ここで状況を整理したい。
僕がこのレメンタリー・クアッズという除霊師の学園に訪れたのは、別にエクソシストの世界に首をつっこみたかったからではなく、この高校に潜入しているかもしれない存在移しを探すためだ。
その点、この宿舎のサリバンやマットはいい人そうだし、レミリアはえらくツンケンしてるやつだけど気にしなくてもいいだろう。
しかし今この宿舎の裏庭で僕を探るように凝視する、ストリートファイター的な体格の女、名前をメアリー・ロゼットハートって言ったっけ、は会うなりいきなり勝負を持ちかけてきた。
そもそもレメンタリークアッズとか言う学園に足を踏み入れるだけでずいぶん今までの世界観と違うのに、出会いがしら手合わせを要求してくるやつなんて現実で見たことがなかった。僕はそういうやつをポケモンの中でくらいしか見たことがない。
「あっ、あの……」
こういうときなんていえばいいのだろう。
学校に転入して、宿舎に訪れて、その宿舎の人間に出会いがしら勝負をいどまれたときに言うべきフォーマルな受け答え。
……そんなもんねぇよ!
「どうしたんだい? コヨミ君?」
メアリー・ロゼットハートは僕を見ながら、しかし少し疑問そうにした。
彼女の服装は上着はシャツに下はスパッツとかなり簡単なものだったが飾り気のなさとは逆に肉感的な身体のラインがかなりくっきりとあらわれている。
普通なのか? 海外では、というかこの学校ではこれが普通なのだろうか?
ならば僕も従わなくてはならないかもしれない、郷に入りては郷に従えという言葉がある。
であるなら僕も目の前のアッシュブロンドの肉感的な女性に対して、寝技を中心とした戦術で……
「だいじょうぶかい? なんだかちょっと顔が赤いけど」
「あっ、いや……」
くそっ、はなから呑まれてしまっている。というか僕はここにくるまで割りとハードボイルドな気持ちでいたんだけどな。
「はははっ、メアリー、たぶんコヨミはびびってるんだよ!」
と、僕の後ろでサリバンが言った。
「そうなの? 手加減とかはするつもりだったんだけど」
「はい?」
僕が振り向いてサリバンを見ると、サリバンはしたり顔にウインクをして僕の肩にポンと手をおいた。
「いやいや、怖いなら仕方ないよコヨミ。大丈夫、普通の人間は僕みたいにそこまで勇敢にできてないからね! 気にすることはないよ! 臆病くらいがちょうどいいってもんさ!」
「……」
こいつは僕をフォローしてくれてるんだろうけど。
悪意がないのはわかるがこのしたり顔がムカムカくる。
「そうなの」
僕を挟んだサリバンの対面のメアリーが言って続けた。
「初対面だから、実際に戦って見たほうがお互いのことがよくわかるんだけど。そんなに怖いなら仕方がないよね」
「あのっ」
「いいんだってコヨミ! 内心ブルっちゃってるんだろう!? さ、宿舎に戻ってコーヒーでも飲みながら話を聞かせてくれよ!」
「いや、別に、ちょっとくらいならいいけどさ……」
挑発に乗ってしまった。
二人とも悪気はないのはわかっていたけど、この無用に哀れんだ腫れ物扱いが逆に引けない感じにさせていた。
「本当? じゃぁ早速やろうか」
僕の後ろで、メアリーが早速、両手を軽く挙げて構えた。
すでに眼光が鋭い感じで、獲物を狙う野生動物みたいな感じになっている。
「じゃぁ結界術式はトパーズの1階層結界で」
「え? ああごめん。それってなんのことかちょっとわからないんだけど……」
結界術式? 聞きなれない単語である。
僕が聞きなれない言葉に質問すると、サリバンが気がついたようにして言った。
「ああそうか! ちょっと待っててくれよ!」
サリバンは急いで宿舎に引き返して、しばらくするとまたもどってきた。
見ると、サリバンの後ろにさっきのサリバンの妹、レミリアを連れてきている。
「ちょっと兄貴、自分でやればいいでしょ?」
レミリアは引き連れられながら、非難めいた口調で言った。
「コヨミ! レミリアにチョーカーをつけてもらってくれよ。あと結界術式はレミリアがやってくれるよ!」
「おいこら! 私はやるって言ってない!」
少し声を荒げるレミリアに奥でメアリーが声をかけた。
「いいじゃないレミリア。この中ではレミリアが一番うまいんだから」
「うっ……」
レミリアはそこでしぶしぶと、裏庭に棒立ちでそれを聞いていた僕のほうに歩いてきて、
「ちょっとじっとしてて、動かないでよね」
といって僕の首に手を回した。
「えっ、何!?」
「ちょっと動くな!」
「はい……」
強く言われて黙ってしまう僕だった。
レミリアが僕の首に回した手を離すと、僕の首にチョーカーがまかれていた。
手で触って確認していると、チョーカーの横のほうに小さな石があしらわれているようだった。
一体なんだろう?
僕が疑問に思っていると、宿舎のほうからマットも出てきてその疑問に応えてくれた。
「結局コヨミがやることになったのか。そのチョーカーはトパンズのクラス章みたいなものだよ。ダイアスはダイヤ、ルビウムはルビー、アクアマリンはアクアマリンと、それぞれあしらわれた石で区別できるようになってる。ちなみに、呪布の機能もあってね」
そこで言葉を切って続ける。
「今レミリアが起動したのは単層結界術式だよ。身体に受けるダメージを肩代わりするやつなんだけど、一応クアッズはエクソシスト養成校でもあるからね、学生同士が勝負するときは、この単層結界をお互いがかけて、その結界をクラッシュさせたほうが勝ちってことになってるんだよ」
「へぇ……」
僕がそう答えて確認すると、マットがちょっと茶化すような表情で言った。
「ところでコヨミ、レミリアがチョーカーをつけるとき鼻が伸びてなかったか?」
「はいっ?」
僕の目の前のレミリアが目つきを厳しくする。
「はぁ!? キモッ! キモい!!」
「いやいや誤解だよ。全然伸びてないよ! むしろ縮んでるよ!」
「余計キモい!!」
よく考えればそれはそのとおりだった。
このレミリアってやつは確かにかわいいけど初対面から壁がめちゃくちゃ高いな。
「これはコヨミもレミリアのファンクラブ入りかなぁ」
マットが半笑いで言うと、隣でサリバンが言った。
「おいおいコヨミ! レミリアはやらないよ!? もしレミリアがほしいならメアリーを倒してからにしなよ!」
「僕はなんにも言ってないだろ。なんで恋のための戦いみたいになってるんだよ。ていうか僕彼女いるしさ」
「そりゃ本当か? それは後で話を聞かなきゃな」
とマット。
しまった、余計なことが口をついてしまったようだ。
「コヨミくん、そろそろいいかな?」
後ろで待ちかねたようにメアリが言った。
「ああ、うん。かまわないよ」
そういうと、メアリは楽しそうに笑って両手を上げた。
こいつなんでこんなに戦闘欲が強いんだろう。
「メアリーボコボコにしちゃえ」
外野でレミリアがささやくようにいった。
初対面でここまで言うか?
これが反抗期ってやつか。いや僕はこいつのお兄ちゃんじゃないぞ。
そこで急に気がつく、メアリーがすでに僕の目の前に肉薄してきていた。
メアリーの左手が僕に突き出されるが、それをスウェーで交わす。
それが挨拶のジャブだということは僕にもわかった。
僕がよけたところに右手のストレートが飛び込んでくる。
ガッ、と音がして、僕が掲げた右手がそれをつかんで受け止めていた。
「へぇ……」
僕にストレートを放ったメアリがつぶやくように言った。
と言うかその口調は、驚きというよりうれしいといった感じだった、ちょっとは手ごたえがあるのかと気づいたような。
一応僕にだってそこそこの戦闘経験はあるんだぜ。でっかいほうの妹の理不尽な暴力には慣れてるんだぜ。いっててかなしくなってくるわ!
「やるじゃないかコヨミ!」
外野でサリバンが声を上げる。
その隣ではマットが口を開く。
「真の独創性は、言葉が終った地点からはじまる。ケトラーの言葉だ」
マットの言う意味はわからなかったが、横目で見たマットは哲学家の言葉を引用して一人でうんうんうなずいている。
メアリが右手を引いたところで、僕はそのまま距離をつめて左手を突き出した。
メアリはそれをギリギリまでひきつけてから、すばやく左に交わすと、そのまま身体を1回転して回し蹴りを飛ばしてきた。
「がっ……」
左から飛んできたメアリの脚を両手で受ける、しかし僕の身体はその衝撃で軽く持ち上がってしまう。
高校生の男子を持ち上げるってどんな威力だよ。ガードしたメアリーの肉感的な脚は今は岩の衝突のようだった。
「楽しいなコヨミ!」
メアリが脚を引き、僕がたたらを踏んでいる瞬間にメアリーはそういって次の動作にうつってきた。
たたらを踏んでよろめく僕にメアリが身体を回転させて上段回し蹴りをうってくる、僕がそれを身体をそらしてかわすと、次はしゃがんで水面蹴り、両足をへし折りそうな横蹴りをジャンプしてかわした。
「そこっ!」
僕が気がつくと、メアリは野生的な笑みのままジャンプする僕の真下から右足を蹴り上げ、その脚は僕の腹部に突き刺さって僕を次こそ上に打ち上げた。
「ぶあっ!?」
腹から空気が搾り出されて、1メートルほど上空に滞空する。
気がついたときには、空中で滞空する僕に横からメアリの回し蹴りが叩き込まれていた。
僕はその威力で全力で蹴られたサッカーボールのように高速で吹っ飛ばされ宿舎の裏庭をごろごろ転がって、そこで脚を地面に突き刺してメアリのほうへと反転した。
常人なら重量トラックに衝突されたような吹き飛ばされ方をしたら身動きがとれないかもしれないが、一応僕はできそこないの吸血鬼のフィジカルがあった。
「がああぁぁぁっ!!」
僕は僕で熱くなってしまっていた。
そのまままわしけりを終える前のメアリにダッシュして右手を振りかぶり、そのまま全力で振りぬいた。
しかし、というかやはり、というかその渾身の右ストレートは何も捉えず、さっきまでメアリがいた空間には何もいなくなっていた。
「!?」
同時に、顔を両側から圧迫される。
気がつくと、それは地面に両手をついて逆立ちになったメアリが両足で僕の顔をはさんでいるのがわかった。
太ももが両方から顔をしめつけてビクともしない。
そのまま僕の身体は引っこ抜かれるように空中を舞い。そのまま頭から地面に叩きつけられた、地中に埋め込まれた僕の頭の視界は消失し、そこで僕の意識も途絶えた。
#
「おーい。コヨミー? 大丈夫かー?」
僕の名前を呼ぶ声に気がつくと、目を開けた僕の視界に心配そうなサリバンの顔が映った。
「うわっ!? なにっ!?」
「うわあああっ!?」
僕が驚いてじたばたすると、サリバンも驚いてのけぞった。
僕は、そうか。気絶していたのか。
ていうかなんでサリバンのほうが驚いてるんだよ。
「ちょうとあそこで結界がクラッシュしたんだね! 慣れないとたまに気絶しちゃうんだよね。でもコヨミ、ナイスファイトだったよ!」
「ああ、そうかな」
肩をポンポン叩いてくるサリバンにそう答える。
その後ろでマットが言う。
「後悔する者にのみ、許しが与えられる。ダンテの言葉だ、コヨミ」
「どういう意味なんだよ……」
その向こうでは、メアリがレミリアに満面の笑みでハイタッチされていた。
レミリアの笑みは小動物的なかわいさがあったが、僕がボコボコにされて喜んでいるのだと思うと素直に和めない。
メアリが僕が意識を取り戻したことに気づくとこちらにかけよってきた。
「大丈夫だったコヨミ? でも楽しかったね! またやろうよ!」
「ああ、うん。まぁ、そのうちね」
さっきまでの獲物を狙うような眼光から一転、さわやかな笑顔だった。
サッカーの試合を楽しんだあとのようなすがすがしさをたたえている。だがそのサッカーボールは僕だった。
メアリが差し出してきた手をとって庭の芝生に立ち上がる。
でもなんだか二人の間に友情のようなものが芽生えたような気がしないでもない。なんとも簡単な友情である。
僕とメアリの横からレミリアが口を出した。
「そいつメアリのおっぱい見てたよ」
「見てねーよ! 見てたとしても、それはスキを探るためだよ!」
たぶん。
そもそもそれでいけるとは思ってなかったけど、レミリアにはその言い分は通用しなかったようで
「変態だよ。変態がいるよ。キモッ」
とレミリアが光のないさめた目で僕を見下ろしていた、いや見下していた。
しかし悲しいかな、普段戦場ヶ原に罵声という罵声を浴びせられている僕のハートはその程度の罵倒ではキズひとつつかないぜ。
……
それは悲しすぎた。あまりに悲しい事実だった。
その悲しい事実に裏庭で哀戦士が一人ただ立ち尽くしていた。
どう考えてもそれは僕だった。
「おいおいレミリア。みんな仲良くしようよ!」
そういって、サリバンが割って入ってきた。
「それでメアリ、コヨミはどうだった?」
サリバンがメアリに尋ねると、メアリはちょっと間をおいていった。
「うん。手合わせしてみたところだと悪い人じゃなさそうだし、私はかまわないよ」
「肯定的な判断をしてくれたとこなんなんだけどアレのどこで人柄とかわかるんだよ」
「え? 拳には信念が宿るものだろう?」
メアリはキョトンとした様子でそう答えた。
「それってそういう意味なの!?」
「俺もいいと思うぜ」
とマット。
それを聞いたサリバンが僕にウィンクしていった。
「じゃ決まりだな。君は今日から僕らの宿舎の一員だよ! よろしくねコヨミ!」
「ちょっと! 私はまだ何も言ってないんだけど!」
レミリアが抗議する。
その抗議をよそにサリバンが僕の背中をポンとたたいていった。
「じゃぁ宿舎に戻ろうぜコヨミ、今日は大講堂で全校の食事会があるからそれまでキミの話を聞かせてくれよ!」
「ちょっと私を無視するな!」
レミリアが叫んでいるが、こいつが僕に肯定的なことは言いそうになかったのでもちろん僕もそっちに話は振らなかった。
どうもメアリとマットとサリバンは僕を可と見てくれたようで、僕を宿舎に受け入れてくれる決断がなされたようだった。
サリバンが僕に勧めて、5人はバラバラに宿舎へと入っていった。
#
「それじゃぁ僕が短期留学できるかってまだ決まってなかったのか」
僕とこの宿舎の4人はそれからその大きなログハウスに入って、リビングの広いテーブルを囲んでいた。
目の前にはサリバンが入れてくれたコーヒーが湯気をたてている。
僕がそう尋ねると、向かいのサリバンが応えた。
「そうだよ。もしかして聞いてなかったのかい?」
どうやら、この宿舎に入れるかどうかはまだ決まっていなく、この宿舎の4人が実際に僕に会って見て受け入れてもよいか決めるということらしかったのだ。
今考えて見れば、それはそうかもしれない。
おののきちゃんはそのようなことを僕に言ってはいなかったが、もしかしたらそっちのほうが緊張しなくてすむと判断してくれたのだろうか。
サリバンが続ける。
「この時期はいろいろごたつくし、5年大祭だろ? クアッズの短期留学希望者も多くてね。キャパはいっぱいで、僕たちは留学生は受け入れてなかったんだけど、メアリーがとりあえず会って見ようって言うもんだから。まぁ一応ってことでね。でも大当たりだったよ! 僕はコヨミとは仲良くなれそうな気がするよ!」
「ありがとう。サリバンなら誰でも仲良くできるような気がするけどね」
と僕は礼を言って返した。
とりあえず、僕を宿舎に受け入れてくれたというのは素直にありがたいことだ。
「ハハハ! まぁそうっちゃそうだけどね! でもコヨミはアレだよね! 見た目に反して結構動けるじゃないか!」
サリバンが言って、目の前で拳をシュシュっと突き出して見せる。
その隣のマットが付け加えた。
「メアリーは学年でも格闘技はトップクラスなんだぜ。こいつに30秒以上持ったんだから自慢していいんじゃないか?」
「それを先に言ってくれよ……」
確かに、もうあれは一般人の動きじゃなかったもんな……
普通空中の人間を水平に蹴り飛ばしたりって見たことがない。
僕は件のメアリーのほうを見てそう考えていると、メアリーの褐色の目が僕の視線に気づいた。
「ねぇコヨミ」
メアリーが僕に声をかけて、コーヒーを一口飲んだ。
「ん? なんだいメアリーさん?」
「メアリーでいいよ。それでさ、コヨミは手を合わせた感じ、普通の人間と言う感じがしなかったんだけど、もしかして何か恒常術式でも使ってるの? それとも、何か怪異でも宿してるとかさ」
ドキリとする。
メアリはあの、獲物を見るような目でこちらをのぞきこんでいる。
それは特にいぶかしんでいるという風ではなく、あくまで興味本位で聞いているようだったけど、彼女の全体的な雰囲気が僕にそう感じさせていた。
「あ、いや……」
どう答えよう。
ちょっと迷った僕は、とりあえずはこのことについては伏せておくことにして別の質問を切り出した。
「まぁそれはひとまずおいておかせてくれよ。でもちょっと疑問なんだけど、このトパンズのクラスは学校では待遇がよくないほうなんだろ?」
マットが答える。
「そうだね。ダイアスの連中なんかは学校の近くのタワーマンションを一人一室使ってるしそこで出る学食もすごいって話は聞くな。話だけだけどね」
「いやでもさ。今聞いた話だと、メアリーは格闘術に秀でてるし、サリバンも学力では学年トップクラスというじゃないか。それでなんでトパンズだってことになるんだ?」
もし成績で所属するクラスが決定するのであれば、彼らはこの一番待遇の悪いトパンズにいるのは少しおかしいことなのではないか?
僕がたずねると、メアリがそれに応えていった。
「私はここが気に入ってるんだけどね。幼馴染のみんなと生活できるしさ。でもまぁ、コヨミがそう思うのは無理のないことだね。ダイアスやルビウムや私たちトパンズっていうのは、学力や運動能力も影響しないではないけど、基本的には除霊の能力で決定されるんだよ。それで私たち4人はトパンズに所属することになってるというわけなのさ。ねぇレミリア?」
「まぁね」
メアリがレミリアに振ると、レミリアはコーヒーのカップからスプーンを机において、そこに右手を掲げた。
「……?」
僕がそのスプーンを見ていると、そのスプーンがゆっくりと宙に持ち上がった。
「ふっ、くっ……」
レミリアは四苦八苦といったようすでスプーンを宙に浮かべていると、しばらくしてそのスプーンが突然糸が切れて机に落下した。
レミリアは息をついていった。
「ふぅ…… 私はこんなところ。大してランクの高い能力じゃない」
そこでサリバンが口を開いた。
「それでマットはあまり強くないダウジング能力があって、メアリーと僕にはまだ能力が発現してないんだ。でも僕はあのダイアスの主席に膝をつかせた男だからね。さしずめ眠れる獅子と言ったところさ!」
「私は別に、異能のほうにはあまり興味がないんだよね。普通に戦えればそれでいいよ」
とメアリーがつけくわえた。
というか普通に戦うって現代生活におおよそそんなシステムってあるのかな。
レミリアにマットが言った。
「ファンクラブの規模なら学園トップだけどな。学園の二大ファンクラブのひとつがレミリアのファンクラブなんだよ。外でレミリアといちゃついてみせるなよコヨミ。誰に何されるかわからんぜ」
「ふーん」
確かにこのレミリアという少女はあどけなさを残してはいるけどかわいいのは認めざるをえない。雑誌モデルなどもしているということなら、そういう人気が出るものなのかもしれない。
僕はマットの話を聞きながらコーヒーをすすっていると、そこでレミリアがワナワナした様子でこっちをにらんでいるのがわかった。
「はぁ!? なにいってるのよマット! 私がこんな変態と一緒に出歩くわけがないでしょ!」
「確かに僕は変態という名の紳士ではあるけどさ」
「うっさい! くだらない引用とかしてるんじゃないわよ!」
横からサリバンが口をはさむ。
「ダメだよレミリア。コヨミはこれから僕らと生活をともにするんだから。仲良くしてくれよ」
「だから私は賛成って言ってないでしょ! メアリー!?」
レミリアがメアリーに振ると、メアリーは涼しげに笑っていった。
「私は賛成だよ」
「そいつメアリーのおっぱい見てたわよ!? メアリーの巨乳をガン見してたわよ!?」
「してねぇよ。ガン見はしてねぇよ。チラっと目に入っただけで」
「ほら自白した! こいつ今自白したよ!? 僕は変態ですって宣言したよ!!」
「おいちょっと待てよしてねーよ。なんで僕が変態宣言したことになってるんだ。なんで初対面でいきなり変態宣言とかしてるんだよ」
「私はかまわないよ。戦うときは相手の全身に気を配るのが大切だし、コヨミのことは歓迎するよ。コヨミは悪くない体捌きをするからね。むしろ好ましい動きだね」
「判断基準そこぉ!?」
とはいえ、それも妹との喧嘩と何回かの修羅場をくぐったというだけのものに過ぎないのだけど。できそこないの吸血鬼の反応速度でそこそこの対応ができたに過ぎない。
ちなみにサリバンとマットとメアリーは僕と同じ歳で、サリバンの妹であるレミリアは二つ下らしいが、幼馴染であるという4人は特に上下関係なく話せる仲であるようだ。
「レオニードのやつも昔は仲良くしてたんだけどなぁ」
マットがスプーンをくるくるまわしながらいった。
そちらに意識をやってしまう。
レオニードというと、おののきちゃんがしゃべっていたこの街の盟主的なレオニード家の名前だ。
「マット、僕にもその話聞かせてくれよ」
「ああ、かまわないよ。昔は、俺らが6、7歳くらいのときかな、僕とサリバンとレミリアとアイリー・レオニードって女子が仲がよくてね、ちょっとあとからメアリーとも仲良くなってんだけど」
「ちょうど入れ替わりくらいだったかなぁ」
とサリバン、マットが続ける。
「アイリーはまぁ、レオニード家の娘だからいろいろしがらみも多くて、仕方なかったのかもしれないけどね。今ではダイアスに所属してるんだけど、まったく接点がなくなってしまったな」
レミリアが付け加える。
「私はなんだか苦手になっちゃったなぁ。アイリー、昔とは人が変わったっていうか」
「まぁいいじゃないか。アイリーにはアイリーの生き方があるってもんさ。」
サリバンが付け加えるように言い、続けてマットが言った。
「フリードリヒ・ネーヴェの言葉に、人は、常に前へだけは進めない。引き潮あり、差し潮がある。というものがある。人間近づくことも、離れることも同様にあるものさレミリア」
「それでもうひとつ聞きたいことがあるんだけど」
僕はそこで、もうひとつ聞いておきたいことを質問した。
というかそれこそここに来た目的なのだが。
「たぶんダイアスってクラスだと思うんだけど、そこに短期留学生で、『おののき』か『あららぎ』ってやつが来てるって話は聞いたことないかな?」
僕が質問すると、4人はそれぞれ少し考えて。
メアリーが
「ごめんねコヨミ。ちょっとわからないな。もともと、クアッズには結構な人数がいるし、短期留学生の名前まではちょっと把握しきれていないんだよ」
と少し申し訳なさそうにいった。
ほかの三人も特に心当たりはないようだった。
おののきちゃんはこの学校に存在移しが入り込んでいる可能性は高くないと言ってはいたが、本当にここにはいないのだろうか、あるいは、4人が名前を見たことがないだけだろうか。
そこでログハウスの玄関がコンコンとたたかれ
「すいませーん。新聞部のものですがー?」
とドアごしにここを尋ねる声が聞こえた。
それを聞いてサリバンが勢いよく喜色満面に立ち上がった。
「新聞部だ! 僕の武勇伝を取材させてほしいって連絡があったんだよね! ダイアスの主席、ルシウス・ヴァンディミオンに膝をつかせた男の武勇譚をさ!」
サリバンはドアのほうにちょっと待っててと叫んでそちらに行ってしまった。
マットがあきれ気味に僕に言った。
「まったくサリバンはその話が好きだな。まぁ別に害があるわけじゃないしいいんだけどさ。それじゃぁコヨミ部屋に案内しようか、部屋は二階だから俺についてきてくれ」
それにレミリアが付け加える。
「マット! そいつの部屋は私とメアリーの隣にだけはしないでよね! 絶対だよ!」