フリアグネは戦況を見極める。
今、自分に残された戦力でこの劣勢を覆す。
燐子を爆発させる『ダンスパーティー』。
武器殺しの鎖『バブルルート』。
無数に分裂するカード『レギュラーシャープ』。
フレイムヘイズを自爆させる『トリガーハッピー』は切り札の一つだが、徒相手では意味がない。
それと、好みでは無いから使いたくないが、『アレ』。
マリアンヌはもう戦えないだろう。
力が残り少ない様だ。
この"王"は強い。
もはや宝具は二の次だ。
生き残り、『都喰らい』を発動させる事だけを考える。
あの『光弾』は危険だ。
攻撃をされる前に"不意討ち"で仕留める。
「終わり‥‥か。
燐子を破壊したくらいで随分いい気になるものだね。
あの燐子達を作ったのは私だ。
当然、それよりはるかに大きな力を持っている。」
ヘカテーは身構えつつも敵の言葉の内容を考える。
当たり前だ。
紅世に関わる者なら人間でさえ知っている"常識"である。
何故、今そんな話をする?
そんなヘカテーの疑念を、
その目に映ったもう使えないはずのハンドベルを持った狩人の右手が、
「下だ!!」
その耳に聞こえる再びの少年の呼び掛けが解消する。
それだけで敵の狙いを読んだヘカテーは、今自分の足元にある、先ほどの燐子の爆発で空いた穴から一歩下がる。
その間にも慌ててハンドベルを鳴らすフリアグネを確認している。
そして、穴から飛び出した、階下に潜ませてあったのであろう燐子。
それを、かざした『トライゴン』から生み出した一陣の突風で、『破壊せずに』吹き飛ばす。
白い狩人に向けて。
自らが生んだ燐子の爆発がフリアグネを包み込んだ。
「ぐっ‥‥‥はあっ‥はあっ」
安全策を取ったつもりが、完全に裏目に出てしまった。
それだけではない。
『戦い』に集中した事が、結果として『非力なミステス』の存在を思考の外に追いやる事になってしまった。
大体、何故ミステスが徒に味方する?
奴さえいなければ最初の燐子の爆発で勝負はほぼ決まっていた。
自分がその中身を欲していた事も忘れ、フリアグネはそう思う。
『ダンスパーティー』も今の爆発で砕けてしまった。
もう『都喰らい』は起こせない。
だが、死ぬつもりはない。
そしてまだ負けたわけでもない。
ヘカテーはとどめをさすべくフリアグネにトライゴンを向ける。
その錫杖頭の遊環の奏でる透き通った音に合わせて、彼女の周りの光点がその光量を増す。
と、
爆発の煙の向こうから無数のトランプのカードが飛んでくる。
しかし、元来が武器の宝具ではないのだろう。
飛んでくるカードからはそれほどの力は感じない。
予測に違わず、ヘカテーの周囲を取り巻く光弾を前方に集めるだけで簡単に防がれる。
そのまま自在法・『星(アステル)』をカードが飛んで来た方向に放とうとするヘカテーの目に、
「うっ、うわあぁぁぁ!」
今度はカードではないものが、金色の鎖で全身を絡め取られ、こちらに投げ飛ばされてくる少年が映る。
だけではなく、その少年の後を追うように、フリアグネがこちらに向かって走って来る。
少年を楯にして、こちらの光弾を封じるつもりらしい。
しかし、
「うぐあっ!」
ヘカテーは飛んできた少年を横に、"フリアグネと自分との間"の外に蹴り飛ばす。
フリアグネは右手に長めの細剣を生み出し、突っ込んでくる。
その動きを見て、確信する。
体捌きなら自分の方が上だ。
この突きを流して、
ギィン!!
『星』を叩き込む。
だが、トライゴンで突きを受けた細剣に、ヘカテーは気付く。
(これは!!)
瞬間、
激しい火花が散り、『トライゴン』が弾かれる。
そのまま、細剣が深々と突き刺さる。
「うああぁぁぁっっ!!!」
坂井悠二の耳に、少女の悲痛な叫びが届く。
坂井悠二の目に、細剣を胸に突き立てられ、血のように水色の火花を溢れさせる少女の姿が映る。
坂井悠二の胸中に、自分でもよくわからない。
ごちゃまぜな。だが、今まで‥‥人として生きていた時にも感じた事の無いほどの強い激情が猛然と沸き上がる。
その激情のまま、叫ぶ
「っあああああああああああああああ!!」
炎が沸き起こる。
その色は燦然と輝く、
"銀"
フリアグネは今、目の前で何が起こっているのかわからない。
『ミステス』を楯に使い、その隙を突いて"頂の座"を貫いた。
見事な逆転劇だ。
『都喰らい』は失敗したが勝ったのは自分たちのはずだ。
なのに、
何故、『こう』なっている?
目の前、
何だ"こいつ"は?
銀色に燃え盛る、歪んだ西洋鎧。
その手には、たった今自分を襲った両刃の斧がにぎられている。
足元、
今"斬り落とされた"自分の左腕が白い火花を上げている。
少女の前に立ちはだかる西洋鎧。
そのたてがみのように銀の炎を吹きあげる兜、そのまびさしの下からのぞく、目が、目が、目が、目が。
それら全てが複雑に絡み合う強い激情を持ってこちらを見ている。
「うっ、うわあぁぁぁ!」
その目に、初めてにも等しい『恐怖』を感じた"狩人"が迷わず『逃げ』をとる。
恋人であるマリアンヌだけを連れ、屋上から飛び立つ。
その飛び立つ後ろ姿を、
水色の流星群が貫いた。
白の狩人とその恋人は水色に燃えて、夜の真南川へときえていった。
「ヘカテー」
今、坂井悠二は"頂の座"ヘカテーのすぐ傍らにいた。
もうさっきまでの銀の炎も、西洋鎧も消えている。
横たわっている少女の胸からはいまだ水色の火花が溢れ出ている。
「‥‥助からないのか?」
こんな事しか言えない自分が心底憎い。
「‥‥存在の力が、‥‥足りません。
"このまま"‥では、‥助かりませんね‥‥」
ヘカテーは、力なくそう告げる。
その言葉に、行き場の無い怒りが沸き起こる。
「なら!、僕の存在を喰えばいい!!
トーチでも傷を塞ぐくらいできるだろ!!!」
自分が喰われる。
なぜかその事が大した事じゃないように思えた。
その言葉に、ヘカテーは静かに首を横に振る。
(っどうしてっ!!)
さらに食い下がろうと身を乗り出す悠二の胸に、
トン
少女が軽くもたれかかる。
「貴方‥‥次第だと‥‥言いましたから‥‥」
少年の胸中を読んだように少女は言う。
「‥‥‥‥‥」
悠二はそんな少女に、
もう何も言わず、ただその肩を軽く抱いた。
言葉もなく、寄り添う二人の、
心が、
静かに重なる。
ゴオオォン
時計塔が、鳴り響く。
その日の終わり。
あるいは次の日の始まりを告げるため。
(あとがき)
次が第一部エピローグです。
不可解に感じる部分を感じる方もいると思いますが、次で整合性をつける(説明を入れる)つもりです。
感想で教えて頂いた箇所に関しては二部で生かしたいと思います。
こんな二次創作を読んでくれる方達に今日も感謝を。