やん
激動の時代が近づく中、凡人はただのその渦に巻き込まれないことを
ただひたすら祈っていた。そう・・・祈るだけであった。
■フレデリカの嘆息■
士官学校を主席、次席で卒業して将来を嘱望される二人は、
年相応の楽しみである『買物』や『お喋り』によって、
日々の仕事のストレスを晴らすなど、年相応の休日を楽しんでいた。
女性比率が大幅に高まっているものの、
まだまだ男社会の軍部において、優秀な女性士官のストレスは少なくないらしい。
■■
『フレデリカー!!こっちこっち~!』
はぁ、ちょっとは周りの視線とかのこと考えてくれないのかしら?
そんなにぴょンぴょん飛び跳ねて大声出さなくても、
あなたは充分過ぎるくらい人目につくのよ・・・
■
女生徒A・・・
フレデリカ、あんたなんでアンネリーなんかと一緒にいられるの?
みんな言ってるわよ!兄に続いて主席間違いなしだから調子に乗ってるって
女生徒B
あの女、アンタの事を引き立て役にしてるのよ!自分が一番ってことを
みんなに見せ付けるために!あんなコの為に損してるなんて馬鹿みたい
女生徒C
馬鹿女の振りして男に媚びうるどころか、教官に腰でも振って点数稼いでるんじゃない?
ああいう、ちょっと顔が良くて出来が良く見えるのは、裏では何でもやってるのよ!
『ねぇねぇ、次はあそこのアイスクリーム屋さんよ!今日は倒れるまで食べるんだから!』
「はいはい、まずは口に付いてる生クリームを拭いてからね?」
『ん・・、ありがとう。フレデリカ♪」
士官学校時代に妬み・恨み・嫉み・僻みの感情を向けていた子たちも
こんな無邪気な笑顔を見る権利を捨てちゃうなんて・・・ほんと勿体無いわ。
『そうそう、また第八分室には遊びに行くから、よろしくね!』
あとはこれさえなければ、こんな良い子なのに、少しミーハーな所があるのが欠点なのよね。
あのふざけた人が、アンネリーに釣り合うとも思えないし、
まぁ、悪い人ではないし、ふだんは冴えないけど
やるときはやる人だろうとは頭では分かっているけど、やっぱり納得できない。
「なにもブジン大佐じゃなくても、素敵な人は他にいるでしょう?」
『そんなことないよ。多分、フレデリカの愛しのヤン准将と同じくらい
魅力的な人よ。大丈夫、わたしフレデリカのことも大好きだから、ね?』
な、わたしのことが、その・・好きとかそういうことじゃなくて、
えっと、ただ友達としてあなたのことが心配だからその・・・
『うん、わかってる!心配してくれてありがとう』
■謝罪と和解■
きょう~も、おいらは地味な事務仕事~♪
コピーしてっ!判子押してっ!また明日~♪
『ふざけていないで座って、仕事をしてください大佐』
いや、すみません少尉・・・でも、なんかずっとデスクってのも飽きちゃうというか、
そうだ!!今日は適当に流してどっか飯でもパァーっと食いにいこう!
『賛成!今日はもうつまんない仕事なんか投げ出して遊びましょ~!』
だよね~、アンネリーもそう言ってる事だし!みんなで飯でも食いにいこうぜ。
そうだ、この前勲章と一緒に貰った金一封で奢っちゃうぜぇ~???
『結構です!アンネリーも仕事が終わったんだったら、こんな所で油売ってないで
早く帰って頂戴、私と大佐はまだ処理しなきゃならない仕事が山ほど残ってるの』
フレデリカちゃん怖い~ヘイン泣いちゃう。
「かわいそうな大佐!アンネリーが慰めてあげる、私の胸に飛び込んできて~♪」
ああ、今いくぜ!アンネリー~!!『早く来て大佐ぁ~!!』
『分かりました。お二人とも部屋から直ぐに出ていってくださいますか?
もう私が全部やりますからお好きなようになさって下さって構いません』
いや、えっと・・すみません少尉、調子に乗ってました。
あのさっきのグラフの見かたとかが、その・・良く分からなくて
ちょっとやる気がなくなったというか、
ごめんなさい・・・
『私も調子に乗りすぎてた・・・フレデリカ・・ごめんね?』
『はぁ、二人とも分かってくれたなら良いです。あとアンネリー
出来るだけ早く終わらせるようにするけど、待っていてくれる?』
『あっ、わたしも手伝うわ!三人でやれば早く終わるしね♪』
よ~し!大佐も張り切っちゃうぞ~!
「じゃ、大佐はそれをコピーして綴じといて下さいね♪」
うん、何か最初から戦力外通告されてるっぽいけど、大佐負けない・・・
■■
「先輩、今日はキャゼルヌ先輩を誘う事にしましょう」
『あぁ、それは構わないがヘインを誘うためにここに来たんじゃないのかい?』
「いや~、若人が一生懸命に仕事に打ち込んでいるのを
外野が邪魔するってのは、少々、無粋だと思いまして」
『まぁ、アッテンボローがそう言うなら私は構わないよ』
どうやら、ヘインも新しい部下と上手くやってるようだ。
まぁ、あれだけの美人二人にせっつかれれば、
いくらアイツでもちょっとは仕事する気になるか・・・
いや、結構結構♪ここは馬に蹴られない内に退散するとしましょう。
■
意外と友達甲斐のあるアッテンボローが気を利かせたため、
ヤンとフレデリカの再会はもう少し後に持ち越されることとなるが、
珍しく第八分室に大量に廻って来た仕事を、協力してこなした三人は、
仲良く食事に出掛けるくらいに親睦を深める事が出来た。
これ以後、毎日のようにアンネリーは第八分室に訪れるようになり、
『第八分室予備役』としての地歩を少しずつ固めていくことでヘインの外堀を埋めて行き、
彼を狙う多くの野獣たちに先んじることに成功してみせる。
■ブジン遊撃艦隊■
宇宙暦795年、帝国暦486年9月中旬、
ロボス元帥率いる四個艦隊、約36000隻はティアマト星域に集結していた。
同様にミュッケンべルガー率いる帝国軍も約36000隻の艦艇を動員し、
ラインハルト傘下の艦隊を含め、全ての艦隊がイゼルローン要塞に集結させ、
同盟軍の侵攻に対する備えに当たっていた。
この比較的大規模な軍事行動に、凡人へインは第10艦隊の遊撃小艦隊指揮官として参陣することとなる。
もっとも戦後の准将昇進が約束されてはいるものの、
一介の大佐に過ぎぬヘインに与えられた艦艇は、最新鋭の高速戦艦わずか300隻のみ。
この全軍の1%足らずに過ぎない遊撃艦隊の何割が、再びハイネセンの地を踏めるかは、
指揮官の運と才覚と原作知識次第であった。
■■
たしか、この戦いは同盟軍の負けだったよな?
左翼のラインハルトが敵前で側面丸見えの右舷回頭して、
ビックリした同盟軍は指をくわえて見てるだけ・・・
そんであれよあれよと始まった本隊同士の殴り合いに、
左翼から右翼へ移ったラインハルトが横槍をぶちこんで、
同盟軍は撤退・・・残念無念また来襲~・・・・・じゃねーよ!!!!
まずいじゃないか、俺みたいなモブキャラは英雄にやられましたで
人生終わっちゃうかもしれないだろ!
どうしよう、どうしよう・・・・
「ねぇ、どうしようラオ少佐!俺死にたくないよ!」
『大佐、急に変なこと言い出さないで下さい。小官だって死にたくありませんよ』
「そうだよね、少佐も死にたくないよね!それなら仕方がない撤退しよう!
ウランフ提督に回線を繋いでくれ!ブジン遊撃艦隊は体調が悪いので撤退すると」
『一応回線はお繋ぎしますが、叱責されても知りませんよ?』
OKOK!怒られるぐらいで逃げていいなら幾らでも怒られちゃうぜ!
■■
『おう、ヘイン・フォン・ブジンか、英雄様が緊急回線を使って、何事だ?』
いや、ちょっとおなかが痛くなってきたので撤退して良いですかねなんて・・・
『撤退だと!?』
ちょっ、そんなに眉を吊り上げなくても・・・
『一度も砲火を交えないうちにか?それは少し臆病すぎんか?』
いや、その冗談です。ブジン大佐、頑張ります・・・
『おお、シトレ元帥の秘蔵子の実力をとくと見せてくれ!』
■
撤退願いを上申したヘインであったが、
その理由があまりにも酷い物であったため、
ジョークとしてしかウランフには受け止められなかっただけでなく、
前線に出して欲しいというパフォーマンスと勘違いされ、
ブジン遊撃艦隊は第10艦隊の最前列に配置される事になってしまう。
この意図せざる藪蛇なアピールが、
ヘインを再び望まぬ擬似英雄へと押し上げることになるとは、
会話を交わした両人も想像することすら出来なかった。
■あっちむいて右!■
惑星レグニツァの遭遇戦で緒戦の勝利を飾った黄金獅子は、
同盟軍との全面対決において、帝国軍の左翼全体を指揮する大役を得ていた。
最も、それは狡猾な罠によって仕組まれた物でもあったが、
「宇宙艦隊司令長官殿からの有難いご命令だ、艦隊を全速前進させろ!」
命令を受けたラインハルトは憮然というより、
半ば傲然とした体で総司令部の命令を守るべく、指令を傘下の艦隊に与えていく。
これに対し、左翼に前進する命令を与えた中央の本隊どころか、
右翼部隊も、それに呼応して前進する気配ですら見せることは無かった。
参謀長のメックリンガー准将は、総司令部に何か戦術的意図があるのか訝しがりながら、
このままでは、敵右翼と敵本隊による攻勢に自分達は晒され、二正面作戦を強いられると
至極真っ当な懸念をラインハルトに述べるのだが、
キルヒアイスから、味方の援護は期待できないだろうと告げられ、
敵ではなく味方によって危地におとしいれられている事実をラインハルトと門閥貴族の関係から推測し、全てを諒解する。
目障りな金髪の若き英雄を、叛徒の力を利用して排除しようとしている首脳部の企みを
■
「ひとつだが方法がある、無能な総司令官や側近の連中が
我々の危地を安穏と見ていられなくなるような方法がな」
全てを悟って深刻な顔をする参謀長を余所に、
蒼氷色の瞳に閃光を走らせたラインハルトは、その全身からは覇気があふれ出させていた。
既に、彼の優れた頭脳の中で進むべきは道と方針は定まっている。この時点で、それを実行に移すだけったのだ。
「ミュッケンベルガーの浅はかな考えは読めた!奴は敵の力を利用して俺を排除し、
その犠牲を基に勝利を得ようという魂胆だろう。だが、我々が奴の思う通りにしてやる
義理はこちらには全く無い。奴がその気なら、こちらも相応の対処を取ることにしよう』
もはや司令長官に対する敬意を思考の枠外に放り出したラインハルトは、
自らの意図を種無しと垂らし、それにちょび髭と赤髪を加えた四人だけに話した。
これを聞いた四人の中から、その意図する策の危険と大きさに懸念の声も上がるが、
ただ座して、同盟との二正面攻勢に耐える道を選ぶか?と
ラインハルトに問い返され、全ての者はその策を受容れることになる。
どの道、唯々諾々と司令部の命令を聞いて討死の憂き目に遭うくらいなら、
目の前で溢れんばかりの覇気を撒き散らす指揮官にしたがった方が
マシであることを優秀な彼等は直ぐに理解したのだ。
こうして、突出した左翼部隊が右方向に向け敵前回頭し、
無防備に艦艇の側面を敵に晒しながら、敵の正面を横切るという前代未聞の行動が実行に移される。
そして、この暴挙を目撃するパエッタを始めとする同盟将官達は驚愕し、なんらかの罠を疑うだけで動かず、
ただ砲撃を加えるだけという最も簡単な答えに辿り着くことはできなかった。
ただ、無防備に正面を横切るラインハルト率いる艦隊を彼等は黙って見送っていく。
そう、ごくわずかな例外を除いて・・・・
■撃て、撃つな、撃て、撃て、撃て・・・・■
くそ、どいつもこいつもアホタレ~!!
ぼけっとしてないで撃て撃て撃て!!!ラインハルトをぶっ殺すチャンスだぞ!
『ですが、大佐なんらかの罠があるかもしれません』
あるか、ボケっ!!撃て撃て撃て!!!撃ち放題じゃ~!!!
ついでに全通信をひらいて見る阿呆になってないで撃ちまくれって伝えろ!!
■
同盟軍の大半が悠然と眼前を横切る敵を見送る中、
ヘイン率いる最前線の遊撃艦隊のみが猛然と砲火の口火を切る。
斉射三連の雨嵐のような砲撃を加え、敵を撃墜ないし大破させていく。
それでもヘインの気が狂ったような砲撃命令はやまなかった。
やがて、その興奮が遊撃艦隊全体に伝染し、
ブジン艦隊300隻は12000隻を超える敵艦隊に指揮官の意図せぬ突撃を猛然と開始する。
■■
おいおい、撃てば良いだけだって!!何勝手に突撃してるんだよ!?
ちょっと、みなさん落ち着いてください!!とりあえず戻ろう。な!?
『いてもうたれ!!!』『ぶっ殺し!』『ボォク!アァルバァイトォオオゥ!』
だめだ、最高にハイってやつになってやがる・・・
死ぬ、死ぬ死ぬ!!まわり全部金髪の艦隊の艦じゃねーか。
どうみても完全に囲まれています。本当にありがとうございました。
■
「敵にも智者がいたようだ。俺の意図を読み
自戦力で出来うる限りの妨害をしてくれる!」
『はい、ラインハルト様。ですが、『小艦隊』で出来る最大限の妨害に過ぎません
周りの者に理解されぬ、わずかな智者の力だけでは我々を阻むことは出来ません』
自らの策を易々と破ったと思われる小艦隊の司令官にラインハルトは激発しかけるが、
味方の援護を得られぬ敵に気を取られるべきではないとキルヒアイスに諭され、冷静さを取り戻す。
「ああ、おまえの言うとおりだキルヒアイス、あの艦隊の司令官は俺以上に
自分の裁量の小ささと、味方の無能さに憤っているに違いないのだからな・・・」
小賢しくも自艦隊へ突入後、亀が甲羅に篭ったように動かなくなり、
同士討ちを誘発させるために止まり続ける嫌らしい敵であったが、
冷静さを取り戻したラインハルトは、その小艦隊の指揮官に奇妙な親近感を覚えることになる。
彼は自分の不遇と相手の不遇に、何か共通した物を見出したらしかった。
もっとも、その共感は全くの誤解から来るものではあったのだが、
■戦場の右端で保身を図・・・■
その後、龍の腹をゴキブリのようなしぶとさで駆けずり回った
ブジン遊撃艦隊はラインハルト艦隊が最右翼地点に抜け、
正面を向くため左方向へ回頭する中、ひたすら直進して死地を切り抜ける。
こうして、交戦域の遥か彼方へ抜けたブジン遊撃艦隊は、
驚くべき事に一隻も撃沈されることなく戦場を離脱する事に成功することになる。
これは、ラインハルト艦隊が右方向への移動を最優先しており、
たかだか300隻の小艦隊の突入に構っているわけにはいかなかった点が大きく影響していた。
ラインハルト率いる艦隊は、突入してきた無鉄砲な小勢を腹に抱えた後は同士討ちを避けるため、
艦隊の腹の中に居座るブジン艦隊を無視してひたすら進軍し続けたのである。
ラインハルトにとって最も重要だったのは左翼から最右翼へ移動することであり
たかだか300隻の加える攻撃や、それに対する追撃に注力する暇はなかったのだ。
こうして、ハイテンションに戦場を駆け抜けたブジン艦隊は
全く追撃も反撃もされること無くラインハルト艦隊を突破し、
自艦隊数の三倍以上の損害を敵に与えながら、戦場の遥か右端に離脱することが出来たのだ。
■
『ヘインの奴!やってくれましたね先輩』
「あぁ、大した奴だよヘインは・・・」
だが、残念な事に彼の成功に続く者は自由惑星同盟軍にはいなかったみたいだ。
もし、ヘインに一個艦隊、いやせめて3000隻程度の戦力を与えていたら、
この会戦は全く違う展開になっていただろう。
たぶん、ヘインにやられた『あの艦隊』の指揮官も同じように感じているのではないだろうか?
さて、私ももう一度、司令官殿のところに『お願い』に行くとしようかな。
■
普段の怠けぶりが嘘のような勤勉振りを後輩に見せられて、
ほんの少しだけ、埃を被った勤労意欲を刺激されたヤンは
頑迷な司令官への四度目の忠告を行うが、その成果は父親の考えの正しさを、
身をもって実感するに止まった。
魔術師の不遇は今しばらく続きそうであった。
■傍観者へイン■
左翼から右翼に転じたラインハルト艦隊と本隊によって、同盟軍を半包囲する形になった帝国軍ではあるが
両者の連携は薄く、逆に戦力の集中で勝る同盟軍によって分断され各個撃破される恐れもあった。
だが、同盟にもそのような弾力的な用兵を立案する余裕はなく、
結果、平凡な戦闘に両軍は終始して、乱戦の様相を色濃くしていく。
その乱戦のただ中で、組織的で効率的な攻勢と守勢を実現していた
唯一の艦隊がラインハルトの率いる艦隊であった。
つまり、この無秩序な戦闘の帰結を定める権利をラインハルトは得たのだ。
同盟軍にも、彼の艦隊と同じように完璧なまでに組織的に統率されている艦隊もあったのだが、
わずか300隻の小集団であり、戦場からも遠く離れていたため
この戦闘の結果に対する決定権を持つことは許されなかった。
もっとも、その艦隊の指揮官は、例え戦いの趨勢を決める決定権が有ったとしても
それを行使する事無く、現状の傍観者の地位を維持しようとしたであろうが・・
■■
『大佐、総司令部及びウランフ提督からも戦線への復帰を要請されていますが?』
おいおい、あの乱戦の中にたった300隻で突っ込めなんて
無理じゃボケ!!全艦艇待機、戦況に変化あるまで待機継続だ!
通信は敵艦隊の妨害によって傍受することは出来なかった。
よし!それでいこう。少佐、もう回線切っといてくれ!
■わが征くは星の大海の端っこ■
乱戦が激しさを増す中、同盟総司令部では一つの奇策が
グリンーヒル大将によって立案され、実行に移される。
前線の一部隊を抜き取り、帝国軍後方に迂回させて退路を絶つ様に見せかけ
敵を混乱させ、それに乗じて再攻勢をかけるという策であった。
その実行に当たって、戦闘中の戦線から一部隊を抜くという離れ技をロボス元帥は見事やってのけた。
その鮮やかな手腕は、ヤンを始めとする名将達を唸らせるに足る物であった。
■
突如として自軍の退路を断とうと現れた同盟部隊に、
帝国軍主力部隊は無様に慌てふためき、無秩序な後退を始め、
同盟軍の勇将ウランフによる攻勢の格好の餌食になっていた。
また、味方と違い一瞬で陽動である事を見抜いていたラインハルトであったが
ボロディン艦隊による執拗な旗艦に対する攻勢によって、前線指揮に慌しく追われて、敵の意図を挫くことは叶わなかった。
そんな混戦の中、陽動という目的を一応果たした同盟部隊は本隊への再合流を果たそうと図るが、
ほぼ同数の艦艇を率いるロイエンタールによる巧妙な側背追撃を受け、全滅の窮地に陥っていた。
■■
『大佐、これ以上の戦列復帰命令を無視する事は難しいのでは
このままでは、帰国後軍法会議にかけられ、敵前逃亡の罪に・・・』
わかった、分かったよ!戦えばいいんだろ。
俺だって、もうそろそろ戦うかな~なんて思ってたんだって
嘘じゃないって!時期を見てたんだよ!戦機ってやつをね
『陽動部隊!敵艦隊による追撃を受けて壊走中、救援を求めています!』
よっしゃ、援護射撃で友軍を救う。ただし、あくまで援護射撃だ!
敵が、わが艦隊に注意を向けたら即後退しろ!直ぐ逃げるんだぞ!
絶対だからな!!!さっきみたいに勝手に突撃したら泣くからな!!!
■■
『側面より敵艦隊の攻撃です。一定の距離を保って接近はしてきません』
先刻の小艦隊か、やるではないか・・
自分に与えられた戦力では何が可能で、何が不可能かよく分かっている。
凡百の将では到底出来ぬ判断だ。あのお方に痛撃を与えるだけのことはあるな。
「新手の艦隊は無視しろ、追撃も充分だ。一旦陣形を再編する
後退して、艦隊本隊と合流する!敵の攻勢に備えて油断するなよ」
まぁ、あの艦隊の指揮官が無謀な追撃をしてくるとは思わんが、
それにしても、俺がここまで警戒する相手が叛徒共の中にいるとは・・・
■
激しい攻勢に出ていた同盟軍であったが、
将兵の疲弊が限界に近づき、その砲火は確実に弱まり始めていた。
「頃合だなキルヒアイス」『はい、そろそろのようですね』
金髪と赤毛の天才が、そう言葉を交わし
彼等の指揮する艦隊が半包囲から一気に同盟軍の
中央を後背から突破する戦法へ切り替えると、神速を誇るミッターマイヤーなどは
瞬く間に艦列を再編し、敵どころか味方が追いつけぬほどの攻勢を同盟軍にかけた。
その勇戦振りに遅れを取るなとばかりにロイエンタール艦隊や
ラインハルト本隊も次々と同盟軍陣中に奥深くへと侵入して行き
完全に同盟軍を分断する事に成功する。
ラインハルト率いる艦隊による後背からの半包囲攻勢に耐え続けた同盟軍には、
もはやその攻撃を防ぐ余力は残っていなかった。
■
ウランフやボロディンといった同盟軍の艦隊指揮官達は
帝国本隊に対して賞賛に値する戦果をあげ続けていたが、
ラインハルトの攻勢による被害が主な原因としながら、その継戦能力を失いつつあった。
9月16日16時20分、ついに総司令官ロボス元帥は撤退を決意する。
この4時間後、帝国軍もまた帰還を決意する。ラインハルトの艦隊を除けば
帝国軍の損害は下手をすれば同盟軍以上のものであり、
撤退していく同盟軍を追撃する余力は残っていなかった。
■あらたなる誤解の幕開け■
第四次ティアマト会戦は、帝国軍の侵攻を防いだという意味では
同盟軍に軍配が上がるものの、損害の大きさから見てまず敗北といってよい結果であった。
だが、同盟軍の自尊心を少なからず満たすものがあった。
彼等を敗北に追いやった憎き艦隊に対し、40分の1以下の兵力で突撃し
率いる艦艇の三倍以上の損害を与えた。小艦隊の存在である。
また、その小艦隊は陽動作戦を終えて本隊と合流する途中に
敵の追撃を受けた部隊の窮地も救うという功績まで挙げていた。
その上、その一連の武勲を立てるにあたって
1隻の艦も失う事無く成し遂げたのである。
まさにティアマトの英雄と呼ばれるに相応しい偉業であった。
こうして、ティアマトの英雄という異名を新たに得たヘインは
帰国後、宇宙港で報道陣にもみくちゃにされ、
その後向かった統合作戦本部にて准将への昇進辞令を受取る
■
数奇な運命と偶然によって、将官に上り詰めた凡人
その身に釣り合わぬ地位が、どのような未来を描くのだろうか?
伝説の始まりを告げる鐘が、星の大海に鳴り響いていく・・・
・・・ヘイン・フォン・ブジン准将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~