朝の坂井家。
いつもならまだ母・千草しか起きていない早朝。
庭に二つの影がある。
一つはジャージを着こみ、身の丈を超える長い木の枝を手にする水色の少女、ヘカテー。
もう一つは、今も横っ面に一撃もらって見事に倒れている少年、坂井悠二。
「もう一度いきます、構えなさい。」
その悠二に問答無用の声がかかる。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!初日からこんなハードにする事‥‥うわ!」
抗弁の途中での一撃を危うく躱す悠二。
「だから待ってくれって!いきなりこんなの全部躱せっていうのか!?」
ちなみに二人は今、昨夜ヘカテーが提案した鍛練の真っ最中である。
その鍛練初日の内容は、ただひたすらヘカテーの攻撃を躱す事。
結果は言うまでもないだろう、そういった事情で今悠二はサンドバッグと化している。
「貴方の感知能力は私より上です。
攻撃の気配は感じ取っているはず、それに貴方の身体能力でも余裕を持って躱せる速度しか出していません。
躱せないのは貴方が怯えて固まっているからです。」
ヘカテーは容赦なく悠二に"事実"を突き付ける。
「言い方を変えれば、恐れなければ躱せるという事です。
『攻撃される』という事に慣れて下さい」
「本当に僕で躱せる攻撃か?」
暗にもっとソフトにしてくれと縋る悠二。
「さっきからも、全部躱せていないというわけではありません。
それに、『あなたはやれば出来る子なのよ』」
最後のセリフは棒読みである。
明らかに不自然だ。
悠二が怪訝な表情でヘカテーを見ると、どこから取り出したのか『正しい子供の育て方』と書かれた本の表紙をこちらに向けている。
この少女の自分に対する認識が接するごとにわからなくなるのは何故だろう。
そんな事を考えながら、悠二は、千草が二人を呼びに来るまで色んな意味で叩き上げられ続けた。
「どう?悠ちゃん見込みある?」
鍛練を終えた朝食の席で千草がヘカテーに訊ねる。
ちなみに千草は昨日の時点でヘカテーの転校について知っていた。
というより、ヘカテーに転入の手続き方法を教えたのが千草である。
以前フェコルーが学校に潜入した際の話を聞いていたヘカテーは、当然の様に教師として『入学』するつもりだったのだが、書類の上では当然、生徒で転入生だ。
ヘカテーは悠二の説得でしぶしぶ生徒で妥協したが、まだ諦めていない気がしている悠二である。
千草は昨日の朝、息子を驚かせようと思って少女の事を訊かれたら、はぐらかそうとしていたのだが、予想に反して悠二は何も訊いて来なかった。
その時に悠二がヘカテーの事を訊いていれば、無駄に感傷に浸る事も学校であんな目に合う事もなかったのだが。
「素質はあります。
あとは気構え次第です」
そんな千草は自分の息子を小さい少女が鍛えるという不可思議な事を軽く了承している。
そもそも居候の事も千草から推奨し、ヘカテーがすかさず食い付いた形らしい。
今さら放り出すつもりも無いが、そんな大事な事を相談もしてくれないのはどうかとも思う。
「じゃあ、一ヶ月くらい鍛えたら、少しはたくましくなるかしら?」
そんな朝食の席で悠二は会話に取り残されている。
というより、ヘカテーの行動を見て何か考えている。
箸の上にわざわざ食パンを乗せてかじっている。
これは一度何とかする必要があるなと思う悠二である。
「理想としては確かに一ヶ月で形にはしたいです。」
そこで二人揃ってこっちを見てくる。
「‥‥‥最善を尽くします」
そう応える悠二。
断じて言わされたわけではない。
朝の通学路、悠二とヘカテーは並んで歩く。
悠二は昨日の騒動を思い出して早くも頭を悩ませている。
結局、昨日は乱れ来る追及に『遠い親戚の娘なんだ』という応えを返しているが、真に受けている者は誰もいない。
悠二としてはこうやってヘカテーと登下校を共にしていると同居している事がばれてしまいそうで避けたい所だが、
この少女を一人で放置する方がはるかに不安が大きい。
そんな悩める少年と呑気な少女を、
「おはよー!坂井君、近衛さん!」
元気な声が呼び掛ける。
「‥‥‥平井さんか」
「朝から暗いねえ。
まっ、昨日のアレの後じゃ無理もないか」
平井と呼ばれた少女は同情しているような口調で言うが、顔は思いっきり笑っている。
「けど、昨日の今日で仲良く登校じゃ、誤解してくれって言ってるようなもんだよ?誤解ならね?」
「あのね!わかっててからかってるだろ!?」
「おはよう、近衛さん。
私は平井ゆかり、坂井君の友達。昨日の騒ぎじゃ自己紹介どころじゃ無かったから、今改めてよろしく!」
少女・平井ゆかりは哀れな少年の抗議を聞かず、傍らの小柄な少女に微笑んで話し掛ける。
「‥‥‥よろしくお願いします」
突然現れた活発な少女に、目をぱちくりさせるヘカテー。
「やっぱり可愛いな〜。
坂井君も隣の席になれて嬉しいでしょ?」
「何が"なれた"だよ。
自分が隣の席にしたくせに」
「おっ!!『嬉しい』事は否定しないわけだ。
良かったね、近衛さん」
言いながらヘカテーの頭をなでる平井ゆかり嬢。
ヘカテーは混乱しながらも何か言おうとするが、
「大丈夫!このままついてくような野暮な事しないから。
んじゃ二人とも、また後でね!」
みなまで言うなと言わんばかりにそう言うとさっさと駆けて行ってしまった。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥あの方は?」
しばしの沈黙(混乱)の後、ヘカテーが訊ねる。
「平井ゆかり。さっきも言ってたけど、友達だよ。
昨日ヘカテーを僕の隣の席にした娘、覚えてない?」
そう、平井ゆかりは気を取り戻した教師に対し、
「転校してきたばかりの近衛さんは、知り合いの隣の方がいいと思うんです!」
と主張し、自分の席(悠二の隣)にヘカテーを座らせ、自分はヘカテーが座るはずだったその後ろの席に移動したのだ。
一見親切に見えるが、それだけではない。
悠二を冷やかし、さらに噂の二人を観察できる最高のポジションを確保する目的もあったのだ。
とある事情により、平井ゆかりは、悠二にとって一番仲のいい異性である。
当然、悠二は彼女の狙いにも気付いている。
「‥‥友達、ですか」
何やらヘカテーの歯切れが悪い。
ああいうタイプが苦手なんだろうか?
というか、いつの間にかヘカテーがこっちを見ている。
何か訊きたがっているような気もする。
「なっ、何?」
「‥‥何でもありません」
そういう風にも見えないが、まあ、いいか。
「それにしても、珍しいものが見れたなあ」
さっきのやりとりを思い出す。
「?、何がです?」
不思議そうにヘカテーが訊いてくる。
それを見て、少し笑って応える。
「目を白黒させて動揺するヘカテー」
調子に乗った少年の眉間に、白いチョークが叩きつけられた。
香港の海辺の街から、二つにして三つの影が飛び立つ。
それらは小さな島国を目指す。
(あとがき)
平井ゆかりはアニメ版をイメージして下さい。
出番少なかったからオリジナル要素が強くなってしまうのが地雷じゃないかと警戒してます。
そして、セリフとセリフの間に解説?入って読みにくい部分がありますね。
すいません。実力不足です。