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No.38563の一覧
[0] 化物語SS こよみサムライ 第二部[3×41](2014/09/28 21:31)
[1] エルザバード001[3×41](2013/09/23 20:40)
[2] エルザバード002[3×41](2013/09/26 18:44)
[3] エルザバード003[3×41](2013/09/26 18:45)
[4] エルザバード004[3×41](2013/09/29 09:23)
[5] エルザバード005[3×41](2013/09/30 07:23)
[6] エルザバード006[3×41](2013/11/18 23:45)
[7] エルザバード007[3×41](2013/10/07 18:25)
[8] エルザバード008[3×41](2013/11/10 16:50)
[9] エルザバード009[3×41](2013/12/09 19:07)
[10] エルザバード010[3×41](2013/12/09 20:07)
[11] エルザバード011[3×41](2013/12/14 08:02)
[12] エルザバード012[3×41](2013/12/19 19:29)
[13] エルザバード013[3×41](2013/12/22 00:37)
[14] エルザバード014[3×41](2013/12/21 23:24)
[15] こよみサムライ001[3×41](2013/12/22 22:21)
[16] こよみサムライ002[3×41](2013/12/27 00:03)
[17] こよみサムライ003[3×41](2013/12/27 07:18)
[18] こよみサムライ004[3×41](2013/12/29 11:21)
[19] こよみサムライ005[3×41](2013/12/29 11:21)
[20] こよみサムライ006[3×41](2014/01/21 22:14)
[21] こよみサムライ007[3×41](2014/01/01 18:11)
[22] こよみサムライ008[3×41](2014/01/21 20:42)
[23] こよみサムライ009[3×41](2014/01/21 21:56)
[24] こよみサムライ010[3×41](2014/02/03 18:32)
[25] こよみサムライ011[3×41](2014/02/03 01:47)
[26] こよみサムライ012[3×41](2014/02/05 02:15)
[28] こよみサムライ013[3×41](2014/02/07 02:08)
[29] こよみサムライ014[3×41](2014/02/08 03:52)
[30] こよみサムライ015[3×41](2014/02/12 05:46)
[31] こよみサムライ016[3×41](2014/02/18 21:16)
[32] こよみサムライ017[3×41](2014/02/18 21:18)
[33] こよみサムライ018[3×41](2014/03/06 01:01)
[34] こよみサムライ019[3×41](2014/03/10 02:02)
[35] こよみサムライ020[3×41](2014/03/10 01:29)
[36] こよみサムライ021[3×41](2014/03/16 09:10)
[37] こよみサムライ022[3×41](2014/03/16 10:03)
[38] こよみサムライ023[3×41](2014/03/16 10:16)
[39] こよみサムライ024[3×41](2014/03/16 21:58)
[40] こよみサムライ025[3×41](2014/05/02 12:17)
[41] こよみサムライ026[3×41](2014/05/28 00:38)
[42] こよみサムライ027[3×41](2014/06/29 11:52)
[43] こよみサムライ028[3×41](2014/06/29 11:53)
[44] こよみサムライ029[3×41](2014/06/29 12:20)
[45] こよみサムライ030[3×41](2014/09/28 21:24)
[46] こよみサムライ031[3×41](2014/09/28 21:27)
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[38563] こよみサムライ026
Name: 3×41◆ecb68eaf ID:a23a0029 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/05/28 00:38
 未だにハーレンホールドの全市街は、当然のことながら、混乱のるつぼだった。

 そりゃそうだ。僕は僕の隣を並走するおののきちゃんと一緒に、レオニードのセントラルビルへと、ビルの屋上を人外の脚力でもって跳躍していたのだけれど、ちょうど跳躍した時に道路や遊歩道に所せましと巨大な根が張り、人々が倒れているのが目に入ってきた。

 おののきちゃんいわく、巨大な木々のソウルスティールの予備発動段階でこれなのだそうだ。
 これだけでも大災害だが、逆にまだこれだけで済んでいるともいえる。

 ビルの屋上を跳躍する僕とおののきちゃんの正面には、天を貫くようなレオニードのビルが近くに見え始めていた。



 #


「ここもひどいな」

 それは、レオニードのセントラルビルのエントランスに入った直後の僕の率直な感想だった。
 ビル内部にも巨大な木々が根を張っている。先日ここに来たときにおののきちゃんに教えてもらっていた巨大な石像は、これもまた巨大な木の根に貫かれてボロボロに朽ち果てていた。

 あたりを少し見回してみたが、ひとけはなく、静まり返っている。本当にここに“樹魅”がいるのだろうか?
 実のところ、もうひとつ確証もないのだが、可能性はなくはないというのも事実である。

「鬼いちゃん。まぁ想像つくと思うけど、やっぱりエレベーターは使えないみたいだね。ここでかわいいボクが提案する選択肢は三つだよ」

「ああ、どうするんだい?」

「一つ目は、やっぱりこの場を離れるって手さ。ていうか、普通そうだと思うんだよね。鬼いちゃん、お人よしにもほどがあるよ」

「それで、次の手は?」

「だと思ったけどさ。ていうか、いまさら逃げて、この樹海のソウルスティールから逃れられるかっていうのは、結構難しいような気もするけどね。二つ目は、階段を登るって手だね。エレベーターが使えないなら階段を使うしかない。まぁ当然っちゃ当然だよね」

「そうだな。このビルって、外から見た限りだと階数すごそうだったけど、今の僕の身体能力ならまぁ大した問題じゃないと思うぜ。で、三つ目は?」

「三つ目は、最期の時をかわいいボクとゆっくり過ごさない?っていう、ささやかな提案だよね」

「……」

「いぇーい」

 心なしか、しかし無表情に横ピースをしてみせるおののきちゃんをよそに、先に階段区画へと向かったのだった。

 #

「しかし、さっきも言ったけどさ、やっぱりボクには、鬼いちゃんの行動は異常と言わざるをえないね。まぁいまさらではあるんだけどさ」

 それは僕とおののきちゃんが階段を登っている時に、おののきちゃんの口から発せられた言葉だった。
 階段を登るときは、普通、一段一段登るか、ないしは一段飛ばしくらいがせいぜいだろうけど、このときの僕とおののきちゃんは、一回の跳躍で1階分の階段をすべて飛び越していた。

 僕がうん?と、心渡を右手に持ち、階段を登りながらにおののきちゃんのほうに注意を向けると、おののきちゃんは言葉を続けた。

「だってそうだろう? もし鬼いちゃんの同居人が仮に誰か助かったとしてもさ、その誰かは鬼いちゃんの存在を忘れちゃうんだよ? いや、正確には、鬼いちゃんと、羽川暦の存在を分離させてしまうんだよ。それって、でも忘れられるっていってもさしつかえないよね」

「ああ、それはそうかもしれないな。まぁでもそれはいいんだよ。だって仕方ないだろ? もともと僕は阿良々木暦の存在を取り戻したかったわけなんだからさ」

 そうだ。それ自体は、仕方のないことである。阿良々木暦と羽川暦と、どちらの存在で生きるのかと問われれば、迷うことなく前者を選ぶ。別にこの土地に骨を埋めようというわけではないのだ。結果的にそういうことになってはいるのだが。

「それならそれでさ、ここまでする義理なんて、ないんじゃないのっていうのが、極一般的な感覚だと思うけどね、何を彼らにそんなに入れ込むことがあったのかな? あ、これはボクの興味本位なんだけどさ」

「なんでって、そりゃぁ、それは……」

「もしかしてあの銀髪のおねえちゃんに惚れちゃったとか? それとももう一人のほうかな?」

「そんなんじゃねーよ。あいつらは、なんていうか、いいやつらなんだよ」

「いいやつら、って、それじゃ理由として弱いでしょ。鬼いちゃんがたまに正義漢やらかしちゃうって噂は聞いてたけどさ。それにしたって、いいやつらだからって会って数日の人たちのために命を懸けたりなんてしないもんだよ」

「いいだろ別に! じゃぁ一宿一飯の恩とか、そういうあたりにしといてくれよ!」

 僕自身、自分の心境について理解できているわけではないのだ。半ば、強引に質問を振り切るような僕の物言いに、おののきちゃんは、しかしやはり無表情で反駁するのだった。

「ふぅん。まったく、合理的じゃないなぁ。鬼いちゃんは。まぁそこらへんのこと、式神人形のボクにはわからないことなのかもしれないなぁ」


 #


 階段を上り始めてから、20階ほどを一息に登ってきた。階段を上る途中から、階段の近くに備え付けられているでかいまどから外の様子が見えていた。
 この中央ビル以外にも、ここはそこそこの高層ビル群が立ち並ぶ区画であるようだったが、その高層ビル群の合間から、はるか遠くのビルの影の後ろから火柱がほとばしるように上がっていた。あの炎は、メアリーの異能のものに違いなく、そしてあいつが相手取っているのは不死の“祟り蛇”に違いない。

 ていうか、あれはあれで、どうにかできるようなものなんだろうか。あの不死の“祟り神”潰しても斬っても、傷口が再生するどころか、新たに蛇の頭が生まれ出てくる。おののきちゃん曰く、あれはこのハーレンホールドの大霊脈とレオニードの鍵を介して同調させることでその不死性を獲得しているという話だったけれど、その霊紋を同じくもつメアリーだけがあの祟り蛇を滅することができる。そういう話だったが、あの巨大な蛇をメアリー一人に任せるのは、階段を上りながら、やはり気がかりだった。

 一方、僕は僕で、他に気がかりなことがあった。
 せめて最後になるなら、電話で戦場ヶ原の声を聞いておくんだったと、つい数日前にあったような戦場ヶ原との会話を強烈に懐かしんでいた。
 声を聞きたかったし、顔を見たかったし、なんだったら罵られたかった。
 だからといって、ここから逃げるっていう選択肢も選ぶ気にはなれない。しかし、このまま僕が“阿良々木暦”として死ねば、なんらか記録が残って、戦場ヶ原に届くだろう。そうなれば、あいつはあいつで自分の気持ちに整理をつける助けになるに違いない。行方不明者として永遠に失われるよりはずいぶんといいはずだ。まぁずいぶんと後ろ向きな観点ではあるかもしれないけど。

「鬼いちゃん。大丈夫かい?」

「あ、ああ。大丈夫だよおののきちゃん。丈夫さだけが吸血鬼の特性って言ってもいいからね」

「ならいいんだけど。とはいっても、どこにでもいる一刀流吸血鬼男子高校生に覚悟決めろなんて要求できないけどね。さすがのかわいいボクにもできないけどね。実際のところ、本当の吸血鬼の特性って丈夫さだけってわけじゃないんだけどね。でもまぁ、考えてることはわからないでもないよ」

「ああ、そうか。いや、いいんだよ。早くビルを調べないとさ」

「最後に、かわいいボクと熱いチューでもしておくかい? 鬼いちゃん」

「思ってねぇよ」

「え、思ってないんだ。でもさすがにボクもそれ以上を求められても、そこまで時間があるわけでもないし、困ったな」

「だから言ってねぇよ。思ってもないわ。ていうか時間があったらいいのかよ。大体僕に彼女がいるのはおののきちゃんだって知ってるだろ。なんでこの期におよんで浮気しなきゃいけないんだよ」

「浮気、浮気ねぇ」

 一緒に階段を全飛ばししながら頭をよぎったのは、おののきちゃんは、僕がいなくてもこうしたのだろうかということだった。
 ただ、おののきちゃんひとりでは、このビルにめぼしをつけることは難しかったかもしれないが、それでも、この子の役割はこの大霊脈の集合地、ハーレンホールドの守護、防衛だった。
 それならば、やはり単独でもこうしていただろうか、それとも、僕がこっちに来たから、付き合ってくれてるのだろうか。
 だとすればなおのことだけれど、いずれにせよ、僕はおののきちゃんもやはり死なせたくはなかった。それはおののきちゃんからすれば、怪異の専門家からすれば、もしかしたら余計なお世話どころか、ある種の侮辱にすら受け取られることなのかもしれないけれど。
 おののきちゃんは一足飛びに階段を1フロアずつ上りながら続けた。
 
「浮気というならだよ。鬼いちゃん。この状況だって、鬼いちゃんからすれば十分に浮気だといえなくもないんじゃないかな」

「うん? それはなかなか辛辣だなおののきちゃん。僕は別に、戦場ヶ原に対して、なにかしらの不義理を行ってるつもりはないんだけどね」

「だってそうじゃないか。普通なら、仮にこの街の住人だったとしても、こんな街自体が木々に覆われて丸ごとソウルスティールされそうな事態になったら逃げ出すのが合理的な判断ってもんだよ。それは責められるようなことじゃない。まして、鬼いちゃんは部外者だ、部外者どころか、日本に彼女を残してるってことじゃないか、なのに自分の命を投げ捨てるようなマネしてちゃ、そりゃボクとしては彼女への本気を疑わざるをえないね。まぁそれは、ボクの個人的な希望的観測を含んではいるけれどさ」

「まぁ、わからなくもないけどね。でもきっと、このまま逃げかえったところで、戦場ヶ原がそれをよしとするかはわからないぜ」

 いや、よしとするだろう。このとき同時にそうも考えていた。あいつはそれをよしとする。僕の逃亡を、保身の優先を、受け入れるだろう。むしろほめさえするかもしれない。よく自制したと。よく彼我の差を天秤にかけて、合理的な判断を下したと、よく生きてもどったと。罵倒でおおいかくしながら、しかしそういうことになる可能性のほうが大きい。そしてうやむやに、しかし確実にそれは許容されるに違いない。
 おののきちゃんは、僕の反駁を察してか否か、
 
「それにこの行為には何の見返りもないんだよね。いまさらいってどうこうなるわけじゃないけどさ。もう進むしかない。たとえ死ぬしかないとしてもね。でも、はなから誰の記憶にも残らないんだよ。鬼いちゃんと寝食をともにしてたあの4人の学生たちも、どうせ鬼いちゃんのことは忘れてしまうのに」

「……ああ、知ってるよ。でもいいんだよ。僕は別にあいつらになにかしら感慨を与えたいわけじゃないしさ。半分負け惜しみだけどさ、勝つか負けるかでも、生きるか死ぬかでもないよ。あいつらは僕なんだ。だからやるしかないんだよ」

 その言葉は、おののきちゃんにはおそらく半分も理解できなかっただろう。僕本人にすら理解できないんだから。そうしなければならないからそうしなければならない。そういう感情的なものだ。
 しかしながら、この場面における僕の意気込みのようなものは察してくれたようで、おののきちゃんは短く返事をして言ったのだった。
 
「ふぅん。まぁそれはそれとして、鬼いちゃん。そろそろビルの中位層だけど、気を張っておいてよ。何かいるようだよ」

 僕とおののきちゃんはビルの中位層への出口のすぐそばまで来ていた。目の前に階段の出口が見える。
 おののきちゃんはそういって、階段の出口のほうを向き、僕もその言葉に、右手の心渡を握りなおしてその階段の出口へと飛び込んだ。
 
 
 #
 
 
「当たりみたいだな」

「あはハ、きミが来たのかイ。理解でキなイな」

 階段を出た先は、このレオニードのビルの中位層の、展望フロアのようだった。
 えらく広いフロアに、全方位的に層ガラス張りで、このハーレンホールドが見渡せる。
 残念ながら、そこに“樹魅”の姿を見ることはできなかったが、
 そして、その中央のさらに上へと続く階段にいたのは二人、その一人は、先ほど僕にそう言葉をかけてきた“存在移し”、そしてもう一人階段に腰を下ろしていたのは、山犬部隊の主席“白犬”ランドール・ダンドリオンである。

 その男は、階段に座っていた状態から立ち上がると、顔の前に人差し指を持ち上げた。
 
「?」

 次に、その人差し指に白く光る粒子が発生したかと思うと、次の瞬間にはボクの目の前にそれが迫り、それとほぼ同時におののきちゃんの影が僕の視界を覆うことになった。

 ビキキ
 
 ヒビが入るような音が聞こえる。
 見ると、その白犬の、おそらく、攻撃を受けたおののきちゃんの左腕は肩口まで真っ白く変色していた。
 それはよく見ると、変色というより、凍結である。芯まで凍りついたような白い凍結色が肩口まで続き、肩口あたりで凍結色が行ったりきたりしている、それは凍結とそれを押し戻す力がぶつかりあっているかのようだった。

「おののきちゃん―――」

 大丈夫か? そういう前に、おののきちゃんは芯まで凍った左腕に気をやることもないようすで、フロア中央に立つ白犬に向かって右手の人差し指を突き出した。それはもう、純然と、淡々と、しかし明確な殺意を持ってである。

「アンリミテッド・ルールブック」

 おののきちゃんが言った瞬間、おののきちゃんの人差し指が爆発的に膨れて“白犬”に向かった、鋼鉄でもたやすく貫くおののきちゃんの唯一にして必殺の攻撃だったが、その高速の膨張は、しかし白犬の目の前に発生した白く輝く粒子の壁に接触した瞬間、ピタリと停止し、次に人差し指からビキビキと音を立てて凍結しはじめた。

 大丈夫なのか、あれ。

「あ、やば。両腕が逝っちゃった」

 どうも大丈夫ではないようだった。
 人差し指を元に戻したおののきちゃんの右手は、さっきの左手のように肩口まで凍結してしまっていた。
 あの白い粒子、あれがそうさせたのか?

 開幕数秒で、おののきちゃんが戦闘不能になってしまった。
 
「やつをなんとかできると思わないけど。鬼いちゃん。あいつの“アレ”は“スカラー物質”だよ。触れたら最後だ」

「スカラー物質? 聞いたことないけど」

「そうだと思うよ。あんなことできるのはあいつだけだからね。あれは触れたものの速度に干渉する霊子体だ。衝撃力に変換することもできると思うけど、あいつはもっぱら“停止”に使うみたいだね。分子運動の停止はこのとおり凍結に見える」

「そりゃすごいな」

 すごすぎて、手のうちようが思い浮かばなかった。
 さっきの僕への攻撃は、おそらく“白犬”の指先から“スカラー物質”を僕へと射出したに違いない。
 おののきちゃんがそれを受けなければ、今頃僕は全身凍結してしまっていただろう。いかに不死身の吸血鬼でも、芯まで凍ってしまっては死んでいるも同義だ。

 そして、僕がそのあまりにもあまりな戦力差を把握したときには、再び白犬が動作をはじめているのがわかった。
 
「待っテよ」

 その言葉に、白犬の動作がピタリととまった。
 それはその隣にいる“存在移し”のものである。いや、本当に存在移しがそこにいるのか、僕には確かなことは言えなかったが。
 
「あの男のほウは、ワたシが話しタい。もう1人のほウは殺しテもいイよ」

「……」

 白犬が何もいわずに、同意も拒否もせずにいるようでいると、それを制するように存在移しのほうが続けていった。

「忘れルなヨ。“樹魅”の課した“言葉”を言えばお前は死ぬンだ。心臓に埋め込まレた心縛樹があることを忘れるナよ」

「……」

 存在移しが白犬にそういうと、男は、すっと僕とおののきちゃんのほうを向いていった。
 
「恨むなよ。“樹魅”の拷問には誰も勝てない」

「そうかよ。それは気の毒だったな」

 やばい。つい強がりが出てしまった。
 肝を冷やすボクに、横からおののきちゃんがせっつくように言った。

「ねぇ鬼いちゃん。煽るのは勝手だけど、それで状況が悪くなるのは主にボクだってことを忘れないでおいてよね。あと、その妖刀でボクの両手を軽く叩いておいてくれない?」

「心渡でかい? かまわないけど」

「ボクの両手の凍結を抑えるのがそろそろ限界なんだよ。あ、刃のほうをあてないでね。ボクは斬れちゃうかもしれないから、峰のほうで、あ、強くはしないでね」

「いちいち注文つけてんじゃねーよ。これでいいかい?」

 おののきちゃんの言われるままに、右手に持った心渡の腹でおののきちゃんの凍った両腕に触れると、まるで力に拮抗するようにブルブル震えていた両手がピタリととまり、次に肩口のほうから凍結が、一瞬で溶けていった。
 そしてそれを確認するようにおののきちゃんが両手をグッグッと力を込めてみせて言った。
 
「オッケー。あの怪異殺しの持ち物にいいたかないけど、いい刀だね。それじゃぁ鬼いちゃん、グッドラック」

 そういっておののきちゃんは、にわかに両足を開いて白犬のほうを向いた。

「え?」

 おののきちゃんの言葉に、虚をつかれたような僕の目には、次の瞬間、スカラー物質を雪のように全身に球状にまとった白犬がおののきちゃんに高速で体当たりする瞬間が映った。
 おそらく、スカラー物質の加速作用のほうだろう。超高速でおののきちゃんにタックルした白犬と一緒に、おののきちゃんはその衝突をかざした左手で受けて、そのまま一緒になって後方へと吹き飛ばされ、ビルの壁面をたやすくぶち抜き、中空へと投げ出されたかと思うと、そのまま隣のビルへと突っ込んでいった。

 同時に、僕とおののきちゃんは分断されてしまったことを理解した。
 確かに心渡があれば、完全に凍結しないかぎりはあの白犬の術式を解呪できる。
 
「さテ、死ヌ前に、チョっと話デもしなイかい?」

 そして、このビルの展望フロアに残ったのは、僕と“存在移し”だった。
 ビルをぶち抜いて、おののきちゃんと白犬が吹き飛んでいった隣のビルからは、無機的な破壊音が断続的に響いてきていた。おののきちゃんもなんとか戦えてはいるようである。

 僕が“存在移し”のほうを見ると、少なくとも僕にはその位置にいるように思えるそれを見ると。
 “存在移し”は、素朴に、平常的に口角を上げて微笑んで見せた。
 
「せっかく、君ノ“存在”を返してあゲたノに、ドウして戻ってきテしまっタんだイ?」

「……」

 僕が何も言わずに、心渡を握りなおすと、機先を制すように存在移しが続けた。
 
「どチらでもかまワないケど、わタしを殺セるなンて思わなイことだヨ。どんな攻撃力デモ、わタしノ絶対回避を破ることはデキなイ」

 存在移しがそういい終わると、その姿自体が、軽く歪んで見えた。
 たぶん、存在移しがいるように見えるそこには、実体がないに違いない。僕があの存在移しの像を狙って斬りかかっても、実体をとらえることはまずできないに違いなかった。

「どうスる? 今スグにしヌかイ? それトモ、ハレンホールドが、こノ数千年続いた都市が崩れル様を見テかラ死ぬかイ? どうセ、“樹魅”が賢者の石ヲ手に入れレば、試し斬リで何かを潰シたクなる」

「それが僕かよ……」

 いや、それだけじゃすまないかもしれない。
 “樹魅”が殺人狂のきらいがあることは、以前の接触で十分に推察することができる。
 
 そして、存在移し。やつはこのハーレンホールドが、この数千年続いてきた都市が崩れるその様を明らかに楽しみにしているようである。そのためだけに樹魅に力を貸したのか? “樹魅”の異常さばかりに目を向けていたが、だとすれば、こいつもその類のケタ外れの怪異なのだとそう認識を改めざるを得なかった。

「どウせ死ぬなラ、その刀を置いテ、こノ街の沈ム様ヲ、こノ特等席デ眺メてもイイだロウ? そレとも、すグに殺さレるかイ?」

「そうはならんよ。いや、お前はそうすることができんじゃろうよ」

 その声は、しかし、存在移しに対する僕の声ではなかった。
 そのあどけない少女の声は、僕の影からその姿を現しつつある金髪幼女、忍野忍のものだった。
 
「おい、忍……」

 そういいかけた僕をキっと目で黙らせた忍は、眼前の存在移しに対して、傲岸な、不適な、さめざめとした笑みを向けていうのだった。

「お前、“存在移し”とかいうたかしらんがの。ワシの主様を手にかけようとはよくもまぁ不届きなことをぬかしてくれよる。カカカ」

 存在移しは、目の前の金髪幼女の出現に、しかし場数が違うのか、いささかも動じる様子がなく。
 
「こッチは殺しテいいノかナ? 貸し借リもなイし」

 と一人独白し、僕の肝を冷やした。
 その僕の動揺を、おそらく忍も感じていただろうが、しかし忍はそれに対しては何の反応も見せずに言葉を続けた。
 
「お前も知ってはおるじゃろう? キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの名をな? あれは何を隠そうこのワシじゃ」

「へェ?」

 今度は、存在移しがにわかに圧を強めることになった。
 僕には展望フロアの空気が圧力でよどむように感じられ、にわかに呼吸がしづらくなる。
 
「ハートアンダーブレードは、消エたと聞いテいルけどネ?」

 探りを入れるように、確認するように存在移しがたずねる。
 忍は尋ねられて、小さい声で高らかに、フロアを満たすように笑った。

「カカカカ。消えた、確かにワシは消えた、表舞台からはな。しかし現にここにおる。この小僧に封じられておるが、この小僧が死ねばワシは自由になる」

 僕は話を聞きながら、口を挟むことはしなかったが、忍の言っていることは9割ブラフだった。たぶん。存在移しがその気になれば、二人とも殺される可能性のほうが圧倒的に高い。
 存在移しは、しかし、そのようなことを考えている僕には気を向けずに、隣で両腕を組んで不遜な様子でいる忍に対して話しかけた。
 
「どうダろうね? 仮にあナたが元怪異の王だッタとしテも、樹魅が賢者の石を得レば、だとシても退けルだろウ」

「ふむ、かもしれんの」

 いや、かもしれねぇじゃねぇよ。僕は心中穏やかではなかった。
―――だがの。そういって忍はさめざめと笑いながら続けて言った。
 
「もしそうなったとして、我が主様が殺されたとしたら、わしはその時点でお前を殺すぞ。存在移し。絶対回避なぞ知ったことではない。全盛期の力を得たワシは霧になる、影になる、闇になる。ワシのもつあらゆる力を使って、ワシが死ぬまでに必ずお前を殺してみせよう。カカカカ」

「……」

 言葉を返さず、黙って考える存在移しに、忍は続けていった。
 
「どうする? ワシはどちらでもかまわんぞ? 好きなほうを選べばよい。ワシに殺されてもよいし、この場から引いても、それはお前の好きにすればよいことじゃ」

 忍がそう言ったあと、数拍おいてから、存在移しが答えた。

「そノ外見的特長、声の調子、吸血鬼的性質、どうもあナたガハートあンダーブレードである可能性は低くナいようだネ。致し方ナい。景観は劣ルが、場所ヲ変エることにスルよ。それジャあ」

 それじゃぁ。そういって、次の瞬間には、さっきまでそこにあった存在移しの姿が歪み、かき消え、そして静寂と、僕と忍の気配だけがその場に残ったのだった。

「ふぅ~。まじあせったわい。一か八かじゃったのう。クカカ」

「おい忍。おまえやっぱりハッタリだったのかよ……」

「うん? もちろんそうに決まっておるじゃろう? 今のワシなど、そこらへんの幼女と大してかわらんわい。樹魅がお前様を殺さず封じる手段もいくらでもあるじゃろ。しかし“存在移し”からすれば、うっかりお前様が殺されて、ワシの封がとける可能性も否定することはできんじゃろうからの。まぁそのときは10中8,9ワシも死ぬんじゃけどの」

「はぁ。よくやるよ。でも助かった」

 僕の感謝の言葉に、忍はあの底冷えのするような、さめざめとした笑みでこたえた。
 先ほど白犬とおののきちゃんが飛んで行ったこのセントラルビルの隣の高層ビルからは、今なお断続的に轟音が響いてくる。おののきちゃん、いったいどんな戦い方してるんだよ…… ていうか大丈夫なんだろうか?

「お前様。よもやあの童女を助けにいこうなどと考えるでないぞ。それは別にワシの好き嫌いでいうておるわけではない。今からじゃ間に合わんし、そもそもそれはあの童女の本意でもない」

「ああ、わかってるよ」

 おののきちゃんが、白犬に吹き飛ばされて、一緒になってこのビルの壁面から隣のビルに吸い込まれていく直前のおののきちゃんの言葉はグッドラックだった。僕の跳躍力でも、さすがにこのレオニードのセントラルビルから、数百メートルの距離がある隣の高層ビルへと飛び移ることは不可能だ。それはもう、本当に“怪異側”のあいつらのような存在にしかできることじゃない。
 今や僕とおののきちゃんは完全に分断されてしまっていた。僕は僕で、あちらに行くには物理的にも時間的にも不可能だ。しかもおののきちゃんは、それでいいと思ってるし、いちいち僕に釘をさしてきていたのだ。あの子は、あの怪異の専門家の童女は、しかし、自分の命を軽く見すぎている。

「のうお前様。この状況を鑑みるに、頼りになるのはやはりワシのようじゃのう」

「ん?」

 そういって忍がにわかにボクの隣で距離をつめてきた。
 それで軽く頭を振ってみせるので、
 
「ああ」

 と、僕は少し呆けたように気がつくと、ワシャワシャと忍の頭を少しぞんざいになでくりまわしてやった。
 しかし忍は、そうされて、明るいトーンでカカカと笑うと。
 
「カカカ、まぁワシとしては、我が主様にそこまでされては仕方あるまいよ。まぁ、悔いもないわい」

 展望フロアに残された僕と忍の目の先には、この中位層からさらにビルを登る中央階段がある。
 たぶんその先に“樹魅”はいるだろう。

「せめて一矢くらいは報いてやるよ。それができなくても、抗議のひとつくらいいってやる」

「おうおう。大きくでたのう。まぁ、たぶん一言も言う間もなく瞬殺じゃろうがの」

「ならひと睨みくらいしてやるわ」

「カカカ。ああ嫌じゃ嫌じゃ。なんでこんなんが我が主様なんじゃろうかの。まぁせいぜい気張れよお前様」

 そういって忍は再び僕の影に潜っていった。
 僕は僕で、隣のビルから響いてくる轟音が気にかかりはしたけれど、さはさりながら、心渡を右手に握ったまま、ビルの上層へつながる階段へと向かったのだった。



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