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No.37402の一覧
[0] 〈鋼殻のレギオス〉二次創作 この荒れ果てた大地で僕らは[如月由樹](2013/05/02 01:59)
[1] 第一話 守るべきもの[如月由樹](2013/05/02 02:04)
[2] 第二話(完) 失うべきすべて[如月由樹](2013/05/02 02:20)
[3] 1 さよならは言わない (原作第一巻プロローグ)[如月由樹](2013/07/08 00:10)
[4] 2 学園都市ツェルニ[如月由樹](2013/07/08 00:13)
[5] 3 護るために[如月由樹](2013/07/08 00:14)
[6] 4 対抗試合観戦[如月由樹](2013/07/08 00:19)
[7] 5 惨禍の都市 前編[如月由樹](2013/07/08 00:21)
[8] 6 惨禍の都市 後編 (原作第一巻終了)[如月由樹](2013/07/24 23:30)
[9] 7 勝利なき戦いの後に[如月由樹](2013/07/24 23:32)
[10] 8 相克ノ宴 前編[如月由樹](2013/07/24 23:34)
[11] 9 相克ノ宴 後編[如月由樹](2013/07/24 23:35)
[12] 10 幕間狂言[如月由樹](2013/07/25 00:04)
[13] 11 愁いの波に揺れて[如月由樹](2013/07/25 00:05)
[14] 12 来るべき戦場[如月由樹](2013/08/08 12:16)
[15] 13 危機の点景[如月由樹](2013/08/14 12:11)
[16] 14 死戦ノ地 前編[如月由樹](2013/08/25 12:54)
[17] 15 死戦ノ地 後編[如月由樹](2013/08/31 00:18)
[18] 16 それぞれの居場所 [如月由樹](2013/09/09 18:29)
[19] 17 前奏曲[如月由樹](2013/09/14 02:20)
[20] 18 業[如月由樹](2013/09/17 17:31)
[21] 19 終わらない夜[如月由樹](2013/09/29 17:04)
[22] 20 亡者の地で道に迷い + おまけ[如月由樹](2013/11/25 00:21)
[23] 21 破壊の主[如月由樹](2013/12/28 02:42)
[24] レイフォン闇試合問題ニ見タル正義論ノ考察[如月由樹](2014/01/29 14:15)
[25] 22 波及効果[如月由樹](2014/03/10 21:57)
[26] 23 迷走[如月由樹](2014/03/10 22:01)
[28] 24 交錯[如月由樹](2014/08/19 13:56)
[29] 25 錯綜[如月由樹](2016/04/19 02:13)
[30] 26 孤影たち[如月由樹](2016/05/01 23:33)
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[37402] 20 亡者の地で道に迷い + おまけ
Name: 如月由樹◆34db16c7 ID:1dd7756b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/11/25 00:21
※今回は、相当なオリジナル展開が含まれている上、レイフォンが最初の一節の独白部分にしか出てこず、オリキャラ・シャロンが出張り過ぎている内容となっております。
 それをご了承した方のみ、閲覧して下さい。お嫌な方は、よろしければ「あとがき」後の「おまけ」部分をご覧ください。今後の展開で書きたい場面を先に書いた、断片を掻き集めたものとなっています。
 最初に警告しておきましたので、閲覧後に不快の念を感じたという批判はご容赦願います。
 正直、私も気に入らないのです。もう少しオリキャラに頼らない展開を書ければいいのですが、私の能力ではこれが限界なのです。そういう挫折感から、最近では特に二次創作面でのやる気を喪失気味です。申し訳ありません。










 どこかにいた。
 どこだかは判らない。
 自分という境界線すらあいまいな場所。
 何かを見たような気がするのだが、何も思いだせない。
 そもそも、ここに来る前に僕は何をしていたんだろう? 思い出せない。
 頭の中に焼き付いている光景がある。
 僕の手から零れ落ちていったものたち。守ろうとしたのに、僕の指の隙間からすり抜けていってしまったものたち。
 僕が今、手にしているものは何だろう?
 僕はそれを思い出せる。
 僕が守りたいと思える存在。
 それを、僕は知っている。
 僕は君を守りたいと思ったんだ。他の誰よりも、君のことを。
 君と繋いだその手を、離したくないと思った。
 君の存在が、僕を動かす衝動だ。
 僕は失うことが怖い。君を、失いたくない。
 だから―――





「君は、誰……?」

 いつの間にか、僕の目の前に黄金の牡山羊がいた。どこかで見たような気がする。ついさっきのような気も、ずいぶんと昔だったような気もする。
 牡山羊が、答えた。

「我が名は、メルニスク」

  ◇◇◇

 第十七小隊長、ニーナ・アントークは明らかに苛立っていた。刺々しい雰囲気を周囲に向けて発散している。
 同じ隊に所属するシャーニッドとしては堪ったものではない。
 現在、二人は歩哨として兵舎周辺の警戒に当たっていた。装備として持ってきた暗視ゴーグルをかけている。
 廃都市で過ごす夜は、まだまだ長くなりそうだった。早く朝が来ないものか、とシャーニッドは思う。ぎすぎすした空気にこの暗闇では、流石に滅入ってくる。

「まったく、レイフォン、シャロン、フェリちゃんの次はシャンテ副長かよ」

いい加減、黙っているのも辛くなったシャーニッドは、軽口を叩いてみた。

「調査隊十二名中、四人がどっか行っちまうってのも凄ぇ話だよなぁ、ニーナ」

「……」

 ニーナは答えない。

「どうも、第五小隊の連中の間には不安と戸惑いが広がっているらしいぜ。そりゃそうだよな、いきなり調査隊の一人が敵だと言われるわ、相方の小隊では失踪者を出すわ、とどめに自分たちの副長は消えるわ、これで平然としてる奴はどんだけ神経が太いんだよ、ってことになるよな」

「……」

「ゴルネオの旦那は不安を解消させるために、念威操者にシャンテ副長を探させてるらしいけど、いっそフェリちゃんたちも見つけてくれないものかねぇ」

 現実問題としてそれは無理だと、シャーニッドは判っている。フェリの念威に比べれば、第五小隊の念威操者は平均程度の念威しか持たない。それだけに探査可能範囲はフェリに比べて狭くなる上、疲労も彼女に比べて溜まりやすい。今までゴルネオが念威操者に念威を極力使わせないようにしたのは、万が一の事態が起こった時に、念威操者が疲労で使いものにならなくなっては困るからだ。だから、ゴルネオは自分のところの念威操者にフェリたちを探させようとはしなかったのだ。レイフォン憎しという感情もそこには混じっているのかもしれないが、失踪した者たちよりもすぐ傍にいる部下たちの安全を確保したいという思いがそこにはあったはずだ。
 それでもゴルネオが念威操者にシャンテを探させようとしているのは、やはり隊員たちの不安を解消させる必要性を感じたからだろう。もちろん、部下に対する隊長の監督責任という理由もある。まあ、それ以外に個人的動機があるのかもしれないが、とシャーニッドは意地悪く思う。
 一方、調査隊の次席指揮官的地位にあるニーナは、失踪したレイフォンには嫌悪を怒りと警戒心を向けるばかりで、シャロンに対してはそもそも眼中になく、フェリに対しては多少心配しているようだが、勝手に出ていったことに苦々しい思いを抱いてもいるようだ。
 どうも、彼女は感情的になり過ぎているきらいがある。ゴルネオもそうだが、調査隊を率いる者として、冷静さを失われては困る。

「おい、ニーナよぉ、俺一人でべらべら喋ってんのはどうにも寂しいんだが」

「五月蝿い、黙れ」ニーナが暗視ゴーグルの奥からシャーニッドを睨んだ。「今は任務中だ、下らん会話に付き合っている暇はない」

「そうカリカリすんなって」

 シャーニッドは飄々とした中にも真面目な態度を混ぜていた。

「もう少し冷静になろうぜ。感情に囚われたまんまじゃ隊長として的確な判断は下せないぜ」

「私は十分に冷静だ」

 怒ったような声でニーナは返す。

「そうむきになって反論するあたり、もう冷静じゃないって証拠だぜ」

「……」

「どうせ、レイフォンのことだろう?」

「……当たり前だ」

 吐き捨てるような調子でニーナは断言した。

「奴は卑劣な犯罪者だ。あの男は武芸者としての本分を忘れて非合法な賭け試合で金を稼ぎ、あまつさえそれを告発した者を報復のために殺した。そして自分は権力に守られてのうのうと生きているんだ。怒りを感じない方がおかしいだろうが」

「だから、そうした怒りは一旦置いておいて、冷静になれって。お前の言う通り、今は任務中なんだぞ。そんなんで隊長として適正な判断を下せるのか?」

「だが……っ!」

 ニーナは己の感情を爆発させた。

「奴は神聖な武芸を冒涜した! 天から与えられた私たち武芸者の力を、金儲けのために使った! 守るべきはずの都市民を殺した! そして本人はそのことに良心の呵責すら覚えていない! お前は、こんな男を許せるのか!?」

 ニーナは絶対にレイフォンを許すことが出来ない。
それは今までニーナが信じ、そうあろうと決意した武芸者のあるべき姿を、土足で踏みにじられたからだ。レイフォンの行為は、正しくあろうとする多くの武芸者に対する侮辱なのだ。
 レイフォン・アルセイフという存在は、ニーナ・アントークの理想とは決して相容れないものだった。だから許容できない。
 そう、自分とあの男は違う。
 正義という概念から、レイフォン・アルセイフは外れている。彼はニーナにとって、明確な“悪”を体現した“敵”なのだ。ならば、ニーナにとって残された道は一つしかない。

「そりゃ俺だって、犯罪はしちゃいけない、って意見には賛成だぜ」

 シャーニッドはあえて誤魔化すような回答をした。
 正直、彼はレイフォンという人間を測りかねているのだ。だから、ニーナのように明確な判断を下せずにいる。
 そもそも、彼はニーナと違って武芸者の神聖さに重きを置いていないのだ。それは父親が傭兵である影響かもしれない。
 傭兵は金のために、武芸者としての力を発揮する。依頼主や雇われた都市のために命を投げ打つことはしない。死ねば、報酬が貰えなくなってしまうからだ。傭兵にとっては、自分たちが生活するために報酬を得ることが第一の目的なのである。そこに、ニーナのいうような武芸者としての崇高な姿勢はない。
 そうしたことを言えば、ニーナの怒りに油を注ぐだけだと判っているので、口に出さない。
 もちろん、だからといって犯罪行為に手を染めることまで、シャーニッドは許容出来ないということも確かではある。

「その意味じゃ、レイフォンが犯罪者だっていうお前は間違っちゃいないんだろうさ」

「……当然だ」

 ニーナは重い息を吐いて断じた。
 その時、二人の下に淡い光を発する念威端子が飛んできた。菱形の端子なので、フェリのそれではない。第五小隊の念威操者のものだ。そこから、ゴルネオの声がした。

『シャンテらしき生体反応を発見した。南東約一万メルトルの地点だ。探査精度の問題から、人物の特定までは不可能だが、身長的にはあいつだろう。俺は三名を連れて確認に行く。お前たちは残りの隊員たちと共に、ここで警戒と念威操者の護衛に当たってくれ』

 それを聞き、ニーナとシャーニッドは互いに頷きあった。ニーナが答える。

「判った。くれぐれも気を付けてくれ」

『ああ、あの男の危険性は俺が一番よく知っている。それでは、頼んだぞ』

 通信が切れ、ニーナとシャーニッドは建物の中へと戻った。

  ◇◇◇

 エアフィルター発生器の一つ、その頂上に一つの影があった。
 全身を黒装束で包み、顔には狼を模した面を付けている。

「……かの者の存在は確認できた」抑揚のない、機械的な声音で一人呟く。「いずれ、手札を揃えて回収せねばなるまい」

 そこで、仮面の奥から視線を廃都市のある一点に向ける。

「しかし、まさかこのような場所に天剣授受者がいようとは」

 じっと、その一点を見つめ続ける。視線の先で発生した出来事に対して、狼面の者は忌々しい思いを抱いた。

「なんと面倒な。これは早々に始末せねばなるまい」

 そう呟くと、その者の姿は唐突に消えた。

  ◇◇◇

 シャンテの目の前には、左肩から腕にかけて血を流して倒れているフェリがいる。
 シャンテは苛立たしげに舌打ちをした。
 一撃して仕留められるはずだった。だが、フェリが咄嗟に爆発させた念威爆雷の爆風が槍の軌道とフェリ自身の体をわずかに逸らし、結果として肩口から腕にかけてをざっくりと切り裂くだけに留まった。
 殺せていない。

「……っ」

 喘鳴(ぜんめい)を漏らしながら、フェリが地に落ちている重晶錬金鋼に手を伸ばそうとする。シャンテは倒れたままのフェリを蹴り飛ばした。

「ちっ、念威操者の癖に、手こずらせやがって」

 苛立ち紛れに吐き捨てる。
 今の蹴りで、フェリは完全に意識を失ってしまったようだ。あとは、止めを刺すだけでいい。それでも、自分がこの程度の獲物を簡単に仕留められなかった苛立ちは収まらない。
 シャンテは倒れたままのフェリに近づくと、槍を逆手に持った。
 今度は、仕留め損ねない。
 その決意と共に槍を振り下ろそうとして、シャンテはその動きを唐突に止めた。野生の本能が警告を発している。直後、シャンテはその場から飛び退り、獣のような威嚇の姿勢をとった。
 うぅぅ、と唸りながら、ある一点に向かって威嚇し続ける。
 夜目の利くシャンテの目は、一つの影を捉えていた。

「おや、殺剄が利かないとは、中々のものですね」影が、そんな言葉を吐いた。「どうしたんです? 別にあなたの邪魔をする気はありませんよ。どうぞ、彼女を殺して下さい」

「……お前」

 威嚇の唸り声を上げながら、シャンテはその人物を睨んだ。

「お前はっ!」

 脳裏に浮かぶのは、第十七小隊での対抗試合。“狩る”側である自分を“狩った”、あの男だ。あれは、シャンテにとって屈辱だった。弱い個体は、自然界の中で生きていけない。自分は常に狩る側にいた。そこから転落することは、シャンテにとって到底許容できないことなのだ。捕食者は、常に捕食者でなければ喰われてしまうだけだ。
 ならば、狩られる前に、あの男を狩るしかない。

「紅焔斬(こうえんざん)!」

 槍を袈裟に振り、その軌跡の形に夜目にも鮮やかな炎の刃が放たれた。
 シャロンはそれに応ずるように矢を放った。構えてすらいなかったのに、その動作は一瞬だった。連続して二発を放つ。
 炎の刃と剄の矢はぶつかり合い、矢の剄が炎を消滅させた。
 ひゅん、と空気を切る音がシャンテを捉えた。頭部に、軽い衝撃があった。一本目とほとんど同時に放たれた二本目の矢だ。
 はらり、とシャンテの髪が落ちる。からん、と髪留めが地面に転がった。

「なっ……くっ……!」

 穂先をシャロンに向けたシャンテは、ぎりぎりと歯を軋ませた。

「どうしました? 僕を殺すつもりじゃないんですか?」

 相手の、からかうような声。
 次の瞬間、獣のような俊敏さで距離を詰めたシャンテは槍の突きを繰り出した。
 シャロンはそれを、穂先の軌道をすり抜けるような動作で躱していく。

「このっ、このっ!」

 槍を繰り出すシャンテの顔には、焦りと苛立ちがありありと浮かんでいる。一方のシャロンは、涼しい顔で槍を避けていた。

「ちょこまか逃げやがって!」

 シャンテの槍の穂先に、小さな炎が宿った。それが、一瞬にして膨れ上がる。

「炎剄将閃弾!」

 炎の剄弾が放たれるが、これもシャロンは地面を滑るようにして回避した。背後の建物に着弾し、熱波と爆風が二人の髪を揺らす。

「くそっ、くそっ、逃げるなぁ!」

「……そう、判りました」

 シャロンが、唐突に動きを止めた。
 いける。シャンテはそう確信して突きを繰り出す。
 瞬間、シャロンが足を踏み出して上体を思い切り前に倒した。槍が、彼の頭上を通過する。

「なっ!?」

 一瞬にして、相手が自分の懐に入り込んでいる。いや、突きの為に踏み込んだことで、自分から相手の懐に潜り込んでしまったのだ。

「くっ!」

 シャンテは槍を引き戻そうとするが、シャロンはその時間を与えなかった。抜く手も見せずに青石錬金鋼の長剣を抜刀復元、下から剣を振り上げ、槍をシャンテの手から弾き飛ばす。
 続いて振り上げた腕を曲げ、シャンテの顔面に肘を打ち込んだ。腹部に蹴りを叩き込み、続いて右肩に剣を振り下ろす。

「ぐあっ!」

 切断はしない。あくまで、腕を殺すだけだ。さらに剣を振った勢いのまま回転蹴りを叩き込み、シャンテの体が背後の建物の壁に叩きつけられる。

「あ……がっ……!」

 シャンテは斬られた右肩を押さえて呻いていた。シャロンはそれを冷めた目つきで見下ろしていた。

「あなたも、つまらない。ただ無闇やたらと敵を追いかけ回すだけだ」

 彼は少し離れた場所で気絶して倒れているフェリにも目を遣る。

「これはこれで面白い状況だけど、僕が望んでたものじゃあないね」

 さて、どうするか、と思う。先ほど、念威端子の気配を感じた。遅かれ早かれ、誰かが現場に駆けつけてくるだろう。だったら、彼女たちのことはその者に任せよう。
 そう思って復元状態のままだった錬金鋼を基礎状態に戻し、剣帯に差した。
 その瞬間だった。
 呻いているシャンテの剄が、突如として爆発的に膨れ上がった。

「なっ……!?」

 危険を感じて、シャロンは咄嗟に腕を交差させた。鈍い衝撃が走り、体が吹き飛ばされる。
 空中で一回転し、着地。腕に、問題はない。

「……ああ、さて」

 視線の先には、ぐるぐると獣そのものの唸り声を上げているシャンテがいた。その体から、膨大な剄が流れ出している。膨大な剄の煌めきが、まるで膜のように彼女を覆っていた。それが、周囲に熱気を放っている。
 急増した剄によって活剄を働かせたのか、肩の傷が塞がっていた。
 そのことに、シャロンは目を瞠(みは)った。そして次の瞬間には、その口元に意地の悪い笑みが浮かぶ。
 何故、シャンテの剄量が急に増大したのか、そのような理由など彼にはどうでもよかった。

「うん、面白いことになりそうだ」

 目の前のシャンテには、獲物を狙う肉食獣のような鋭さがあった。その目が、獲物である自分を捉えている。

「がぅっ!」

 短く吠え、獣と化した少女は槍を拾い上げ、シャロンに飛び掛かる。

「……」

 突き出された槍の穂先を、シャロンは右足を振り上げて弾いた。その勢いで後方 宙返りをし、距離を取る。
 着地。
 右手で鋼鉄錬金鋼製の騎銃を抜き、左手で青石錬金鋼の長剣を抜刀する。
 シャンテは構わずに突っ込んできた。シャロンは飛び退り、騎銃の引き金を絞った。だが、彼女を覆う剄が弾を消滅させてしまった。
 次の瞬間には、槍の穂先が迫っている。シャロンはそれを横に飛んで躱す。だが、シャンテはそれを追うように槍の柄を振るった。
 きぃん、と錬金鋼同士が衝突して火花が散る。
 シャンテは素早く体を回転させると、シャロンを追う。

「早い……」

 シャンテの剄の熱気に髪をなびかせながら、彼は低く呟いた。シャロンは躊躇なく騎銃を捨てると、紅玉錬金鋼製の長剣も復元した。
 繰り出される槍を左右の剣で弾き、受け流し、払い落す。
 そして、相手の動作と動作の間を衝いてシャロンも突きを繰り出す。シャンテも引き戻した槍で相手を貫こうとする。

「……」

 シャロンの右肩から血が噴き出す。それは熱波によって蒸発していき、生臭い臭いが鼻を衝いた。
 横薙ぎに振るわれた槍を彼は体を倒すことで回避し、片手を地面について足を振り上げる。
 相手の腕に蹴りが決まる鈍い衝撃。
 シャロンは体を起こすと即座に後ろに飛んだ。
 肩の傷はそれほどのものではない。多少、剣を振るう速度が遅くなりそうな程度だ。だが、互いの得物の長さは厄介だった。遠距離から弓で攻撃したいところだが、相手の速度はそれを許さないだろう。
 事実、そんな一瞬の思考の後には距離を詰められている。
 シャロンは右の剣を繰り出した。直後に剣身が幾つにも分裂し、突き出された槍を絡め取る。次の瞬間には彼の蹴りが飛んでいた。しかし、振り上げられた足はシャンテが片腕を立てることによって防がれてしまう。
 シャロンは一旦、剣を引き戻して後方へ跳んだ。シャンテが即座に追撃し、鋭い突きを繰り出す。
 血が、舞った。

「……」

 シャロンの右腕に、槍が深々と突き刺さっていた。彼の表情に小さく、見下すような不遜な笑みが浮かぶ。
 即座に足が飛び、シャンテの顔面に炸裂する。よろめいた相手の手首を左手で掴み、膝蹴りを叩き込む。骨の折れる鈍い音が響いた。
 そのまま左手で一気に槍を抜き、右手の剣を逆袈裟に振るった。
 外力系衝剄の変化、閃断。
 だが、シャンテの体に纏う剄が威力を中和したのか、閃断は彼女の体勢を多少崩しただけだった。

「なるほど。剄技は通用しないか」

 シャロンは即座に紅玉錬金鋼を左手に持ち替え、突きを繰り出す。剣身が幾つにも分裂し、それがシャンテの体に絡み付いた。そのまま剣を振り、シャンテを引き倒す。彼女の体に無数の裂傷が生まれ、血が噴き出す。
 シャロンは地面に倒れたシャンテを踏み潰すようにして、両肩に蹴りを叩き込んだ。肩の骨を粉砕し、さらに足の骨も踏みつけて砕いてしまった。
 そこでようやく、風船がしぼむようにして彼女から発せられる剄が減少していった。彼女の体を覆っている剄の膜も消滅していく。

「……」

 その様子を、シャロンは冷めた目つきで眺めていた。基礎状態に戻した錬金鋼を剣帯に差し、少し離れた場所で気絶しているフェリに目を遣る。

「シャンテぇ!!!」

 通りの向こうから、ゴルネオの野太い声が聞こえた。第五小隊隊長は掌に化錬剄の炎を浮かばせていた。彼に付き従うように、三名の隊員が続いている。
 彼らは、血を流して倒れ伏している二人に一瞬、息を呑んだ。

「……」

「……」

 シャロンの視線と、ゴルネオの視線が交錯する。

「……何が、あった」

 絞り出すような声で、ゴルネオが問う。

「念威端子で、ある程度の事情は知っているのでは?」

 片腕から血を流しているシャロンは、意地悪くそう言う。

「……くっ」

 ゴルネオは小さく呻いた。彼としては、あまり認めたくないことなのだろう。
シャロンは相手を小馬鹿にするように唇の端を持ち上げる。

「あなたの所の隊員が、第十七小隊隊員のフェリ・ロスを襲った。つまりは、そういうことです」

 自分はまるで第十七小隊の一員ではないかのような、どこか突き放したもの言いだった。

「あなたは隊を率いる者として、相応の対応をすべきだと思いますが?」

「……」

 ゴルネオが射るような視線でシャロンを睨む。

「それが出来ないのならば、隊長などさっさと辞めるべきですね」

 しかし、シャロンはその視線を意地悪く受け流した。
 隊員たちが、自分たちの隊長を不安そうに見つめている。
 正直、シャロンにはフェリやシャンテがどうなろうと、ゴルネオが責任を問われようと、どうでもよかった。ただ、ゴルネオの行動には興味がある。彼とシャンテは親しい間柄だ。口さがない生徒はゴルネオのことを幼女愛好趣味者と言っているようだが、そんなこともシャロンにはどうでもいい。親しい者が罪を犯した時、人はどう行動するのか、それを見てみたかった。
 庇いたてるのか、失望するのか、哀れむのか、そしてそれでもなお、その者に親愛の情を抱き続けることが出来るのか……
 あるいはその感情の動きは、かつて故郷で唯一の友と呼べる存在を自らの手で殺したことから来る精神的な歪みなのかもしれない。

「……」

 一方のゴルネオは口を硬く引き結んだまま、拳を握りしめていた。その拳が、小刻みに震えている。やがて、彼は吐き出すように言葉を絞り出した。

「……シャンテ・ライテを拘束しろ。それと、フェリ・ロスへの応急救護も」

 隊員たちは一様に重々しい表情で頷き、シャンテの拘束とフェリの救護にかかった。
 シャロンはそれを、少し離れた位置に引いて眺めていた。右腕の傷は、活剄を使って治癒を行っているものの、簡単に塞がるものではない。

「……」

 一瞬だけ、彼の表情が動いた。それに気付いた者はいない。気付く余裕もなかった。
 何故ならば、付近を浮遊していた念威端子が、雑音混じりの警告を発したからだ。

『ごっ、ゴルネオ隊長! 気を付けて下さい。その付近に、突然、正体不明の反応が!』

 反応が一番早かったのは、シャロンだった。彼は落ちている左手で騎銃を拾い上げると、突然、飛び出してきた黒い影に照準を定めた。
 引き金が絞られ、銃声が鳴り響く。

◆   ◆   ◆

 狼面の男が、懐から黒い石のようなものを取り出した。
 光をまったく反射しない、空間の洞(うろ)のような、手に中に収まる大きさの奇妙な塊だった。
 それを、廃都市の中へと無造作に放り投げた。
 夜の闇すら凌ぐ、その漆黒の洞が、不意に周囲に滲んだ。
 景色の中に滲み、溶け出した闇色は、次第に一つの形を取り始める。
 男は仮面の奥からそれを眺め、ぼそりと呟いた。

「予定にない、予調にない、予測にない」

 無機的な声音で、狼面の人物は続ける。

「やはり、運命の輪から外れた存在。そうか、貴様が」

 放り投げられた塊は、今や明確に一つの形を取っていた。
 その存在を眼下に眺めつつ、男はまた闇色の塊を懐から取り出した。

◆   ◆   ◆

 ニーナたちも、異変に遭遇していた。
 それ以前に第五小隊の念威操者が伝えた情報は、ニーナとシャーニッドの顔を青ざめさせるのに十分なものだった。
 シャンテらしき人間の反応を発見した直後、そのすぐ近くにフェリとおぼしき生体反応を確認したまではよかった。シャーニッドなどはほっと安堵の息をつきたくなったほどである。少なくとも、レイフォンの件を除けば事態にある程度の収集が見込めると思ったからだ。
 しかし、念威操者がその方面に飛ばした端子の探査精度を上げて確認した事実はそうした甘い予測を裏切るものだった。
 どうやら、シャンテがフェリを襲撃したようだという報告を受けた瞬間、ニーナもシャーニッドも絶句した。
 ニーナがレイフォンの件を巡ってフェリに対して面白からざる思いを抱いていたのは確かだが、だからといって彼女に対して無関心でいられる訳ではなかった。即座に、現場に向かうと言い出した。
 シャーニッドも同じ思いだった。
 ニーナはゴルネオから預けられた第五小隊隊員も率い、現場に向かった。
 その途上だった。
 ぎぃいぃ、という、油の切れた古い扉を開けるような音が、ニーナたちの耳に聞こえた。距離はまだ遠いい。

「何だ?」

 念威操者の先導を受けていたニーナが足を止める。全員に一旦、停止するように命じた。
 シャーニッドらが、周囲に油断のない視線を向ける。その間にも、ぎぃいぃ、という音は聞こえてくる。そして、何かコンクリートが崩れるような大きな音が響いてきた。地響きから考えて、「ような」ではなく、本当に建物か何かが崩れたのだろう。
 真っ先に動いたのはシャーニッドだった。活剄で強化した脚力で、近くの建物の屋根に飛び上がる。少し遅れて、ニーナも続く。
 粉塵による煙が上がっていたので、すぐに判った。

「……汚染獣、なのか……?」

 活剄で暗視能力を強化していたシャーニッドが、呆然と呟く。
まるで動物の骨の標本が動いているかのようだった。それは学校の校舎ほどの大きさで、骨同士が複雑に組み合わされて構成された、異形の怪物だった。動きはそれほど早くないが、その質量で建物を押し潰しながら進んでいる。
 ぎぃぃぃい、という軋む音は、足を動かした時に骨同士がこすれ合って立てる音のようだった。

「アントーク隊長!」下から、念威操者の声が飛ぶ。「気を付けて下さい! その怪物の正体は不明です! 汚染獣であるかどうかも判りません! 詳しく探ろうとすると、念威の妨害を受けます!」

 次いで、悲鳴じみた甲高い声が聞こえた。

「どうした!?」

 ニーナが下に向かって怒鳴る。

「ごっ、ゴルネオ隊長! 気を付けて下さい。その付近に、突然、正体不明の反応が!」

 それを聞いて、シャーニッドがぼそりと呟いた。

「あちらさんの方でもか……」

 そして、彼はニーナに顔を向ける。

「で、隊長さんよ、どうする? 俺は、第五小隊本隊との合流をお勧めするぜ。レイフォンもシャロンもいない、しかも戦力が分散した俺たちで、何が出来る?」

「……」

 ニーナはぎりっと唇を噛み、睨むような視線を異形の怪物に向ける。

「……突撃する」

 低く、呻くように彼女は命じた。

「お前、自分の言っていることの意味が判っているのか?」

 剣帯から鉄鞭を抜こうとしたニーナの手を掴み、シャーニッドが言う。

「離せ、シャーニッド」

 ニーナがその手を振りほどこうとするが、シャーニッドは離さない。

「いいから頭を冷やせよ、ニーナ」

 シャーニッドは少し後悔していた。レイフォンとシャロンの名を出したことが、ニーナに妙な対抗意識を抱かせる結果となってしまったのだ。彼女の傷付けられた矜持が、無謀な行動に走らせようとしている。

「お前は隊長なんだ。冷静に状況を分析して、今取れる最善の手を打たなきゃならないのが隊長の役目だ。無意味に部隊を危険に晒すことじゃない」

「武芸者ならば、汚染獣と戦うのは当然の義務だ」

 意固地になっている。シャーニッドはそう思った。

「『義務』って言葉で何でもかんでも正当化してんじゃねぇよ。必要に迫られての戦闘と無意味な戦闘ってのは、大きく違うんだ。勇気と無謀を履き違えるな。いいからゴルネオの旦那と合流すっぞ」

 ぐいっとシャーニッドはニーナの腕を引っ張った。そのまま、建物の屋根から飛び降りる。

「おい!」

 ニーナの抗議の声を無視し、シャーニッドは第五小隊の者たちにゴルネオと合流することを告げる。隊長でもない彼の行動は明らかな越権行為だが、後でどうとでも処分を受けようと覚悟する。今は、この場を乗り切ることが最優先事項だ。
 活剄を使って高速で通りを駆け抜ける彼らの背後から、相変わらず大きな軋んだ音が響き続けていた。

  ◇◇◇

 シャロンやゴルネオたちの前に現れた黒い影は、人の形をしていた。しかし、あくまで人の形をしているだけだ。身長は人間の倍はある上、全身は鎧のような黒い甲殻で覆われていた。甲殻と甲殻の繋ぎ目、関節部分からはむき出しになった筋繊維が見えている。顔にはぎょろりとした一対の目と口があるだけだ。両手の爪は鎌のように鋭く伸びている。

「何だ、こいつは……?」

 シャロンの背後でゴルネオの呆然とした声が聞こえる。

「……」

 シャロンは無言のまま、連続して引き金を絞った。狙いは、甲殻同士の繋ぎ目。過たず命中した剄弾に人型の異形は苦悶の声を上げつつ、しゃにむに突撃してくる。その鋭い爪がシャロンの体を捉える直前、彼は跳躍した。
 異形の肩を踏み付け、その背後へ。鋭い爪が、コンクリートの地面に突き刺さっていた。
 シャロンは空中ででんぐり返りをするように体を回転させ、頭が下になった体勢のまま騎銃の引き金を絞る。銃声が街角に反響する。
 さらに銃剣部分を利用して、閃断をその背中に叩き込んだ。
 閃断を背中に受けた異形が地面に倒れる。

「……」

 シャロンは音もなく着地すると、騎銃を右手に持ち替え、左手で紅玉錬金鋼製の長剣を抜刀復元する。その際、彼はかすかに顔をしかめた。右腕の傷はそのままなのだ。
 異形が、ゆらりと立ち上がった。地面を蹴り、その場にいた面々に再び襲いかかる。

「ひぃっ!?」

 異形が一番近い位置にいた第五小隊隊員が真っ先にその鋭い爪を振り上げた。接近速度の速さに、応戦が間に合わない。その隊員は顔に絶望を貼り付けて、硬直してしまった。

「……邪魔」

 シャロンの不機嫌そうな声が響く。隊員は足に分裂した剣身を巻きつけられ、引き倒され、その勢いのまま遠くに投げられた。
 恐らく、腱を切断してしまったのだろう。隊員の絶叫が響く。
 一方、獲物を失った異形の爪は虚しく空を裂いた。

「シャロン・ヴィリアーズ!」

 ゴルネオが抗議の声を上げるが、シャロンは意にも介さない。彼は騎銃を基礎状態に戻して剣帯に差すと、異形に向けて駆け出していた。異形も、それに反応する。
 長く鋭い爪と、剣戟が交わされる。
 ゴルネオたちは投げ飛ばされた隊員の傍に駆け寄りながら、戦闘を見ているしかなかった。足から血を流している隊員は、呻き声を発して地面をのたうっている。気絶したままのシャンテも、ゴルネオが運んできた。同じく意識のないフェリも、もう一人の隊員が運んだ。

「隊長……」

 ゴルネオと同じく未だ無傷な隊員が、不安げな面持ちで彼を見た。ゴルネオは渋面を作った。

「……第十七小隊と合流するしかあるまい」

 こんな時のためにあの男を調査隊に入れたのだろうに、と不意に浮かんだ考えをゴルネオは振り払った。レイフォンに助けられるなど、屈辱以外のなにものでもない。そもそも、自分たちの任務はこの都市の安全を確認することなのだ。このまま急いでツェルニへと帰還し、廃都市の現状を報告する。そして、剄羅砲で都市ごとあの異形を殲滅してしまえばいいのだ。今さら、レイフォンの行方を捜すことなど、時間の無駄でしかない。
 それに、遅かれ早かれ、ゴルネオはレイフォンをツェルニから排除するつもりだったのだ。あの男は、ツェルニにとっての危険因子であり過ぎる。人を殺して何とも思わず、権力者に取り入ってその地位を維持する、そんな外道は、ツェルニには不要だ。

「合流し次第、この場を急速離脱、ツェルニへと帰還する」

 その言葉を聞いて、隊員はゴルネオの背後に視線を遣った。そこでは、シャロンと人型の異形とが戦闘を繰り広げている。
 ゴルネオもそちらを振り返った。
 シャロンは多関節剣を駆使しつつ、ツェルニ武芸者屈指の敏捷さで異形を翻弄しているように見えた。
 しかし、異形はシャロンの背丈の倍近くある。その分、腕も長いからシャロンよりは有利だ。動きも鈍い訳では決してない。シャロンが付けた傷から血とおぼしき体液が流れているが、どうも致命傷ではないようだ。

「……嗤っていやがる……!」

 ゴルネオは嫌悪感も露わに言った。そこに、わずかだが畏怖するような響きも混じっている。
 シャロンは、口元をいやらしく吊り上げて嗤っていた。戦闘を心から愉(たの)しんでいる、そんな表情だ。
 自身の兄、サヴァリス・ルッケンスを連想させるその表情は、ゴルネオの嫌悪感を喚起せずにはいられない。彼は、天剣授受者でもある兄が苦手だった。
 シャロンは右手から鋭く衝剄を放った。
 外力系衝剄の変化、九乃。
 狙いは異形の膝から下だ。異形もそれを予測していたらしく、飛び下がる。それをシャロンが追撃、長剣を振るう。異形はさらに飛び退りつつ、両側から鋭い爪でシャロンを串刺しにしようとする。
 シャロンの姿が一瞬、かき消えた。ゴルネオたちが気付いた時には、すでに異形の背後に回り込んでいた。姿勢が低くなっていることから、恐らく股の下を潜り抜けたのだろう。
 異形が上半身を捻って、爪で彼を切り裂こうとする。だが、シャロンの振り上げた剣の速度の方が早かった。
 異形の脇を駆け抜けたシャロンが、剣身についた血を払う。どさり、という音と共に異形の片腕が地に落ちた。
 異形が絶叫を上げて暴れ出す。
 盲滅法に振り回される残された腕を受け流しながら、シャロンは多関節剣を伸ばして相手の首に巻き付けた。そのまま一気に引っ張る。
 次の瞬間だった。
 腕の切断面から肉の芽のような触手が幾本も伸び、シャロンを襲う。幾本もの触手に叩かれて、青年の体が吹き飛ばされる。

「あーはっははは!! 残念、そっちの腕は最初から使いものになってないんだよ!」

 宙を舞いながら、シャロンはげらげらと嗤った。
 咄嗟に右腕で防御したが、叩かれた威力で肩の骨からいかれていた。さらに殺し切れなかった衝撃の所為で、肋骨も何本か折れたようだった。
 だが、まだ左腕は残っている。もとから、右腕にはあまり期待していなかった。
 それを見ていたゴルネオは、何がそんなに楽しいのかまったく理解できなかった。あんなにげらげら嗤うなど、狂っているとしか思えない。
 シャロンの着地を狙って、異形が爪による突きを繰り出す。長髪の武芸者は空中で体勢を整え、着地と同時に剣で五本の爪をはたき落とした。
 爪がコンクリートをかく。
 そのままシャロンは体当たりでもするように異形の懐に飛び込み、化錬剄を纏わせた脚甲で足払いをかける。体勢を崩した異形の腹部に、彼は間髪いれずに化錬剄による炎を纏わせた長剣を突き立てた。
 外力系衝剄の化錬剄変化、火龍。
 放たれた突きの威力は異形の体内で猛威を振るった。一瞬、異形の体が膨らんだかと思うと、凄まじい爆発が起った。本来の浸透破壊効果に加え、手甲にも同時に火焔系統の化錬剄技を纏わせて、シャロンが爆発を起こさせたためだ。

「ぐわっ!?」

 爆風は、ゴルネオたちのところにまで届いた。わずかながら吹き飛ばされ、くぐもった悲鳴が上がる。
 地面を転がった彼らが立ち上がって見たものは、腹部に大きな穴を開けられた異形が、それでも絶命せずに全身を炎上させながらのたうっている姿だった。

「奴は……?」

 だが、シャロンの姿が見当たらない。あの爆発で死んだとは思えない。まさか、自分たちを守るために異形を道連れに自爆するような、殊勝な心の持ち主であるとも思えない。
 異形は全身を炎に包まれながらなおものたうっている。炎の勢いは一向に衰える気配は見せない。そのうちに、異形は地面に崩れ落ちて徐々に動きを鈍らせていった。

『た、隊長! ご無事ですか?』

 念威端子から、第五小隊念威操者の声が響く。

「ああ、何とか」

 ゴルネオは渋い声で答えざるをえなかった。この異形をここまで追い詰めるのに、自分たちは何の貢献もしていないのだ。

『こちらは、正体不明の大型生命体に遭遇。現在、そちらに向かっているところです』

 念威操者の声には、切迫感が滲み出ていた。

「……何?」

 低く、呻くような声でゴルネオは確認した。向こうの方でも、正体不明の異形に出くわしたというのか?
 ゴルネオの動悸が早まっていく。いったい、俺たちは何と戦っているんだ?
 この都市は、異常だ。一刻も早く帰還しなければ、ツェルニの存亡に関わるかもしれない。ここで不用意な戦闘を行って、万が一にでも全滅しようものならば、ツェルニに危険を知らせる者がいなくなってしまう。
 そうでなくとも、フェリ・ロスが重傷を負っているのだ。出来れば、設備の整った病院で治療を受けさせたい。
 ツェルニへ帰還する。それはもう決定事項だ。
 今のゴルネオの頭からは、レイフォンへの憎悪も、その安否も、頭から消し飛んでいた。いかにこの場にいる人間が無事にツェルニへと辿り着くか、それのみに集中していた。
 だが、本当に無事に帰還できるのか?
 思わず口に出しそうになってしまったが、寸でのところで呑み込んだ。指揮官が迂闊なことを口にすべきではない。上に立つ者が動揺すれば、それはすぐに部下たちにも伝染してしまう。

「調査隊指揮官として命じる」

 ゴルネオは念威端子を通じて全員に通達した。

「調査中止。総員、ただちにこの都市を離脱する。その場合、不必要な戦闘は避けること。離脱の障害となるときにのみ、それを行え」

 だが、本当に俺たちは無事にこの都市を脱出出来るのか?
 ゴルネオはそのことに対して確信に近い不信を抱いていた。
 そして、その不安は直後に現実のものとなる。

『ゴルネオ隊長! 大変です、探知可能範囲内に、突然、幼生体らしき反応多数!』

「馬鹿な!」

 思わず、ゴルネオは罵り声を上げてしまった。本当に、この都市は異常だ。まさか、汚染獣の巣となっている訳ではあるまい。

「退避! とにかく、高い位置にいったん退避だ!」

 ゴルネオはシャンテと腱を負傷した隊員を両脇に抱え、残った隊員がフェリを抱え上げる。二人は活剄で強化した足で近くの建物の屋根の上に飛び乗った。
 しばらく通りの様子を見ていると、そこかしこの路地から大きな蟲の形をした幼生体が飛び出してきた。
 ゴルネオは負傷者たちを屋根の上の下ろすと、手足の錬金鋼を確認した。覚悟を決める時が来た、と思った。隣の隊員も、緊張した面持ちで通りを見下ろしている。
 だが―――

「どういうことだ?」

 幼生体は路地から次々に飛び出してくるが、一向に自分たちに注意を向けようとはしない。自分たちのいる建物を無理によじ登るでもなく、建物を倒壊させようと突進するのでもなく、ただ眼下の通りを通過していくだけだ。
 その時になってようやく、彼らの耳にも異様な軋んだ音が聞こえ始めてきた。まるで、古くて蝶番の錆び付いた扉を無理にこじ開けようとしているかのような音だ。

「何が起っていやがる……」

 ゴルネオは呪うように、そう呟いた。
 夜は、まだ明けない。





  あとがき
 更新が大変遅くなってしまって、申し訳ありません。
 大学の方で文化祭などがあったのと、私生活面で色々と忙しかったりオリジナルの執筆を優先したために、二次創作の方が疎かになっていましました。
 正直に申しますと、前回更新した時に次話の六割程度は書き上げていました。しかし、オリジナルに集中した所為で一時、執筆が中断したために、話の前後で文体の相違、内容の矛盾が起っているかもしれません。
 また内容自体も相当オリジナル展開となっている上、今回はレイフォンが一度も出てきていません。オリキャラ・シャロンが出張り過ぎる結果となってしまいました。
 次回は、残ったスケルトン型汚染獣との戦闘ですが、ここで廃貴族の憑いたレイフォンが一撃のもとに屠り去る予定であります。そして、廃貴族に意識を乗っ取られそうになったレイフォンは、刀で自分の体を斬り、重傷。廃貴族は、守るべき存在を守れなかった点では同じだが、都市よりも自分の大切な者を優先するレイフォンの精神に疑問を覚え、一旦、憑依するのを止めてツェルニに潜伏する、といった感じに展開していくと思います。
 以下は、おまけです。
 今後の書きたいシーンを、構想が浮かんだ段階で文章にした断片です。今後、必ずしもこうしたシーンになるとは限りません。あくまで、現段階での予定です。
 それと、ひどく話が脱線しますが、自分が子供のころに見たアニメを見たくなることってありませんか? 私は最近、ドラえもんの映画が見たくて堪りません。それも、私が生まれる前(始めて見たドラえもんの映画は「のび太の南海大冒険」だったはずです。)に公開された八十年代の作品を、です。好きな作品は、「のび太の大魔境」「のび太の宇宙開拓史」とかですね。それにしてもまあ、映画のDVD-BOXは高いですね。やっぱり、レンタルビデオで見るしかないですかね? 私、本でもDVDでも、借りるよりは自分のものにしたい派なものでして。
 それと、これも小学生時代のアニメになりますが、「レジェンズ 蘇る竜王伝説」も好きでした。このアニメ、知名度あるんですかね? 確か、デジモンが終わった後に同じ時間枠で放映されていたはずです。





 ツェルニ外縁部、放浪バスの停留所で、二人の男が対峙していた。
 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフと、ハイア・サリンバン・ライアだ。
 放浪バスの屋根の上に佇みながら、フェルマウスは互いに刀を構える二人を見つめている。

「ここは外縁部だ」レイフォンが冷めた口調で言った。「どれだけ壊してもいいと、生徒会長から言われている」

 彼が構えているのは、サイハーデンの免許皆伝を示す鋼鉄錬金鋼だ。この決闘の為に、安全装置は外されている。

「はっ!」と、ハイアは鼻で嗤った。「天剣を使わないとは、俺っちを馬鹿にしているのかさ?」

「ああ、それくらいのハンデはくれてやるよ」レイフォンの双眸が鋭く細められる。「あとで武器の差を言い訳にされても鬱陶しいだけだからね」

「どこまでも人を馬鹿にした奴さ!」

 言葉と同時に、ハイアは動いていた。

「らあぁっ!」

 八双に構えていた刀が、斬線を描く。斬線は、レイフォンの刀に止められた。
 二人の顔が、間近に迫った。敵意を剥き出しにするハイアと、冷めた表情を維持したままのレイフォンが対象的である。
 ハイアは刀身に衝剄を走らせ、さらに斬撃を重ねる。だが、そのすべてがレイフォンによって受け流され、払われてしまう。
 一旦距離をとって放たれた閃断も、すり抜けるような足捌きのレイフォンに躱される。

「ちぃっ!」

 きぃいん、と錬金鋼がぶつかり合い、鍔迫り合いの状態になる。お互いが刀身に衝剄を走らせた。
 吹き飛ばされたのは、ハイアだった。レイフォンはその場から一歩も動いていない。錬金鋼によって制限を受けるものの、衝剄の密度と威力ではレイフォンが圧倒的に有利なのだ。
 ハイアは空中で刀を腰まで戻し、左手で刀身を掴むと、着地の瞬間に抜き打ちの形で一閃させた。
 外力系衝剄の変化、焔切り。
 レイフォンは衝剄を纏わせた刀でそれを迎撃、上空に弾き飛ばしてしまった。だが、その瞬間には旋剄によって一気に距離をつめたハイアが迫っている。レイフォンは刀を跳ねあげてしまったため、振り下ろしての迎撃は間に合わない。とん、っとレイフォンは軽く地を蹴って後方に飛び退る。
 衝剄を乗せたハイアの斬撃が、地面を抉って爆発する。

「そろそろいい加減、反撃したらどうさ!」

 ハイアの叫びにも、レイフォンは表情一つ変えない。

「……僕の剄量じゃ、この戦場は狭過ぎる」

 ただ事実だけを淡々と述べる口調で、レイフォンは言った。

「はっ、今さら泣きごとか!」

「いや、僕は事実を指摘しただけだよ」

「ムカつく奴さ!」

 ハイアの袈裟がけを、突きを、胴薙ぎを、彼の刀が描く斬線のすべてを、レイフォンは巧みな刀さばきで払っていく。
 しかし、攻撃を受け流すだけだったレイフォンがハイアの動きに合わされた結果、彼は外縁部の端にまで誘導されてしまった。
 ハイアの口元が、にやりと吊り上がる。

「これであんたの退路は断ったさ!」

 ハイアは足を踏み込み、袈裟がけに刀を振り下ろす。
外力系衝剄の変化、閃断。
 レイフォンが刀身に剄を走らせてそれを迎え撃つ。二つの衝剄がぶつかり合い、そして消滅した。
 次の瞬間には、レイフォンの切っ先がハイアの眼前に迫っていた。
 サイハーデン刀争術、水鏡渡りによる高速移動。

「くっ!」

 ハイアは飛び退りつつ、思い切り上体を逸らした。鋼鉄錬金鋼が眼前を通過する。前髪が何本か散った。

「……」

 レイフォンは感情の乏しい表情で、ハイアを見つめている。

「以前から思っていたけど」彼は言う。「お前の刀さばきは虚栄心の塊だな。僕を打ち負かして、自分の優位を証明することしか考えていない」

「何だと?」

 ハイアが低く、剥き出しの敵意と憎悪を込めた口調で応じた。

「そんな心のまま刀を振るえば、サイハーデン刀争術も鈍る。真実サイハーデン流を修めた人間には、到底敵わない」

「……言ってくれるさ」

 ハイアは歯を剥いて嘲笑を見せた。
 レイフォンが、改めて鋼鉄錬金鋼を八双に構える。

「だから教えてやるよ。本当のサイハーデンを」

 すっと細められた碧い双眸が、さらに冷えた色を宿す。レイフォンの剄が、周囲のすべてを威圧するように、一気に膨れ上がった。





 傭兵団が使用している宿泊施設から、追い出されるようにしてフェリは解放された。

「何なんです、まったく」

 その乱雑な扱いに対して、フェリは八つ当たり気味に不平を漏らす。
 もちろん、誘拐犯たちに誠意を期待していた訳ではない。そもそも、傭兵団は一度、廃貴族目的でツェルニを占領しようとした前科がある。幸い、レイフォンやシャロンたちによってそれは阻止されたが、彼らが目的のためならば手段を選ばないことは証明されている。そのような連中に何かを期待するだけ無駄だ。
自分の誘拐もそうだが、都市戦という混乱を利用して、何か傭兵団が蠢動している気配がある。
 傭兵団と不用意な戦闘を起こしたくないというカリアンの方針から一種の冷戦状態が続いていたが、彼らとしては何とか復仇の機会を狙っていたことだろう。名高きサリンバン教導傭兵団が、たかが学生武芸者に敗北したという事実が知れ渡れば、信用問題に関わる。
 自分を餌にレイフォンをおびき出せば、少なくともツェルニ側の最大戦力を拘束することが出来る。その隙を衝いて、傭兵団が何かを仕掛けるつもりなのではないだろうか?
 しかし、彼らの標的である廃貴族は、恐らくレイフォンに宿っている。この場合、最優先すべきはレイフォンの捕縛であるはずだ。傭兵団は以前のツェルニとの戦闘で、レイフォンを「陛下の勅命を妨害する反逆者」と認定している。レイフォン自身がグレンダンへの帰還を迷っている状況では致し方ないのかもしれないが、傭兵団にも勅命を実行しなければならないという事情がある。まず間違いなく、どこかでレイフォンと傭兵団が本格的に衝突するだろう。
 それが、今回の自分の誘拐に繋がったのだろうか?
 判らなかった。傭兵団の今回の行動に、どんな意図があるのだろうか?
 しかし、今優先すべきは自分の身の安全だ。重晶錬金鋼は傭兵団に奪われたままで、解放に当たっても返還されなかった。これは、即座に自分が戦線に復帰されては困るからだと、傭兵団は言った。
 つまり自分は今、敵都市の侵入部隊と遭遇するかもしれない危険性に晒されている訳だ。
 急いで生徒会棟に向かうか、近くの防衛部隊に保護を求めなければならない。とにかく、自分が解放されたことを知らせなければならない。
 傭兵団が自分を解放したのは、自分に人質としての価値、あるいは餌としての価値がなくなったからだ。つまり、自分を誘拐して何らかの目的を達成しようとしていることは明らかである。それを、ツェルニ上層部に伝えなければ……
 フェリの足は自然と早くなった。錬金鋼がなくとも、彼女は念威を操ることが出来る。精度は錬金鋼がある場合と比較にならないほど低下するが、この際、やむを得ない。
 侵入部隊と防衛部隊との戦闘が起っている地点を避けつつ、路地から路地へと身を隠すようにして移動する。安全に移動できる場所を探りながら、そこを辿っていくと、進行方向に複数の人間を探知した。
 青年とおぼしき反応が一、少女とおぼしき反応が二。
 マイアス側の潜入部隊か?
 だが、内一人の少女からはまったく剄が感じられなかった。殺剄をしているという訳ではないようだ。そして、三人ともが明らかに私服と思われる格好をしている。
 何者だろう、とフェリは怪訝に思った。
 とにかく、下手に関わり合いにならない方がいいと判断し、別の道を探ろうと念威を方々に飛ばす。三人から一瞬だけ注意を逸らした、その直後だった。

「何をなさっているんです?」

 背後から、突然そんな声をかけられた。警戒と共に振り向けば、先ほど発見した三人の内の一人がそこに立っていた。
 長い黒髪をサイドポニーに纏め、髪の一部を染めているのか、白くなっている少女だった。

「突然、声をかけてしまってすみません。ツェルニの学生さんでしょうか?」

「何です、あなたは?」

「ああ、大丈夫ですよ。私たち、別にマイアスの人間ではありませんから」

「そんな言葉、容易に信じられると思いますか?」

「まあ、今は戦争中ですし、無理でしょうね」

 特に気にした様子もなく、少女はあっさりとした口調で言った。

「そうですねぇ……」少女は一瞬、思案するように指を顎に当てた。「私たちの身分はレイフォンさんが証明して下さると思うので、戦争が終わり次第、彼に取り次いでもらえませんか?」

「レイフォン……?」

 フェリの眉がぴくりと動く。

「ああ、申し遅れました。私、グレンダン三王家が一つ、ロンスマイア家のクラリーベルと申します」

 にこやかな笑みと共に、クラリーベルと名乗った少女は洗練された動作でお辞儀をする。

「クラリーベル様」

 どこか呆れた声と共に、通りの向こうから銀髪の青年が歩いてくる。トランクケースを持った金髪の少女も、彼に続いていた。

「逸る気持ちは判りますが、こういう状況ですし、まずはサリンバン教導傭兵団に保護を求めるべきでは?」

 青年の顔には笑みらしきものが張り付いていたが、フェリにはその笑みに何らかの意味が籠っているようには思えなかった。だた、笑みを張り付かせているだけのように感じる。
 傭兵団の名が出たことで、フェリの警戒心が高まっている。
そして彼女は、もう一人の少女に目を向ける。目が合うと、少女はどこか大人びた微笑を浮かべて会釈をしてきた。
 グレンダンからの使者?
 だとしたら、レイフォンと傭兵団、どちらの味方なのだろうか?
 自分の知らせるべき事柄に、新たにこの三人組のことが加わったと、フェリは思った。





 ツェルニ外縁部に、剣戟の音が殷々と響き渡っている。
 ハイアの表情には、すでに焦りの色が浮かんでいた。対するレイフォンは、冷静そのものといった無表情だ。
 ハイアの鋭い斬撃を、レイフォンはあらかじめその軌道を予測しているかのように防いでいく。きぃいぃん、と錬金鋼同士がぶつかり合い、火花を散らす。

「くっ……!」

「駄目だ」

 ハイアの呻きをレイフォンが切って捨てる。鋼鉄錬金鋼の斬線が、ハイアの肩を抉った。

「がっ……」

 傭兵団の紋章が入った外套が、赤黒く染まる。

「くそっ!」

 一旦刀を引いたハイアは、勢いよく足を踏み込んだ。水鏡渡りによる、高速の突き。
 だが……

「駄目だと言っている」

 背後から、レイフォンの声。

「なっ!?」

 振り向きざまに、レイフォンが刀を振るった。ハイアの顔を縦断するように、裂傷が走る。

「焦りが動きを単調にしている。それじゃあ、せっかくの速度も意味がない。刀を振るう前から太刀筋が読める」

「うるせぇ!」

 刀を振り上げたハイアの腕を、下から突くようにレイフォンの切っ先が捉える。右の二の腕を、鋼鉄錬金鋼が貫いていた。それを即座に抜く。

「ぐぁっ……!」

「サイハーデン刀争術は生き残るための武術。相手を倒すことに執着した時点で、ハイア、お前の負けだ」

 ひゅん、と刀を振るってレイフォンは血を飛ばす。

「……」

 放浪バスの上からそれを眺めていたフェルマウスは、レイフォンに対する感嘆と言いようのない不条理さを覚えていた。
 まるで、ハイアが稽古でも付けられているかのようだった。
 ハイアは決して弱い武芸者ではない。若くして傭兵団の団長となるような実力者だ。それが天剣授受者の前では、赤子同然の技量の持ち主でしかないのか……

「……黙れ」

 低く、ハイアは言った。ぐっと両手で刀の柄を握り締める。

「俺っちは、俺は、負ける訳にはいかないのさぁ!」

 コンクリートがひび割れるほどの力で地を蹴り、ハイアはレイフォンに迫った。
 ぎぃいぃん、と錬金鋼が震える。
 レイフォンの刀が、ハイアの斬撃を受け止めていた。鍔迫り合いの状態から、ハイアはさらに錬金鋼に剄を流して押し切ろうとする。
 彼の体から流れ出す剄が渦となって風を起こし、レイフォンの髪をかきあげた。ハイアの瞳には、執念ともいえる闘志が宿っている。やはり、レイフォンとは対照的だった。

「俺っちだって、俺っちだってサイハーデンの継承者だ! リュホウの弟子だぁ!」

 だからこそ、ハイアはレイフォンの存在を認められなかった。この少年が天剣を得、ついにはサイハーデンの免許皆伝を授かったと知った時には、養父であり師匠であるリュホウの存在が否定されたと感じ、憤りすら覚えた。
 レイフォン・アルセイフは、養父を否定する存在でしかなかった。レイフォンが認められるということは、リュホウが否定されるということに他ならない。だからこそ、リュホウの弟子である自分が、決してデルクの弟子などに劣っていないことを証明しなければならない。
 それが最大の親孝行だと、ハイアは信じて疑わない。

「俺っちは、あんたにリュホウがデルクなんかに決して劣っていなかったことを証明しなければならないのさ!」

 デルクの名に反応したのか、レイフォンの片方の瞼が痙攣した。
 ハイアはなおも、レイフォンを押し切ろうと刀身に剄を走らせ続ける。

「リュホウはずっと気に病んでいたのさ。サイハーデン継承の務めをデルクに任せ、自分は勝手に外の世界に出てしまったことを……。だからこそ、デルクの弟子が天剣授受者になったことを知った時、親父は心から喜び、本当に嬉しそうな顔を見せた」

 ぎりっと、ハイアは唇を噛んだ。

「でも! それじゃ駄目なのさ! リュホウの重荷を払ってやるのはお前じゃない! 親父に笑顔を与えるのは、俺っちじゃなきゃ駄目だったのに!」

 リュホウは決して、デルクの弟子が天剣授受者になったことを自分自身を否定することだとは思っていなかっただろう。だが、デルクの弟子が天剣授受者として皆に認められる、これはリュホウの否定に他ならない。そんなことは、養父を敬愛するハイアにはとても耐えられないことだ。

「お前は親父を否定する存在さ。お前の存在が親父を、親父が傭兵団と共に培ってきたものを否定する!だからリュホウの弟子として、俺っちは負ける訳にはいかない! 負けることは許されないのさ! お前なんかに、親父を否定されてたまるかぁ!」

「だからどうした?」

 レイフォンが冷たく言い放つ。
 ぴしり、とハイアの錬金鋼にひびが入った。武器破壊の技、蝕壊だ。

「そんなことのために、サイハーデンを使うな。自分の師匠が否定された? それがどうした? そんな安い動機で振るうサイハーデンの刀を、僕に誇るな」

 ぱりぃん、と完全にハイアの刀身が砕け散る。
 レイフォンが刀を振るう。
 外力系衝剄の変化、閃断。

「僕を倒したければ、僕以上の地獄を見つけてこい」

 鮮血が舞い、ハイアの体が崩れ落ちた。

________________________________________

 敵と接触しない道を探ろうとしたが、無駄に終わった。
 フェリたち四人の周辺では、数ヶ所で戦闘が発生している。安全に抜けられる道がない。退くも進むもままならぬ状況の中で、四人は路地に隠れて戦闘をやり過ごそうとしていた。

「実に楽しそうなお祭りですねぇ」都市戦という状況を楽しんでいるのか、サヴァリスと名乗った銀髪の青年の口元はにやついている。「遮るもの一つない広大な都市外での汚染獣戦もいいですが、こうした市街戦というのも中々おつな感じがしますよ」

「学園都市連盟の規則に反しますから、戦闘には参加しないで下さい」

 フェリはきつい口調で釘を刺した。
 先ほどから、彼女の機嫌は急降下の一途を辿っている。原因は、金髪の少女だ。
 リーリン・マーフェス。
 間違いなく、レイフォンの幼馴染のリーリンと同一人物だろう。彼女を見ると、自然と視線が剣呑なものになってしまうので、フェリはなるべくリーリンと目を合わせないようにしていた。
 どうしてこんなところに、と思う。
 それと同時に、自分自身の感情にも戸惑っていた。
 リーリンがツェルニに来てくれたのならば、もうレイフォンの精神状態を心配する必要はない。彼女が、彼を支えてくれる。レイフォンのことを本気で心配しているのならば、彼女の来訪は歓迎すべきもののはずだ。
 だけど、とフェリの胸の中に黒ずんだ感情が生まれる。
 私が、ツェルニでの彼の支えになれるようにと思っていたのに……!
 あの危うい精神の持ち主を支えるのは自分、そう決めていて、一度は諦めてリーリンの存在を欲したにも関わらず、いざ彼女が目の前にいると、こうも感情が落ち着きをなくす。
 素直に、リーリンの存在を受け入れられない。レイフォンがもう自分を見てくれないのではないかと、怖くなる。

「仕方ありませんね」サヴァリスが言った。「取りあえず、僕は傭兵団の方に到着を知らせてきますので、クラリーベル様、リーリンさんのことをお願いします」

「判りました」

 クラリーベルが応諾するや否や、サヴァリスの姿は唐突にその場から消えていた。
 残りは三人。クラリーベルが武芸者としてどれほどの実力の持ち主かは知らないが、この状況でマイアス側侵入部隊と接触すると拙いことになる。そもそも、完全に部外者であるクラリーベルは戦うことは出来ない。フェリも錬金鋼のない状態では、念威爆雷を発動出来ない。
 かなり切羽詰まった状況だった。学園都市同士の都市戦であるから流石に殺されはしないだろうが、それでも大きな怪我を負う危険性は常にあるのだ。
フェリの危惧は、直後に現実のものとなった。念威で捉えた情報が、彼女の脳裏に伝達される。

「防衛線の一つが突破されました。敵の一隊がこちらに向かってきます」

「あら、どうしましょうか?」

 緊張感のまったくない声でクラリーベルが言う。

「とにかく、この場を離れますので、付いてきて下さい」

 フェリは二人を先導しつつ、別の路地へと飛び込んだ。

  ◇◇◇

 ツェルニ司令部では、大型モニターに戦況が映し出されていた。
 ツェルニ・マイアスの両部隊の動きは、念威端子で捉えた情報をもとにして刻々と移り変わっていく。

「うちの潜入部隊は善戦しているようだな」

 総司令官であるヴァンゼが幾分の苦さを含んだ声で言った。

「ええ」と彼の参謀役を務めるディンは応じた。「シン隊長の指揮が卓越しているのもあるのでしょうが、やはり……」

「ああ、奴がマイアス防衛隊の撹乱を行ったのが功を奏したようだな」

「しかし結局、撹乱しただけです」幾分、むすっとした声でディンは言った。「やはり、シャロンには旗を取る気がありません」

「お前の予想通り、という訳だな。俺も、最初から奴には期待していなかった。レイフォンの野郎がいれば、奴と組ませることである程度行動を抑制出来たんだろうが」

「しかし、シン隊長はシャロンの起こしたマイアス側の混乱を上手く衝いています。現在、敵の防衛を排除しつつ生徒会棟へ突撃を敢行しています。一方……」

 と、ディンはモニターの一点を指差した。

「こちらの防衛網も、一部で敵小部隊に突破されています。今の内に防衛線の縮小と、予備隊による侵入部隊の排除を進言します」

「そうだな。……防衛隊の指揮は俺が直接取る。ここはお前に任せる」

「はっ」ディンは姿勢を正した。「それと武芸長、一つ気になることが」

「何だ?」

「先ほどから、一部でこちらの念威端子が妨害されているようです」

「マイアス側の念威操者ではないのか?」

「だといいのですが、なにぶん、傭兵団は会長の妹を誘拐しています。人質救出を妨害するためという可能性も」

「レイフォンからの連絡は?」

「今のところ、ありません。念威妨害の件もあり、こちらの念威操者にそこまでの余裕がないので」

「もし連絡があればレイフォンに伝えておけ。傭兵団への警戒を怠るな、と」

「判りました」

  ◇◇◇

 リーリンは走っていた。
 マイアスの時もそうだったけど、私って何だか走ってばかりだな、と呑気な感想を抱いた。追われている、という点でもマイアスと同じだ。
 いや、向こうは自分たちを完全に捕捉している訳ではないので、追われているという表現には語弊があるだろうが、とにかく、逃げていることには変わりがない。
 だが、マイアスの時ほど追いつめられている感じはしない。
 学園都市同士の都市戦において使用される武器が非殺傷設定になっていることを知っているからではない。
 この都市に、レイフォンがいることが判っているからだ。
 マイアスでの唐突な別れを経験してから、リーリンはもう一度レイフォンと会える日を心待ちにしていた。それが、ようやく叶うのだ。
 今度は、あんな不可解な事件に巻き込まれることなく、ただ平穏にレイフォンとの再会を果たしたかった。
 でも、今はそんなことに胸を躍らせている場合ではないはずだ。とにかく、走ることに集中しないといけない。
 今は頭を冷やして、冷静にこの状況を切り抜けることだけを考えるべきだ。

「……駄目ですね」

 唐突に、隣を走るクラリーベルが言った。

「こちらの速度では、じきに発見されます」

 武芸者と一般人では、走る速度が段違いであることはリーリンも知っている。念威操者については詳しくは知らないが、フェリという少女を見る限りでは体力に関しては一般人と変わらないように見える。

「えっと、フェリさんでしたっけ?」クララは自分たちを先導するフェリに声をかけた。「どこか、手近に隠れられそうな場所はありますか?」

「……無理です。どこかで、マイアス側の部隊に接触する危険性があります」

 すると、フェリが唐突に足を止めた。リーリンたちも、同様に停止する。

「拙いですね。次の大通りでも戦闘が始まってしまいました」

「……そうですか」

 クラリーベルは腰から基礎状態の錬金鋼を抜き、復元した。胡蝶炎翅剣という銘を持つ、クラリーベル考案の奇双剣である。

「まあ、正当な自衛権の行使ということで」

 彼女はくるりと片足を軸にして反転した。
 後方の路地から、戦闘衣に身を包んだ一団が飛び出してきた。彼らは一瞬だけリーリンたち三人組に訝しげな視線を向けた後、敵と判断したのか、武器を構えて突撃してくる。

「さあ、来なさい!」

 クラリーベルが実に嬉々とした声を上げた次の瞬間だった。
 一瞬で戦闘衣を着た集団が吹き飛んだ。
 クラリーベルとその一団の間に、青い刀を構えた一つの影が降り立った。肩当てに「ZUEELNI」という文字が記されている。
 後ろ姿だが、それが誰なのか、リーリンは顔を確認するまでもなく判った。いや、現れる前から判っていたのかもしれない。
 また、会えた。
 頭の中が一瞬で空っぽになる。そして、その空洞に嬉しいというただ一つの感情が流れ込んでくる。
 心臓が五月蝿い。
 それを落ち着かせるように目を閉じると、逆に自分の鼓動がさらに五月蝿く聞こえた。
 目を開けば、彼は変わらずにそこいる。
 彼はこちらを振り返った。
 私は思わず、あなたの名を呼んだ。





 あの時、マイアスでリーリンと再会出来た時、夢なんじゃないかと思った。
 でも、君はそこにいた。
 今も、僕の目の前に君はいる。
 また、君に会えた。
 君の唇が動く。

「レイフォン」

 その言葉を、その存在を、僕はどれほど待ち望んでいたんだろう?

「リーリン」

 と、レイフォンは応じるように彼女の名を呼ぶ。
 周囲の戦闘が起こす喧騒も何もかも、今のレイフォンには聞こえなかった。
 次にどんな言葉をかければいいのか、判らなかった。
 心の中は感情の波が引くようにすっと穏やかになったようでいて、逆に押し寄せる感情の波で荒れているような、矛盾した思いで満たされる。
 だって、目の前に彼女がいるのだ。
 マイアスでのような、仮初(かりそめ)の再会なんかじゃない。
 君と何を語り合おう? 君とどう過ごしていこう?
 何だっていい。君と共にいられるのならば。
 僕はゆっくりと君に手を伸ばしていた。
 君も手を伸ばしてきて、僕の指先に触れる。
 お互いの手が重なり合って、僕は君の温もりに触れる。
 僕はそっと彼女を引き寄せて、抱きしめた。彼女の長く豊かな髪に顔を埋(うず)める。

「また、会えたね」

「うん、また会えたよ」と、リーリンが言う。「元気にしてた?」

「うん。リーリンも、無事でよかった」

 僕たちはそっと体を離し、お互いの顔を見合った。

「ねえ、私、マイアスであなたに伝えそびれたことや、話したかったことが一杯あったはずなのに、上手く言葉が出てこないの」

「僕だって、君になんて言葉をかけたらいいのか、判らない。あんなに、君に会いたいと思っていたのに」

「奇遇ね」

「そうだね」

「それでも、これだけは言える。また会えて嬉しいよ、レイフォン」

「うん、僕もだよ」

「―――で」

 不意に、僕の声でもリーリンの声でもない声が割り込んできた。

「この状況で、なにあなた方は呑気にラブシーンを繰り広げているんですか? 念威爆雷で消し炭にしてあげましょうか?」

________________________________________

リンテンスの傍に、一つの影が降り立った。
 レイフォンだ。右手には、復元状態の天剣がある。リンテンスはこの時始めて、刀を持った己の弟子の姿を見た。

「陛下……?」

 リーリンを抱えているアルシェイラを見たレイフォンが、思い切り怪訝そうな顔をした。

「何故、こちらに?」

 当然の疑問だな、と傍で見ていたリンテンスは思った。だいたい、彼もどうしてわざわざこの女がツェルニにやってきかたのか、理解しかねているのだ。そして、理解するだけの価値もないと思っている。わざわざ理由を尋ねようとしているレイフォンは、まったく無駄なことしている。

「う~ん、強いて言えば、リーリンを迎えに来たってところかしら?」

「はあ……」

 未だレイフォンの顔には、何故、という疑問符が張り付いている。だから無駄なことを、とリンテンスは思ったが、忠告するのも面倒なので、煙草をふかしたまま事の成り行きを傍観し続ける。
 レイフォンは、ようやく無駄なことしているのを自覚したのか、アルシェイラの腕の中に抱えられているリーリンに視線を向けた。説明を求める視線だ。

「ごめんね、レイフォン」

 アルシェイラの腕の中の少女は、ひどく大人びた笑みをレイフォンに向ける。
 レイフォンは困惑した。その妙に優しげなリーリンの表情と声音は、院を卒業していった姉たちを連想させるものだった。年下の弟妹に対する慈愛に満ちた、そんな表情だ。だから、レイフォンは困惑した。

「リーリン?」

「私、グレンダンに帰らなきゃならないの、どうしても」

「帰るって……」

 レイフォンの困惑はさらに深まるばかりだ。

「あなたがツェルニに留学したように、私もこの都市に留学した。留学したということは、いつか故郷に帰る日が来るということ。それが、今日だっただけの話」

「……」

 唐突な話であり過ぎだ。確かに、リーリンは三年生の扱いでツェルニに留学している。だから、レイフォンよりも早くグレンダンに帰ってしまうことは当然だった。しかし、それは今日明日の話ではないはずだ。

「まっ、そういうこと」

 すべてを打ち切るように、アルシェイラが軽い口調で言った。

「で、あんたはどうすんの?」

 女王が、今度は逆にレイフォンに向かって問いかける。

「あんたもリーリンと一緒に帰るっていうなら、別に帰ってきても構わないわよ。あんたの中の廃貴族、それにこの世界に関わるあれやこれや、今となっちゃあ、あんたも無関係じゃなしね。グレンダンに帰ってくれば、それを説明出来るわよ」

「僕『も』……?」

 アルシェイラの言葉、そして彼女がリーリンを抱えていることに、レイフォンは嫌な予感を覚えた。
 思い出すのは、マイアスで狼面衆やサヴァリスの言っていた言葉。あの時、彼らはリーリンを何と言っていた?

「リーリン、君は……?」

 そうであって欲しくないという、一縷の望みをかけて、レイフォンは問いかける。だが、リーリンは静かで柔らかい笑みを浮かべ続けたままだ。

「多分、私もレイフォンと同じ、うんん、きっとレイフォンよりも前から“こちら”側にいた」

「リーリン……」

 何故、とレイフォンは思う。何故、リーリンがこんな訳の判らないことに巻き込まれた? それに、自分よりも前に、この世界の秘密に関わる場所に居ただって?

「だから、私はグレンダンに戻らなくちゃいけない。会わなきゃいけない人がいるから」

「会わなきゃいけない人?」

「そう」

 アルシェイラの腕の中で、リーリンは頷いた。

「レイフォンはどうするの?」

 リーリンが問いかける。

「レイフォンはまだ、ツェルニで五年と少し、勉強することが出来る」弟を諭す姉のような口調で、彼女は言葉を続けた。「無理に、こんなことに関わる必要はないの。あなたはただ、廃貴族を宿してしまっただけ」

 アルシェイラの示した選択肢と、リーリンの示した選択肢、二つがレイフォンの心の天秤で揺れている。
 レイフォンは一瞬だけ迷った。このまま、ツェルニに留まり続けるか、リーリンと共にグレンダンに帰るか。
 ここでグレンダンに帰れば、何をしに学園都市まで来たのかということになる。きっと、武芸者としてのレイフォン・アルセイフから抜け出せない。でも、どうしてもリーリンの傍を離れたくないという気持ちもある。彼女の傍で、ずっと彼女を守り続けていたい。かつて、そう心に決めたように。
 ディックやシャロンのいう戦いの中に、リーリンが巻き込まれているというのならば、なおさらだ。
 だから……

「グレンダンに帰還します」レイフォンはアルシェイラに向かって言った。「正直、廃貴族がどうとか、この世界がどうとかいうのに、僕は興味がないんです。でも、大切な家族は守りたい。大切な幼馴染は守りたい。それがリーリンなら、なおさらなんです」

「それが、レイフォンの本音?」

 静かに、女王の腕の中のリーリンが問う。

「うん」と、レイフォンは頷いた。

「どうして?」

 それは、こう答えて欲しいという感情を欠片も挟まない、単純な疑問としてリーリンの口から発せられた。

「僕が誰よりも守りたいと思っている人が、リーリンだから」

 だからレイフォンも、最も単純な、最も偽らざる己の本心を以って答える。

「どうして?」だが、リーリンはなおも問いかけを重ねる。「どうして、そう思うの? 姉弟だから? 同じ孤児院で育った孤児だから?」

 それでも彼女は、彼岸を眺めているかのような遠く優しい笑みを崩さない。

「きっと……」レイフォンは、自分がこれから口にしようとしている言葉の重みを確かめるように、一瞬だけ言葉を切った。「僕が、リーリン・マーフェスのことを好きだと思っているから」

 言い切ってから、レイフォンは自嘲気味に口を歪めた。

「まっ、勝手な片思いでも構わないけどね。でも、これが僕の偽らざる気持ちなんだ」

「だから、私の為にグレンダンに帰ってくるの? 私の為に、敵と戦ってくれるの?」

「うん」

「ありがとう」

 リーリンは今までにないくらい、綺麗な笑みをレイフォンに見せた。

「私も、レイフォンのことが好きだよ。きっと、あなたが私のことを想ってくれたずっとずっと前から」

 だが、レイフォンはその笑みにひどい違和感を覚えた。リーリンのその、慈しむような、愛おしむような笑みに、どうしようもない違和感を覚える。

「だから、レイフォンが私のためにグレンダンに帰ってきてくれるって言ってくれて、私のために戦うって言ってくれて、とっても嬉しいよ」

 レイフォンの胸の内で、違和感が急速に膨らんでいく。

「でも、そんなこと、もう気にしなくていいよ」

 静かに、リーリンは言い切った。

「え?」

 一瞬、レイフォンは何が起ったのは理解出来なかった。
 指で銃の形を作った女王が、それを自分に向けている。

「陛下……」

 何を、と言い終える時間も与えられなかった。指先から放たれた衝剄がレイフォンをまともに直撃し、吹き飛ばされて、背後の建物に激突し、そして、気を失った。





 リンテンスは一部始終を見終えると、紫煙を吐き出した。
 女王の腕の中で、リーリンが静かに息を吐いた。ごく冷静そうで、自分がこの女王に何をやらせたのかを理解している顔だった。
 女王の衝剄を喰らったレイフォンはといえば、こちらは壁に突っ込んで完全に失神している。女王の攻撃はまさに問答無用だった。

「これでいいの、リーリン?」

 一応、確認のためだろうか、アルシェイラがそう言った。

「ええ、これでいいんです。レイフォンは、ツェルニに置いていきましょう」

 彼女の腕の中の少女は、迷う素振りもなく言い切って見せた。

「いいのか?」

 リンテンスはリーリンにではなく、女王に問いかけた。

「戦力が一人減ったぞ、ってこと?」アルシェイラはその問いの意味を正確に理解していたようだ。「まあ、元々、六年間はグレンダンに帰ってこないはずだったからねぇ。問題ないんじゃない?」

 軽い口調で、そう言われた。
 むしろリンテンスにとって意外だったのは、この小娘がレイフォンを切り捨てることを選んだということだ。わざわざ小僧に会うためにツェルニへやって来たのではなかったか?
 まあ、リンテンスにとってはどうでもいいことだったが。
 彼はぐったりとしているレイフォンに目を遣った。
 あの小娘に置き去りにされて黙っている小僧ではないだろう。この少年は、明らかにリーリンという幼馴染に執着している。
 起き上がれば、きっとまた行動を起こすだろう。
 この餓鬼は自分とは違う。戦いのために戦うことなど絶対にしない。ただ自分の守りたいと思った者のためだけに戦う。
 それは武芸者としては非常に危うい精神ではあるが、同時に強みにもなり得る。
 守りたいと思った者から拒絶されて、それでも行動しようとするだろうこの少年は、脆さと強さのどちら側にいるのだろうか?
 リンテンスはそのことに興味を覚えながら、レイフォンから視線を外した。

「さあ、行くわよ、リン」

 女王と、彼女に抱えられたリーリンらと共に、グレンダンへと向かう。





 その光景を、クラリーベルは殺剄を維持したまま、近くの建物の屋根から見ていた。

「何なんでしょう?」

 まったく訳が判らなかった。
 グレンダン側との協定により、天剣授受者数名がツェルニへ派遣されていることは知っていた。しかし、まさか女王までツェルニに来ているとは思わなかった。しかも、その女王は何故かリーリンを抱え、レイフォンを気絶させたままグレンダンへ帰ろうとしている。

「困りましたね」

 とりあえず、建物から飛び降りて気絶しているレイフォンに近づく。特にこれといった怪我はないようだ。本当に、気絶させるためだけに気絶させたとでもいった感じである。

『何が起ったのです?』

 不意に、クラリーベルの近くに花弁型の念威端子がやってきた。

「あら、フェリさん。まだ休んでいてもよかったのですけれど」

『仮眠は十分にとりました』どこかむっとした調子だった。『それよりも、何が起ったのです?』

「さあ」クラリーベルは念威端子に向かって首を傾げた。「何だか、うちの従姉がツェルニにやってきて、リーリンさんを連れていったみたいですけれど」

『どういうことです?』

「いや、私に聞かれても」

 本当に、クララとしても訳が判らないのだ。

「取りあえず、私はレイフォンさんからリーリンさんのことを頼まれているので、後を追いかけます。レイフォンさんのことはフェリさんにお任せしますので、よろしくお願いします」

『判りました』

 フェリの言葉を最後まで聞かずに、クラリーベルは駆け出していた。屋根の上に飛び上がり、そのまま屋根伝いにグレンダンとの接岸部へと向かう女王たちの気配を追尾する。
 そこで、クラリーベルは考えることがあった。
 今では、何故祖父がリーリンの監視を命じたのか、理解している。ならば、女王はその身柄を確保するためにやって来たのだろうか? 祖父は、積極的ではないにせよ、彼女の殺害を狙っていた節がある。逆に、アルシェイラはその能力に目を付けて彼女を利用しているということだろうか? いや、あの従姉はリーリンとのじゃれ合いに近い付き合いを本気で楽しんでいた。だから、単純に利用するためだけにリーリンの身柄を確保したのだとは思えない。保護という要素も多分に含まれているはずだ。
 しかし、それならば何故レイフォンを切り捨てる必要があるのだろう? リーリンを保護するためならば、レイフォンに近くにいてもらった方が絶対によい。彼は何があってもリーリンを守ろうとするだろう。

「これは、面白いことになるかもしれませんね」

 にんまりと、口元が歪んでいくのが自分でも判る。
 正直、訳の判らないことの連続だ。都市戦の最中に突然、汚染獣からの砲撃を受け、汚染獣との戦闘が起り、それが終わったかと思えば巨人型汚染獣の群れがツェルニに来襲し、おまけにグレンダンという都市そのものがツェルニへとやって来た。
 わくわくする。
 これから、どんな楽しいことが起るのだろう?
 頭に浮かぶのは、レイフォンのこと。
 彼はきっと、リーリンのために動く。もしかしたら、それ故に女王から切り捨てられたのかもしれない。彼はきっと、世界よりも己の守りたいものを優先するだろう。だから、この世界の秘密を知る者からすればこれほど厄介な存在はない。もし女王の行いがリーリンを犠牲にするようなものであれば、彼は必ず女王と敵対するに違いない。勝算など関係なく。
 自分はその時、どっちに付くかって?
 決まっている、レイフォンの側だ。
 クラリーベル・ロンスマイアは、レイフォンと戦い、彼に認めてもらうためにツェルニまでやってきたのだ(いや、まあ、祖父から命じられたリーリンの監視という要因もあるが)。
 彼に認めてもらいたいから、リーリンを守ってくれという頼みを受けたのだし、彼の力になろうとも思ったのだ。

「さあ、どうします? レイフォンさん」

 彼女は楽しげに呟いた。




 リンテンスは、自分たちを追尾してくる気配を認めていた。

「おい」

 彼は後ろを歩くアルシェイラに警告を発した。

「判ってるわよ。多分、クララね。別に、今すぐ仕掛けてこようっていう雰囲気でもないじゃない」アルシェイラは言った。「それよりも、帰り道の安全、ちゃんと確保しなさいよ。あの不細工な汚染獣に襲われて、リーリンに傷一つでも負わせたら、ナニ吹っ飛ばして処刑だからね」

「陛下」

 女王の腕の中のリーリンが、その言葉に困ったような苦笑を浮かべている。心なしか、彼女の品のない発言を咎めているようにも見える。

「ふん」

 だが、言われた方のリンテンスは軽く鼻を鳴らしただけだった。言われずとも、やっている。
 すでに、あの巨人型汚染獣の大半は、リンテンスを始めとする天剣授受者、そしてレイフォンやクララといったツェルニ側武芸者たちによって掃討されていた。
 リンテンスが先行させている鋼糸にかかる獲物の数は、当初に比べて大幅に減って……

「……」

 リンテンスは、注意して見なければ判らないほどかすかに、眉を寄せた。煙草の煙を吐き出す。

「おい、バーメリン、止まれ」

 前衛として、自身の少し先を進む奇抜な格好の天剣授受者に警告を発する。一瞬、その女性は自分に命令するな、とばかりの不機嫌そうな視線をリンテンスに向けたが、即座に油断ない視線を前方に向けた。
 通りの先の開けた場所に、何体もの巨人型汚染獣が倒れている。
 倒され方からして、天剣授受者の誰かではないことは確かだった。
 すべて、一撃で仕留められている。
 銃か、あるいは矢による攻撃。
 ならば、その距離は、射角は?

「……」

 リンテンスは素早く逆算し、前方にある六、七階建てのビルの屋上を見た。
 弓を片手に持った男が一人、佇んでいた。

「バーメリン、十時上方」

 瞬間、男は飛んだ。

________________________________________

 きゅっと、黒い手袋をはめ、その感触を確かめる。
 そして、ハンガーにかけてある白い上着を羽織った。
 口元に苦笑が浮かぶ。
 最後にこの服に袖を通したのはいつだったか? 多分、グレンダンにいた頃だと思う。
 天剣に就任したのだから少しは見栄のある服装をした方がいいと言って、リーリンが古着屋で見繕ってくれたんだっけな、と回想にふける。
 孤児院は豊かではなかったから、あまり頻繁に買い替えなくてもいいようにと少し大きめのサイズを買ってきたはずなのだが、すでにこの服は体にぴったりと合うようになってしまっている。
 いくら体が成長期にあるとはいえ、グレンダンを離れてからそれだけの時間が経ったということを実感させられた。
 そして、それだけの時間を隔てながらも、変わらずに自分のことを想い続けてくれていた幼馴染の姿が脳裏に浮かぶ。

「君がどういう思いで僕を遠ざけようとしかなんて、僕には関係ない。気分よく自己満足なんてさせてあげないよ」

 自分を置き去りにしてグレンダンへと去ってしまった幼馴染へと向かって、独り呟く。
 リーリンの行動が多分、自分の安全を思ってのことなのだろうとレイフォンは思う。だが、それは所詮、リーリンの都合でしかない。レイフォン・アルセイフにはレイフォン・アルセイフの都合があるのだ。
 一度、リーリンの都合に無理矢理付き合わされたのだ。だったら、自分の都合にもリーリンに付き合ってもらう。
 最初に好き勝手やったのはリーリンの方なのだ。だったら、自分も好きにさせてもらう。

「さてと」

 剣帯に収めてある錬金鋼を確認する。天剣、鋼鉄錬金鋼、青石錬金鋼。
 窓を開けて窓枠に足をかけ、跳んだ。屋根伝いにグレンダンとの接岸部へと向かう。
 復興の工事の音が、そこかしこで響いている。

「やはり、来ましたか」

 接岸部に近い建物の上に、一人、クラリーベルが佇んでいた。
 一瞬、自分を止めにきたのかとレイフォンの心に警戒心が浮かぶ。だが、クラリーベルの言葉はレイフォンの予想とは違った。

「リーリンさんに会いにいくのでしょう?」期待するような瞳が、レイフォンを捉えた。「でしたら、私もお供します」

「これは、僕個人の戦争です。クラリーベル様を巻き込む訳にはいきません」

「別に、レイフォン様のために申し出ている訳ではありませんよ。私がそうしたいから、そうするんです」

 その言葉に、レイフォンはかすかな苦笑を浮かべた。動機が、自分とまるで同じなのだ。

「私はあなたに認められたい。あなたの力になって、私の実力を認めさせたい。だから、私はあなたの個人的な行動に協力するんです」

 もう、何を言っても無駄だろうとレイフォンは諦めた。まさしく自分は彼女と同じ思いで動こうとしているのだから、説得力ある言葉が出てくるはずもない。

『それでしたら、私も仲間に入れてくれませんか?』

 不意に、彼らのもとに花弁型の念威端子が飛んできた。

「フェリ?」

「あら、フェリさん?」

『あなたの力になりたいと思っているのは、何もそこの王女だけじゃありませんよ?』


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