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No.3855の一覧
[0] 銀凡伝2[あ](2009/09/20 20:08)
[1] 銀凡伝2(気絶篇)[あ](2010/02/17 20:56)
[2] 銀凡伝2(追跡篇)[あ](2010/02/17 22:02)
[3] 銀凡伝2(引退篇)[あ](2010/02/17 22:53)
[4] 銀凡伝2(邪気篇)[あ](2010/02/20 17:43)
[5] 銀凡伝2(友情篇)[あ](2010/02/20 18:27)
[6] 銀凡伝2(招待篇)[あ](2008/09/13 23:03)
[7] 銀凡伝2(先輩篇)[あ](2008/09/28 01:31)
[8] 銀凡伝2(孤独篇)[あ](2008/09/30 23:03)
[9] 銀凡伝2(両雄篇)[あ](2008/10/04 17:19)
[10] 銀凡伝2(天空篇)[あ](2011/01/01 18:18)
[11] 銀凡伝2(選挙篇)[あ](2008/10/19 17:32)
[12] 銀凡伝2(逆転篇)[あ](2010/05/03 20:41)
[13] 銀凡伝2(乖離篇)[あ](2008/11/22 18:42)
[14] 銀凡伝2(地獄篇)[あ](2008/12/28 20:29)
[15] 銀凡伝2(逆襲篇)[あ](2008/12/30 23:53)
[16] 銀凡伝2(逃走篇)[あ](2009/01/02 22:08)
[17] 銀凡伝2(抱擁篇)[あ](2009/01/03 17:24)
[18] 銀凡伝2(手紙篇)[あ](2009/01/03 17:25)
[19] 銀凡伝2(日記篇)[あ](2009/01/03 22:28)
[20] 銀凡伝2(新年篇)[あ](2009/01/11 16:43)
[21] 銀凡伝2(辞職篇)[あ](2009/01/12 21:16)
[22] 銀凡伝2(交換篇)[あ](2009/01/17 23:54)
[23] 銀凡伝2(推理篇)[あ](2009/01/18 21:27)
[24] 銀凡伝2(暗殺篇)[あ](2009/01/25 19:14)
[25] 銀凡伝2(開幕篇)[あ](2009/01/29 23:07)
[26] 銀凡伝2(起動篇)[あ](2009/09/21 17:51)
[27] 銀凡伝2(無頼篇)[あ](2009/11/15 11:52)
[28] 銀凡伝2(辺境篇)[あ](2010/02/28 18:03)
[29] 銀凡伝2(出撃篇)[あ](2010/04/03 20:59)
[30] 銀凡伝2(悔恨篇)[あ](2010/04/18 19:30)
[31] 銀凡伝2(帝王篇)[あ](2010/05/01 20:16)
[32] 銀凡伝2(原始篇)[あ](2010/05/30 19:38)
[33] 銀凡伝2(凋落篇)[あ](2011/02/21 20:49)
[34] 銀凡伝2(烈将篇)[あ](2011/05/04 17:45)
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[3855] 銀凡伝2(帝王篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2a7d54f5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/01 20:16

戦乱が過去の記憶となり始めた時代、ひとりの凡人が生きている。
かつては幾多の戦いを勝利で飾った軍人で、それを実見した証人達はその功績を喧伝するような真似をする必要もない程の名声を得ていた。
ただ、当人は誇らしげに武勲を語ることは無い。かわいい気立てのよい妻と大切な娘に囲まれ、
幸せな日々を享受する男にとって過去の栄光などどうでも良いものだった。


やがて月日は過ぎ、大事な娘は美しく成長し、結婚して家を離れて行く。
そのときの男の寂しさを癒してくれたのは、いつもかわらず横でやさしく微笑んでくれる妻だった。

時折訪れる孫達の騒がしい声を聞きながら、彼等二人は仲良く寄り添いながら年を重ねていく。

そんな日々を続けていたある日、二人の家の庭でボール遊びをしていた孫娘はサンルームの入口から中へボールを放り込んでしまう。
ボールは老夫婦の足元を転々とするのだが、彼女は二人に声をかける事も無くボールに駆け寄る。
二人に拾ってくれと声を掛けても徒労に終わることを彼女は知っていたのだ。
幾つになっても仲の良い老夫婦が二人の世界に入ってしまったら、誰も邪魔できないことを…






そんな仲の良すぎる二人の関係も、今となっては信じられないが一度壊れかけた事があると言う。
若き日のヘインが『ある事件』が原因で傷ついた恋人を危うく殺してしまいそうになったらしい。



「アンネリー!はやまるなっ!!」
『げぇっ、ちょっ大将!!足!足引っ張らないで!ホントに締まって死ぬから!!』


笑ってしまう話だが、天井に吊下がる恋人を見て動転した男は一刻も早く下に降ろして助けようと、
思いっきり彼女を下に引っ張ってしまったのである。首に縄がかかっている状態にも係わらず!
彼女が咄嗟に首に浅く掛った縄を両腕で掴んでジタバタと抵抗しなければ、今頃は間違いなく墓の下であったろう。


こんな今は遠い昔となった危機も笑い話で、それ以後、誰よりも固い絆で結ばれた二人は目出度く結婚し、
どんな困難も二人で共に乗り越え、幸せな家庭を築いていくことになる。




そう、そんな幸せな日々こそ自分とアンネリーには相応しいと、ヘインも彼等を知る人々も思っていた。
二人には悲劇より喜劇こそが相応しいと彼等は確信していたのだ。それが過信に過ぎなかったとも知らずに…


現実は物語よりずっと残酷なのだ。彼等はそれを忘れていた…




■史家の論は羽毛より軽い■


ヘイン・フォン・ブジンという輝かしい武勲とそれに伴う称賛に彩られた男は、
救国軍事会議の蜂起から鎮圧にかけての行動を、後世の史家からしばしば批判されることになる。



失われた物語の女主人公を偏執的に研究し、後に投げ出した中途半端な歴史学者は当時のヘイン・フォン・ブジンをこう批判する。




『ヘイン・フォン・ブジンは同盟でおきた未曾有の内乱において、何一つ課せられた職責を
 
 果たすこともなく事態の終息を失意の内に迎えた。彼は軍高官として内乱の発生を
 
 未然に防ぐ責務を果たすどころか、事が起きた後の対応にも何ら積極的な関与をせず
 
 ただ、ヤン・ウェンリーの後塵を拝すだけであった。その姿は英雄と呼ぶには余りにも
 
 情けなく、唯の凡夫以外の何物でもなかった。どのような英雄でも誤謬を犯すことは
 
 あるだろう。だが、国家の奇禍に無聊をかこつなど、軍人にあるまじき行為ではないか?』




彼はネプティス解放後、著しい錯乱状態に陥った後に廃人のように呆け、
『アッテンボローに・・全権を与える。必ずや・・救国軍事会議を打ち倒すのだ…』と繰言をするだけのヘインを舌鋒鋭く批判し、
この一点を持って、ヘイン・フォン・ブジンは同時代の英雄と称されるラインハルト・ローエングラムとヤン・ウェンリーに劣ると断じている。


無論、些か視野搾取に陥った彼の批判に対する異論を唱える史家も少なくは無い。
彼の娘にして高名な歴史学者はこの時期のブジン大将の行動を擁護する内容で筆を執っている。




『ヘイン・フォン・ブジンが内乱を未然に防げなかった事に対する批判は、過剰な批判であり
 
 英雄を神格化したがる愚者の弁に過ぎない。この当時の彼は確かに軍高官としての
 
 地位にあり、相応の責務を負っていたが、その担う責は辺境の要塞司令官として
 
 帝国の侵攻に対する事が主であって、首都における軍内の策謀を防ぐことではない
 
 内乱発生の責は、国防委員長、統合作戦本部長などの軍政・軍令を握る人物ではないか?』




彼女はしばしば鋭すぎる先読みで多くの武勲と人々の畏怖を集めたヘイン・フォン・ブジンが、
全能の預言者のように勘違いし、不測の事態全てを未然に防ぐべき責務があるかのように論じる人々の滑稽さを痛烈に批判した。
無論、その批判の対象からは愛する父親を恣意的に抜いてからではあるが…




『内乱の鎮定に当って、彼はヤンの後塵を拝し、部下に職責を丸投げしたとの
 
 批判もあるが、そもそも、イゼルローンに駐留する艦隊戦力運用の最高責任者は
 
 ヤンであって、ブジンではない。後塵を拝したといって、それを批判するのは少々
 
 過剰に思える。部下への丸投げと言うのも、専門性に優れた幕僚に全権を与え
 
 その能力を如何なく発揮させて、勝利に結びつけてきたブジン艦隊のこれまでの
 
 特色と何ら変わることは無く、傷心の中にあって変らぬ最善の姿勢を保った彼を
 
 称すべきでは無いか?事実、この後の歴史においてどこかの愚かな総理のように
 
 ぶれる事無く、優秀な部下の能力を最大限に発揮させつつ、艦隊を見事に掌握し続けた』



また、ルグランジュ提督率いる第2艦隊の撃破から首都を守護するアルテミスの首飾り攻略作戦において、
ヤン・ウェンリーと彼の艦隊が主となって動き、活躍したことに比して、
並び立つ英雄として称えられていたヘイン・フォン・ブジンの貢献が過小であり、積極性も欠くという批判に対しては、
ヤンとブジンに与えられた全く異なる職責とそれぞれの艦隊掌握術の違いに留意すべきではないかと疑問を呈した。


ヤンが自分の戦術面での構想を実現するために専門家に運用に対する全権を与えたのに対し、
ブジンは戦術面での成功を実現するために優秀な専門家を集め全権を与えたと彼女は解し、
その違いに優劣を付ける事の無益さを英雄に完璧を求め過ぎる人々に説いたのだった。






奇しくも歴史に名を残すこととなった人物達はその生前死後を問わず、多くの人々に論評される立場に立つ。
だが、その時代の当事者でもある彼等の喜び悲しみ、想いが正しく語られることは無い。

ヘイン・フォン・ブジンが今後、どのような人生を歩もうとも、その想いの軌跡を正しく描く事が出来る者は誰もいないだろう。
誰も彼にはなれないし、彼の苦しみも喜びも肩代わりすることはできないのだから…




■当たり前の事…■


余りにも変り果てた恋人の姿を前にして、激しく取り乱しながら軍医を呼んだ男に与えられた結果は、
大切な人が二度と動かなくなったという受け入れ難い事実だけだった。
軍医に対して執拗に蘇生措置を続けるように半ば脅迫染みた懇願を続けるヘインを止めたアッテンボローと、
押し倒された軍医を助け起こしたシェーンコップには、いつもの不敵さやふてぶてしさは見受けられず、
彼等にしては珍しい強張った表情を終始顔に張り付かせていた。
艦隊戦や陸戦で華々しい戦果を生みだす優れた軍人としての力量も、この悲惨な光景の前では全くの無力だったようだ。


彼ら以外の周りの者達も、死人のように動かなくなった司令官に掛ける言葉を持たなかった。


皆に喜びと安堵を齎したアンネリーの帰還は、今度は深い絶望と悲嘆を与えることになった。



■■



『司令官閣下のご様子は…?』
「相変わらずだ。部屋に籠もってじっと座っている」



問いかける方の声も、返す方の声も深刻な響きを帯びていた。
アンネリーの死から三日後、旗艦内の会議室の一室にブジン艦隊の幹部達は集まっていた。
普段は部下の裁量を最大限認める司令官の方針もあってか、
長々とした会議が行われる事が稀であったが、今回ばかりは長い討議の場として会議室はその役目を存分に果たそうとしていた。



『小官が副官として司令官閣下を支えるべき役目にあると分かってはいるのですが
 どうするべきなのか、何をすればいいのか、その答えを一向に見つける事ができません』

「弱音を吐くなラオ、今俺達がするべき事は弱音を吐くことじゃない」


つい弱音を吐いたラオを艦隊ナンバー2のアッテンボローが窘める。
今すべきことは、落ち込むヘインをどうするか、劣勢に立たされているとは言え
未だ首都で徹底抗戦を謳う救国軍事会議にどう当たるかを決定することである。
ヤン艦隊の戦力のみでも十分に内乱を鎮定できるとしても、自分達が傷心を理由に立ち止まっていい理由には為らない。
無論、その正論をケースに収容され低温保存されたアンネリーの遺体の横で睡眠も食事も取らずに座り続けるヘインに
得意げにぶつける様な無粋な人間はこの場に誰ひとり居なかった。


『司令官閣下が、中将に全権を与えると言われている以上
 小官としては、それに従って自分の職責を果たす所存です』

キーゼッツ少将の言葉に会議室に集まった面々は皆頷く。
ヘインの大まかな指示を受けて、艦隊の采配をほぼ全て取り仕切っていたアッテンボローに従うことに異論は無い。


『まぁ、指揮系統での混乱や問題は無いとは小官も思っていましたが
 大将の方にはどう立ち直って貰うか、これは結構ヘビーな問題かと?』

『正直なところ、小官自身も中佐の死のショックから未だ立ち直ったとは言えません
 それを思うと、閣下の心痛は察するに余ります。時間を掛けて見守るしかないのでは?』


ヴァイトの発言に彼と同じように、アンネリーと長い間ヘインの部下として過ごしたE・コクドーは、
最も深く傷ついている司令官に早急な回復を望むような流れに疑問を呈す。
彼自身その発言と表情から分かるように心的ストレスが小さくない事は明白だった。


『たしかに時は肉体だけでなく、精神を癒す薬になるだろう。だが、成行きに任せて
 立ち直らなかったらどうする?それに、問題なのは時が癒すのは何時なのか?だ
 一週間後か?それとも一年後、いや、10年後かもしれない。時に委ねるという事は
 気を付けないと、問題を先送りにするのと同義になる。少々、酷かもしれんが、
待つなら待つで、いつまで待つのか、明確な区切りを設けるべきだと俺は思うが?』


ある意味厳しいが、現実を見据えたシェーンコップ准将の言葉に皆押し黙る。
ヘインがただの一士官であれば、長期療養者として回復するまで予備役待遇でも良かったかもしれない。
だが、現実は違う。ヘインは大将にしてイゼルローン要塞司令官という高位にあり、
やがて、内乱を制して侵攻してくるだろうラインハルトや彼に率いられる帝国の名将達に対抗できる数少ない人物の一人。
一週間や二週間程度なら構わないが、年単位でふぬけて貰っては、
先の帝国領侵攻と今回のクーデター騒動で著しく国力を落とした自由惑星同盟の存続に
大きな弊害を齎すことは少し考えれば誰でも分かる事であった。


もっとも、現状を正確に把握することと、打開策が思いつくことは全くの別次元の問題である。
時間を区切ったところで、それまでに傷心の司令官を立ち直らせる術をシェーンコップは持たず、
安物のインスタントコーヒーの品の悪い苦みに眉を顰めながら再び黙した。



■■


「ヘインが立ち直らないというなら、それで良い。無理して立たせる必要はない」
『アッテンボロー中将!!』

「落ち着けラオ、人の話は最後まで聞け」


あんまりと言えばあんまりな発言で唐突に沈黙を破った司令官の友人に対し、
ヘインの副官は立ち上がって責める様な発言をしようとしたが、
有無を言わさぬ迫力を持ったアッテンボローに制され、大人しく席に座る。
円卓に座る他の面々も彼の物言いに不満を感じていたが、真っ先に声を上げたラオが矛を収めたので、それに皆習った。
その様子を眺めながら、独り立った姿勢のアッテンボローは突き刺さるような幾つもの視線に怯むことなく、発言を再会する。



「司令官が、ヘインが同盟にとって、我々にとって非常に重要で必要な存在だとは
 俺も分かっているし、立ち直らせる方法があるなら諸手を上げて協力もするさ
 だが、同時にどうしても立ち上がれない傷もあるのではいなかと俺は思っている
 あいつはどんな困難を前にしても立ち上がって活躍するドラマの主人公じゃない
 大き過ぎる傷を負って二度と立てなくなるかもしれない人間だ。俺はそれでも…
 それでも良いと思っている。立っていようと座っていようと友人である事に変りは無い」



アッテンボローは一旦言葉を区切り、会議の列席者一同を見渡す。
自分の言葉に意見や異論があれば、民主主義に欠かせない自由な発言を認めようと思ったのだが、
一座の中から発言をする者が居ない事を確認すると続けて言葉を紡いで行く。
もっとも、独り傍観者を気取る男を視界に止めてしまったせいで、
柄にもなく青臭い事をしていると思い至り、表情を若干顰めながらではあるが。



「あいつが座っている間に俺達は自分の仕事をしよう。いつも通りにだ」
 

『まぁ、貸しを作って置くのも悪くないですね
 次のバイト先でも口を利いて貰うとしますよ』
『こう言う所で存在感を出して置かないと、試合中にいつの間にか消えた
 どこかのバスケ部の一年生空気部員みたいな扱いを受けそうですからね』

いつになく力強い言葉で語るアッテンボローに同調するようにヴァイトとE・コクドーは
副司令官と同じく照れ隠し交じりに協力を誓う言葉を述べる。

一方、それとは対照的にキーゼッツとラオの二人は静かに頷き、静かに同意を示す。


『おやおや、麗しき友情に良き上下関係ですか?面白い物を
 見物させて貰った返礼に小官も微力を尽くすとしましょう』


ブジン艦隊の面々のその様子に笑いを噛み殺しながらシェーンコップも、
不機嫌な顔で自分を睨みつける青年提督をからかいながら、協力を約す。



衆議は決し、各々はそれぞれの責を果たすため、会議室を後にする。






戦友の死を乗り越え、傷つき立てない戦友が居れば代わりに戦い敵を殺す。
戦場ではそれほど珍しい光景ではないかもしれない。
だが、それが当たり前になってしまっているのは悲しいことだ。


命のやり取りに慣れ過ぎたヤン艦隊及びブジン艦隊は、唯一の艦隊戦力を失った
首都に籠もるクーデター派の息の根を止めるために、ハイネセンへと艦首を向ける。




■スタジアムの帝王■


唯一の艦隊戦力でもある第二艦隊を失った救国軍事会議の劣勢は瞬く間に同盟中に知れ渡ることになり、
つい先日までは軍事革命勢力に同調するような立場にあった人々の旗向きを全く別の方向に変えさせることになる。

また、元統合作戦本部長のシドニー・シトレ退役元帥がヤン・ウェンリーとヘイン・フォン・ブジンを
支持するという声明を出した事もその傾向に拍車を掛ける結果となった。
軍の内外からも高い声望を得ていたシトレの言葉は、頭の固い守旧派や時勢に聡い者達の行動を定めるほどの強い影響力を持っていた。


急速に孤立を深める救国軍事会議首脳部は、重苦しい顔で結論の出ない会議を延々と続けることになる。


■■


『うふ、うふうふふふ、うふわははははっ!!』


『アイツ、大丈夫なのか?サイオキシンコンソメスープの投与量を
 明らかに間違ってるだろ?前はまだ良く分からない正義を謳っていたが・・』
『しっ、目を合わせるな。あの目に射竦められて動けなくなった奴が何人か
 切り殺されているらしい。人格が何回変ったか分からんが、やばくなる一方だ』


かつてエリートだった男は妹を遥かに超える洗脳強化処理を施され、狂人と化していた。
彼の頭にあるのは自分の敵であるヘインとヤンを殺すことだけだった。


「何をしている?もう会議が始まる時間だ。こんな所で油を打っている暇は無いぞ」

『もっ申し分ありませんエベンス大佐!』


物珍しそうに壊れかけの道具を見て会議に遅れそうになった将校を窘めたエベンスは、
不毛な議論を再開するために会議室へと踵を返す。
その際に一瞥したアンドリュー・フォーク准将を見て彼は思わずにはいられなかった。
既に正気を失った彼と絶望的な状況にありながら理性を失う事が出来ない自分達のどちらが不幸なのか?と、
例えローエングラム侯の立てた策謀で踊ることになろうとも、
今立たねば同盟に未来は無いと決起した自分達は決意した筈だった。

その結果が、侯を利する事だけに終わろうとしている。狂人の薄気味悪い笑い声と共に
自身の強固な信念に罅が入る音を大佐は聞いた気がした。



■■



『ハイネセン記念スタジアムで大規模なデモが行われているらしい』

『らしいだと!?治安部隊は何をしている!これは我々に対する明確な反抗だ!』


彼等の抑圧的な支配に異論を唱える市民が大規模な集会が開かれているという情報は、
さして時間を要する事も無く彼等の耳に届いた。
何の武器も持たない市民、それも自分達の根拠地でもある首都の市民達が声高らかに自分達を批判しはじめた。
この不愉快な事実に救国軍事会議首脳陣の多くが声を荒げ、怒りを露わにする。


「それで、その集会の首謀者は?」

『反戦派のジェシカ・エドワーズです。彼女の煽動された民衆の数は
 20万を既に超えているようです。何かしらの処置が必要となるでしょう』


興奮する列席者達を、片手を翳して制した救国軍事会議首班のグリーンヒル大将の質問に応じたブロンズ中将は、
早急な対処が必要提言し、彼の言に次々と賛同の声が上がったため、
議長のグリーンヒルは集会を解散させ、エドワーズ議員を拘束するよう命令を出した。
無論、市民を敵にする愚を彼はよく知っていたので、その実行に当ってはくれぐれも穏便に進めるようにと指示を与えたのだが、
実行者に名乗りを上げたクリスチアン大佐を衆議の上で人選した結果、その指示は水泡に帰すことになる。



「ふぅ、次から次へと厄介な事ばかり起こるな。だが、それも自分が選らんだ道
 今更後悔をする訳にも行かぬか。どうやら父さんはもうお前には会えなさそうだ」


誰もいなくなった会議室で道を違えた男は、愛娘に想いを馳せながら力なく独語する。
アルテミスの首飾りを用いてヤン達に対抗した所で、市民の支持を得られない自分達が最終的な勝利を得るのが難しいと彼は悟っていた。
残された自分の仕事が、敗者としてこの内乱に終息を迎えさせることだと…





ハイネセンスタジアムに集まった群衆は抑圧された支配に対する不満を隠すことは無く、声高らかに救国軍事会議を糾弾する。
力による支配によって民主主義の守護者を僭称する彼等の矛盾に満ちた支配を厳しく批判する。

体制派と反体制派の衆寡が逆転した勢いに乗った人々は、ペンは剣に勝ると信じて疑わず、
言論の力によって首都ハイネセンを軍国主義者達の手から取り戻せる事を確信していた。


そして、集会の発起人であり反戦派議員のジェシカ・エドワーズは人々の激情に一定の方向性を持たせ、
非武装市民による体制派の打倒、無血革命の実現を企図していた。
軍では良識派と目されていたドワイト・グリーンヒル大将が非武装の市民に対して
無体な真似はしないだろうとの読みに基づく行動であり、彼女のその読みはほぼ正鵠を得ていた。
ただ、残念な事にその読みの正確さは革命政権首班の人となりのみに限定されるという但し書きが付帯されていた…



■■



『直ちに不法の集会を解散せよ!!我々は救国軍事会議治安部隊である
 警告に従わない場合は実力を行使する!繰り返す、直ちに解散せよ!!』


スタジアムにバイクで乗り込んだモヒカンの男達が今にも汚物を消毒しそうな勢いで
彼等が布いた戒厳令を不遜にも無視する愚かな群衆に最後の警告を放つ。
だが、クーデター後の政治不安から端を発した経済的混乱によって
日常生活レベルで困窮するようになった民衆の怒りはそれで収まるはずもなく、
不当な支配者達に激しい抗議と罵声を一体となって浴びせる。


『糞虫にも劣る愚民共が小賢しく喚きおって、さっさと首謀者を引きずり出さんか!!』


民衆の声に苛立った短気な指揮官が銃で脅してでも構わぬと言って、ジェシカ・エドワーズを自分の前に連れてこさせる。

こうして、クリスチアン大佐の前に半ば無理やり連れてこられた美貌の評議員だったが、彼が期待するような、震え怯えて許しを乞うような態度を見せることは無く、
慄然とした態度で武装兵が平和的な市民集会の妨害を行うのかと厳しく糾弾したため、無法の男を激昂させてしまう。


『貴様!!秩序を乱しておきながら、そのような傲岸不遜な物言い!
 女といえども、これ以上われわれに逆らうというなら只では済まさんぞ!』

「秩序を乱すですって?最初に秩序を乱し、今なお人々を恐怖と暴力で
 無秩序に支配する貴方にそのような事を言う資格も権利もありません
 大佐、貴方に少しでも恥を知る心があるなら今すぐここを立ち去りなさい!」

『そうだ!横暴だ!!』『軍国馬鹿は帰れ帰れー!!』『長門は俺の嫁!!』


ジェシカの厳しい糾弾にスタジアムの民衆が続き、口々に野次などを飛ばす。
それが悲劇的な結末を呼ぶ事になるなどと知らずに…



『愚民風情が救国の大義を掲げる我々を誹謗中傷するとはいい度胸だ!
 後方の安全な場所で平和を謳い、平和的な言論が武力に勝るという
 市民諸君らの主張が正しいかどうか、この私が確かめてやろう!!』



クリスチアン大佐の命令で直ぐに10人ばかりの市民がブラスターで脅されながら、彼の前に連れ出される。
暴君と化した大佐は自分の目の前に立たされた気弱そうな青年に質問を投げ掛ける。
『武力と言論のどちらが優れているのか?』と、
青年は勇気を振り絞って答える。『言論に優るものなし』と、
その瞬間、青年の天地が逆転した。大佐にブラスターの銃床で強かに打ちつけられ、地面に転がされたのだ。

ハイネセンスタジアムに悲鳴が木霊した。



『さて?ご老人、あんたも同じことを主張するかね?』


血で汚れたブラスターを突き付ける大佐は獰猛な肉食獣を彷彿とさせる笑みを老人に向ける。
恐怖によって射竦められた小動物のように動きを止めた老人は絞り出すように言葉を絶え絶えに発する。


『どうかお許しを、わしには面倒を見ないといけない孫がおる
 親のおらん子じゃ。頼むから殺さないでくれ。死ぬわけには…』


無様に命乞いをするしかない脳無しの薄汚い老人の姿を嘲笑いながら、
クリスチアンは再びブラスターを振るって老人の顔面を強かに打ちつけた。
入歯の前部が砕け散り、血がスタジアムの床を汚す。だが無慈悲な帝王は老人が倒れる事を許さない。
よろめいた老人の襟首を掴んで強制的に立たせると、再び銃床で頭部を執拗に何度も強打する。

その度に飛散する。血の点、点…、言葉になる老人の呻き声、悲鳴と怒号の連鎖。
血の惨劇が一刻も早く終わることを望みながら目の前の現実から目を背ける群衆達、
誰も止める者が無いまま、哀れな老人の命が刈り取られるかと皆が思った時、厳しい非難の声がスタジアムに鳴り響いた。



「おやめなさい!!大佐、貴方は今、どんな非道を為しているのか分かっていないの!」

倒れていた青年を介抱していたジェシカが老人の危機を止めるべく、糾弾の声を上げたのだ。
だが、時すでに遅く、正気を明らかに失っている大佐と話し合いをすることは既に不可能であった。
厳しい言葉の矢を彼女から射られた男は反論に窮すると『黙れ!!』と大声を上げながら、ブラスターを大きく振りかぶる…






後に『スタジアムの虐殺』と呼ばれる惨劇の被害はそれを為した側の人間も目を覆いたくなるような酷さであった。
理不尽な暴力に逆上した市民による襲撃を受けた治安部隊による反撃で生み出された犠牲者の数は、
市民側は二万を優に超え、治安部隊側も2000人近くの死者を出した。


その犠牲者の中には暴君と化したクリスチアン大佐の名もあった。
彼の死体の頭部、米神部分にはハイヒールのヒールの部分が折れて深々と刺さっており、
それが直接の死因とされるが、惨劇の混乱の中ではそれを為した犯人を断定することは難しく、
無力化ガスによってスタジアムの騒乱を鎮圧した救国軍事会議側もクリスチアン大佐殺害の犯人の逮捕拘禁を早々に諦める。

彼等も薄々と分かっていたのだろう。市民に支持されない少数派の自分達が遠からぬ将来に裁判に掛けられるというのに、
他人を血眼になって追いかけて時を無駄に費やしても仕方がないことを…






ヤン艦隊、ブジン艦隊が順調にハイネセンを目指している間も、
宇宙の反対側で起きた内乱の炎は弱まることも無く、激しく燃え盛っていた。
そう、天才と呼ばれる若き野心家ラインハルト・フォン・ローエングラムと
ファーレンハイトを中心とする『Gangster488』の抗争が既に始まっていたのだ。




 ・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

               ~END~


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