ベッドで悶えながら、こう考えた。
善かれと思えば裏目に出る。何もしなければ巻き込まれる。
我に帰れば翌朝だ。とかくIS学園は住みにくい。
おれはどうすればいいのだろう。IS学園に入学してから何度目か忘れた失神から目覚めて、頭を抱えた。
性的虐待……明かされた真実は、高校生のおれには少しばかり重すぎた。おれも人並みに羞恥心がある。
幼いころの話と割り切るには、おれの心は未熟すぎたし、加虐者との出会いと再会の印象が鮮烈すぎた。
クラスメートの姉という近いのか遠いのかわからない縁もその一因にあるし、性的虐待という何をされたのか詳細を想像に任せるほかない過去もそれを加速させている。
正直に言うと、未だに信じられない。奇妙で奇天烈で人格に問題を抱えていそうだったが、おれにとっては、優しくどこか懐かしい綺麗なお姉さんなのだ。
あの屈託ない笑顔でおれにどのような行為をはたらいたのだろう。
「ていうか、おれ、いったいどこまでされたんだ……?」
それが疑問だ。それが本題でもっとも大切なことだ。裸にされて写真を取られたとか、性器をいじられたとか、何かしらSM要素の入る一目に異常な行為をされたのか。
そもそもおれの貞操は無事なのか。出会った時期を逆算すると、おれが四歳から七歳くらいな筈なので精通はしてないから大丈夫だと思うが、あの束さんだからわからない。
過剰な独占欲からすべての初めてを奪っていたとしてもおかしくはない。
「すべての初めて……!?」
おれの背筋に悪寒が走った。まさか、お尻もか? おれのお尻も何かされているのか!?
あまりの悍ましさに全身が慄き、自分を抱きしめるようにして縮こまる。
自分の預かり知らない事実は恐怖を助長させるものだ。記憶に無いうちにレイプされていたなんて考えただけで怖気が走る。
女の子なら、泥酔している間に襲われていたら嫌だろう。男だって同じだ。いくら相手が美人だからって限度がある。
おれにだって許容できない事柄がある。むしろ、その方が多い。だが――
「なんか、嫌いになれないんだよな……」
心の何処かでは、なぜか受け入れてしまっている部分があって、その得体のしれない感情が親を想う郷愁に近いことに気づいていた。
彼女が美人だからなんて男特有の甘さではなくて、彼女を憎めない根幹がおれの深層心理に根付いている。
虐待が事実なら、これはおれが完全に調教されている証左なのだろうが。
「胸……」
ふと、束さんに迫られたときのセリフが思い起こされる。
『私の胸はね、はるちゃんの涙が染みこんで大きくなったの。だから、はるちゃんの好きにしていいんだよ?
胸だけじゃなくて、全部。お願いだって昔みたいに何だって聞いてあげる。代わりに、はるちゃんの全部、貰っちゃうね』
おれは泣き虫で、事あるごとに束さんの胸で泣いていた。おれのお願いを、束さんは何でもきいてくれた。
このセリフから読み取れるおれの失われた記憶は、これだけだ。
さらに束さんのセリフを思い出すと、おれは女の子になりたがっていて、ファースト・キスは十年前に奪われている。
そしておれはいつも束さんの胸で泣いていた。……ということは、
「あ……榛名くん、おはよう」
「会長」
どことなくシコリの残るぎこちない態度の会長が、静々と挨拶してきた。
反応して顔を上げたおれの目に、制服の夏服に内包された豊満な胸が飛び込んでくる。束さんに負けず劣らずの大きな胸。
「会長……」
「? なに、榛名くん」
「胸、貸していただけませんか?」
「へ?」
おれは呆然と口を開ける会長の肩を掴んで言った。
「おれが今から会長の胸に顔を埋めますので、会長は優しく抱きしめてください」
「は? え? ど、どうしたの榛名くん」
「会長ッ!」
「えええええっ!? こ、コラァ!」
それからの流れは会長に拍手喝采を送るほかない。胸に飛び込もうとした変質者を、会長は見事に組み伏せて、荒い息を吐いたまま、変質者の背中の上から尋問した。
「どうしちゃったの、榛名くん……」
「すいません……」
我にかえったおれは、胸を苛む申し訳なさに泣きたくなりながら謝罪した。
会長は小さくため息をついた。
「私は、理由を聞いてるんだけど? 襲われた女の子としては、一応理由を訊く権利あると思うな」
「それは……」
法廷でもないのだから適当な理由をでっち上げて、「ヤバイと思ったが性欲を抑えきれなかった」とか言おうと思ったが、そう考える自分への不甲斐なさに、素直に白状することにした。
「束さんが言ってたんですよ。いつもおれが、彼女の胸で泣いてたって。だから、女の子の胸に包まれれば、思い出すんじゃないかって」
「……榛名くん、もしかして、昔のこと誰かから聞いた?」
察しの良い会長は、それだけでおれの悩みの根幹に辿り着いてしまった。別にはぐらかすことでもないので頷くと、会長はおれの背から退いておれを立たせた。
まっすぐに向かい合う。
「そっか。知っちゃったか。織斑先生は口止めしてたんだけど……ラウラちゃんから?」
「違いますけど……まぁ、似たようなものです」
「どこまで聞いたの?」
「おれが……束さんに、性的虐待を受けていた、ってことです」
「それだけ?」
「はい」
だけ、ってことは、他にもあるのだろうか。性的虐待のみならず、ほかにも色々されてのか。
おれと束さんの関係って、ほんとなんなんだろう。
おれが戦慄していると、会長は口元に手をあてて何やら思慮して――深く頭をさげた。
「な、なにしてるんですかっ?」
「ごめんなさい、榛名くん。……榛名くんが過去にそんな目にあってるのに、私、軽率だった。本当にごめんなさい」
「……いや、別に気にしてないので。頭を上げてください。会長が気に病むことじゃないですよ」
「でも……」
「あ、ラウラへのいじわるをやめてくれるなら全部チャラにしますよ? どうです?」
「……うん。ありがと」
つとめて明るく、剽軽に言うと、会長は苦笑して顔を上げた。顔を隠すように広げた扇子には、『謝謝』の二文字。
会長といるときは、何だかんだ言いながら、暗い空気になったことはなかった。だから、おれたちはこれでいいんだと思う。
会長は、頬を赤らめて、柄にもなく恥じらいを浮かべた。
「榛名くん。お詫びって言ったら何だけど、私で良かったら、胸を貸してあげるよ?」
「あ、結構です」
「ハア!?」
おれが素っ気なく断ると、会長は愕然と目を見開き、わなわなと震えだした。
「なんで!? さっきは迫ってきたじゃない!」
「いやぁ、冷静になったら、会長ってやっぱり子供っぽいところありますし、束さんみたいな妖艶さと言いますか、大人っぽさが足りないなーと」
「……てい」
頬を殴られた。おれはベッドに吹っ飛んだ。
「痛い! 会長の人でなし! おっぱい! 暴力ヒロイン!」
「……榛名くん。私が言うのも何だけど、銀の福音戦からどこか壊れちゃってない?」
会長が憐憫の眼差しでおれを見つめてくるので、おれはあさっての方向を向いて、ふっと息を吐いた。
「戦争って、人を変えちゃうんですよ……」
「……」
イタすぎる静謐に、涙が零れそうになった。自覚はあったんだ。あったんだけど、ラウラやみんなに優しくされて、おかしくなったのはみんなの方だと逃避していた。
いざ指摘されると、IS学園では常識人だったおれが毒されてしまった気がして、アイデンティティが喪失して、もうダメになってしまいそうになる。
顔をベッドのシーツに埋めて隠していると、ベッドに会長が座った気配がした。重みにスプリングが軋み、耳からは真横に会長がいることが伝わってくる。
「本当は私が、榛名くんたちより一つ年上でお姉さんだから、国家代表だから、そういう辛い想いは私が背負うべきだったんだよね。やっぱり、チャラになんかしちゃダメだよ。たっちゃんが自分を許せなくなっちゃう」
最後は茶化していたが、声音は真剣だった。柄じゃないとは言えなかった。
おれは起き上がって、会長の横に腰をおろした。
「慰めるとか言わないでくださいよ。おれだって男ですし、女の子には見栄を張りたくなるんですから」
「でも、篠ノ之博士には気を許すんでしょう?」
不意打ちに胸に冷たいものが流れる。会長に目を遣ると、俯きがちにボソボソと続けた。
「性的虐待だけじゃなくて、篠ノ之博士は、榛名くんにもっと非道いことしてた。榛名くんの人生は、篠ノ之博士のせいで狂ったんだよ。それを聞いても、篠ノ之博士を憎めないんでしょう?」
「……えっと」
思考が麻痺していて、会長の言わんとすることが飲み込めなかった。固まるおれの左頬に会長の右手が触れる。
「ほら。嫌いになろうとすると、頭が真っ白になっちゃう」
そう言われて、疑問が確信に変わった。
「狡いことするよね。小さい子に」
「やっぱりおれ……調教済み……」
「なーんか卑猥な言い方だけど、そうなんじゃないかな。私たちは、榛名くんには悪いけれど、織斑先生に話を聞いて、篠ノ之博士を許せないって思った。
人間としても女としても、行き過ぎてるよ。榛名くんは篠ノ之博士のオモチャじゃない」
「本当に、そうなんですかね」
また無意識に庇っていた。それに会長の悲しげな瞳でようやく気づく。思わず、口を覆う。
……それでも、束さんが悪い人とは思えなかった。記憶に残らない心象でも、優しいお姉さんのままだったから、どうしても、織斑先生の語る篠ノ之束と結びつかなかった。
「あ、それと、一夏くんと二人きりになるのも避けなさい」
「え、何でですか」
慮外の忠告に聞き返すと、会長は訝しげに目を細めた。
「今の心身ともに不安定な榛名くんと一夏くんが二人きりになって、変な気を起こされても困るからよ」
「何ですか、変な気って」
「例えばよ。篠ノ之博士のことで悩んでいる榛名くんが、一夏くんに促されて胸の内を吐き出すじゃない。すると、きっとこうなるわ」
『榛名……辛かったな』
『一夏……』
『俺、馬鹿だからこんなことでしか榛名慰められない。ゴメンな』
『ううん。いいんだ、おれ……一夏さえいれば、もう』
『榛名……』
「そのまま雰囲気に流されて一部の方々しか喜ばない展開になっちゃうでしょう」
「ねえよ」
敬語も忘れて、腐った妄想を切り捨てていた。どうしてもホモにもっていきたい方々が存在するらしい。
シャルロットが部屋を蹴破ってまでおれと一夏を離したのも、恐らくそれが原因だろう。
会長は眉根を寄せて、さらに唇まで尖らせた。
「女の子にはガード堅くて見向きもしないのに、男にはゆるゆるな人しかいないからじゃないの?」
女の子の心理って難しいなと思いました、まる。
●
一夏の部屋に行くことを禁じられたおれは、部屋でアニメを観ることにした。
無駄に有り余る金を奮発して、レンタルではなく買った名作アニメのBlu-rayを観る機会がようやく訪れた。
今までは常に誰か傍にいたし、ゲームに興じて暇を潰してたのでアニメ鑑賞する機会がなかった。
最近になってアニメ業界の巨匠が引退するニュースが耳に入ったので、懐かしくなったので、『スタジオズブリ』の作品をチョイスする。
「あれ、それって『紅野豚』?」
「はい。会長も観ます?」
「あー、そういえばニュースでやってたね。榛名くんてば、意外とミーハー?」
「観ないならいいですよ」
「あーん、観るってばー」
お互いのベッドに腰掛けて、向かいのテレビにかじりつく。ズブリ映画は、子どもの頃に観た時とは全く違った印象を受けるのに感銘を受ける。
幼い頃では理解できなかったこと、精神的に成長したことが要因なのだろうか。それがより一層面白く感じさせるスパイスになっている。
「そういえばイタリアってISで目立ちませんね」
「テンペストくらいしかシェアがないからねー。もともと軍も弱いし」
良い女と食い物があればそれで満足。真理かもしれない。まるこも色男だし。
「母よ、私が来たぞ!」
「榛名、入るねー……って、なに観てるの?」
「スタジオズブリ」
ラウラとシャルロットが入ってきたので説明すると、ラウラは首を傾げて、シャルロットは瞳を輝かせた。
「ズブリ?」
「わあ、ジャパニーズアニメだね! 僕、大好きだよ!」
「ラウラは流石に知らないか。シャルロットは知ってるの?」
「うん! ドラゴールデンボールとかNURUTOとかよく観てたよ。もちろんミヤザキアニメも」
「フランスは漫画やアニメ文化が浸透してるからねー」
そういえば、毎年ジャパン・エキスポが開催されているんだっけ。日本と親和性の高い国なのか。
距離が離れているから、嫌な印象がないのも一因かな。日本でも海外の憧れの都市は昔から華のロンドンにパリって言われてるくらいだし。
「こんな紙芝居が面白いのか?」
「ラウラったら。紙芝居とは全然違うよ。ぬるぬる動いて声も出るし、それにとっても面白いんだからっ」
「なんか、シャルロットちゃんの意外な一面を見た気がするわ……」
いつぞやのテレビでフランスで日本のアニメを日曜に放送したら、みんなが夢中になって誰も教会に来なくなったという嘘か本当かわからない話を聞いたことがあるが、熱のこもった声で語るシャルロットに与太話でもないと思い始めた。
「『紅野豚』観たんだ。次はなに観るの?」
「一通りは買ったから、好きなのどうぞ」
「んー……じゃあ、ラウラも好きそうなNOWシカを観ようよ」
ネットで大人買いしたまま未開封のBlu-rayを取り出し、意気揚々とシャルロットが再生機に入れる。
NOWシカの冒頭でオウムが出てくると、ラウラがぶっきらぼうに言った。
「気持ち悪い虫だな」
「えっ、かわいいじゃない。榛名、オウムは可愛いよね? ねっ?」
「ええ……まあ、うん」
率直に言えばお世辞にも可愛いデザインではないのだが、鑑賞済みのおれにはオウムの可愛い場面も知っているので、不安げに尋ねるシャルロットに同意した。
「この女は勇ましいな」
「クシャミ殿下はクールでかっこいいよねー」
「漫画を読むと印象が違うわよね、この作品」
思い思いの感想を述べながら物語が進む。場面が巨人兵がオウムを薙ぎ払ったシーンになると、またラウラが爆弾を放り込んだ。
「この巨人兵とISはどちらが強いんだ?」
「巨人兵じゃないかな。描写をみても生体陽子粒子加速砲の一発一発が戦略核兵器クラスの威力と副次作用があるし」
「でも世界を滅ぼすのに七日かかったのよね。ISと既存の兵器が戦争したら三日もたないって試算データがあるけど」
「ISの機動性と兵器が巨人兵に通用するのかが肝だな」
物騒な会話だった。なぜ純粋にアニメを楽しめないのだろう、この人たちは。
「ふむ、存外面白かったな」
「でしょ? 次はなに観る?」
「NOWシカ観たんだから、次はラビュタに決まりでしょ」
会長の鶴の一声で天空に浮かぶ城を巡る物語になった。落下型ヒロインのジータと主人公のパズル、そして個性豊かなトーラ一家が登場人物である。
そして忘れてはならない人物がもう一人いる。
「このヌスカとかいう男は芸人なのか」
開始二分でジータに殴られて気絶したヌスカをラウラはそう評した。
「名悪役だよ……」
「なに言わせても名言になるのよね、この男」
「これで二十代っていうんだからビックリよね」
「マジで!?」
そして物語が進み、ラビュタが真の力を発揮するシーンで、またしてもラウラが爆弾を放り込んだ。
「ラビュタとISはどちらが強い?」
「戦闘用ロボットはISに敵わない。でもラビュタの雷の正確な威力がわからないから――」
「小国を一撃で滅ぼす。曖昧で具体性に欠けるなぁ」
なぜどうしても軍力の話に結びつくんだ。ISはスポーツが用途のはずなのに。表向きはそうなっているのに。
彼女たちは骨の髄まで軍人なのか。少なくともラウラはそうだった。
「次はなにを観よう」
「ミヤザキアニメじゃないけど、ズブリの『小樽の墓』にしない? 夏だし、日本の戦時中の話だから、ラウラも興味あるんじゃないかな」
「ほう」
もうこの時点で嫌な予感がしたが、杞憂に終わってくれなかった。見終わって、おれとシャルロットが滂沱とあふれる涙を拭っていると、ラウラが仏頂面で言った。
「この叔母は正論しか言っていないのに何を甘えたことを言っているんだ、この兄は」
「ラウラ、ほら、この子はまだ子どもだから……」
「戦時中で物資も少ない中で現実を受け入れずに逃げてばかり。だから妹が栄養失調で死ぬはめになった。自業自得ではないか」
「違うよ! あれは叔母さんが悪いよ! セータはまだ十四歳だよ? 戦争でお母さんを亡くして冷静な判断ができるわけないじゃない!
あれは血のつながりがあるのに見捨てた叔母さんが招いた悲劇だよ!」
「誰が悪いとかないと思うけどねえ」
「戦争が……戦争が悪いんだ……」
あまりに雰囲気が重苦しいので、『小樽の墓』と同時上映だった『となりのトドロ』を選択した。
田舎町を舞台とした陽気なBGMと奇妙な生物たちが沈んだ気分を盛り上げてくれる。最後はハッピーエンド。めでたしめでたし……では終わってくれなかった。
「そういえば、これってマイといつきは死んでるって都市伝説があるよね」
会長がおもむろに呟いたひとことを皮切りに、二人が口を突くように疑問を挙げ始める。
「あ、途中で二人の影がなかったような……」
「謎なのがあの奇怪な生物たちだ。トドロは何の生物だ? イヌバスは何を運ぶ乗り物なのだ?
あれは死者の霊魂を運ぶもので、トドロは死神ではないのか?」
あーだこーだと再び議論がはじまった。大人になるって、実は悲しいことなのかもしれない。
物事を純粋に楽しめなくなるから。おれは感動とは別の涙がこぼれそうになって上を見た。
疑問を持つのはいいことですが、時にそれは障害になるのです。純真さも楽しく生きてゆくには必要なのです。偉い人にはそれが分からんのですよ。
「おっす、榛名。ラウラにシャルロットもどうしたんだ?」
「嫁!」
「一夏!」
不毛な議論が終わって、次になにを観るか悩んでいたところに一夏がやってきた。
おれとラウラは喜び、シャルロットと会長は露骨に嫌そうな顔をした。一夏は、どうやら部屋にずっと引きこもっているおれを心配して様子を見に来てくれたらしい。
言われて、丸一日アニメ鑑賞していたことに気づいた。時が過ぎるのはあっという間だ。
「へえ、ズブリを観てたのか。面白いよな、ズブリ。俺も大好きだよ、ズブリ」
「嫁も観るか?」
「あぁ。あ、『のけもの姫』あるじゃん! 俺、ズブリでこれが一番好きなんだよ」
「ではこれにしよう」
一夏の登場でテンションが上がったラウラに目尻が緩む一方、黙りこむ二人に肝が冷える。
どうしてあなた方はおれと一夏を引き離そうとするんですか。おれから親友を奪わないでください。
『黙れ小僧! お前にサムが救えるか!』
『……生きろ。そなたは美しい……』
「なんと胸を打つ話なのだ……」
「僕これ、昔はとても怖くて最後まで観られなかったなー」
「子どもには蛇で覆われた怪物が嫌悪感を掻き立てるから辛いかもね」
「野獣に育てられた少女との共存をアシダカが悩むんだよな。日本でなかったら出来ない発想だよ」
思いの外普通に上映が終わった。時代背景が日本の室町時代の頃だから、ISに匹敵する兵器もないし、人間同士の醜い争点もないのでラウラも純粋に楽しめたようだ。
……それにしても、ヒロインにサムなんて名前をつけたスタッフは何を考えているんだろうか。
アメリカ人しか浮かばないんだけど。
「次はこれにしようぜ。『耳を冷ませば』」
え……お前がこれを観るの?
『耳を冷ませば』は、ひとことで言えば青春を体現したアニメだ。古臭くノスタルジックな舞台で身悶えるような初心な恋愛が繰り広げられてゆくこの話。
昔は憧憬していたものだが、残念ながら、もうおれは嫌なオトナになっていたらしい。
「いいよなー、俺もこんな青春がしたいなー」
一夏が白々しい感想を言って、ラウラ以外から白い目で見られていていた。
会長が、ふと言う。
「子どもの頃はアマサワくんを格好いいと思ったけど、いま観ると完全にシズクのストーカーね、この人」
おれもまったく同じ感想だった。夢をぶち壊すようで悪いが、シズクが借りる本すべて借りているとか、カントリー・ロードをバイオリンで弾けたりとか、家の前に居たりとか冷静に考えたらキモすぎる。
これがスギムラだったら確実にシズクにビンタされていた筈だ。まあ、※だから許されるのだろう。
初めにシズクをからかった時だって、イケメンでなければ、「は? 何アイツキモ」で終わっていたはずだから。
「ストーカーか……」
会長が呟くと同時におれを見る。つられて全員がおれを観た。なぜおれを観る。おれを観るな。
「榛名……おれはずっとお前の味方だからな」
ぽん、と肩に手を置かれ、力強い宣言をされた。なぜか悔しくなった。
あとがき