強くなる覚悟を決める坂井悠二を、高らかな機械音が祝福していた。
(あとがき)
フリアグネ編の謎部分をようやく回収です。
誰も気にしてなかった気もしますが。
悠二には宝具に『さほど』頼らない人を目指してもらいます。
悠二は原作では千草弁当作ってもらってなかったと思いますが、このSSでは作られています。