一つの船がイゼルローンに与えた影響は
同盟と帝国の未来を大きく揺さぶることになる
宇宙暦797年1月20日、帝国より捕虜交換の提案がなされる
■嵐の予兆■
帝国からの提案は直ぐに首都ハイネセンへと送り届けられる
ヤンやヘインは所詮前線の一指揮官に過ぎず、
即答できるような権限を持っていない
もっとも、この帝国からの提案に政府が否応もなく飛びつくことを二人は知っていたが
一人はその誰よりも優れた状況を読む力で、もう一方は彼だけが持つ知識によって
■■
『この時期に帝国からの捕虜交換の提案か、何かしらの意図があると見て
先ず間違いあるまい。まぁ、その意図わかった所で俺たちに拒否権は無いが』
憮然とした面持ちで未来の捕虜交換事務総監は呟きによって会議の口火が切られる
過去に幾度と無く行われた捕虜交換は人道的な要請によって行われるのではなく
政治的な理由や何かしらの目的を持って行われる場合がほとんどであった。
『あくまで推測だが、ローエングラム侯の表向きな狙いは、帰還兵を自軍へ取込む事による
戦力の増強、また、その効果として得られる民衆の支持を利用した地盤固めにあると思う』
『表向きの狙いは平凡そのもの、首都の政治屋共とそう変わらんというわけですな
では、裏向きの狙いについては、要塞司令官殿に御教授いただくとしましょう』
ヤンの言う表向きの理由はラインハルトと同盟政府にとって共通する物だった
ラインハルトは死を恐れぬ精兵200万と民衆の支持を労せず得ることが出来る
一方の、同盟臨時政府は選挙を目前にして兵士と家族を含めた500万票を手に入れる
このどちらにも損の無いように見える提案だからこそ
欲にかられた目で裏に秘められた意図を見逃してしまうのだろう
「まぁ、寄越すのは捕虜だけじゃないってことかな」
試すような視線と口調でシェーンコップから回答を求められた
凡人はそっけなく、原作から抽出した簡素な答えを披露する
『捕虜の中に武装した工作兵を紛れ込ませ、イゼルローン要塞奪還を企むとかですか?』
「ヴァイトそれは無い。いまの帝国にはちょっかいなんか出してくる余裕はないよ
なんせ門閥貴族を相手にした内乱が、いつ起こってもおかしく無い状況だからな
だから、同盟にはちょっとの間でもいいからゴタゴタしてて欲しいって思ってるさ」
『つまり、近い将来同盟内においても何らかの騒乱が起き
その元凶が捕虜に紛れて潜入すると俄に信じられぬ話ですな』
ヘインの何とも飛躍したように見える発言に、常識的な疑問がすかさずぶつけられる
そもそも他国に工作員を送る程度で簡単に騒乱が起こせるなら苦労しない。
駐留艦隊参謀長の正論に『もっとももっとも』と副参謀長も鷹揚に頷き賛同する
『たしかに容易く出来るようなことではない。だが、一見して実現可能な計画を
目の前に出されたらついつい飛び付いてしまうのが人間だ。その計画を作る才を
あのローエングラム侯は持っているのさ。そして、それを実行するための力もね』
■
ヤンの半ば諦めたかのような独白に近い発言で締めくくられた会議は
相手にはカードもそれを切る力もあるが、自分達には相手の手札を読むこと位しか
出来ないと再確認する程度の答えしか出なかった。
もちろん、帰還する捕虜についての警戒や首都の軍首脳への注意喚起等を
行っていくことも決定したが、それがどれほどの効果を齎すかは甚だ疑問である
ヤンにしてもヘインにしても一部の者を除いた上層部の覚えは余り良くないのだ
政戦において大きなフリーハンドを得つつあるラインハルトに対し
ヤンとヘインの手は余りにも短く小さい。チソチソは長く大きいが
■いい奴と悪くはない奴■
797年2月19日、捕虜交換の帝国側代表として
ジークフリード・キルヒアイス上級大将が200万の同盟軍捕虜と共にイゼルローン要塞を訪れる
一方、同盟側の代表はヤンかヘインかで意見が割れるが
『亀の甲より年の功』の一声で憮然とした顔のヤンに決定される
もっとも、捕虜の受容れ及び移送等の業務にヘインは
キャゼルヌと共に追われる事になっていたので純粋に楽が出来てるとは言えなかった
また、要塞のオーナーとして捕虜交換協定の調印後から帰還まで、
キルヒアイスの饗応役をヘインが務める事になる。
■■
『お疲れさん、まぁ、出立時間まで気楽にしてくれよ』
「お言葉痛み入ります。ブジン司令」
この人がラインハルト様に何度も苦杯を舐めさせてきた同盟軍随一の名将
とても、そんな風には見えないが・・・いや、人のことは言えないな
周りから見れば私も『二十歳やそこらの小僧が』と思われている身だ
彼の真の怖しさはその外見ではなく、全てを見透かすかのような智謀なのだから
『うん?どうかしたか、ジロジロ見て?鼻毛はちゃんと切ったから出てないはずだぞ?』
「いっいえ、失礼しました。少し、長旅の疲れが出ているのかもしれませんね」
『そうだろう、あの辺境を通ってここまで来たんだ。罪の意識で心神をすり減らしてるよなぁ?』
「ッ!!そっそれは・・・」
『悪い悪い、こんな目出度い場で話すようなことじゃ無かったよな、忘れてくれ
いや、飛ぶ鳥を落とす勢いのローエングラム侯の傘下で名を成す上級大将閣下が
帝国の端で必死になって生きてた民衆が何人死のうが、普通は気にもしないか?』
「その様なことは・・・、それにあれは決して侯が望んだことではなく・・」
だめだ、言い返す言葉もない・・・ブジン司令の追及は正しい
アンネローゼ様の願いを叶える為、ラインハルト様の過ちを許そう?
なにを自分は思い上がっているんだ私は・・辺境の民から見たら同じ共犯者ではないか
そう、私にはラインハルト様を責める資格などありはしない。わたしは虐殺者だ
『どうしたキルヒアイス上級大将?今にもゲロでも吐きそうな顔をしてじゃないか
少し働きすぎなんじゃないのか?そうだ、そこのソファーにでも掛けて休むと良い』
今なら、今なら分かる・・ラインハルト様がなぜあそこまでブジン司令を警戒していたか
わたしでは到底、この目の前に立つ男には勝てない
いや、ラインハルト様でも勝てるかどうか・・・
『おっと、もうそろそろお帰りの時間らしい。名残惜しいがここでお別れだ
次に会うときは戦場かな?もし、戦場で会ったら出来るだけ手加減してくれよ』
「ご冗談を、貴方を相手に手加減できるほどの才を私は持っていません
戦場で会うことがあるならば、私は全力を持って挑む事になるでしょう」
『えぇっ?まっ、まぁお互い程々って事でハハッハ・・・』
■■
ちょっと凹ましてラインハルトとの仲を拗らせようと思って突付いたけど
やっべ、やりすぎたか?久々に調子に乗って大物キャラなんか演じたの失敗だったか?
『閣下、どうされました?そんなに震えてコーヒーでも用意しましょうか?』
「のんどる場合かぁ!!!!」
『・・・・』
「えっと、わざとじゃないんだよラオ中佐・・そのコーヒーで
顔の毛穴とかの汚れが『・・・・・』いや、ほんとすみませんでした」
『閣下・・・、必要なことだったのではないですか?だったら自信を持って下さい!』
うるせーよラオ、こっちみんな!マネすんな!
まったく、言わなきゃならないこと言うってのは結構きついな
それに俺が赤髪のこと言えるのかって考えると結構微妙だし・・・
まぁ、やっちまたことはしょうがないよな
なるようにしてやるさ!
■
コーヒーを顔に盛大にぶちまけられた綺麗なラオの視線に脅えたり
ラオの言葉にテレてそっぽを向くヘインの人間らしい姿を
キルヒアイスが見ることがあれば
彼がヘインに持った警戒心は消え去ったかもしれない
ただ、残念な事にその光景は彼が飛び立った後のことであった。
また、この時にキルヒアイスに植えつけられた警戒心と恐怖心は
当然の如く彼の口から報告としてラインハルトにも伝わる
そして、そこから彼の部下達にも広がっていきヘインに対する間違った印象が
帝国軍将兵の間にどんどん浸透していくことになる。
■そうだ!ハイネセンへ行こう■
捕虜交換式典が終わると、帝国から戻った200万人の捕虜達を
首都ハイネセンへと送る作業が慌しく始まる。
また、このハイネセン行へはヘインとヤンの両名も同行することになる
最初、前線を守る将官が揃って持ち場を離れることは問題であるとして
統合作戦本部と宇宙艦隊司令部ともにブジン大将のハイネセン帰還に異議を唱えるが
暫定議長トリューニヒトの強い意向によって両名が揃って
ハイネセンでの捕虜帰還式典への参加が決定する
このトリューニヒトの動きはヘインにとって渡りに船であった
軍上層部における識見派の重鎮クブルスリーやビュコックの心象悪化はさけられないが
原作通りヤンだけでは足りない、クーデター阻止のために動くことが出来るのだから
もっとも、どうやったら阻止できるのか、凡人へインには全く分からなかったのだが
『とりあえず現地についてから考えればいいや』と根拠の無い自信によって楽観していた
とりあえず、またウランフにでもお願いする気満々のようである
良くも悪くも出来ないことは人任せなヘインであった
■■
「ヘイン、あんまり調子に乗って無茶するなよ!」
無茶はお前の専売特許だろアッテンボロー!!
とりあえず留守のことはキャゼルヌ先輩共々よろしく頼むぜ!
『ヘインさ~ん!早く荷物積まないとまた遅れちゃいますよ』
おっと、またグリーンヒル大尉に怒られちゃうな
じゃ、行ってきますわ!
「あぁ、行って来い!」『ヘイン、ヤンと一緒になって怠けるんじゃないぞ!』
『・・・それにしても、帝国の策謀によって同盟でクーデターが起きるなどと
荒唐無稽な話を、ヤンやヘイン以外から聞いたら笑い話にしか思わないだろうな』
「先輩、俺たちだってそんなもんなんです。軍のお偉さん方なら尚更でしょうよ
信じる人間はいても極少数・・・、あまり成果は期待できそうにありませんね・・・」
■サックスより○ックスの方が■
先輩に同期や部下の多くに見送られたヘイン達は、一路ハイネセンを目指す
ちなみに、このハイネセン行にはヤンやヘインだけでなく、その被保護者の二人
グリーンヒル大尉に空戦コンビとリンツ中佐、お前にヴァイトも同行していた。
相方と違って留守を命じられたコクドーは『今のトレンドは派遣切りだろ!』
とかなんとか意味不明なことを叫んで抗議したが、その決定を覆すことは出来なかった
もうそろそろ、消える時期が来ているのかもしれなかった。
■■
『それにしも、右を見ても左を見てもむさ苦しい男ばかり
ハイネセンで俺の帰りを待っている子猫ちゃん達が
いなけりゃ、こんな船になんか乗らずに済んだんだが』
『なに、お前さんが帰らかったら帰らなかったらで
彼女達はそれぞれ別に新しい男を見つけるだろうさ』
相変わらずだなあの二人は、
あれでいて仲が良さげに見えるんだから、ほんと不思議だ
「アッテンボロー中将と大将も似たようなものだと思いますけど?」
え~?俺達があの二入と同じような関係?いや~、あそこまで屈折して無いだろ
『ヘインさん、そういうのを目くそ鼻くそを笑うって
言うんですよね?学校の授業でこの前習いました♪』
そうかぁ~?俺とアッテンボローがあれと同じ~?
「そうですよ」『ソックリさんで~す』
■■
『ふふ、何だかんだでみんな仲良くやってますわね』
「まぁ、仲良きことは善きことかな?長旅でイライラするよりは
よっぽど健康的だし良いんじゃないか?まぁ、少々騒がしいけどね」
『あら、でも静かな人たちもちゃんといるじゃありませんか?』
「確かに、あの二人には呆れるやら感心するやら・・・」
それにしても、朝から晩まで絵を黙々と描き続けたり
求人誌を端から端まで読み続けたりして飽きないのだろうか?
ただ、こうしてみると私や大尉にユリアンが、
いかに常識人かという事が良く分かるな。
ナカノ嬢もあまり変な影響をヘインから受けないと良いんだが
■
最初、輸送船団の司令官の余りにも官僚的な姿勢に
辟易していたヤンであったが、自分の事を棚に上げた変人奇人観察をするなど
比較的な平和な日々が過せていたので、大分機嫌が良くなっていた。
こうしてヤンの機嫌はどんどん良くなっていくのだが
それに反比例したのか突然ヘインの顔色が悪くなる
その原因はグリーンヒル大尉とナカノ・マコの同室にいる
女性の名を知ってしまったためである
イブリン・ドールトン・・・嵐を呼ぶ美女の登場である!
・・・ヘイン・フォン・ブジン大将・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・
~END~