僕がたぶん戦車砲とならべるんじゃないのってくらいの打撃を受けて屋敷の外庭にぶっとばされて、前後不覚なまま状況確認をしようとしていた。
外は夜がふけて真っ暗だった。ちょうど天頂くらいの月が薄明かりを照らしているばかりである。
僕はというと外庭の芝生に突っ込んで草まみれだった。
エルザはどこだ?あいつの光る左腕の拳撃でここまで吹き飛ばされたんだった。
それを受けた左手は瞬時に粉々になったが、屋敷の壁をやぶって吹っ飛んでいる間にすでに再生している。
再生しているが、ずっと再生するわけではないのがつらいところだ。中途半端な吸血鬼である僕の再生力はやはり中途半端なものにすぎない。
忍野のいうところによるとあいつの宿した怪異、金光鳥は光の概念の怪異である。光化したエルザは高速で動けるということらしい。今すぐにでも目の前に出現するかもしれない。
芝生に転がって体勢を立て直しながら急いであたりを見回す、が、あたりには暗闇とそれに続く芝生があるばかりだった。
それと同時に、黒い空が強く金色に輝いた。
同時に、僕が倒れている芝生一帯に金に輝く光弾が雨のように降ってきた。
「嘘だろ……」
それは僕にはスローモーションに見えるようだった。このときの僕の赤い瞳は極限にまで引き絞られていたに違いない。
そらから光弾の雨が放射状に広がるように降ってくる。どうみても逃げ場がなかった。
「があっ!」
響くうめき声、何の音かと思ったら僕自身の身体から搾り出されたものだった。
光弾の嵐が地面に着弾した。左足とわき腹に1発ずつもらってしまった。
被弾部はまるで爆発したように被弾部分を中心にサッカーボール大に消失していた。
エルザは僕に光速の拳打を見舞ったあと、吹き飛ばされる僕を狙い済ましながら上空に飛んだに違いなかった。そこから展開した光弾の嵐を僕のいる地面に降らせてきた。
半端な吸血鬼である僕は霧にも闇にもなれないしそこまで早く動くこともできないのだ。
痛みに身をよじると、その間にも傷は回復していっていた。相変わらずあきれるほどの回復力だった。
僕が立ち上がると、パっと、目の前にその髪を金色に輝かせたエルザが突然出現した。
その目はもはやあふれんばかりに金色に輝き僕を飲み込むように覗き込んでいる。
「阿良々木君、あなたの抵抗力は相当なものなのね。だから少しその回復力を削るわ」
言ったエルザの両手が輝き、それでもって僕に肉薄してきた。
どうやら僕の吸血鬼の力はエルザの金光鳥の能力に対して抵抗力があるらしい。
それでエルザはその力、抵抗力を弱めるつもりらしかった。
くそっ、手を抜いてやがる。戦闘力に差はありすぎたが、同時に腹立たしさも覚える。
折らずに、削る。そういうことらしい。
僕が気づいたときには、エルザの光る両腕が3回僕の身体に突き刺さったらしかった。早すぎて気づくのが攻撃を受けた後になっていた。打撃をうけた胴体部の3箇所が爆発するように後ろに吹き飛んだ。
「かっ……」
声が漏れてたたらを踏む。
そのときすでにエルザが僕の目の前にその顔を近づけていた。
身体の回復とともに、回復力が削られるのがわかった。
心臓はディーゼルエンジンのように震えていたが、目の前のエルザの顔は、やはり美貌だという印象を想起させた、その唇が柔らかくひらいて言った。
「私を受け入れなさいな、阿良々木君。そうすれば話は早いわ」
「くそっ、だれがっ!!」
たたらを踏む足を踏みとどまって、両拳を握り、目の前のエルザに両足をけってダッシュした。
ダッシュしながら右手、左手を振りかぶって殴りつける、だがエルザは笑い顔でそれをかわした。
僕の左手を紙一重で交わしながらエルザは光る目で僕を見つめた。
「フフフ、速さが足りないわね、鳥がとまるわよ」
「うるせぇよ!」
さはさりながら半端ながらも吸血鬼の力を引き出した拳撃は鉄板だって貫通する威力があるはずだ。
さらに右手を振りかぶって全力で突き出す。
今度はエルザはよけなかった、代わりに全力で突き出された僕の拳とエルザの間に金色に輝く壁が出現し、その光る壁面に腕が吸い込まれると、そのままその光壁から突き刺したはずの僕の腕がこちらに飛び出してきた。
僕の拳が、僕の顔にめり込む。その威力で後ろに吹き飛ばされた。
「ちぇぇぇあああああ!!」
その僕の背後から、僕の影から飛び出した忍がジャンプし僕を飛び越してエルザに足蹴りを放った。
エルザはその蹴りをなんなく交わした。
「フフフ、かわいいお嬢さんね。この子があなたの宿した怪異なのね」
忍をかわしたエルザの回避動作が終わる前に、僕が飛び込む。
僕の両手の乱打を、しかしすべてエルザはかわしてしまう。
そこに横から忍が突進して、ジャンプから放った回し蹴りをエルザは伏してかわし。
エルザの上空を反対側にとおりすぎた忍が空中で反転し、遠ざかりながらエルザに両腕を向けた。
「かっ!」
忍が短くさけぶと、忍の両腕から発生した赤く輝く血の霧がエルザに疾走した。
怪異を縛封する輝く血の霧である。
しかしエルザは身体を光らせて光速で回避、その疾走した血の霧のはるか上空に出現した。
「ちぃっ! 捉えられぬかっ!」
反対方向に着地しようとする忍を見ながらエルザが瞳を強く輝かせた。
滞空体勢の忍にエルザが放った数多の光弾が疾走する。
が、忍はすんでのところで再び影に入り込んでそれをかわした。
エルザあいつ忍を殺す気かよ!一応しなないかもしれないが。幼女姿の忍にまったく容赦がなかった。あるいは忍を完全に怪異として見ているのか。
再びエルザの身体が光と化して光速で移動した。
瞬間に消失したエルザが再び現れたのは、僕の真下だった。
「阿良々木君、空を飛んでみる?」
声と同時に僕の身体に衝撃が走った。
目がチカチカしてどうなっているのかがわからなかった。
再び視界を認識したとき、僕はエルザの屋敷の外庭から、はるか上空に打ち上げられていた。
というかめちゃくちゃ打ち上げられていた、たぶん7、800Mは上空だ。下を見ると、街が小さい楕円のように密集した光の塊になって見える。
「綺麗でしょう? 私はこの眺めも好きだわ」
再びエルザの声。見ると、僕の隣に光速移動で出現していたエルザが光る右足を僕に向けていた。
また戦闘機にでも衝突されたような衝撃が走り、今度は横に向き飛ばされる。
そしてしばらくしたら次は反対から衝撃がきた、反対方向にまわったエルザが再びけり返したのだ。
そしてまた衝撃、再び衝撃。
僕は上空で球の中を跳ね返るように蹴り飛ばされ続けていた。
蹴られるごとに消失する僕の身体が吸血鬼の回復力を使って瞬時にもとにもどる。
あまりの衝撃の連続に何が起こっているか半ば把握さえできてなかった僕が、その衝撃から解放され辺りを見回すと、僕の真上でエルザが身体を横にしながら光る右足をグルリと回転しながら下に打ち下ろそうとする寸前だった。
「阿良々木君、私のものになりなさいな」
エルザが言って、僕の胴に光る右足が突き刺さった。
「げはぁっ!!」
今度はそのまま真下に加速して落下しはじめた。
「やべぇ死ぬっ!!」
高速落下しながら頭をよぎる。上空800Mから人間が落下したら、粉々だ。やったことないけど粉々になって再生ってできるのか?できたとしても力のほとんどはなくなるかもしれない。
そこまで思ったときにはすでに地面が200Mに迫っていた。
「お前様!ワシの影に入れ!」
忍の声。気がつくと僕の身体にできた影から現れた忍が耳元で叫んでいた。
次に忍が僕の上にまわって僕の身体を土台にしてジャンプした。
迫る地面に忍の作った影が映る。
僕は高速でその影に突っ込んだ。
まわりが真っ暗になる。おそらく死後の世界でなければ、忍の影の中に入ることに成功したのだ。
そこですぐさま気づく、すぐに忍が地面に落下してくる。今度は僕が影を作らなければならない。
上空から影に入り、すう瞬でその影から飛び出して斜めにさす月明かりで作った僕の影に忍が飛び込んだ。
なんとか着地することができた。
「残りの再生力はどれくらいかしら」
再び屋敷の外庭にたった僕のすぐ隣でエルザが言った。鳥の怪異を宿したエルザに落下のダメージなどそもそも気にする必要もないらしい。
エルザの身体が再び発光する。
それを見た瞬間に全力で頭を下げた。
それで僕の頭部へのエルザの攻撃がからぶった。
「へっ、当たらなかったな。速さが足りないんじゃないのか?」
それで一矢報いた気になった僕に笑みを浮かべる余裕ができた。
「手加減したのよ。死んでほしくはないもの」
「僕を、吸血鬼の力を取り込んでも、お前の親父さんはきっといい顔しないぜ」
「かもしれないわね。でもどうかしら、お父様は鹿狩りで私が鹿をしとめたら喜んでくださったわ」
エルザは何を思ってか、目を細めてわらった。
エルザの半身は金光鳥だ。忍野の言っていたことによると不完全な融合で精神に金光鳥が割り込んでいる。
そのエルザには、もう僕の吸血鬼の力を取り込むことが、人間が食べ物を食べるのと同じくらい自然なことに思えているに違いなかった。
次の瞬間、エルザの右手に光る刀剣が出現。その次の瞬間には僕の肩口から縦に切り裂かれていた。
「かっ……」
斬られながら、踏みとどまる。
「僕は鹿じゃねぇよ!!」
忍に呼びかけて僕の影から放られた長刀、心渡を手に取り目の前で光剣を振り下ろしたエルザに向かって横なぎに振りぬいた。
それは予想外の攻撃だったらしい、が、エルザの太ももを掠めただけで、彼女の太ももを薄く切っただけだった。その傷口も、金色に輝きすぐにふさがれてしまう。再生能力まであるらしい。
真っ暗な外庭で、後ろにとんだエルザの左手が金に輝き、その左手のまわりに発生したいくつもの光弾が疾走し、僕の身体をズタズタに打ち抜いた。
「がぁっ、かはっ……」
その衝撃に吹き飛ばされる。
僕を貫通したいくつもの光弾はそのまま後ろの屋敷の壁を融解させ吸い込まれた。
僕も吹き飛ばされて心渡を持ったままゴロゴロところがり、屋敷を背になんとか立ち上がった。
たった僕がエルザのほうを見ると、エルザは空中に飛翔し、全身を強く輝かせてエルザの身体を中心に数百の光弾を滞空させているところだった。
僕をそのまま消失させてしまいそうな密度である。
僕は心臓を凍った手でつかまれるように思いながら叫んだ。
「戦場ヶ原ぁぁぁ!」
空中に滞空しながら僕を見下ろすエルザがはっとしたような表情をした。
なぜ今僕が戦場ヶ原の名前を叫ぶのかと思ったのかもしれない。
それがなぜなのかはすぐにわかった。
僕が戦場ヶ原の名前を呼んだのと同時に、僕の後ろの屋敷のすべての部屋の明かりが、一斉に点灯した。
この屋敷にいるのは、僕とエルザの二人だけではなかった。先刻からこの屋敷に忍び込んでいた戦場ヶ原が、いったん屋敷のブレイカーを落として部屋の明かりのスイッチを入れ、そして今ブレイカーを入れてすべての屋敷の明かりをつけたのだった。
それはエルザにもわかったに違いない。
僕の背後の屋敷の明かりがすべてついた。
重要なのは、それで僕の背後から刺す光によって、僕の影が前方へ長く伸びていることだった。
エルザにとって僕の動きは遅すぎるものだったかもしれないし、僕の攻撃はすべてなんなくかわされるものだったが、この影が伸びる速さは、エルザと同じ光の速さだ。
エルザが気づいたときには、空中のエルザの背後まで延びる僕の影から、両手を組んだ忍がすでにあらわれていた。忍が組んだ両手からは赤く輝く血の霧がただよっている。
「かぁっ!!」
忍が至近距離から不意打ちで放った輝く血霧は今度は数瞬反応が遅れたエルザの身体を捉えた。
赤く輝く血の霧がエルザの身体をつかみ、縛った。
「今じゃお前様!!」
忍が叫ぶ、その反対方向から、すでに僕は上空で赤い血の霧に縛られたエルザに、長刀心渡を両手で振りあげて、吸血鬼の脚力で高くジャンプしていた。
「おおおおおっ!!」
ジャンプした僕の眼下で、身動きがとれなくなったエルザがその光る瞳で僕を見つめ、目を見開いた。
「斬れぇお前様!!」
忍の叫び声が聞こえる。
ジャンプした僕の眼下でエルザがゆっくり近づいてくる、吸血鬼の神経系は集中しまるでスローモーションだった。
そのエルザの口角が、硬く持ち上がった。
両手で真上に振りかぶった心渡がピクリと反応する。
このままエルザを斬ってもいいのか?
一瞬のうちに思っていた。
心渡は人を斬らず怪異だけを斬る刀だ。だからエルザが斬れることはない。そう思っていた。
だがさっき心渡がエルザの足をかすめたとき、エルザの足は切れて血が流れていた。
もしかして、金光鳥が身体の半分であるエルザは、心渡のダメージを身体に受けるのではないのか?
その考えが頭をよぎると、力をこめた両腕につかまれた心渡が動かなくなってしまっていた。
しかし目の前のエルザはじょじょに肉薄してくる。
「ちっ、主様め躊躇しおった!」
遠くで忍の声が聞こえる。
僕が接近していたエルザは、血の霧に身体を縛られながら、僕のほうへ両手を伸ばしていた。
僕はそのままエルザに突っ込んで、空中でエルザに抱きとめられてしまった。
心渡が僕の手を離れ、下方の地面へと落ちていった。
次の瞬間、身体が燃えるように熱くなる。
僕を抱きとめたエルザの、僕と接触している部分が金色に輝き、僕の身体を取り込もうとしていた。
「お前様! 離れろ! 取り込まれるぞ!」
遠くでそう忍が叫ぶ声が聞こえた。どうやら僕の抵抗力はかなり弱っていたようで、無理やり取り込めるようになっていたらしい。
僕は離れようともがいたが、エルザの両手に抱きしめられて離れることができない。
僕の身体は光るエルザの身体にすこしずつ吸収され始めていた。
戦場ヶ原も屋敷から見ているのだろうか。
ちくしょう。こんなところまで見せたくはなかった。
遠くで再び忍の叫び声が聞こえる。
「噛め! お前様!」
噛め? 噛むって何を噛めばいいんだよ。
自問自答のように考える。
「その娘を噛め! ヴィゾープニルの力を吸うんじゃよ!!」
その娘。それは目の前のエルザだろう。
エルザの綺麗な顔が眼に入る。
そしてその首のしたの綺麗な首筋も。
忍の声と、吸血鬼の本能も手伝ってか、半ば衝動的に歯をむき出し、エルザの白い首筋に歯をうめた。
「んぁっ……」
僕がエルザの首筋に歯をうずめると、エルザが息を吐くようにうめいた。
口の中に血液があふれ出てくるのがわかり、エルザを強く抱きしめたまま、僕はむさぼるようにそれを吸い、飲みこんだ。
「あっ、ああっ……」
僕がノドをならすのと同期するようにエルザの口から声が漏れる。
そのまま血をすい続けると、しだいにエルザの目の金色の光がおさまっていった。
エルザの血をすい続けるにしたがい、エルザの身体を覆っていた金光は薄まり、しだいに消えてしまった。
僕とエルザを空中に漂わせていた赤く輝く血の霧は、二人を地面におろすと忍の手へとひいていった。
エルザの首筋にかぶりついて、いつまででも血をすっていたかったが、エルザを包む光がほぼ完全に消えうせたところで、エルザの首筋に食い込んだ歯を離した。
僕が顔を上げてエルザを見ると、エルザはけだるげに僕のほうを見た。その目は透き通るように青かった。
抱きかかえられたエルザの身体が再び弱く金色に輝き、エルザの背中の発光部分から何かが出てきたと思うと、それは人間で、火憐ちゃんと、続いて出てきたのは神原だった。気を失っているらしい二人は、エルザの身体の発光部から出現すると、そのまま庭の芝生に投げ出された。
「阿良々木君、半分ははじめましてになるわね」
エルザを見る僕に、エルザはゆっくりと口を開いていった。
「改めて自己紹介するわね。ノイマン。エルザ・フォン・ノイマンよ。それでよかったのよ。最初から、それでよかったんだわ」
それだけ言って、エルザは気を失ってしまった。
それを確認して、僕はエルザを芝生に横たえて、自分も芝生に転がったのだった。