山犬の一人との軽い、僕たちは本気だったけど、レクリエーションを終えて、小指のデコピンで何十メートルか吹っ飛んだ僕がメアリーに抱き起こされてサリバンのほうを見ると、サリバンはすこし錯乱したようすで、頭を髪ごと手で押さえていた。
サリバンが震えたようすで口からもらした。
「まじかよ……」
事実、このエクソシスト学園でもっとも優秀なダイアスというクラスの主席でも難しいといわれている山犬部隊の所属という話は聞いていたが、あまりに圧倒的な力量差は、もう納得するしかなかった。
そしてサリバンは山犬部隊を目指しているらしかった、ならその衝撃は誰より大きかったに違いなかった。
「なぁサリバン」
僕はそういったが、しかしそこに続く言葉はどういっていいかわからなかった。
「なぁ、さっきの見たかいコヨミ?」
サリバンに聞かれて、僕はあいまいに同意した。
震えるサリバンの隣で、レミリアは少しうんざりとした様子で、マットは少しばつが悪そうにしている。
「ああ、見た。でも気にすることないんじゃないかサリバン」
「すっげぇよ!! 見たかい!? 僕があの山犬部隊のアルザス・クレイゲンと手合わせをしたんだぜ!?」
「は?」
僕がすっとんきょうにそういうのにかまわず、サリバンは飛び上がるように右手を振り上げた。
「信じられないよ! これで僕の武勇譚にまたひとつ付け加えられたわけだ! 僕は今ものすごく感動してるよ!」
「あ、そう」
サリバンはどうやら、あまりの力の差に落ち込むなどということは微塵もない様子で、山犬部隊の人間と手合わせをしてもらえたという事実に、単純に喜んでいるようだった。
前向きというか、まぁこいつがそれでいいなら、いいんだけど。
サリバンは僕の肩に手を置いて、ウィンクしていった。
「まぁコヨミは、ちょっと残念だったね。攻撃を受けられることもなくデコピンでノックダウンなんて、まぁ落ち込まないようにね!」
「おいちょっと待て、それはお前だって似たようなもんだっただろうが。何で僕だけ残念だった感じになってるんだよ」
しかもなんで慰められる感じになってるんだ。
余計悲しくなっちゃうじゃないか。
「それじゃぁ案内を続けようか! まずは校舎でも見に行くかい? ハーレンホールドの古城を改修して学校にしてるんだよ。観光としてもきっと見る価値があるぜ!」
「え、そうなの?」
それはちょっと興味があった。僕がマットのほうを見ると、少し首をかしげて見せた。まぁ気にするなよという合図なのだろう。
「兄さん。怪我はないの?」
サリバンにレミリアがそうたずねた。
レミリアの表情には軽率な行動に対する非難の色と心配そうな色があらわれていた。
「ああ、心配してくれるのかいレミリア? 大丈夫だよ。ちゃんと結界術式も使ってたからね!」
「別に、兄さんが怪我したら治療代だってバカにならないんだからね!」
「おいおい、このトパンズ最強の男がおいそれとキズを負うなんてことがあるわけがないだろ? まぁ山犬相手の怪我ならむしろ勲章になるだろうけどね!」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ! このバカ兄貴!」
サリバンはそこで肩をすくめて、フフンと笑った。
「そりゃぁ事実誤認ってもんだぜレミリア。 僕は学術では学年トップなんだからね!」
「じゃぁ学術バカよ! バカ兄貴!」
この兄妹が言い合っているのをよそに、マットが肩をすくめていった。
「なぁコヨミ。明確に問題を述べることが出来れば、すでに半分解決されたようなものである。というのはチャールズ・ケタリングの言葉だ。こいつらの喧嘩はいつものことだから、気にしなくていいぜ。学園の案内を再開しよう」
#
僕はその後、サリバンたちと、このエクソシスト学園、レメンタリー・クアッズを見て回ったわけだけど、もともと城だったということもあるのかもしれないけど、街の山のほうに位置するこの学園からは、ハーレンホールドの街を見下ろすことができた。
校舎は当然のようにレンガ作りである。
学園のキャンパスを歩いていると、首にダイアやルビーをあしらったそれぞれのチョーカーをつけた学生たちでにぎわっており、またレミリアがちょいちょい声をかけられたりしていた。
僕は声をかけられて、留学生を案内しているというのを口実に別れを告げるレミリアにいった。
「レミリアお前ほんとにファンクラブとかあるんだな。疑ってたわけじゃないけど、ちょっと意外だよ」
「はぁ? キモ」
「一応僕おまえの宿舎の留学生なんだけど」
「言っとくけど、私はそれについて了承した覚えはないからね。勝手に同居人面しないでよね」
とりつくしまもない。
確かにこいつはかわいいけれど、こんなにツンケンしててなんで人気になってしまうのかは謎であった。
まぁ、さっきから見ていると誰にでもこんなにあけっぴろげな態度をとっているわけではないようだから、おそらくこれはよそ者向けの、余所行きの態度なのだろう。
どんな余所行きだよ。
ほとんど武者装束である。
「レミリアはきっときれいな花嫁になるよ」
サリバンがしみじみと、うんうんうなずきながら言った。
「そして僕は山犬部隊としてレミリアの結婚を祝福できれば最高だろうね!」
「ちょっと兄貴、勝手に私の結婚がどうとか言い出すな!」
その隣のマットがアゴに手をやっていった。
「しかしレミリア、お前は学園の二大ファンクラブの一角なんだから、相手に困ることなんてないんじゃないのか? もしかして男の一人でももういるんじゃないのか?」
「そうなの? 一緒に暮らしてる私にも言ってくれないなんて水くさいじゃないレミリア」
メアリーがいたずらそうに笑って言った。
レミリアは言われてあわてて両手を振った。
「はぁ? いない、いないわよ! 馬鹿なこといわないで!」
「そういえばコヨミにも彼女がいるんだったよね。その人は強いの?」
メアリーが僕に話を振った。
「僕にもって、レミリアに彼氏がいるみたいに言うなよ。あと僕の彼女の第一印象を身体的な強さではかろうとするな」
まぁ、身体的な強さでなければ、かなり強いけど。
強すぎて僕はよく振り回されちゃってるけど。
それに、今はどうなのだろうか、阿良々木暦としての存在を奪われ、羽川暦である現在は、戦場ヶ原は僕の彼女だと、はっきり宣言することはできるのだろうか。
人間としての過去を、他人からの認識を丸々失っている僕は、それらについて言及すると、あとあと困ることになるかもしれない。
「まぁ僕のことはおいおいってことでさ。だいたいメアリーお前もあぶねぇよ。普通あそこで山犬に決闘を申し込むか?」
「え? そりゃぁそうでしょう? 普通そうするものでしょ?」
メアリーは、本当にさも当然というように、夜は寝るのが当たり前でしょというかのように言った。
こいつが過去に告白してくる男子に全員決闘を申し込んでいたという話はあながち本当であるように思ってきた。
生き方が刹那的すぎる。
「だいたい、勝てるようなもんじゃないだろ。この学園の主席でも、指一本であしらわれるんだし」
「それは認識不足というものだよコヨミ。勝てるかどうかじゃない、やるかどうかだよ」
メアリーは平然としてそういった。
その口調と表情から、やはり僕は野生的な闘争欲を見て取ってしまう。
マットが横から言った。
「メアリーはクアッズに来てから水を得た魚のようだな。戦う相手にも困らないし、まぁ今は誰も相手になってくれなくなってるが、両親から離れて住めるしな」
サリバンも
「ああ、メアリーの母親は、メアリーのことをよくぶってたもんなぁ。その点、僕ら幼馴染同士で同じロッジを宿舎にできたのは行幸だったよね!」
と笑っていった。
メアリーはうーんと少しうなって
「まぁ私は彼女のことについてはあまり気にならなかったけどなぁ。殴打も、ぜんぜん腰が入っていなかったしさ。あれじゃ効果的にダメージを蓄積することはできないよ。でもみんなと過ごせるのは私も運がよかったと思うよ」
「そういう問題なのかよ・・・」
僕は僕で思わずそうつっこんでしまった。
ていうか体罰でもなんでも腰を入れて殴打する親とかダメだろ。
であれば体罰ということではなかったのだろうか。
虐待だったならそれだって問題だ、それは体罰や、戦いとも、分けておかなければならないものだろう。
いずれにしても、身体的にダメージがなくても子供には精神にダメージがあるんじゃないだろうか。
「どうしたのコヨミ? そんなの昔のことだよ」
メアリーはキョトンとしてそういい、続けていった。
「それより最近ちょっと物騒だからね。私はそっちのほうが気になるよ。レオニード家のアレとか、交霊室のこととかさ」
「なにかあったのかい? メアリー。悪いけどそれだったら僕にもわかるように教えてくれよ」
メアリーに尋ね返す。
このハーレンホールドと、学園のことは存在移しを探す上で少しでも知っておきたい。
メアリーが僕に答えて話し出す。
「ああ、交霊室のほうはたいした問題じゃないんだけど、レオニード家のほうはちょっと大変だったらしいよ。っていうのもね。レオニード家の筆頭執事が最近怪死したっていう話なんだよね」
「怪死?」
「そうなんだよ。干からびて死んでいたっていうのかな、まるで体から血をすべて抜かれていたみたいになって絶命していたらしいよ。それで原因もわからないし、彼が殺された動機もわからないんだよ」
サリバンが口をはさんでいった。
「あれは学園でもしばらく話題になってたよね。さすがに僕の灰色の脳細胞をもってしても真相を突き止めることはできなかったよ」
メアリーが続きを話しはじめる。
「それで、彼の執事室には、いろいろ消されてるものがあったらしいんだけど、彼の日記の最後のページの『血は時として雄弁である』っていう言葉が残されてて、それがまた話題の的になってたんだよ」
「へぇ」
血は時として雄弁である、か。
彼は体の血を抜かれて殺されていたということらしいが、それと関係があるのだろうか。
吸血鬼である忍になら何かわかるだろうか。後で聞いてみよう。
「それで、なんだっけ、交霊室のほうは?」
「そっちのほうはさっきもいったけどちょっとした不手際でさ、交霊室の鍵を間違ってかけたらしくって、中に人が取り残されちゃってたらしいんだよね。その人は自分の不注意だったっていってるけど、丸二日誰も気づかなくて、結構あぶないところだったらしいんだよ。困ったものだね、まったく危ない話だよ」
メアリはーそういって話を結んだが、若干お前が言うな感があることは口にはださないでおいた。
僕はそのほかに、存在移しが潜伏している可能性がある山犬部隊のことについても聞いておきたかったが、その前に僕たちが話しているキャンパスの芝生に設置されたテーブルに声をかける人間があらわれた。
「やぁトパンズの諸君。ごきげんいかがかな?」
僕たち5人がその声に気づいてそちらを向くと、僕の目にはやたらと背の小さい、忍くらいの大きさの小男がいることがわかった。
彼の首にはルビーをあしらわれた赤いチョーカーが巻かれていて、彼がルビウムの生徒だということがわかった。
サリバンがその小男に返事をした。
「やぁティリオン。よかったら座りなよ。僕の隣でいいかい?」
「ああ、そういってもらえるとありがたいよ。俺の背は、見てのとおりだからね、椅子にでも座らなければテーブルに体が隠れてしまいかねない」
どうやら、友好的な人物らしかった。
ティリオンと呼ばれた小男は、サリバンの隣のイスに座った。
そして僕に気づいて
「こちらのアジア人はどなたかな? 俺の記憶には、残念ながら残っていないようなんだがね」
といった。
サリバンがそれに答えて
「ああ、彼はハネカワ・コヨミだよ。大祭中の短期留学生で、僕たちの宿舎で一緒に過ごす予定になってるんだよ。これでも結構腕があるんだぜ」
「どうも、はじめまして」
小男はこちらをじっと観察しているようだったが。
しばらくしてふと口をひらいた。
「はじめまして、ハネカワ君。俺はルビウムのティリオン・ラニスターという。ラニスター家の次男だよ。この背を見てもらえれば長男ではないということはわかるかもしれないが、これでもサリバンやメアリーと同級生だ」
マットがティリオンのことを紹介して言った。
「ティリオンは小男だが、思慮深い人は、決して敵を侮らない。というのはゲーテの言葉だ。彼は敵ではないけどね。まぁティリオンはこんな姿だが、恒常術式でえらい怪力の持ち主でもうひとつ軽い発火能力、パイロキネシストだ」
マットに紹介されて、ティリオンがくっくとかみ殺すように笑った。
「どうも、紹介ありがとう。ハネカワ君、せっかくだが握手はやめておこう。君の手を握りつぶしてしまっては申し訳ない」
「よろしくティリオン。僕もそうしてもらえるとありがたいよ」
僕がそういうと、ティリオンは小気味よく笑ってサリバンやメアリーのほうを見渡した。
「ハネカワ君もそう思うかもしれないが、俺は常々、トパンズの不遇を嘆いていてね、トラッシュなどとさげすまれているが、それはわれわれルビウムにもいるんだがね、俺は評価すべきは評価すべきだと思ってるんだ」
ティリオンは回りに目配せして続けた。
「この面々を見てみろよ。サリバンは学園トップの頭脳明晰だし、レミリアはファンクラブまで作られるほどの美貌を備えているし、メアリーは高いフィジカルを持っているし、マットは、まぁいいやつだ」
「そりゃどうも」
マットは肩をすくめて言った。
ティリオンは少し同情の色を持ってレミリアに言った。
「しかしレミリアは少々気の毒だ、あのダイアスの七光り女、アイリー・レオニードに食ってかかられているそうじゃぁないか?」
「あの、別に私は……」
レミリアは言葉を濁したが、ティリオンはかまわず続けた。
「やつはレミリア、君に嫉妬しているんだよ。自分ではなくなぜレミリアにファンクラブができるのかと悔しくてたまらないんだろうね。そりゃあそうだろう。それはレミリアのせいじゃない、アイリー・レオニードが自分の容姿と相談することというものだ」
ティリオンはそういってくっくと笑った。
あのダイアスの女王は、そういう事情でレミリアに執心していたのか。
まぁ確かにアイリー・レオニードの容姿は、悪いけどファンクラブができるようなものではなかったかもしれないけれど、それはそこまで大事なことなのだろうか、ちょっと僕には理解のできないことだ。
そもそも僕はファンクラブどころか友達も数えるほどしかいないのだし。
「レオニード家の威光を傘に着ても、人々の美意識までには訴えることができない。もうそれは仕方のないことだろう? その点俺はラニスター家でありながら、自分のこの姿をとっくに受け入れてしまっているよ」
ティリオンはそういって、自分の小さな体を自嘲気味にすくめた。
サリバンは自嘲気味に笑うティリオンを慰めるようにいった。
「僕は好きだけどね。それに君のラニスター家の威光だってとんでもないものだよ! なんてったってあの山犬部隊第三席のサー・ジェイム・ラニスターを輩出したんだからね!」
メアリーもティリオンに言う。
「"天剣"サー・ジェイム・ラニスターだね。ねぇティリオン、君の兄さんと私が決闘できるように取り計らってくれないかな?」
「ちょっとメアリーは空気読んで静かにしててくれよ!」
サリバンがメアリーに言った。
しかしティリオンはティリオンでアゴに手をやって。
「どうかな。ジェイム兄さんも美人は嫌いじゃないから、メアリーならもしかするかもしれないな。まぁしかし山犬部隊とあってはよほどのことがない限り"豪胆"がそれを許さないだろうよ」
「はぁ、残念だなぁ」
「しかしまぁ、そういう意味でいうならその分野でもレオニード家はやはり抜きん出ているな」
マットが会話に口をはさんで続けた。
「なんといってもあの"レオニードの剣"を輩出したんだ。このハーレンホールドの盟主であり、レオニードの鍵を持ちながらまさにとどまるところを知らない」
ティリオンがそれを受けて
「まぁそういうことにはなる。だからといってあの女が調子付くのは業腹だがね」
といって唸った。
そこでティリオンが思い出したような顔をして
「ああ、そういえば君たちは知っているかな? われわれ三年は今夜の晩餐会の準備で招集がかかっているんだけど。そろそろ向かわなければ」
「あ、そういえばそうだったっけ!」
サリバンがはっと気がついたように、僕に謝った。
「ごめんよコヨミ。ちゃんと案内してあげたいんだけど、僕とマットとメアリーはちょっと用事が入ってるんだ。だからちょっと頼りないかもしれないけど、レミリアに残りは案内してもらってくれよ」
「え、ああ、僕はそれでかまわないけど」
「はぁ!? なんで私がこいつを案内してやらなきゃいけないのよ!」
予想通りレミリアが抗議していった。
サリバンはどうもなれた様子で両手を広げてレミリアにいった。
「おいおいレミリア。それはまずいよ。僕たちトパンズの人間が満足に客人の案内もできないなんて表明する気かい? もし僕の手があいていれば僕が案内するけどさ。そうできないなら仕方のないことだろう」
「うっ、それは……」
レミリアはサリバンに言われて、しぶしぶ了承した様子だった。
そしてサリバンたちがティリオンと一緒に行ってしまうと、僕と二人取り残されたレミリアは栗色の髪をふり、整った目鼻を僕に向けて、その可憐な唇を小さくひらいてポツリと
「キモ」
と言った。
「いや僕は慣れてるからいいけどそれだって客人をもてなす態度じゃないからな、いっとくけど」
「うるさい。じゃあさっさと行くわよ」
そういって席を立つレミリアについて僕は学園の施設の見学を続けた。